New Food Industry 2017年 9月号

食後血糖値の上昇を抑制する新規澱粉素材の開発 

秋山 美展,森 大輝

 日本では食生活の欧米化や,過度な飲酒・喫煙,過剰なストレス等による生活習慣病の増加が懸念されている。厚生労働省により2012年に実施された国民健康・栄養調査結果の概要では,糖尿病が強く疑われる者と,糖尿病の可能性を否定できない者との推計人数は約2050万人にも及んだ1)。糖尿病に罹患すると,糖尿病網膜症,糖尿病腎症,糖尿病神経障害といった慢性合併症を生じるため,QOLの著しい低下,寿命の低下,さらには医療費の増加が懸念される。実際に糖尿病に罹患すると男性で約10歳,女性で約13歳寿命が短くなると報告されている2)。このため糖尿病を未然に防ぐには,生活習慣病予防および健康増進が重要であり,特に空腹時血糖値のみではなく,食後血糖値の管理をすることが重要であると考えられるようになった。また,アメリカのマクガバン報告(1977)や,我が国の食事バランスガイド(2005)によると,食生活改善の重要性が指摘されている。
 食事の中で食後血糖値の変動に最も影響する栄養素は糖質であるが,食品には様々な栄養素や成分が同時に含まれているため,糖質含有量が同一であっても食後血糖値の動態に及ぼす影響は異なっている。このような観点から,カナダのトロント大学のJenkinsらは食品による食後血糖値に与える影響の違いを比較できる指標としてグリセミックインデックス(GI)の概念を提唱した3−5)。そして近年では,ヨーロッパをはじめ新しい栄養指導の方法としてGIに基づいた食品や食品の組み合わせが取り入れられるようになってきた。低GI食品の摂取によって,穏やかな消化と緩やかな血糖反応になるため,糖尿病およびその予備群といわれる人々の血糖値をコントロールすることが可能になる。

コメ糠タンパク質酵素加水分解物中のカチオン性
ペプチドは多彩な生理(抗菌・LPS中和・血管新生促進)活性を発揮する

谷口 正之,落合 秋人,山中 崇,築野 卓夫

 近年,多くの生物が生産する抗菌ペプチドは,感染防御ばかりでなく,炎症制御,創傷治癒,免疫応答の促進などの生体を防御するための作用を兼ね備えていることが報告されており,特定保健用食品,一般食品をはじめとして,化粧品,口腔ケア製品,医薬品,医薬部外品の新しい素材として注目を集めている1–3)。また,ヒトも生体を防御するために,多くのペプチドを生産している。例えば,唾液中のhistatinは,抗炎症作用や抗菌作用を発揮する4)。また,好中球などの細胞が産生するLL-37やβ-defensinなどのペプチドも,抗菌作用ばかりでなく,多くの生体防御機能(免疫調節,抗炎症,創傷治癒,細胞増殖促進など)を有しており,それらの多機能性に着目した医薬品開発が進められている5, 6)。特に,LL-37はα-へリックスを有するカチオン性ペプチドであり,これまでに最もよく研究され,多くの生理活性とその作用機構が解明されている5)。
 筆者らは,正味の正電荷を有する,両親媒性である,2次構造を有する,などの抗菌ペプチドに共通する特徴に基づいて,食品タンパク質のアミノ酸配列から抗菌活性をはじめとする多機能性を発揮する可能性があるカチオン性ペプチドを探索した。その結果,これまでにコメとダイズのタンパク質から9種類のペプチドを見出している。すなわち,コメの酵素cyanate lyaseの部分配列であるペプチドCL-127)およびコメのheat shock protein 70の部分配列であるペプチドHsp70-13, Hsp70-14,およびHsp70-188)を見出し,それらの抗菌活性,プロテアーゼ阻害活性,抗炎症活性などの生理活性について既に報告している。また,X線構造解析によって立体構造を明らかにしたコメのα-amylase (AmyI-1) のアミノ酸配列から新規ペプチドとしてAmyI-1-17とAmyI-1-18を見出し,それらがヒト病原微生物に対する抗菌活性,LPS中和活性などを示すことを報告している9, 10)。さらに,最近,ダイズの主要なタンパク質であるglycininとβ-conglycinin から3種類のカチオン性ペプチドを見出し,それらが抗菌活性,LPS中和活性,血管新生促進活性を兼ね備えていることを報告している11)。しかし,これらの報告は,タンパク質中のアミノ酸配列に基づいて,化学合成したカチオン性ペプチドを用いた結果である。これらの化学合成ペプチドを産業的に応用する場合には,製造コストや安全性などが問題となるため,天然物由来のカチオン性ペプチドが求められている。

コーヒー由来のクロロゲン酸類組成の特徴

土門 さや香,渡辺 卓也,岡村 雄介,草浦 達也

 ポリフェノールとは,植物が自身を活性酸素から守るために作り出す物質で,抗酸化成分として知られる代表的な成分である。コーヒー中に含まれる代表的なポリフェノールとしては,クロロゲン酸類が広く知られている。コーヒーには多くのクロロゲン酸類が含まれていることが知られ,我々の分析によると,1杯のレギュラーコーヒーには30~230mg/杯,インスタントコーヒーには50~140mg/杯のクロロゲン酸類が含まれていた。また市販のよく飲まれる缶コーヒーには70~240mg/缶のクロロゲン酸類が含まれていた。コーヒー以外にも,クロロゲン酸類は,野菜類,果実類等に存在していると報告がある1)。
 クロロゲン酸類は,一般に数種類の化合物からなる混合物の総称として表現されている。本稿では,コーヒー由来のクロロゲン酸類の組成の特徴を検討し,コーヒー以外由来のクロロゲン酸類の組成との比較を試みた。

腸内細菌を利用した水素ガス産生乳飲料

角 沙樹,坪田 一男,松本 光晴

 2007年にOhsawaら1)が,虚血再灌流モデルラットにおいて,水素ガスが活性酸素種の中でも生体への悪影響が強いヒドロラジカル等と特異的に反応し,細胞を酸化ストレスから守り,脳梗塞を抑制することを報告した。この研究以来,水素ガスの抗酸化ストレスに関する研究論文が多数報告されている2)。水素ガスの摂取方法には水素ガス吸入法や水素ガス溶存水(水素水)の摂取等が知られている。水素ガス吸入法は救命救急の分野で既に有効性が示され,慶應義塾大学医学部を中心に心肺停止後の脳蘇生における臨床試験で成果が出始めているが3),特殊な水素ガス供給装置が必要で,一般健常人の健康維持には適していない。一方,水素水は手軽に摂取できるが,製品化するには水素ガスが抜け難い容器で密封しなければ透過消失してしまい,表記濃度未満の商品が流通していることが問題視されている4)。
 大腸に届いた食物繊維類(オリゴ糖類,糖アルコールを含む)は腸内細菌によって利用され,最終産物の一つとして水素ガスが産生されることが知られている。牛乳に含まれる乳糖も大腸に届けば同様に水素ガスが産生される5)。日本人の90%は乳糖不耐症であり6),乳糖が大腸に到達しやすい体質のヒトが多く,水素ガスを産生する可能性が高いと考えられる。本稿では,我々が開発したヒト(特に日本人)の大腸内での効率的な水素ガス産生を誘導する食物繊維類を含む乳飲料7)について概要を述べる。

グルテンフリー食品用の各種素材(1)

瀬口 正晴

要約
 本論文「グルテンフリー食品用の各種素材(1)」は,海外のグルテンフリー食品のための素材の現状について解説したものである。具体的には,米国の穀物科学者,Jeff CasperとBill Atwellによって書かれた本(“Gluten-Free Baked Products” 2014 by AACC International, Inc. 3340 Pilot Knob Road St. Paul, Minnesota 55121, U.S.A.)の一部(”The Gluten-Free Ingredients”)を翻訳し紹介するものである。ここでは,マルトデキストリン,コーン,アワ,オートムギ,米,モロコシ,テフ,擬似穀物(アマランス,ソバ,キノア)を述べる。

野山の花 — 身近な山野草の食効・薬効 —

センブリ Swertia japonica (Schult.) Makino
(リンドウ科 Gentianaceae)

白瀧 義明

 夏が去り,秋の気配が漂う頃,日当たりのよい山の斜面で可憐な花をつけたセンブリを見かけます。センブリは,日本,朝鮮半島,中国に分布する2年生草本(初年は根生葉のみ)で,茎は直立して分岐し,高さ5〜25cm太さ1〜2mmでほぼ4稜形。暗紫色を帯び,葉は対生で無柄,線形ないし線状長だ円形で先端はわずかに鈍頭,長さ1〜3.5cm,幅1〜3mmでしばしば紫色を帯びています。9〜10月ごろ枝先および葉腋に円すい花序を出し,白い花を多数つけます。花冠は5つに深裂して(稀に4深裂や6深裂もあります),ほとんど離弁花のように見え,裂片は白色で紫色の条線がたてに通っています。裂片の基部には毛の生えた腺体が2個あり,果実はさく果で熟すると2片に裂けます。根はよく分枝して黄色,質はややかたく,全草に強い苦味があり,センブリ(千振)の名の由来は千回振りだしてもまだ苦いということによります。開花期の全草を採り乾燥したものをセンブリ(当薬,Swertiae Herba)といい,食欲不振,消化不良等に苦味健胃薬として粉末(センブリ末),あるいは苦味チンキ(トウヒ,センブリ,サンショウの3種の生薬からつくられるチンキ剤)として種々の処方に使用され,家庭では乾燥したもの1本を熱湯にしばらくつけて,苦味が出たところでその湯を内服するとよいそうです。不思議なことに,本植物は中国では,中薬として薬用には使われず,ドクダミ,ゲンノショウコとならび,日本三大民間薬の一つとされています。

デンマーク通信

デンマークのコーヒー消費 

Naoko Ryde Nishioka

 コーヒーは日本でも老若男女に幅広く親しまれていますが,ここデンマークでもコーヒーは日常に欠かせない飲料です。コーヒーといえば,日本では,以前より自動販売機で様々な缶コーヒーが販売され,近年は,スターバックスコーヒーなどが大きな街のいたるところに見られるようになり,美味しいコーヒーへの需要の高まりか,最近ではマクドナルドやセブンイレブンなどでも美味しいコーヒーを販売していることをアピールしています。デンマークでは,もともと飲料の自動販売機がほぼないので,コーヒーは,コンビニで買うか,コーヒーショップで飲むか,職場や家にあるコーヒーマシンで淹れて飲むか,などが主流です。

養殖ヒメマスの品質改善 -まとめ-

酒本 秀一,佐藤 達朗

 ヒメマスはベニザケの陸封型で,チップとも呼ばれる。日本でも数か所の湖に棲息しており,中禅寺湖もその一つである。中禅寺湖の天然ヒメマスは完全に自然条件下で再生産した魚は少なく,多くは生活環の初期に人の手が加わっている。秋の繁殖期に遡上するために河口に集まった親魚を捕獲し,中禅寺湖漁業協同組合(以下漁協と略記)の陸上池で完全に成熟するまで短期間無給餌で蓄養する。完全に成熟して放精,排卵した個体から採精,採卵して人工授精を行う。漁協の種苗生産施設で卵管理を行って孵化させ,配合飼料で翌年の6〜7月まで飼育し,4〜5gになった魚を一定尾数中禅寺湖に放流する。この時に鰭の一部を切り取って標識し,放流魚であるか否かが判別出来るようにしておく。この放流された魚が中禅寺湖中の動物プランクトン,昆虫,小魚等の天然餌料を食べて育ったのが大部分の天然ヒメマス(天然魚)である。養殖ヒメマス(養殖魚)は放流後に残った魚を漁協で引き続き配合飼料を与えて育てた魚である。
 中禅寺湖ではヒメマス資源の安定化を図るために禁漁期が設けられているし,解禁時でも天候等の状況で好漁,不漁の波が有り,何時でも天然魚の需要を満たし得る状態ではない。漁協では天然魚の不足を補うために養殖魚を生産,供給してきた。ところが遺伝的に全く同じ魚であるにも拘らず,養殖魚は天然魚より品質が劣るとの評価で,著しく安価で取引されてきた。

ベジタリアンの健康・栄養学

第1章 ベジタリアニズム:長寿と慢性疾患への影響

ゲーリー E. フレーザー (Gary E.Fraser),訳:山路 明俊

1.なぜ,アドベンチストの健康を研究するのか?
セブンスデー・アドベンチストとは?
 セブンスデー・アドベンチストとは,一体どのような人なのか。彼らのライフスタイルは,他の人の健康にどの様に役に立つのだろうか。
セブンスデー・アドベンチストは,世界中で1,300万人以上いる伝統的な宗教グループである。1863年に初めて,東部米国で組織化された宗派である。彼らのルーツは,メソジストであると言える。彼らは,プロテスタント教会の戒律の多くを共有するが,安息の日として,日曜日より土曜日を比較的厳密に順守することで異なっている。また,いくつかのプロテスタントグループと以下の点で異なっている。
・キリストのそのままの再来が間近に起こることを待ち望んでいる。
・それが起こるまでは,死は無意識の状態であると信じている。
・聖書の預言の重要さを伝統的に強調している。
・創造論者である。
 アドベンチスト教会の初期の年代で鍵となったのは,エレン・G・ホワイトである。彼女は,夫のジェームズと共に,力強く,才能ある語り手で,賢明な管理者でもあった。様々な場面で,天からのメッセージを受けとったと発し,その中には,ライフスタイルと健康に関するものが含まれていた。これらのエピソードは,しばしば,祈りの時間の最中に起こり,彼女に深い影響を及ぼし,時折,長時間,恍惚状態にさせた。彼女は,多くを出版し(Goen,1971年),稀代の経験を文書にし,さらには,聖書の殆どの箇所の解説に及んだ。

解 説 マスティック抽出画分の薬理作用

坂上 宏,天野 滋,増田 宜子,横瀬 敏志,友村 美根子,友村 明人,鈴木 龍一郎,須永 克佳,白瀧 義明,福地 邦彦,金本 大成,寺久保 繁美,中島 秀喜,渡邉 博文,大川原 正喜,又平 芳春

 マスティックとは,東エーゲ海に浮かぶギリシャのヒオス島南部にしか生育しないウルシ科の低木 Pistacia lentiscus var. Chia の樹液状滲出液である。 ギリシャの伝統医学では,胃痛や,消化性潰瘍などの病気に 3000 年以上使用されてきた。
 三生医薬株式会社では,マスティックガム(図1A)をヤシ油などの中鎖脂肪酸トリグリセリドに溶解,精製したオリジナル原料「マスティック樹液」を商品化している。マスティック樹液は,微黄色の流動性の高い液状であり,マスティックガム特有の風味を有している。含有量はマスティックガムとして30〜50%である。近年の高齢化の進展に伴う口腔衛生への関心から,口腔ケア食品が注目されている。その剤形としてソフトカプセルやシームレスカプセルが注目されている。液状化した「マスティック樹液」は,こうしたソフトカプセル,シームレスカプセル(図1B)への製剤化に適した原料である。特にシームレスカプセルは,直径0.5mmから10mmまで幅広く対応でき,皮膜の厚さを調整することで,口腔内崩壊型カプセルとすることも可能である。マスティックというユニークな素材と独自の製剤技術を組み合わせることにより,新たな口腔ケア食品を提案している。

伝える心・伝えられたもの

— 落花生—

宮尾 茂雄

 落花生好きが高じて,昨年から庭で落花生を育てている。毎年ミニトマト,キュウリ,ナスなど夏野菜を少し作っているが,今春はトマトと以前から興味をもっていた落花生(オオマサリ,千葉半立)を植えた。7月下旬になると,キチョウの小さな黄色い翅のような花が咲き始め(写真1),葉も青々と繁り,暑い日差しにも負けずに元気に育った。秋にはわずかだが,収穫した我が家の落花生の味を楽しんだ。