New Food Industry 2010年 12月号

キノコの保健機能性の解明並びに機能性食品の開発

渡邉 治、川上 誠、柿本 雅史

高齢化社会の進行や食生活の欧米化にともない,生活習慣病等の予防に対する社会的ニーズが高まっている。その結果,健康食品等の市場は2005年では1兆2千億円の巨大な市場となっており,更なる拡大が予測されていた1)が,その後2005年をピークに減少し,2008年には1兆7百億円になった(図1)。これは世界的な不況による市場の冷え込みや薬事法などによる規制の強化,そして製品選択に対する消費者の情報分析が背景にあると考えられる。実際,エビデンスがしっかりしている特定保健用食品の需要は伸びている(図2)。このような中,古くから抗腫瘍効果が知られているキノコ類2,3)については近年様々な保健機能が注目されており,健康食品の素材としての期待度は非常に高い。
 国内のキノコの年間生産量は42万8千トンとここ5年間で微増しているが,生産額は2,640億円とほほ横ばい状態にあり4),供給過剰や価格の低迷により小規模な生産施設が多いキノコ生産者は厳しい経営を強いられている。そのため,社会的ニーズに合致した健康食品等の開発とキノコの付加価値向上や消費拡大につながる技術開発が早急に求められている。
 ここでは,当センターが近年行ってきたキノコの保健機能性に関する研究で得られた幾つかの知見と,キノコを用いた製品開発の例について紹介したい。

ムキタケ(Panellus serotinus)の抗メタボリックシンドローム作用

柳田 晃良、永尾 晃治

近年,日本を含む先進国ではメタボリックシンドロームの罹患率増加が問題となっている。メタボリックシンドロームとは,内臓脂肪性肥満に加えて高脂血症,糖尿病,高血圧のうち2つ以上が重複した状態をいい,脳や心臓の血管障害といった重篤な疾患の基盤となりうる。過栄養や運動不足に特徴づけられる現代の生活習慣は,メタボリックシンドローム発症の危険性を増大させることから,その発症予防として日常摂取する食事への機能性成分の導入が有効であると考えられている1, 2)。
 数ある機能性食材候補の中でも,キノコ類は“メディカルマッシュルーム”という言葉が知られている通り,様々な生体調節機能を有するものとして注目を集めてきた3-6)。表1に代表的なキノコ類の生体調節機能についての報告を示すが,これまでに研究対象とされてきたものは,キノコ類全体から観るとほんの数%に過ぎず,依然として未開拓な機能性食材の宝庫であるといえる。

微生物に対するスパークリングワインの凍結殺菌能

富樫 巌、永井 一輝、亀田 剛、土田 義之

ビン内二次発酵による発泡性アルコール飲料(以下,発泡酒類)の商品開発を企画している企業から,二次発酵を終えた発泡酒類をビンごと温度−20℃程度で10日間程度凍結させると酵母の生菌数が激減したとの情報が寄せられ,その凍結殺菌能発現の条件確定を求められた。凍結によって溶液中の微生物がある程度の割合で死滅することは考えられるが,発泡酒類の凍結と酵母生菌数の激減との関係に著者らは強い興味を抱いた。
 そこで,発泡酒類のモデル溶液として市販のスパークリングワイン,炭酸水,炭酸水・エタノール混合液等を供試し,アルコール発酵酵母,カンジダ酵母,その他の酵母,枯草菌,大腸菌に対する凍結殺能の発現の有無や発現条件,そして殺菌能のメカニズムの検討を試みることとした。加えて,本検討から寒冷地で活用できる新たな微生物制御のヒントが生まれることを期待した。

米の特性を活かした新しい清酒の開発 〜 産学官連携の成果を商品化へ 〜

古川 幸子

日本の伝統産業である清酒醸造において,米はその原料としての役割のみならず酒質を決定する重要な因子である。市場における消費者の多様なニーズに応えるために,新しい清酒の開発が望まれるが,その手段のひとつとして,今までにない特性を有する米を広く求め,活用することも重要であると考えられる。
 一方,企業の商品開発には新規技術や高度な専門的知識が不可欠であるが,「産学官連携」では,大学や公設試験研究機関等で生み出された技術やノウハウを,民間企業において産業化へ結びつけることができる。
 弊社では,以前より,この産学官連携によるいくつかのプロジェクトを推進してきたが,今回はその中から,米の特性を活かした新しい清酒の開発事例をご紹介したい。

ビヨンド・コレステロールに対する大豆たん白製品の新たな展開

河野 光登

日本人は病んでいる。厚生労働省は,中高年世代において内臓脂肪症候群いわゆるメタボリックシンドロームとされる者,さらにその予備軍と称される者を含めると約1,910万人いるとの調査結果を公表した(平成20年度国民健康・栄養調査より)。同じ調査によると,糖尿病の罹患者,および糖尿病の疑いのある者の合計は,約2,210万人いるとされている。また30歳以上の日本人男性の47.5%,女性の43.8%が,収縮期血圧140mmHg以上,または拡張期血圧90mmHg以上,あるいは降圧薬服用中といった高血圧症の症状を呈しており,その総数は男女計で約4,000万人とされている(第5次循環器疾患基礎調査@日本高血圧学会高血圧治療GL作成委員会)。さらにこれはあまり知られてはいないが,初期慢性腎臓病とされる者も約1,926万人いるとされており(日本腎臓学会CKD対策委員会疫学WG報告),その予備軍も含めると2,000万人を超えるとも言われている。
 単純に上記の人数を合計すると約1億人となってしまうが,これらの疾患は密接な関係があり,重複している者が多数いることはあるが,多くの日本人がこれらの疾患に関係していることは明らかである。

木酢液の環境因子による成分変化

大平 辰朗

私たちの生活している地球上には様々な物質が存在する。それらは環境中に存在する様々な因子により影響を受けている。例えば建材として使用されている木材は光により,徐々に変色する。また新聞紙も同様な変化を示し,紙の色が徐々に黄色みをおびるようになる。これは光,特に紫外線の影響が大きく,紫外線によりラジカルが生成し,酸化を引き起こすためである。これらの変化は,紫外線だけでなく,周辺の気温や空気中に含まれる汚染物質や空気中の酸素なども要因の一つになっているのであろう。空気中の酸素の存在が大きいことを伺わせる事例もある。例えばリンゴを剥皮し,しばらく放置しておくと表面がしだいに褐色になっていることがある。これは空気中の酸素がリンゴの成分と酸化反応を起こし,色を変化させている。釘も長年使用しているとしだいに表面がさびてくるが,これも酸素による酸化が影響している。

集積する都市電子廃棄物による中国の環境問題とその対策-人間の安全保障とサステイナビリティ学の実践的展開を目指して-

三好 恵真子

冷戦体制崩壊後,世界の諸地域は急速に単一の市場経済の中に組み込まれつつあり,国際関係と秩序が劇的に再編される中で,中国の役割が益々増大している。一方でグローバリゼーション以降の初の世界の工場として君臨した中国であるが,改革・開放政策以来の経済のメカニズムの中に新たなグローバル経済システムの欠陥が内在化しており,世界各国から中国への環境問題の集約化が引き起こされている。この現象は英国や日本等のこれまでの世界の工場とは極めて異質な構造であり,その問題を一層複雑化させている。
 爆発的な経済成長を続けている中国は,既にエネルギー・食糧の純輸入国へと転じており,それに付随して地域格差はもとより,大規模で多岐な環境問題が顕在化しており,年々その深刻さを増している。こうした対策への緊急性に鑑み,2004年に持続可能な発展や人間の安全保障等の理念を導入した和諧社会の創成という新たな環境政策目標が打ち出され,中国の環境政策における新たな局面を迎えたとも読み取れる。しかしながら,急速な社会変化に対する人々の意識と体制が連動しておらず,政策の下流化(人々の生活レベルでの実践)が求められるものの1),むしろ問題は益々拡張しており,その課題解決には,もはや地球規模での英知が求められるといえよう。

伝える心・伝えられたもの —猿島茶 —

宮尾 茂雄

今から数年前の1月,筑波に行った帰り,国道354号に沿って車を運転していた。夕暮れ時で,あたりはだんだん薄暗くなり,少し疲れも感じられた。水海道を過ぎてしばらくいったあたり,国道沿いに何軒もの茶店が軒を連ねていた。このあたりに茶の産地があるという知識もなかったので珍しく思われ,1軒の店の前で車を止めた。お話を伺うと茶農家の方が茶畑の管理から,煎茶の製造までを一貫して行う直販店が今もこのあたりには残っており,店のご主人,齋藤さんもお茶作りをてがけておられるという。その時淹れていただいた猿島茶(荒茶)は,しっかりとした濃い味で,疲れた体に染み込むようで美味しく感じられた。その時以来,時々お茶を送っていただいている。

“薬膳”の知恵(53)

荒 勝俊

人は誕生とともに「生きる」ことが課せられ,全ての知恵を集めて病気を予防し元気で長く生きる方法を模索しつづけてきた。長い歴史の中で人の生死と自然の摂理に対しての科学的思考が芽生え,それが中医学の思想を形作り養生法の開発へと自然に流れて行った。
 中医学は,《すべての物質は陰陽二つの気が相互作用し,表裏一体で構成されている》と考える(陰陽学説)と,《宇宙に存在する全ての事象は“木・火・土・金・水”と呼ばれる五つの基本物質から成り,その相互関係により新しい現象が起こる》と考える(五行学説)に基づいた独自の整体観から構成されている。中医学の中には生活習慣に関する“中医養生”があり,中医学の基礎概念である陰陽五行学説に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作られた食養生(薬膳)や,生命のエネルギー源である“気”を養う事で内蔵を丈夫にして慢性病などの予防を目的にした運動による養生(太極拳)などの養生法がある。

築地市場の魚たち

山田 和彦

朝の築地市場。場内に足を踏み入れると,めまぐるしく動き回るターレット(小型の運搬車)と足早に行きかう人々に圧倒される。さらに“困惑”するのが,迷路のような仲卸の通路であろう。600を超える仲卸店舗がひしめき合う場内は狭い通路が多く,行き来が困難なこともある。さらに,建物全体が扇状になっていて,通路もそれに合わせてカーブしているので,はなはだ見通しが悪い。これは,かつて鉄道貨車輸送のための線路が敷かれていたので,建物もそれに合わせて扇状になっているのだが,慣れていてもときどき自分の位置がわからなくなることがある。場内には番地のようなものがあって,3045番とかロー56とか通路上に書かれている。しかし,数字を覚えるのが苦手な私は,番地よりもなじみの店が一つの目安となる。大通路から何軒目あたりにフグ専門店があって,その先に珍しい魚の多い鮮魚店があって…という具合。ところが,店を回る順序を決めていたので,たまに反対から通ると分からなくなるのには困った。今回は冬の魚。ヒラメを紹介する。