New Food Industry 2009年 4月号

リポ酸科学研究の概要と今後 −第3回α-リポ酸科学研究会を受けて−

松郷 誠一

リポ酸はエネルギー代謝に必須な物質として古くから研究されて来た。歴史的には1937年Snellらの研究1)に端を発している。その後,1951年Reedら2)により,酸化型α-リポ酸が単離同定され,化学構造が明らかにされた。α-リポ酸は図1に示すようにC6位に不斉炭素を有する光学活性な物質であり,動植物の細胞を含めて生体に存在している天然型のものはR-体である。R-体は二電子還元を受けると対応するジヒドロリポ酸に変換される。リポ酸の電子移動を伴う変換プロセス(開環—閉環プロセス)は種々の酵素反応系においても重要な役割を担っている。

α-リポ酸関連化合物を配位したバナジウム(IV)錯体−期待される生理・生化学作用

金森 寛、天田 裕介、小出 佳弘、深澤 彩子、松郷 誠一

近年,in vitro, in vivoの研究から,サプリメントとして摂取されたα-リポ酸が,抗酸化活性を始めとする多彩な生理・生化学作用をもつ微量栄養素であることが明らかになってきた1)。米国では,リポ酸の抗酸化作用が広く注目されるところとなり,アンチエイジング,美肌,ダイエット効果をもつサプリメントしての人気が高まっている。日本でも,2004年に厚生労働省が食品への使用を認めたことをきっかけに,補助栄養食品としてのリポ酸の人気は拡がりつつある2)。
リポ酸の生理・生化学作用の一つに,金属キレート作用が挙げられる。ここで,リポ酸と金属イオンの相互作用について,少し詳しく考察してみる。α-リポ酸の配位可能な部位は,カルボキシレートの酸素原子とジスルフィド結合している硫黄原子である。しかし,これらの原子間の距離が離れているため,S, O-キレート配位することはできない。

α-リポ酸の紫外線照射におけるバイオチオールの影響

和田 直樹、若見 裕隆、小林 展也、小西 徹也、松郷 誠一

α-リポ酸(LA)には抗酸化活性1),摂食抑制2),基礎代謝の亢進3),インスリン抵抗性の改善4),糖取り込みの改善5),脳機能の改善6)などの生理活性があることが報告されている。不斉炭素を持ちR型,S型があるLAは共に1,2-ジチオラン環骨格の還元的な開環と酸化的な閉環反応を行う特性がある。生体内ではR体のみが存在し,ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体の補酵素の一つとしてそのジチオランの酸化還元に共役したアシル基転移反応などエネルギー代謝に重要な役割を担っている。このことから,1,2-ジチオラン環はLAの生理活性の発現に必要不可欠な分子骨格であると考えられるが,光や熱などの外部刺激に弱く,容易にジスルフィド結合が開裂してジチイルラジカルが生成することがこれまでに知られている7)。

酸化ストレス,炎症,発病リスクにおけるApoE遺伝子型の影響力,リポ酸摂取は有効か?

Gerald Rimbach, Toshinori Bito, Laia Jofre Monseny, Christian Boesch Saadatamandi, and Patricia Huebbe

アポリポ蛋白E4(以下ApoE4)の遺伝子型は,罹患率と致死率の増加に関与しており,心血管病,晩発型のアルツハイマー病や他の慢性疾患の有意な危険因子と評されている。ApoEはリポ蛋白代謝の多くの段階で重要な調節因子であり,E4のキャリアーでは高い脂質レベルが病気の危険性増加に寄与すると考えられていた。しかしながら,より最近の研究でApoE蛋白の多彩な性質が証明され,病気の危険度に対する遺伝子型の影響力の多くの部分は,酸化状態や免疫調節因子もしくは抗炎症に関するApoEの作用に依存すると考えられている。細胞実験や遺伝子組み換えマウスそしてヒトでの多くの研究により,ε4の対立形質に関係して,酸化ストレスが高まったり炎症状態が促進することが示唆されている。アルファリポ酸(以下リポ酸)とその還元型のジヒドロリポ酸(以下DHLA)は強力な抗酸化剤であり,いわゆる抗酸化剤ネットワークで中心的な役割を果たす。リポ酸は脂質を低下させ,抗炎症能を示す。とりわけ,最近はリポ酸が神経を保護する役割があることを示す証拠が増えている。一定の割合で存在するApoE4対立形質のキャリアーは,特にリポ酸の補給が必要であることが推測される。

紫外線誘導紅斑反応に対するα-リポ酸の抑制効果とその分子生物学的機序

尾藤 利憲、深町 晶子、島内 隆寿、吉木 竜太郎、小林 美和、住田 奈穂子、上田 正登、高下 崇、野崎 勉、錦織 千佳子、戸倉 新樹

生体内におけるシグナル伝達において酸化還元状態の変化は重要な意味を有する。細胞内においては常にある一定の活性酸素種が存在しており,皮膚の炎症や紫外線刺激などに反応して増減している。紫外線暴露や炎症性疾患などのストレス負荷が増大している状況では,大量の活性酸素が産生され,それらが細胞内のシグナル伝達に影響を与えると考えられる。その際に,ストレス応答因子であるNF-kBやIRF-1などの転写因子が活性酸素により活性化されることが既に報告されている1,2)。それゆえストレス負荷時における活性酸素の産生制御が引き続き生じる細胞内での出来事に影響を及ぼすことが予期される。活性酸素の制御には,ストレスを避けるのが一番だが,現実的には不可能である。そのため,生じた活性酸素を除去する方法が一般的であり,様々なポリフェノールの抗活性酸素効果が検討されている。

Lipoamidase活性測定からのリポ酸体内動態の把握

Wang Manyuan、和田 直樹、松郷 誠一、小西 徹也

α-リポ酸(R-体)は生理的には生体エネルギー産生反応で重要なアシル基転移反応にかかわるピルビン酸脱水素酵素等の補欠分子として重要な役割を果たしていることが1950年代に明らかにされているが,その生体内動態については未だ十分明らかになっているとは言えない1)。生体内ではリポ酸は酵素タンパク質のε-リジン残基と酸アミド結合を形成し,タンパク結合型で存在している。近年,ジチオラン環という特異的な構造特性に起因する酸化還元特性から抗酸化剤としての機能が注目を浴びており,抗酸化サプリメントとして活発に利用されている2)。また,遊離リポ酸あるいはその塩は,ヨーロッパでは糖尿病合併症の治療薬として重要な医薬品として使われている実績があるが,我が国でもD,L-チオクト酸として極度疲労回復や抗生物質などによる難聴等の治療を目的とした医薬品として利用されていた。その関係で生体内動態等の研究は数多く積み重ねられてきているが,体外から摂取されたフリーのリポ酸がどのような体内動態をとるかについては未だ十分な情報が得られているとは言えない。

マウスにおける放射線誘発性脳機能障害および小脳の酸化ストレスに対するα-リポ酸の防御作用

安西 和紀、Kailash Manda、上野 恵美

放射線は両刃の剣である。正常組織に対しては放射線障害を引き起こす恐れがあるが,がん組織に対してはこれを消滅させる効果を有する。放射線の医学利用を推進・高度化するに当たっては,正常組織の障害を低減化する,あるいはがん組織への殺傷効果を増強する薬剤の開発は有用なアプローチの一つである。我々は,これまでに各種放射線防御剤あるいは増感剤の開発研究を行ってきた1-8)。放射線防護効果を示す化合物は多くが抗酸化作用を有するものである。それは,図1に示すように放射線による活性酸素種(ROS)の発生が,生体成分の酸化的損傷を引き起こし,最終的に放射線障害を引き起こすからである。α-リポ酸は抗酸化作用を有することが知られており9),また,生体構成成分であるので,生体に対する放射線防護剤としての可能性がある。α-リポ酸をX線照射前にマウスに200 mg/kg腹腔内投与すると脳を含むマウスの様々な組織の酸化的障害が低減化される3)。すなわち,α-リポ酸は血液脳関門を通過して脳内に入ることから,放射線誘発性脳機能障害の防御に注目して,α-リポ酸の放射線防御効果についてマウスを用いて調べた結果についてまとめる4,6)。

α-リポ酸による酸化ストレス応答遺伝子の発現調節機構

生城 真一、鎌倉 昌樹、榊 利之

ヒトを含めた地球上の多くの生物は,進化の過程において酸素を利用して効率よくエネルギーを得るシステムを獲得することで発展してきた。その一方で,常に外界や生体活動によって生じる活性酸素やフリーラジカルによる酸化障害の危険に曝されている。
 図1に模式的に示しているように大気中の酸素に加えて外界からのさまざまな化合物に起因する酸化ストレスによっても生体は障害を受けている。これらの原因によって引き起こされた酸化ストレスは,タンパク質,脂質,DNAなどの生体高分子を酸化することで傷害を誘導し,発ガンやメタボリックシンドロームなどのさまざまな疾患の一因となることが最近の研究により明らかになりつつある1)。体内で発生した酸化ストレスによる傷害に対して,グルタチオン,チオレドキシンといった物質をはじめとする抗酸化システムを稼働して,酸化ストレスの消去や親電子性物質の排除を可能にしている。このような生体が備えている抗酸化・解毒制御機構において重要な働きを担い,近年注目されているのが転写因子Nrf2 (Nuclear Factor Erythroid 2 - Related Factor 2)である。

バナナ果皮エキスの前立腺肥大抑制作用

石井 美深、小山 智之、野坂 浩資、神藤 宏昭、矢澤 一良

わが国における食事の欧米化と高齢化社会への進展が生活習慣病の急激な増加をもたらしたことに関して,現在では異論を唱えるものはないが,生活習慣の悪い部分を全て避けて通ることは現実問題としては困難である。
 生活習慣病を増加させる主要因であるバランスの悪い食生活や社会環境の中で,健康に生きていくことは極めて大切であり知恵もまた要する。ここで重要なことは,一度悪くなった病気を治す「治療医学」よりも,病気になる時期を遅らせる「予防医学」であり,天寿をまっとうするまで健康でいることである。

コレステロール低下機能性食品開発のためのカタログペプチドアレイによる胆汁酸結合ペプチド探索法

加藤 竜司、蟹江 慧、加賀 千晶、大河内 美奈、長岡 利、本多 裕之

昨今,飽食や運動不足など生活スタイルの変化に伴い,生活習慣病が世界の先進国で蔓延している。がん,心臓疾患,脳血管疾患,糖尿病などが増加し,いずれの疾病の発症と進行には生活習慣が深く関連していると言われている1)。これらの生活習慣病は,肥満を一つの基盤病態とし,高血圧,高脂血症,糖尿病の発症に始まり,心疾患,動脈硬化などの重篤な循環器系疾病を引き起こす危険性が高い。欧米先進諸国では冠動脈疾患などの心疾患が長い間死因別の死亡者数で1位を占め,わが国でも1980年代半ばから冠動脈疾患や脳血管疾患などの循環器系疾患の死亡者数はがんに匹敵するまでになっている2)。
 循環器系疾患は,がんに比べて突発的な死や身体不全を引き起こすことから患者家族へのダメージが大きく,患者の治療や患者予備軍の予防として血中コレステロールを下げるためのコレステロール低下剤の需要が近年急速に伸びている。IMS社の報告によると,2003年の全世界のコレステロール・中性脂肪低下剤の市場規模は261億ドルであり,2003年に始めて全分野で最大市場となっている。

“薬膳”の知恵(34)

荒 勝俊

人体の臓器や組織はお互いに協調し,バランスを取ることで一つの完整された人体を形成しており,それらのバランスを保持することにより正常な生理活動を維持している。即ち,局所におけるバランスの変化は全身に影響を及ぼし,内臓の変化は五官,四肢,体表などに変化を及ぼす。こうした観点から,中医学における証の診断は,舌を観察し,脈を診断し,声を聞き,症状を尋ねる事で,体の各方面に現れた変化を情報として取り出す事で行われる。具体的には,視覚により全身および局所の状態を観察する「望診」,聴覚と嗅覚により声や分泌物の臭いの異常を知る「聞診」,本人や家族から自覚症状,愁訴を詳しくたずね,病気の経過,熱・汗・食欲など診断に必要な情報を収集する「問診」,直接触れて診察する「切診」の4種類の診断方法(四診)から構成されている。四診で得られた情報を整理・分析し,「証」を見極める事で各々の状態により適した治療方法を選択する根拠(弁証論治)ともなる。

連載 薬膳の知恵 (20)

荒 勝俊

気・血・津液はこれまでに述べてきた様に,ともに生命活動の基本的な物質であり,これらは水穀の精気から作られ,絶えず体内をめぐっている。こうした気・血・津液は互いに化成しあい,協調しあっているが,不足あるいは過剰になればその運行に障害が起こり,最終的に臓器に影響を与える事になる。今回紹介する気血津液弁証法は,中医学における気・血・津液の関係の理論から病変を分析し症候を弁証する方法として重要な位置を占めている。本弁証法は,大きく“気病弁証”,“血病弁証”,“津液弁証”の三つに大別され,今回はその中で“津液弁証”に関して述べる。

築地市場の魚たち

山田 和彦

今回からは築地市場に入荷する貝類を五十音順で紹介する。これまで同様,片仮名表記は標準和名のもの,平仮名表記は市場での呼び名や地方名などである。