New Food Industry 2009年10月号
インフルエンザ予防素材の開発 ―カシスエキス─
渡辺 剛、保井 久子
2009年3月メキシコから発生した新型インフルエンザは,ブタ由来のH1N1型と同定され,3ヶ月の間に74カ国3万人の感染者が確認された。また6月11日にWHOは,警戒度フェーズ5からパンデミックである世界的流行を示すフェーズ6へと引き上げた。この新型インフルエンザ感染による死亡率は,2009年6月の時点で0.5%(約150名) 1)であり弱毒性のインフルエンザと言われている。しかし,1900年代の世界的に流行したインフルエンザであるスペインかぜや香港かぜでは感染者数が50万人から6億人とされており,今後この新型インフルエンザが,このように世界的流行した場合,死亡者数は数万人~数10万にもおよぶことになる。
「明日葉カルコン」のメタボリックシンドローム改善作用
大野木 宏、榎 竜嗣、工藤 庸子、速水 祥子、出口 寿々、水谷 滋利
明日葉(学名:Angelica keiskei)はわが国の太平洋岸の温暖な地域に生育するセリ科の大型多年草である。明日葉の名は「今日摘んでも明日には葉が出る」ということに由来し,明日葉が生命力に満ちた植物であることを象徴している。明日葉は古くは 16世紀の中国明朝時代で編まれた「本草綱目」に記されている。また江戸時代中期に貝原益軒によって完成された「大和本草」では鹹草(かんぞう)の名で紹介され,八丈島で食されているという記載がある。明日葉はβカロテンやビタミンK,カリウム,食物繊維などを豊富に含み栄養価の高い野菜であるが,その最たる特徴はその茎を切った時ににじみ出る黄色い汁といえる(図 1)。八丈島では民間薬としてこの黄汁が皮膚病や水虫の治療に用いられていた。この黄色の主成分はフラボノイドの一種のカルコン類である。
天然と無添加の表示,食品添加物忌避について
藤田 哲
自社の製品を差別化するため,種々に工夫した表示を用いる食品企業は多い。巧妙な表示も,それが虚偽でない限り許されることである。例えば,「天然の贈りもの」,「自然の恵み」,「天然素材の××」などは意味不明瞭で,差別化の力は弱いが,天然水使用,天然塩使用,天然酵母使用などはかなりの差別化効果があるだろう。「天然」は「有機やオーガニック」と共に,買い手への満足と環境へのより良い貢献の印象を与える。しかし,それらが差別化に用いられる以上,「天然」はその定義を明確にする必要がある。日本には公的な天然の定義はないが,アメリカの例を用いてその概要を述べる。
どの国でも食品添加物を好む消費者はいない。また食品添加物を好んで多用する業者はいないだろう。しかし,日本人ほど食品添加物を忌避する国民はない。この小文では,食品添加物の安全性について解説する。また,無添加を表示する食品の実態は,現実的に意味のない欺瞞的行為であることを述べる。さらに日本人の食品添加物への異常な忌避の原因を探る。
ローヤルゼリー中の生理活性糖タンパク質に結合するユニークな糖鎖の構造特性,生合成および生理機能
木村 吉伸
ローヤルゼリー(Royal jelly, 以下RJと略する)はミツバチ(働き蜂)の頭部に存在する外分泌腺(下咽頭腺および大あご腺)から分泌される白乳色のクリーム状物質であり,種々のビタミン類,ミネラル,糖質,アミノ酸,タンパク質成分を含んでいる1,2)。特にタンパク質成分含量は十数%程度をしめており,これらは若い働き蜂(育児蜂)の下咽頭腺から分泌されることが知られている。ちなみに,このタンパク質含量は鶏卵のタンパク質含量に匹敵しており,RJが高タンパク質性食品と呼ばれるゆえんである。もともと,RJは幼虫がミツバチ社会を統率する女王蜂へと分化するために必須の餌であり,RJ摂取量の差が「働き蜂」となるか,「女王蜂」になるかを決定する要因となっている1,2)。RJを十分量摂取した女王蜂は働き蜂に比べて数十倍の寿命を持ち,体長は3倍,一日に2000個以上も産卵するといわれている。これらの興味深い観察に触発されてか,RJの機能性食品としての研究がこれまでも盛んに行われており,様々な薬理様効果も報告されてきている。
理想化される女性の身体像—自己対象化から考察するスリム・ダイエット志向—
三好 恵真子、中野 舞
米国のワールドウォッチ研究所が発表した地球白書の「摂食不足と摂食過多:世界に広がる栄養障害」では,国連や各国の研究機関の統計を基に,過去20年間における食生活の変化に伴う問題を取り上げ,注目を集めた1)。すなわち,世界的な経済繁栄の裏で生じてきた開発のゆがみを指摘しながら,飢餓に苦しむ人々の人口が11億人存在する反面,栄養過多の人口も急増し,すでに11億人に達しているという著しい世界の食のコントラストを警告したのである。さらにこうした状況は,近年経済発展の著しいアジア諸国において,貧富の格差を反映して同一の国内でも見られる現象になりつつあり,途上国においても肥満の増加が著しくなっていることが各地で報告されている。
リグノセルロースの化学資源化への動き
兎束 保之
地球全体を視野に入れ,バイオ資源(資源として考えたときの生物総量:バイオマス)の年純一次生産量(NPP)は,エネルギー換算すると人類が年間に使っている全エネルギー量を上回っているほど多い(3-4-4 参照)。さらに生体構成部分の蓄積量と遺体(3-4-2 参照)をあわせたバイオマス総蓄積量は,年純一次生産量の10倍にも達すると計算されている。論理的にはこのような数字になっても,光合成で形成された植物資源を計算通りに利用できるかとなると,国により,気候帯や地形により様々な制約がついてくる。
もう一方で,現在を生きている我々は,人類に与えられた使命として,地球自然環境をこれ以上破壊しないように注意を払わなければならない。地球上で唯一の持続的供給が可能な資源ともいうべきバイオ資源を,無駄なく有効に利用する方法を考えてゆく義務がある。将来の生活はどうあるべきかを綿密に考察したうえで,最も合理的にバイオ資源を利用する心を持って,研究に,開発に,そして生産活動にあたる必要がある。
伝える心・伝えられたもの
宮尾 茂雄
今年は3月下旬に桜の満開を迎え,4月半ばを過ぎると,庭の茶の木(Camellia sinensis)が光沢のある柔らかな新芽を出し始めた。それを見ていると,昔祖母がお茶作りをしていたことを思い出した。「八十八夜の新茶を飲むと寿命が延びる」と語っていたので5月初め頃だろうか,祖母は自宅と,親しくしていた隣家の茶の新芽を摘んで,1日かけてお茶を作っていた。今から40年以上前のことで,まだ自宅には長火鉢があり,その上に和紙を敷いた簡単なほいろを載せて1),蒸した茶葉を半日以上かけて手揉みしていた。ザルに山のように摘んだ新芽は,夕方になると両手に入るくらいの一握りのお茶になり,祖母の手は茶渋ですっかり黒くなっていた。祖母が淹れた出来立てのお茶は淡いみどり色で,いつもの飲み慣れたお茶に比べると淡白で,ほのかに若葉の香りがした。
茶の木は今も庭の隅にあるが,その後何十年も茶葉を摘むこともなく,チャドクガが出るので家人からは敬遠されていた。また隣家の茶の木は今年3月に取り払われてしまった。
連載 薬膳の知恵 (40)
荒 勝俊
“薬膳”を簡単に定義すると,健康を守るうえで「食材は病気になる前に体のバランスの崩れを正すための最高の予防薬(食養)」,「すべての食材には薬効があり,疾病の治療に有効(食療)」という二つの中医学の理論に基づいた考え方を核として,病気の予防・回復を助け,健康を維持するための食事の事である。そこで,薬膳に用いる食材の持つ潜在能力を最大限発揮させる為には,食材の働きを把握し,季節,体調を考えて,組み合わせを工夫することが基本となる。即ち,体の状態を知り,体が望む最適な食材を選ぶ事が薬膳料理の基本であり,こうした体の状態を診断する診断法を知る事が重要となる。
築地市場の魚たち 魚の歳時記 −夏−(7)