New Food Industry 2018年 8月号
総 説
コーヒー豆中のキサンチンオキシダーゼ阻害物質
―コーヒーの痛風発症リスク軽減効果の解明を目指して―
増田 晃子 (MASUDA Akiko),福山 侑弥 (FUKUYAMA Yuya),本田 沙理 (HONDA Sari),飛高 佳代 (HIDAKA Kayo),増田 俊哉 (MASUDA Toshiya)
全日本コーヒー協会発表の嗜好飲料消費統計1)によると日本のコーヒーの消費量は過去35年の間に毎年増加し,2016年には47万tに達した。これは,2位のお茶(緑茶+紅茶)の9万tをはるかに超えており,今の日本人の食生活の中でいかにコーヒーが欠かせないものになっているかがわかる。なお,コーヒーの原料であるコーヒー豆(生豆)は日本では生産できず,100%輸入品である。コーヒー豆はアカネ科コーヒーの木の実の中から種子を取りだし,洗浄後乾燥したものであり,北緯25°と南緯25°間のいわゆるコーヒーベルトを形成する生産国(生産量約900万t /年)から生豆として世界に輸出されている(輸出量約300万t /年)2)(図1)。品種としてはスペシャリティーコーヒーとして多様な銘柄があるアラビカ種とインスタントコーヒーやアイスコーヒ-によく使われるロバスタ(カネフォーラ)種の主要2種類があり,生産量,輸出量ともにおよそ3対2の比率である。そしてコーヒーは世界で最も消費される嗜好飲料となっている。
コーヒーは,食品としては好みにより摂取される嗜好品に属するが,ヒトに対する効果が古くから知られ,また研究もされている。アロマ成分によるリラックス効果,カフェインによる覚醒作用などのよく知られた効果の他に,最近では,アルツハイマー病予防や糖尿病の抑制などの効果も期待されている3)。
ところで,コーヒーの常飲が痛風発症を軽減することを,2007年に米国のChoiらは4)大規模な疫学調査の結果から報告した。痛風はかつて王の病気といわれたように裕福な人々のみが罹患する疾病であったが,最近の生活の変化,特に食事内容の変化により一般人でも急増しており,いわゆる生活習慣病の一つとなっている。痛風はプリン代謝系の異常により血中に尿酸が過剰に蓄積した結果,炎症を引き起こすもので,他の様々な疾病の原因になるとも言われている。また,働き盛りと言われる中年男性の罹患率が高い特徴を有する。痛風発症後,他の疾病を誘発する前に治療する薬品は複数存在するが,食生活に密接に関わる痛風は食生活の中でかからないようにするのが望ましい。Choiらの報告はコーヒーにその可能性を示したものである。また,Choiらは5)コーヒー飲用量と血中尿酸量が負の相関を示すことも報告しており,コーヒー特有の成分が直接的に痛風の原因物質である尿酸産生をコントロールしている可能は高い。そこで我々は,尿酸がプリン代謝経路の律速酵素であるキサンチンオキシダーゼ(XO)により生成することから,コーヒーにXO阻害物質があると考え研究を行ってきた。なお,痛風発症の予防にはXO阻害以外にも様々な方法があり,コーヒーについても本誌で論じられているので,鈴木,岡による総説6)を参照していただき,本稿ではコーヒー豆の焙煎によって生じたXO阻害物質について紹介する。
ピシウムによるEPA生産の可能性
The production potential of eicosapentaenoic acid by Pythium.
永峰 賢(NAGAMINE Tadashi),吉田 磨仁(YOSHIDA Kiyohito),松下 貴子(MATSUSHITA Takako),田中 淳和(TANAKA Yoshikazu),松浦 昌平(MATSUURA Shohei),東條 元昭(TOJO Motoaki)
Abstract
Eicosapentaenoic acid (EPA) and docosahexaenoic acid (DHA) are dietary n-3 polyunsaturated fatty acids (PUFAs) and indispensable for healthy human life. These n-3 PUFAs utilized for pharmaceuticals and supplements are mainly obtained from fish oil extracted from marine fish. However, the global catch of fish has approached the upper limit that can be sustainably harvested from available resources. Therefore, alternative materials in place of fish oil are required and several microorganisms have been exploited for production of the n-3 PUFAs. In this review, we will discuss potential and prospects of EPA production by using filamentous microorganisms Pythium.
エイコサペンタエン酸 (EPA)をはじめとするn-3系不飽和脂肪酸はヒトの健常な生活に欠かせない必須脂肪酸であり,日常的な摂取が求められている。特にEPAには抗炎症性作用や中性脂肪を下げる効果等が知られており,サプリメントとしての需要も高い。n-3系不飽和脂肪酸は海洋性魚介類の油脂に多く含まれていることから,主に魚油がその供給源として利用されている。しかしながら,全世界的に魚の供給能力は上限に達しており,代替供給源が必要となっている。このため,微生物を用いたn-3系不飽和脂肪酸の生産が試みられてきた。本稿では,微生物のピシウム (Pythium)を用いたEPA生産の可能性について話題を提供したい。
澱粉消化性および食後血糖値に対する澱粉系食品の物理的特性の影響
佐々木 朋子 (SASAKI Tomoko)
食後の急激な血糖値の上昇(血糖値スパイク)について,消費者の関心が高くなっており,低糖質に着目した食品,食事メニューが流行している。我々の主食となるご飯,麺類,パンといった食品は澱粉が主要な成分であり,しかも糊化した状態の澱粉含量が高いため,消化酵素の作用を受けやすい。その結果,消化過程で急速にグルコースまで分解された後,グルコースが血中へ放出されるため,食後血糖値が上昇しやすい食品として知られている。食後の急激な血糖値の上昇を抑えるためには,食品に含まれている澱粉が緩やかに消化酵素によって分解されるような食品の形態であることが望ましい。同じような高い澱粉含量の穀類から製造される澱粉系食品の中でも,パスタはパンなどに比べて比較的血糖値の上昇が緩やかであることが30年以上も前に報告されている1)。これはパスタの構造上の特徴から,内部に包括された澱粉に消化酵素が作用しにくいためと考えられている2)。このように食品の形態やマトリクス構造は,食品中の澱粉の消化速度および食後の血糖値に重要な影響を与えているため,食品の物理的特性を決定づける加工調理プロセスは食後血糖値と関係性の高い要素である。本稿では食品の物理的特性に着目して,澱粉消化性および食後血糖値の制御機構を解明するために,代表的な澱粉系食品である炊飯米とパンを用いて,炊飯米については炊飯条件,パンについては添加剤の影響を検討した結果をご紹介する。
腸内細菌叢とポリフェノールの相互作用 -カテキン類を中心として-
海野 知紀(UNNO Tomonori)
ヒトの腸内には1000種類,100兆個ともいわれる細菌が常在している。母体内は細菌が少ない環境下にあることから,出生後に外部の環境に晒されることにより,口腔から肛門に至る管腔内に多くが住み着く。ヒトの腸内で検出される細菌は,Firmicutes,Bacteroidetes,Actinobacteria,Proteobacteriaの4門だけでほとんどを占める1)。さらにその中でもFirmicutesとBacteroidetesの2門が最優勢である。これらの菌同士が相互に作用しながら,長い年月をかけてヒトの腸内環境に適応し,ユニークな腸内細菌叢を形成してきたと考えられる2)。古くより,腸内細菌はエネルギー源としての難消化性炭水化物の利用,ビタミンK,B6等の産生など,宿主であるヒトの栄養にとって密接な役割を担っていることが明らかとなっている。
ポリフェノールは植物中に広く存在する多様な化合物である。緑茶はポリフェノールの良い供給源であり,日本人の高齢者を対象とした食事調査によると,1日当たり緑茶由来のポリフェノール摂取量は397±351 mg(平均±標準偏差)であることが報告されている3)。これはコーヒー由来のポリフェノール摂取量に次いで高い。緑茶として摂取したカテキンは直接大腸に到達することから,大腸に生息する腸内細菌は日々カテキンと接していると考えられる。本稿では,腸内細菌叢とポリフェノールの相互作用と題して,特にカテキン類にフォーカスし,腸内細菌によるカテキンの異化(catabolism),カテキンが腸内細菌叢の構成並びに腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸に及ぼす影響の点からアプローチする。
野山の花 — 身近な山野草の食効・薬効 —
オニユリ Lilium lancifolium Thunb.
(ユリ科 Liliaceae)
白瀧 義明(SHIRATAKI Yoshiaki)
梅雨が終わり,暑い夏の訪れる頃,山麓の山道を歩いていると茂みの中で濃いオレンジ色の花弁に濃褐色の斑点をつけたユリの花を見かけることがあります。これがオニユリです。オニユリは,中国,朝鮮半島,日本に自生し,北海道から九州の平地・低山にかけて普通に見られます。今では,観賞用に庭などに植えられ,園芸植物として定着していますが,中国からの渡来種と言われ,草丈1~2mになる大型のユリです。花には,雄しべが6本あり,葉は互生,先端がゆるく尖った披針形で,茎は紫褐色で細かい斑点があります。地下にある鱗片葉をビャクゴウ(百合,Lilii Bulbus)といい,消炎,鎮咳,利尿,鎮静作用があるして,漢方では,慢性化した咳,血痰,熱病の余熱の下がらないもの,精神恍惚状態,脚気浮腫などに鎮咳去痰薬,精神安定薬の目的で,辛夷清肺湯,百合知母湯,百合地黄湯などの処方に配剤されます。成分はフェノールグリセリドおよび,配糖体の1-O-p-coumaroylglycerol, 3,6’-O-diferuloylsucrose, regaloside A, Fなどが知られ,基原植物の一種であるハカタユリL. browniiからはステロイドサポニンのbrownioside,ステロイダルアルカロイド配糖体のβ1–solamargineなどが報告され,テッポウユリLilium longiflorumからはregaloside B, D, Eなども報告されています。これらのユリの鱗片葉は薬用としてはもちろん,食品としても有用です。
連 載
デンマーク通信
デンマークの学年末
Naoko Ryde Nishioka
デンマークの学校は,8月から新学年が始まり,6月に学年が終わります。6月末から8月上旬がデンマークの夏休みの時期で,社会人も,だいたいこの期間内に,3週間から4週間の夏休みを取ることが多いようです。そのため6月末は,卒業式などの区切りのシーズンで,学年末の試験が終わると,パーティーなどのお祝いムードが,様々な場面で見られます。6月末は,日本ではまだ梅雨の時期ですが,デンマークでは,北欧の一番いい季節,夏であり,また夏至を迎えるため,日が最も長く,夜の10時くらいまで昼間のような明るさで,幸せムードが漂う時期です。
そこで,この卒業式シーズンによく見られる,デンマークならではの光景と,それにまつわる食べ物について今回は紹介したいと思います。
解 説
グルテンフリ−穀物 食品と飲料,セリアック病−2
瀬口 正晴(SEGUCHI Masaharu),竹内 美貴(TAKEUCHI miki),中村 智英子(NAKAMURA chieko)
本論文「グルテンフリ−穀物 食品と飲料,セリアック病−2」は, “Gluten-Free Cereal Foods and Beverages” (Editted by E. K.Arendt and F.D.Ballo) 2008 by Academic Press (ELSEVIER), の第1 章 Celica disesse by Carlo Catassi and Alessio Fasanono の一部を翻訳し紹介するものである。
海中無給餌飼育で死亡するシロザケ稚魚の肥満度や体成分
大橋 勝彦 (OHASHI Katsuhiko),酒本 秀一 (SAKAMOTO Shuichi)
前報1)でシロザケ稚魚を海中で無給餌飼育した時の生残率に及ぼす要因を供試魚の質,水温や水深,餌となるプランクトンの種類や量などに着目して検討した。最も強く作用していたのは供試魚の質で,魚体の脂質量が多くて肥満度が大きい区程生残率が高かった。水温や水深の影響も認められたが,供試魚の質より影響は小さかった。
海中飼育中に主たる餌になっていたプランクトンはHarpacticoida(ソコミジンコ類)であったが,資料不足で生残率との関係を議論するには至らなかった。また,供試魚はソコミジンコ類を食べてはいたが飼育日数が長くなるに従って肥満度が小さくなって魚体の脂質量が少なくなっていたので,プランクトンだけでは体を維持出来るだけの栄養は取れていなかった。
以上の結果から,シロザケ稚魚を海中で無給餌飼育した時に生残率を左右する最も大きな要因は供試魚の質,具体的には供試魚の脂質量であると判断した。稚魚を河川に放流する前に魚体の脂質量を多くすれば放流後の生残率が高くなり,親魚の回帰率も向上するのではないかと推測出来る。淡水で飼育する段階で魚の成長や飼料効率等の飼育成績を改善し,魚体の脂質量を多くするには飼料に魚油2)を外割で約7%(飼料の脂質含量で約12%)添加すれば良いことを確認している3)。飼料への魚油添加によって魚の成長や飼料の効率が高くなるのは飼料成分の魚体蓄積率が高くなることによる1)。
本報告ではシロザケ稚魚を海中で無給餌飼育した時に死亡する魚の肥満度や体成分量等の特徴や,無給餌飼育後給餌を再開しても既に回復不能になっていた魚の特徴などについて検討した。また,時季による胃内容物の違いや海域のプランクトン組成と魚の胃内容物の関係についても簡単に触れる。
酒たちの来た道
酒造りの文明史⑪
古賀 邦正
日本酒の来た道(2):縄文時代の“穀物の酒”
前回,日本列島の誕生から縄文時代までの変遷の概略を述べた。縄文の土器や土偶のレベルの高さに驚かされた。また,縄文人は狩猟・採集・漁撈を通して多様な食物をバランスよく食べていた。縄文の酒についても“口かみ酒”やヤマブドウやニワトコの果実などの液果を原料としたワインの可能性について指摘した。しかし,日常の生活の中で飲酒が定着するには,やはり穀物を原料とした酒の誕生が必要である。縄文時代にプレ農耕が始まっていたことについて前回触れたが,今回は大陸での動きも含めて縄文時代の農耕の様子と収穫された穀物からの酒の誕生の可能性について述べることにしたい。
世界の学食(2) School cafeteria in the world (2)
―メキシコ国立自治大学レオン(UNAM)
- Leon unit of the National Autonomous University of Mexico (UNAM)
ガルシア-コントレアス レネ (GARCIA-CONTRERAS Rene),アルバラード-ヌニェス アレハンドラ(ALVARADO-NUÑEZ Alejandra),坂上 宏 (SAKAGAMI Hiroshi)
The National School of Higher Studies (ENES by its acronym/initials in Spanish) Leon unit of the National Autonomous University of Mexico (UNAM). The ENES Leon Unit is historically the first campus of UNAM established out from Mexico City as National School since their foundation on 1910. The ENES was inaugurated on the past august of 2011 and is located in the Leon City of Guanajuato state, Mexico. Today the ENES has eight careers: School of Dentistry, School of Optometrics, School of Physiotherapy, School of Industrial Economy, School of Territorial Development, School of Agrogenomic Science, School of Agropecuary Administration and the School of Intercultural Development and Management.
国立高等学校(略称ENES)であるメキシコ国立自治大学(UNAM)レオンは,歴史的には,1910年の設立以来,ナショナルスクールとしてメキシコシティから設立されたUNAMの最初のキャンパスです。ENESは2011年の8月に発足し,メキシコのグアナフアト州レオン市にあります。現在,ENESには,歯学部,眼科学部,理学療法学部,産業経済学部,地域開発学部,農業遺伝学部,農産物管理学部,異文化交流開発学部の8つの学部があります。