New Food Industry 2017年 1月号
新春 巻頭言
つくる心と食べる心
橋本 直樹
私たちはかつて経験したことがないほどに豊かで便利な食生活をしている。スーパーマーケットには全国各地の食材,海外から輸入した食料が溢れていて,家庭の食卓には日替わりで和風料理,洋風料理,中華風料理が出される。調理をしなくてもすぐに食べられる即席食品や調理済み総菜があり,外食店も手軽に利用できる。テレビではグルメ料理番組が朝から夜まで放映され,書店には料理のレシピ本が溢れている。このような食べ物天国は日本以外には世界のどこにも見当たらないと言ってよい。
現代の食生活の最大の特長は国民の誰もが,どこでも,同じように豊かな食事ができるようになったことである。富裕な人も,そうでない人も,都会に住む人も,地方に暮らす人も同じように豊かな食事を楽しむことができる。日本人がこのように,なに不自由なく食べることができるようになったのは50年ほど前からのことなのである。 高度経済成長のお蔭で収入が増えたので,食べることについての経済的負担が欧米先進国並みに軽くなったからである。食費が家計支出の何%を占めるかというエンゲル係数は欧米先進国並みに20%近くまで低下している。
新春論説
「健康経営」のための非対面型減量プログラムの有用性の検討
ー「DHCメタボ脱出減量プログラム」第1報ー
蒲原 聖可,梅田 清香,今高 優佳,味岡 広恵,若松 栄貴,吉田 桃子,堀越 逸子,關 浩道
肥満に対する食事療法として,フォーミュラ食の有用性が確立されている。これまでに,私共は,肥満の予防や改善を目的に,フォーミュラ食(「DHCプロティンダイエット」製品シリーズ)を用いたセルフケアの訴求を行ってきた。また,一般消費者を対象に,DHCプロティンダイエット製品の利用と管理栄養士など医療系有資格者による栄養相談を組み合わせた減量プログラム「DHCダイエットアワード®」を開催し,3ヶ月間の非対面型介入による有効性を報告した。
今回,「健康経営」を目指す企業を対象に,非対面型減量プログラム「DHCメタボ脱出減量プログラム」を開発し,社員の健康状態の改善における有用性を検証した。
牛乳アレルギーとその治療乳および予防乳のはなし
大谷 元
わが国では国民の3人に1人が何らかのアレルギー症状をもち,5人に1人がスギ花粉症であると言われている。図1に示すように,とりわけ都市部において,花粉症の患者が激増している。このように,アレルギー患者が増加した要因として,食生活の変化,環境汚染,スギ花粉の増加,過剰な清潔志向(衛生仮説)などが取りざたされている。一方,わが国において,食物アレルギーの中で最も多い原因物質は鶏卵である。しかし,生後1年未満に限ると,最も多い原因物質は牛乳と乳製品である。
牛乳アレルギーは,3〜4歳になると自然に治癒するが,牛乳アレルギーを患った乳幼児は,小児期に蕎麦や米が原因の植物性食物アレルギーになり易く,さらに成長すると花粉やハウスダストが原因の吸入型アレルギーになり易い。したがって,乳幼児期に牛乳アレルギーにならないことがアレルギー体質にならないために大切である。なお,図2に示すように,アレルギーの原因物質が年齢とともに変化することをアレルギーマーチと呼んでいる。
本稿では牛乳アレルギーの原因物質としての牛乳タンパク質の抗原構造および牛乳アレルギーの治療乳と予防乳開発の実際について述べる。
乳由来の鉄結合蛋白質ラクトフェリンの皮膚に対する多面的な機能
髙山 喜晴
要旨
創傷治癒は,止血期・炎症期・増殖期・成熟期の各段階で,表皮を構成するケラチノサイトと,真皮の主要な細胞である線維芽細胞の増殖・遊走・分化が厳密にコントロールされる複雑な生理現象である。これまでの我々の研究により,乳や外分泌液中に含まれる鉄結合タンパク質として知られてきたラクトフェリンが,線維芽細胞やケラチノサイトに対して,遊走やコラーゲンゲルの収縮活性を促進し,細胞外マトリックスの産生を促すなど新たな機能を持つことが明らかになった。さらに,難治性皮膚疾患モデルを用いた動物試験やヒト試験でも,ラクトフェリン投与により創傷治癒が促進される例が報告されつつある。ラクトフェリンは多機能タンパク質であり,抗菌活性・抗炎症活性・脂質代謝改善効果を持つことが知られているが,これらのラクトフェリンの機能は,創傷治癒を促進する上で相乗効果を発揮している可能性があり,創傷治癒促進因子としてのラクトフェリンの利用が期待される。
リン脂質に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)は保健機能性が高い
渡部 保夫
ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などの高度不飽和脂肪酸(多価不飽和脂肪酸ともいう)は,多くの二重結合を含み,その立体構造がシス型であるため,分子内で折れ曲がりを多数持っている。そのため,これらの不飽和脂肪酸は,二重結合を持たない飽和脂肪酸に比べて融点が低く,細胞膜の流動性(柔らかさ)を高める役割を果たしている。特に,寒冷地の極低温環境では,この脂肪酸に起因する細胞膜の流動性の確保が生命維持に役立っている。加えて,消費者庁の「食品の機能性評価モデル事業」の結果報告によれば,これらの脂肪酸は,「心血管疾患リスク低減」,「血中中性脂肪低下作用」,「血圧改善作用」,「関節リウマチ症状緩和」,「うつ症状の緩和と発生率低下」などの機能性を持つ,と評価されている。本稿では,生化学を専門とする立場から,脳におけるDHAの機能性に注目して,最近解明されたDHAの輸送機構からそれの重要性を解説したい。
高齢化社会および一億総括役社会へ向けて
Super aging Society and Minister in Charge of Promoting Dynamic Engagement of All Citizens
伊藤 英晃
平成28年版高齢社会白書(内閣府)1)によると,高齢化率,即ち65才以上の人口が全人口の何%を占めるかという指標において,我が国は2015年に26.7%となり,これは世界のどの国も達成していない超高齢社会(高齢化率21%〜)時代に突入した(表1)。さらに我が国は,平均寿命が世界でトップクラスの平均寿命の長い国である。2014年時点では,女性86.83才で世界一,男性は80.50才となっている。日常生活に制限のない期間(健康寿命)は,平成25(2013)年時点で男性が71.19年,女性が74.21年となっており,それぞれ13(2001)年と比べて延びている。しかし,13(2001)年から25(2013)年までの健康寿命の延び(男性1.79年,女性1.56年)は,同期間における平均寿命の延び(男性2.14年,女性1.68年)と比べて小さい(図1)。これは,健康寿命が延びているが,平均寿命に比べて延びが小さいことを意味する。
デンマーク通信
デンマークのマジパン
Naoko Ryde Nishioka
今回はデンマークのマジパンにまつわる食文化について紹介したいと思います。日本でもマジパンといえばお菓子の食材だとすぐにわかる人もいると思いますが,一般的にはあまり馴染みがない食材といえるでしょう。マジパンは,アーモンドを細かくしたもの(粉状)と,砂糖,水を混ぜて作る粘土のような状態の食材です。
英語では「marzipan(マージパン)」と綴り,デンマーク語では「マーシパン(marcipan)」となります。ヨーロッパではお菓子の材料として親しまれていますが,日本では,カラフルなマジパンで人や動物の形を作り,ケーキのデコレーションに使われていることがよくあります。
野山の花 — 身近な山野草の食効・薬効 —
ナンテン Nandina domestica Thunb.(メギ科 Berberidaceae)
白瀧 義明
正月の生け花などに良く使われるナンテンは,中国原産で中国および日本の南部に自生し,古くから庭木として玄関前などに植えられる高さ1~2mの常緑低木です。幹は数本そう生して直立し,葉は独特の姿をしており,大型の数回羽状複葉で幹の頂部にかたまって互生します。小葉は長卵形から広皮針形,先端が少し突きだし,革質で深い緑色,ややつやがあり,葉柄の基部は茎を少し抱いていて,6月ごろ茎頂から大型の円錐花序を出し,細かく分枝して多数の小白花をつけます。晩秋から初冬にかけて赤い球形の液果をつけ,花穂は重みでややたれ下がり,白い実のものを特にシロミナンテン N. domestica Thunb. forma var leucocarpa Makinoとよび,赤実のものは葉茎ともやや赤味を帯びています。果実をナンテンジツ(南天実,Nandinae Fructus)よび,漢方で鎮咳薬として喘息や百日咳に用います。成分としては果実にアルカロイドのdomestine(ドメスチン),樹皮にnandinine(ナンジニン),berberine(ベルベリン),茎には magnoflorine(マグノフロリン),種子には protopine(プロトピン)などが含まれています。
論 文
Current status surveys on non-users of dietary supplements’ needs
Naoko Suzuki, Kazuo Yamamoto, Toshihiro Kakinuma, Chikako Onishi, Lihua Li, Sunao Kubota
Abstract
To survey the use of dietary supplements by non-users, we conducted a supplement questionnaire. Data were collected from January 30 to July 27, 2016, from 832 volunteers. After the application of the exclusion criteria, 769 volunteers who currently do not take any dietary supplements were divided into two subgroups: the “experienced subgroup” included 375 volunteers who had previously used dietary supplements, and the “inexperienced subgroup” included 394 volunteers who had never used dietary supplements. Results showed that not using dietary supplements was because of incomplete information regarding them, in particularly the experienced subgroup was highly influenced by this point. On the other hand, the inexperienced subgroup believed that it was unnecessary to take dietary supplements to remain healthy.
Many volunteers expected the dietary supplement to improve the immune system. Furthermore, data indicated that both groups focused on the price, and that most volunteers preferred dietary supplements with a price range of 50–100 yen per day. Availability of more information to non-users would help manufacturers develop more products thereby expanding the dietary supplement market.
クマザサ葉アルカリ抽出液(ササヘルス®)の卓越した紫外線防護効果
Prominent UV protective effect of Sasahealth, an alkaline extract of Sasa senanensis Rehder leaves
坂上 宏,勝呂まどか,名取 威德,大泉 浩史,大泉 高明
要約
濃度未知の被験物質の紫外線防護効果を簡便に測定できる方法を開発した。この方法を用いることにより,クマザサ葉アルカリ抽出液(ササヘルス)が、低分子ポリフェノール類,漢方製剤・構成生薬、茶葉抽出物よりも1〜2桁高い抗UV活性を示すことが明らかになった。ササヘルスの抗UV活性はビタミンCの添加により増強された。ササヘルスの抗UV活性は,UV吸収活性から予想される数値よりも数倍高かった。ササヘルスの化粧品産業への応用によるQOLの改善が期待される。
SUMMARY
We have established a simple method for the determination of UV-protective activity of any sample that contains unknown amount of dried materials. Using this method, we have demonstrated that alkaline extract of Sasa senanensis Rehder leaves (SE) showed one or two-orders higher anti-UV activity as compared with lower molecular polyphenols, hot-water extracts of Kampo medicines and tea leaves. Addition of vitamin C enhanced the anti-UV activity of SE. Anti-UV activity of SE was several fold higher than that expected from the UV-absorbing activity. Application of SE to cosmetics industry is expected to improve the quality of life (QOL).
マスティックの機能性と利用
又平 芳春
マスティックは,地中海沿岸に分布するコショウボクと呼ばれるウルシ科の常緑潅木Pistacia lentiscusの中でも,特にバルカン半島南東のエーゲ海に位置するギリシャ領ヒオス島南部に自生する亜種(学名:Pistacia lentiscus var. Chia)から得られる天然樹脂である。マスティックはギリシャ語ではマスティハと言い,日本語では洋乳香と訳される。2014年には,ヒオス島におけるマスティックの製法がユネスコの無形文化遺産に登録されている。
マスティックの木は成長が遅く,成木になるまで15〜20年を要するが,植え付けから5年ほどでマスティックの採取が可能となる。幹や枝に切り込みを入れておくと樹脂が滲出し,時間が経つにつれて乾燥して固まる。これをマスティックガムと言う(写真1)。マスティックガムは,古代ギリシャ時代から,世界初の天然チューインガムとしてきれいな歯や口臭改善のために用いられ,また,顔や体を洗浄する化粧品としても使用されてきた。更に,ギリシャ伝統医学では紀元前から胃痛や消化不良などの消化器疾患に使用されているほか,7世紀に入ると調合薬の製造に使われ,欧州薬局方など世界各地の薬局方にも収載され,処方薬の構成成分として利用されている。
近年になりマスティックに関する様々な科学的研究が進み,生理活性の解明や科学的証明がなされつつあり,歴史ある民間療法の裏付けがされるばかりでなく,新たな生理作用も示されてきている。
きのこを活用してGABA富化素材を作る
原田 陽
国内では,シイタケやエノキタケを始めとする多種類のきのこが栽培されている。栽培方法として,原木栽培と菌床栽培があり,最近では施設内における菌床栽培が主流となり,周年で質・量ともに安定生産が可能である。著者が拠点とする北海道でも,多くの種類のきのこが生産され,エノキタケ(全国4 位,2014 年),シイタケ(全国2 位,同年)の主産地となっている1)。エノキタケは,流通量が多い純白系品種と流通量が少ない野生型のブラウン系品種があり,それぞれ味や食感に違いがあり,後者はシャキシャキとした食感が良い,味が濃いという特徴がある。きのこの味に関与する成分としてアミノ酸があり,その主体はうま味に関わるグルタミン酸や甘味に関わるアラニンである。他にも,健康機能性を持つアミノ酸として知られるγ-アミノ酪酸(GABA)が含まれている。GABAは,血圧降下作用2-9),精神安定作用10-12),成長ホルモン分泌作用13)等さまざまな効果が期待される成分で,これらの効果を期待した食品関連製品の開発や販売が展開されている。
きのこは低カロリーで,食物繊維が多く14),整腸作用やコレステロール低下作用15)が期待されるヘルシーな食材である。そこで,健康に役立つきのこを手軽に食べる機会を増やせるような加工食品向けの素材や健康志向の素材を作れないかと考え,機能性を富化・向上させたきのこ素材を開発することを検討した。その過程で,きのこにも含まれるグルタミン酸をGABA へ変換できること,きのこの種類によりGABA へ変換する能力が異なり,エノキタケやシイタケのGABA生成能が高いことを見出し,GABA生成反応の条件検討を行い16-18)ながら,きのこを活用したGABA富化素材の開発に取り組んだ。
マイクロ波減圧乾燥により加工したイチゴの味と香り評価
千葉 直樹,桜井 晃治,佐藤 信行,畑中 咲子
需要期以外に収穫したイチゴを加工し付加価値の向上を図るため、イチゴをマイクロ波減圧乾燥により加工した。乾燥したイチゴを客観的に評価するため、電子味覚システム(Electronic Tongue)と電子嗅覚システム(Electronic Nose)を用いて乾燥イチゴを分析した。本稿では電子味覚システムと電子嗅覚システムの原理と分析方法を解説し、主成分分析を用いて作図したイチゴの各種乾燥方法(マイクロ波減圧乾燥、フリーズドライ、熱風乾燥、対照として非加熱)による味と香りの差別化マップを示した。
伝える心・伝えられたもの
— 高原水車場—
宮尾 茂雄
2016年2月下旬,1年半ぶりに香川県高松市をおとずれた。用事を済ませてから,高松市屋島にある四国民家博物館(四国村)の添水唐臼(そうずからうす)小屋と高松市六条町の高原(たかはら)水車場を訪ねた。高原水車場では,瀬戸内海歴史民俗資料館主催のワークショップ「うどん文化を支えた製粉水車!高原水車場を訪ねる」に参加させていただいた。
私は大学で食品加工学を担当しているが,ライフワークは漬物である。東京産の代表的な漬物といえば大根の糠漬「沢庵漬」だ。古くは室町時代から禅宗寺院で漬けられていたといわれているが,庶民に広く知られるようになるのは,江戸時代半ばのことである。この頃,人口の集中と消費増大に対応するため,江戸近郊には30石余りある「とうご」という大型の漬物樽を使い,一度に4000本以上の大根の荒漬けを行う本格的な漬物業者が出現した1, 2)。沢庵漬を支えたのが玄米の精米過程で生じる大量の米糠であった。
ILS コラム
男性ボランティアによる「レバーHi」の肝機能改善効果