New Food Industry 2009年 1月号

新春巻頭言 二 都 物 語

宮尾 茂雄

夏の強い日差しが少しずつ和らぎ始めた9月上旬,中国,成都にある四川大学を訪れた。発酵食品(主に中国酒)を研究されている張文学先生と7年前にお会いして以来,客員教授として大学院の学生に,日本の発酵食品,加工食品の講義を毎年続けている。四川大学は学生数6万人,教員数4千人という中国有数のマンモス大学で,学生は中国各地から集まり,学生寮で寄宿生活をしながら学んでいる。中国では基本的に全寮制なので,広大なキャンパスには学生寮,教員寮,ゲストハウス,学生専用の病院や銀行,スーパーマーケットなどもあり,さながら一つの町の様子を呈している。日本からの留学生も見かける。四川大学での講義を終え,成都から西安に移動し,念願であった秦の始皇帝稜と兵馬俑博物館を訪れた。

新 春 随 想 語り継ぎたい米作り体験

山下 洵子

「ギョウザ事件」の真相が解明されないうちに,今度は「汚染米」が明るみに出てきた。次々にむき出しにされる衝撃的な事実から,この事件は,誰かの金儲けが優先され,そつなくやれば悪事がばれないともくろんだ人たちによる人為的な事故であることが分かった。一方で,何をどう口にしようとも,食のほとんどが海外依存であることをはっきり知らされた。
 私たちは,事実を知れば知るほど,こうした「汚染」は,単に業者や官僚の悪徳を責めたて政治の不手際を突くことでは解決しない,と気づいた。自分が食べる米なのに,全てを他人任せにする流れがいつの間にかできて,その道を疑うことなく急いでここまで進んできた結果がこうしたかたちで現れたことに気づかされた。

食 習 慣 と が ん

津金 昌一郎

米国ハーバード大学のがん予防センターは,主にヒトを対象とした疫学研究論文(=エビデンス)を総括して,米国人のがん死亡において食事要因が寄与する割合,すなわち,成人期の食習慣や肥満,そして運動不足の改善によりがんの35%が予防可能であると推計している 。主として欧米人を対象とした疫学研究を根拠として導き出された,肺・大腸・乳房・前立腺などのがんが主要な部位である米国における推定値であることに留意しなければならないが,日本人においても,がんの発生に食習慣が深く関わっていることには違いがないと思われる。
 本稿においては,食事要因とがんとの関連について,エビデンスに基づく因果関係評価の現状について紹介する。。

高齢者食品に求められる安全性

井上 誠

ADLの低下した高齢者や有病者にとって,口から食べることは残された楽しみのひとつである。ことに,戦後の高度成長期を経験してきた世代が高齢者に向かうこれからの時代は,豊かな生活の維持のために「安全に,おいしく食べることができる」環境を整えることが大切な要素となる。高齢者や種々の疾患をもった患者では,体の衰えとともに飲み込む力が弱くなり,咀嚼力(そしゃくりょく,咬む力)の低下,唾液分泌量の低下も伴うことで食塊(しょっかい,咀嚼によって粉砕された食物が唾液といっしょになって作られる)が食道に流れずに気管に落ち込む(誤嚥する)ことにより,嚥下性肺炎を発症し命に関わることもあり得る。
 また,認知機能に障害をもった場合は,口の中に食物を溜めたまま飲み込まない,一口量の制限がきかずに口いっぱいに食物を溜め込んでしまう,食べる順番がわからないなどの問題を抱えることがある。その結果,要介護者のみならず介護者の肉体的・精神的負担の増加を来たし,最後には経口摂取をあきらめざるを得ない状況に追い込まれるかも知れない。

クマザサ抽出液(ササヘルス)の抗炎症作用

坂上 宏、周 麗、儲 慶、王 勤濤、北嶋まどか、大泉 浩史、大泉 高明

大和生物研究所(本社:神奈川県川崎市)は昭和43年の創業より40年間,主力商品であるクマ笹の葉を原料とした一般用医薬品「ササヘルス」(厚生労働省承認医薬品)の製造・販売を行う傍ら,原料の笹に対する研究に力を注いでおり,成分研究や基礎研究にとどまらず,笹の周辺文化までも研究対象にしている。
 具体的には現業である「医・薬」の分野を中心に「食・農・美・住」という分野にも,笹を軸に研究開発を進め,笹を生活空間に新しい形で取り入れた「クリーンで,健康で,美しい」生活スタイルの提案を行なっている。平成18年より,同社は長野県茅野市上原山工業公園内の同社蓼科工場の敷地約7500坪内に,笹類の種数では世界最大規模となる「蓼科笹類植物園」の建設を進めてきた。平成20年10月に第一期工事が完了した同園は,笹による医・薬・食・農・美・住の統合を目指した「笹文化圏」を創設するための中心的役割を担う。

しょうゆ諸味由来乳酸菌Tetragenococcus halophilus KK221(Th221株)の抗アレルギー作用

西村 郁子、小幡 明雄

昨今,特に先進国においては,アレルギー疾患が急激に増加する傾向にあり,それに伴い医療費も増大している。その1つであるアレルギー性鼻炎では,くしゃみ,鼻みず,鼻づまりなどの症状を呈し,多くの場合,頭痛や疲労も伴い,QOL(生活の質)が低下することが知られている。
 アレルギー性鼻炎は,症状が一年中現れる「通年性アレルギー性鼻炎」と,花粉症などの,ある季節だけに現れる「季節性アレルギー性鼻炎」に分類される。通年性アレルギー性鼻炎の主な抗原は,ダニやハウスダストと言われている。日本においてその罹患率は18.7%に達し,スギ花粉症(罹患率16.2%)よりも患者数が多い疾患である1)。治療法としては,抗原の回避や除去,そして薬物療法が最も一般的である。薬物療法においては,ケミカルメディエーター遊離抑制薬,抗ヒスタミン薬,ステロイド薬などが用いられるが,長期間の投与で副作用を示すものも多い。

ペプチドと高血圧予防

松井 利郎

トクホ,すなわち特定保健用食品は,厚生労働省認可の健康機能が明らかとされた“食品”のことである。最近では大衆薬等を凌駕する市場規模となりつつあり,健康維持・改善を食品に求める傾向がますます強まっているようである。実際,トクホ市場は年々増加しており,2007年度の実績では6,800億円以上の市場規模となっている(標記許可・認可数は796品目,2008年9月現在)。本稿での高血圧(血圧が高めの方)に関するトクホ商品についても,表1 に示すように,現在13種類の成分組成が利用されている1)。作用機序についての詳細は後述するが,ペプチドを関与成分とする製品が多くを占めているのが現状といえる。そこで,血圧調節に関わるペプチド生理について最近までに得られた知見を中心に概説する。

アンセリン含有フィッシュペプチドの高尿酸血症への効果

青木 恵理

近年の生活習慣の欧米化や高齢者の増加により,生活習慣病やメタボリックシンドロームの有病者や予備軍が増えてきている。そのため厚生労働省は,新しい健診制度である「特定健康審査・特定保健指導」を平成20年4月から施行した。このことにより日本における生活習慣病およびメタボリックシンドロームへの関心度がさらに上がってきている。
 生活習慣病の概念はその病名の通り「食習慣,運動習慣,休養,喫煙,飲酒などの生活習慣が病気の発症,進行に関する疾患群」であり,この状態になると動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳梗塞など)の危険性が高まると言われている。生活習慣病の代表例としては糖尿病や心臓病,脳卒中などが挙げられるが,高尿酸血症や痛風もその一つである。1960年以前は日本では痛風はほとんどみられない病気であったが,最近では成人男性の5人に1人が痛風予備軍といわれる高尿酸血症に罹患していることから痛風は非常に身近な病気になってきている。

加工形態の異なるおから含有食品の血糖値上昇抑制効果と嗜好性 特にケーキとドーナツとの違いについて

舩津 保浩、西村 由紀子、白砂 いずみ、西尾 由紀夫、上馬塲 和夫、石下 真人、真船 直樹

豆乳や豆腐の製造工程で副産物として排出される「大豆おから」は原料である大豆が含有するタンパク質の他,ビタミンやミネラルのような成分や,大豆イソフラボンなどの機能成分も残存していると報じられている1-2)。とくに,100gあたりの食物繊維量は豊富であること3)や消費者の健康志向も高まっていることから,最近では「大豆おから」を利用したクッキー,パンおよびドーナツなどの様々な食品が市販されている。
 これまでに著者ら4)は「大豆おから」を利用したおからドーナツを製造し,嗜好性や血糖値上昇抑制効果について通常のプレーンドーナツ(対照ドーナツ)と比較した。その結果,「おからドーナツ」は「対照ドーナツ」よりも嗜好性が高く,対照ドーナツと同じような嗜好性を示す食品であり,一般成分より算出されたエネルギー値や血糖曲線から得られたグライセミックインデックス(GI)5)はともに「対照ドーナツ」より「おからドーナツ」の方が低いと報じた。しかし,食品は原材料や加工形態によりGIに違いが認められること6)から,おから含有食品でも加工形態の違いによりGIが異なる可能性がある。本稿では大豆おからを含有するケーキとドーナツについて血糖値上昇抑制効果と嗜好性について比較検討した結果をご紹介する。

グリスリンとPCOS(多のう胞性卵巣症候群)

安西 英雄、富永 国比古

グリスリンはマイタケから得られるグリコプロテインである。グリスリンは血糖降下作用を示し,インスリン抵抗性を改善することが示唆されている。一方 PCOS(Polycystic Ovary Syndrome:多のう胞性卵巣症候群)は排卵障害を呈する代表的な疾患であるが,その発症にはインスリン抵抗性が関与しているとされている。このたび PCOS患者にグリスリンを投与し,同疾患に繁用される漢方処方である芍薬甘草湯と臨床効果を比較した。グリスリン投与群は芍薬甘草湯群よりも有意に高い排卵率を示し,グリスリンはPCOS治療において重要な役割を果たす可能性が示唆された。

「経口投与剤」と食品の機能性を考える—ナットウキナーゼ剤の合成アミド分解能,ならびに力価検定法—

須見 洋行

「人間は血管と共に老いる」と言われるほど,血管は人間の寿命と密接な関係にある。血管の老化は血管の壁が厚くなって,柔軟性がなくなり,血管が劣化したり狭くなってしまう「動脈硬化」が原因である。近年,血栓形成抑制や循環改善,血圧降下も確認され,そして冷え性などに有効なナットウキナーゼが期待されている。
 今,なぜナットウキナーゼなのか,経口化されている酵素,抗炎症剤と共にその歴史をたどってみる。

生体アミンの経口摂取による有用昆虫の行動操作

佐々木 謙

動物は食物を摂取し,その栄養成分を生命維持の活動のために利用する。食物中には,脳や神経系に作用する生理活性物質が含まれていることがあり,それらを経口で摂取すると,腸から血液中に吸収され,脳や末梢神経系に作用する。脊椎動物の場合,脳は血液中の特定の物質のみを選択的に取り込む機構を備えているが,無脊椎動物では,その機構が脊椎動物ほど発達しておらず,脳は血液中の生理活性物質の影響を受けやすいと考えられている。本稿では,無脊椎動物,特に昆虫を例に,経口から摂取される生理活性物質が,個体の行動や繁殖に与える影響を紹介したい。さらに,このような研究が,人工飼料による有用昆虫の行動操作や害虫駆除などを目指す応用研究に発展する可能性についても言及したい。

食の安全 食品の期限設定のための検査の実際

辻 裕文、小林 政人

近年,食の安全・安心の問題が大きく取り上げられている。安全・安心な食品を食べたいという消費者の願いを裏切るように次々とずさんな食品製造の実態が露呈している。特に平成19年度は1年間の世相を表す一字が「偽」であったことを象徴するように,全国各地で期限を過ぎた原料の使用や製品の期限表示の偽装といった多くの改ざん事例が発生し,消費者の食の安全・安心に対する信頼を大きく失墜させる結果となった。また本執筆中にも汚染米事件が発生し食の安全性失墜に歯止めがかからない状況を呈してきており,誠に憂慮すべき事態である。本来,食品表示の役割とは,消費者に対して,健康危害を防止するための情報や商品を選択するための情報を提供するものであり,消費者と食品事業者を繋ぐ窓口となり,正しい情報を共有化することで信頼関係を構築するものである。
 本稿では,食品の期限表示に必要な情報を解説した上で,期限表示を設定に関する検査事例について述べる。なお,本稿で検査に用いた検体は公開されている情報をもとに当財団で調製したものである。

食品の放射線照射

石居 昭夫

米国では,保存期間の延長やサルモネラ菌,大腸菌のような食中毒の原因となる微生物の殺菌の目的で食品に対する放射線の照射が一定の条件のもとに認められています。たとえば,非加熱処理の生豚肉に対して旋毛虫の抑制,生鮮食品に対する成長や熟成の防止などの目的で照射が認められます。1958年に成立した「食品添加物改正法」(連邦食品医薬品化粧品法に対する改正法)は食品に対する照射源を食品添加物と明確に定義しました。この法律のもとに,FDAは放射線の非包装食品への直接的な照射,それに包装食品への照射に対する規制の権限を与えられました。
 電離放射線の照射は食品の寿命を延ばすだけでなく,その品質と安全性を改善することが知られています。日本を含めて世界の消費者の間では,まだまだ照射食品の安全性が不安視されているようですが,FDAをはじめ多くの国の規制機関,それに国際機関も使用基準に従って照射処理された食品は安全かつ衛生的であるとしています。