New Food Industry 2017年 7月号
解 説
乳酸菌LJ88 (Lactobacillus johnsonii No.1088):胃と腸のための乳酸菌
Lactic acid bacterium LJ88 (Lactobacillus johnsonii No.1088): Lactic acid bacterium for both stomach and intestine
小松 靖彦
健康の増進,維持のための発酵食品の利用の歴史は古く,古代エジプトにおいてもビール,ワイン,パン,チーズの利用について記載がある1)。現在でも,世界中に様々な発酵食品があり,酒,ヨーグルト,チーズ,味噌,醤油,キムチ,糠漬け,納豆,等々,私たちの身近な食品を挙げればきりがない。発酵食品は,微生物の力により食材に改変を加え,より消化されやすい形に変化させる等の効果に加え,微生物により新たに産生される物質の効果,さらには微生物体そのものの効果が,三位一体となった食材と言える。発酵食品は,様々な微生物の力を利用して作られるが,乳酸菌も発酵食品製造における代表的な有用菌である。
近年では,ロシア出身の科学者であるメチニコフにより生きた微生物による腸内環境改善の有用性が提唱され,体に良い生きた微生物を摂取するという「プロバイオティクス」の概念が広く認識されるようになった2)。また,体に元々備わっているいわゆる善玉菌の成長を促す食材を摂取することを意味する「プレバイオティクス」3),さらには日本の光岡知足博士により,体に直接良い働きをする食物成分ということで「バイオジェニックス」という概念が提唱された4)。微生物においては,殺菌体や微生物が生産した成分自体がバイオジェニックスに当たり,その有用性も注目されるようになった。
乳酸菌LJ88は,正式名称をLactobacillus johnsonii No.1088と言い,スノーデンが大学との共同研究により健康な人の胃から見出した独自の乳酸菌である5)。従来の乳酸菌にはない,胃での有用性というユニークな性質を有している。本稿では,乳酸菌LJ88の発見の経緯から,最新の研究成果まで,概要を紹介する。
ストレス応答機構の解明による殺菌・制菌技術開発の可能性
森山 章弘,岩橋 均
ストレス応答とは,生物が外部からの刺激により,平常状態から逸脱し,その結果おこる合目的的な応答と著者らは考えています1)。ただし,平常状態をどう定義するかは,TPOに依存します。北海道の人が,真冬にオーストラリアに出かけると,暑くてストレスを感じるかもしれません。逆にオーストラリアの人が冬に北海道に来れば寒冷ストレスとなり得ます。従って,平常状態から,逸脱効果を生物に与えたときにストレスが加わったと,著者らは定義しています。この定義だと,良い影響もストレスとしてしまうことになりますが,ストレスの善し悪しは見方によっては異なることもあります。このため,良いかもしれない影響もストレスとして考えています。また,ストレスを定義するよりも,平常状態を定義する方が難しいこともあります。このため,ストレスの状態を評価するときは必ず平常状態を定義しておき,その再現性を確認しておく必要があります2-4)。陰性対照の重要性です。また,より正確に評価する場合は陽性対照も必要です。毒性ストレスを評価するとしたら,類似の毒性物質と比較する必要があります。健康食品などでは,今評価している食品よりも効果のある食品や医薬品を陽性対照として評価する必要があります。
食品微生物制御におけるバクテリオファージの利用
山木 将悟,山﨑 浩司
近年,消費者の天然物志向を受け,素材の持つ食感や風味を可能な限り維持した食品が好まれるようになった。そのため,温和な加工処理の複数組み合わせによって微生物の発育を制御するハードルテクノロジー理論 1) に基づいた微生物制御手法が採用されている。しかし,食感や風味の低下を防止するための添加物量や加熱殺菌強度の低減は食品保蔵中の微生物増殖リスク増加を招くことに繋がる可能性がある。特に近年ではReady-to-eat食品(RTE食品;非加熱喫食食品)によるリステリア症を代表とする重篤な食中毒の発生が問題視されている。そこで,食品微生物制御の分野において新しい制御法としてバクテリオファージの利用が注目されている。本稿では,食品微生物制御におけるバクテリオファージの利用について簡単に紹介する。
生体指標と機能性生体指標を用いる新しい栄養指導方法
柴田 克己
食べた物の栄養価に基づいて,食べた人の栄養評価を行う間接的な栄養指導方法の限界を打破するために,食べた人側の情報に基づくより直接的な栄養指導方法の一つを紹介する。尿は非侵襲性の生体試料である。尿中には余剰の栄養素やいわゆる老廃物ばかりでなく,完全に代謝しきれなかった中間代謝産物も排泄される。我々は,尿中に排泄された水溶性ビタミン(ビタミンの過不足を意味する。生体指標と呼ぶ。)ならびにビタミンが関与する中間代謝産物である2-オキソ酸(グルコース,アミノ酸,脂肪酸がエネルギー産生系で処理される時に生成する中間代謝産物で,エネルギー産生がスムーズでない時に蓄積し,尿中への排泄量が増大する)を測定することにより,食べた人の栄養素の体内動態を推測した(機能性生体指標と呼ぶ)。
人体への寄生虫感染を警戒すべき食材(16)
-新鮮な獣肉から感染する旋毛虫
Notes on the biohazardous food from the viewpoint of parasite infection (16)
-The possible infection of people with Trichinella spiralis , a kind of nematode, through the ingestion of raw meats
牧 純,関谷 洋志,中村 円香,畑 晶之,玉井 栄治,坂上 宏
Summary
The authors have studied (1) the infection of people with Trichinella spiralis that will cause social and economic disadvantages and (2) the preventive action that will protect our body from infection via ingested foods.
The adult worms of this parasite, a kind of species of the nematode, inhabit the intestinal wall of mammals. Not eggs but larvae are put out from the adult worms inhabiting the wall of the intestine. The larvae in blood are distributed and encysted in the striated muscles. When these muscles are eaten by mammals, these animals are infected to harbor larval Trichinella spiralis in the striated muscles. The life cycle is thus observed in the nature. Syndromes due to the infection of this parasite are as follows: abdominal pain, edema, fever, pain in muscles, high values in eosinophilia, respiratory disorders and myocarditis, sometimes causing lethality.
No fecal examination is of value because larvae (not eggs) are produced into muscles. Immunological methods are important in diagnoses.
Benzimidazoles such as mebendazole are effective for eliminating the parasite nowadays.
要約
体への寄生虫感染を警戒すべき食材(16)として,新鮮な生肉から感染する旋毛虫に関して最新の検討結果も含めて記述する。この寄生線虫は北欧・北米に多いとされたが,アフリカケニア,タイなどの東南アジアにもかなり存在する。日本では,これまで青森県,北海道,三重県,鳥取県,山形県,東京都から検出されたとの報告がある。クマ,イノシシ,ブタの肉の生食で感染した約100例が見出されている。例外的にはスッポンからの感染例も報告されている。
哺乳類の横紋筋に幼虫が寄生しており,他の哺乳類にその肉が摂取されると中に含まれる幼虫が腸管で成虫となる。それが産出した幼虫が血行的に横紋筋に撒布される。この筋肉を他の哺乳類が食べることにより感染する。この感染は肉食獣にしばしばみられ,虫体が外気にさらされることはほとんど無い。
症状は始めに腹痛,下痢を伴う。続いて発熱,浮腫,筋肉痛に悩まされる。さらに心不全,肺炎により死の転帰をとることもある。診断には,獣肉の生食歴の有無を中心とした問診の後に免疫診断,時に生検が行われる。治療薬としては,メベンダゾール等のベンズイミダゾール系の医薬品が効果を示す。
天然ヒメマスと養殖ヒメマスの違い
酒本 秀一,佐藤 達朗
ベニザケの陸封型であるヒメマスは冷水性の魚で,日本でも数か所の湖に棲息している。中禅寺湖もその一つである。天然のヒメマスは姿形が美しくて体表も金属光沢が有り,光り輝く様な銀白色で大変見栄えが良い。しかも美味しいので中禅寺湖で釣りをする人の第1目的の魚であると共に,湖周辺地域ではヒメマス料理の材料として欠かせない魚である。
中禅寺湖ではヒメマス資源の安定化を目的とする禁漁期が設けてあり,解禁時にも好不漁の波が有る。従って,何時でもヒメマスの需要を満たすだけの量が有る訳ではない。この不足分を補うために中禅寺湖漁業協同組合(以下漁協と略記)ではヒメマスを陸上水槽で養殖し,必要に応じて供給している。ところが養殖ヒメマスは天然魚との品質の違いから価格が安い(調査開始時は天然魚の半値)のが大きな問題であった。
この問題を解決するには天然魚と養殖魚の品質の違いを明らかにし,解決策を確立しなければならない。よって,本試験では天然ヒメマスと養殖ヒメマスでどの様な違いが有るのかを調べた。
美味しく食べるための歯の根管治療 — 根管形態 —
増田 宜子,横瀬 敏志,坂上 宏
Abstract
Root and root canal have irregular and unique morphologies. Root canal treatment was complicated by its amorphous morphology. This time, I'd like to introduce the several variations of root canals. I hope that helps to understand the importance of root canal treatment.
日本のエネルギー再考:再生可能エネルギー100%地域とエネルギー効率を中心とした世界協調の視点から
松村 悠子,三好 恵真子
近年,国際的に議論されている環境問題のひとつに地球温暖化が挙げられる。この地球温暖化の人為的責任に関しては,賛否が分かれているが,一つの結論を示唆したものとして,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書がある。つまりIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の第5次報告書において,第一次作業部会「自然科学的根拠」は,気候システムの温暖化については疑う余地がないと報告している。さらに,その原因については,20世紀半ば以降に観測された人間活動が主要であった可能性が極めて高いと結論付けている。つまり,地球の温暖化は確実に進んでおり,その人為的な責任について言及しているのである。そのうちエネルギー生産・消費活動は,地球温暖化の原因である温室効果ガスの主要な排出源のひとつであるため,全世界的なエネルギーシステムの改善が要求されている。一方で,エネルギーシステムは,経済発展と深い関係があり,地域によって発展状況が異なってくるために,その改革における世界協調は当然ながら容易ではない。しかしながら,中長期的視野において,国際協調を基盤にした解決策は必要不可欠になることは言うまでもない。
これまで国際的な協調がなかなか実現されてこなかったものの,2015年12月にフランスパリにおいて,温室効果ガス削減の国際合意である「パリ協定」が世界195カ国の合意のもとに締結された。続く2016年9月には,これまで国際合意に難色を示していた中国と米国が,国内の承認を経て本協定に同時署名した。2016年11月にパリ協定は発効するに至った。一方で,日本の批准は遅れ,発効に間に合わなかった。日本の気候変動対策への姿勢は世界各国に比べて,積極的であるとは言い難い状況にある。筆者は,パリ協定の合意前後の2015年に約8ヶ月間ドイツの国際NGOでの研究活動の機会に恵まれ,国際的な共同研究にも従事することができた。その経験を踏まえ,国際的に望ましい解決策と連動させながら,望ましい日本のエネルギー政策を検討する必要があると考えるに至った。
変貌する中国料理 ~南国酒家のこだわりと創造の原点
Changing Chinese Cuisines: Commitment of Nangokusyuka and Its Origin of Creation
宮田 佳明 (Translated into English by Hiroshi Sakagami)
bstract
Nangokusyuka takes over my grandfather's minds and creates Chinese cuisines that make maximum use of natural resources and are friendly to our body.
南国酒家は,祖父の築いた遺産を引き継ぎ,天然の素材を最大限生かした,身体にやさしい,中国料理を創造して行く。
野山の花 — 身近な山野草の食効・薬効 —
カラスビシャク Pinellia ternata (Thunb.) Breitenb.(サトイモ科 Araceae)
白瀧 義明
梅雨の晴れ間,山裾のあぜ道を歩いていると,地面から緑色をした槍のようなものを突き出している奇妙な植物を見かけます。この植物は,突起物をカラスの柄杓にたとえ「カラスビシャク」と言います。
デンマーク通信
デンマークの魚
Naoko Ryde Nishioka
今回はデンマークのお魚食品にまつわる話を紹介したいと思います。
デンマークはドイツの北にある小さな国です。その国土は,シェラン島やフュン島などの大きな島や,ユトランド半島というドイツにつながる半島,そして,その周りに数多く存在する小さな島々で構成されています。道路を車で走れば,多くの島が橋でつながっているのを実感することができます。デンマークは周りを海にかこまれた国であり,その点では日本の島国と類似しています。デンマーク人は遠くても海辺から50キロ内のところに住んでいると言われるほど,海はデンマーク人にとって身近な存在です。