New Food Industry 2016年 10月号
スポーツフードの研究・開発の最新動向
矢澤 一良
狭義のスポーツ栄養であれば,特殊な食品やドリンクを摂取したトップアスリートが鮮やかなパフォーマンスを披露し,その因果関係を明らかにできないまま,口コミで伝わるようなケースもあり得る。 しかしここでは,科学的なエビデンス,機能のメカニズムの理論的根拠と安全性を有する機能性食品,すなわち「ヘルスフード科学」にフォーカスをあてて,スポーツ機能を向上し,それに止まらず生活習慣のなかで健康の維持増進に役立つような食品・食材の有用性を概説したい。
健康の考え方として,その対象となるものは「身体の健康」,「脳の健康」,そして「心の健康」である。このような健康の3要素が満たされて,本当の健康といえると考える。わが国における食生活の急激な変動が,生活習慣病の増加をもたらしていることは論を待たない。このような中で重要なことは,悪くなっ7た病気を治す「治療医学」よりも,病気になる時期を遅らせる「予防医学」であり,知恵を使った予防医学的な「知的生活習慣」や「知的食生活」を必要とする。さらにより高次の健康(スポーツ機能の向上)やQOL(生活の質)の向上を求める人たちにとっても,これまでの栄養学指導だけでは,「栄養素の無い食品やカロリー過多の食品」,「危ない食品」などが氾濫している食環境や,「昼夜逆転」,「運動不足の生活」,「劣悪な環境」などの生活環境を是正出来ない。
ヘルスフードの機能は,ヒトの「体・脳・心の健康」に障害となるもの,例えば,認知症や生活習慣病,特に近年認識されるようになってきた「メタボリックシンドローム」や現在深刻な社会問題となっている各種ストレス障害,「ロコモティブシンドローム」などの発症を未然に防ぐ事に止まらず,過負荷をかけた後の「超回復」や筋力増強による「運動機能の向上」においても有効な手段として期待できる。 ここにおいて重要なことは,栄養・運動・休養のバランスを取ることである。
霊芝菌糸体培養培地抽出物の2型糖尿病マウス肝臓の脂質代謝に与える影響
Influence on lipid metabolism by a water-soluble extract from culture medium of Ganoderma lucidum mycelia in the liver of type 2 diabetic mice
神内 伸也,新藤 由梨,岩田 直洋,岡﨑 真理,浅野 哲,飯塚 博,日比野 康英
Abstract.
A water-soluble extract from the culture medium of Ganoderma lucidum mycelia (MAK), which is commercially available as a nutritional supplement, was prepared from a solid medium composed of bagasse and defatted-rice bran overgrown for about 4 months with its mycelia. It was reported that long-term intake of MAK reduced hyperglycemia and enhanced glucose transporter-4 (GLUT4) translocation to the plasma membrane in skeletal muscles and adipose tissue in a type 2 diabetic animal model with obesity. Furthermore, MAK affects hepatic carbohydrate metabolism, which may derive from the suppression of gluconeogenesis through the modulation of related enzymes and enhancement of glucose uptake, glycolysis and glycogen synthesis. In the present study, we investigated the effect of MAK on hepatic lipid metabolism and compared with the results with the effects of pioglitazone and metformin. The mice with the high-fat ingestion showed a gradual increase in the levels of blood glucose and body weight. In the MAK-treated mice, the blood glucose level was suppressed after 2 weeks of intake. The amount of liver triglyceride in the MAK or metformin-treated mice was decreased, compared to control, but that of liver triglyceride in pioglitazone-treated mice was increased. These results indicate that MAK affects hepatic lipid metabolism, which may derive from the suppression of triglyceride synthesis similar to metformin.
肝臓は,糖の代謝恒常性を維持するうえで重要な役割を果たしている。肝臓における糖輸送体はグルコーストランスポーター(GLUT)2が担い,骨格筋などのGLUT 4とは異なりインスリンによる調節を受けない。そのために,肝臓細胞はグルコースを細胞内外へ自由に透過させることができる。通常,摂食時の血中グルコースは,肝臓の細胞膜上に常時発現しているGLUT2によって濃度勾配依存的に取り込まれ,グルコキナーゼによってグルコース6 -リン酸に変換され,解糖系経路による代謝もしくはグリコーゲンとして蓄積されて食後の高血糖を抑制する。一方,絶食時には糖産生が優位に進行することから,糖の産生は,グリコーゲン分解と糖新生によって成り立っていると言える。この際,肝臓での代謝を制御する最も重要な因子はインスリンであり,摂食後の肝臓への糖取り込みを亢進するとともに糖の産生を抑制する。しかし,2型糖尿病態では,インスリン作用の障害により糖新生酵素の発現が増加して糖新生が亢進する1)。
レトルトパウチ食品に緑色を付与できる天然素材 ~ 紅藻ダルスの素材特性と利用技術
木下 康宣
北米の大西洋岸やヨーロッパ北部に広く分布し,アイルランドやカナダなどの国で古くより利用されてきた海藻の一つに,紅藻に分類されるダルス(Palmaria sp.,以下ダルスと称する)がある。この海藻は,これらの国々において,生でサラダなどに利用したり,素干ししたものをそのまま,あるいは調味料などとして食されていることが知られている1)。一方,我が国では,北海道を中心に岩手県以北に生息しているとされているが,これまでのところ産業利用の例が聞かれない。ダルスは,函館市にある南かやべ地区だけでも,年間約1,000~2,000トンが繁茂していると推計されていることから,その利用用途が開発されれば,新たな産業種としての活用が大いに期待される海藻の一つということができる。
我々はこれまで,この海藻の食資源としての利用を目的に,様々な素材特性や利用適性に関する研究開発を進めてきた。その結果,ダルスはコンブやワカメなどの褐藻とは異なり,紅紫色を呈している生の原藻が,一定条件で加熱したり2),あるいは紅藻のトサカノリや褐藻のワカメ3)で報告されているものと同様にアルカリ処理することによって緑色化することや,それらを海水中で120℃,30分間加熱しても緑色が失われない2, 4)という,優れた食品科学的特性を持っていること,また,様々な優れた栄養機能特性を有していることなどを明らかにしてきた5)。 こうした特徴は,従来,実現が難しいと考えられてきた,レトルトパウチ食品のような高温で加熱殺菌を施す食品群に緑色を付与したり,特定の栄養成分を効率的に摂取することを意識した各種食品群の開発にとって極めて有益と考えられ,新たな商品性を有する食品素材として注目され始めている6-8)。
しかしながら,一方では,これを料理・調理・加工といった様々な場面で利用しようとした時に,いくつかの解決しなければいけない問題が存在することも明らかとなってきた。
本稿では,これまでにわかってきたダルスの特性を概説した上で,最近得られた利用加工上の知見を解説し,加えてこうした情報を活用することにより生まれた現状の産業利用例を紹介させていただきたい。
脂肪燃焼組織・褐色脂肪の食品成分による活性化と抗肥満効果
岡松 優子
動脈硬化や脳卒中などを引き起こすメタボリックシンドロームの増加が世界中で問題となっている。その最大のリスクファクターである肥満症は,エネルギー消費量の減少と摂食量の増加が原因であり,病態解析と予防・解消方法の開発が求められている。褐色脂肪は,エネルギー消費の側面からの肥満対策のターゲットとして注目されている特殊な脂肪組織であり,食品成分を含めて活性化因子の探索が活発に行われている。本稿では褐色脂肪の機能とその制御機構を概説し,抗肥満作用を持つ食品成分カプシノイドの作用における褐色脂肪の役割について紹介したい。
N-アセチルグルコサミンをはじめとした当社素材の機能性表示対応可能性
久保村 大樹
2015年4月の食品表示法,食品表示基準の施行に伴い,健康食品産業各社が待ち望んだ食品の機能性表示制度が開始された。消費者庁が平成23年度に実施した食品の機能性評価モデル事業と日本健康・栄養食品協会が継続実施した「食品の機能性評価事業」を源流とし,内閣府規制改革会議から出された「一般健康食品の機能性表示を可能とする仕組みの整備」を求める答申を基に検討を重ね,策定に至ったものである。今までの保健機能食品制度にあった特定保健用食品では,最終製品による大規模な臨床試験の実施が必須であることに加え,新規素材・新規訴求での許可取得のハードルが非常に高いことなどから,一握りの大手企業を除き十分な対応を取ることは困難であった。これに対し,機能性表示食品制度では食経験を安全性の根拠としたり,関与成分の既存データによるシステマティックレビューを機能性の根拠としたりすることができるなど,中小業者にとっても比較的ハードルが下がった制度設計になったと考えられる。
本稿では,N-アセチルグルコサミン(NAG)やアンセリン含有カツオ・マグロ抽出物をはじめとした当社の機能性素材について,当該制度に対応するための機能性根拠データを中心に紹介する。さらに,近年新しく研究を進めている素材であるテアフラビンについても機能性表示の可能性について併せて解説する。
Effects of a Yeast Extract with a High Glutathione Content on Breath Alcohol and Hepatic Function in Human Volunteers
Naoto Kaji, Toru Konishi, Yusuke Sauchi
Summary
We obtained the following results in this study conducted to investigate the effectiveness of the oral intake of YH before alcohol consumption, in decreasing breath alcohol concentration and suppressing plasma AST levels after a 2-month long-term intake in human subjects.
1)It was demonstrated that the oral intake of YH immediately before alcohol intake significantly suppressed the breath alcohol compared to that of the placebo group.
2)It was demonstrated that the 2-month oral intake of YH suppressed the plasma AST level.
The results described in 1)and 2)demonstrated the effectiveness of the oral intake of YH on alcohol consumption-related stress, as well as its long-term improvement of hepatic function.
Beauty effects of Glutathione
Tomohiro Nakagawa, Naoto Kaji, Toru Konishi
Summary
We confirmed that glutathione ingestion improves the appearance of skin, by reducing pores and blemishes as well as whitening skin. Thus, taking glutathione improved the overall appearance of the skin.
In addition, we hypothesize that glutathione may have additional beauty effects, since it was confirmed that using glutathione and collagen peptides together in vitro generated a strong synergistic effect for accelerating production of type I collagen.
Here, we showed the beneficial effects of glutathione on the skin (skin whitening and improvement of skin appearance); however, glutathione is also thought to play additional essential roles in whole-body health, for example, removal of active enzymes5-7) and detoxification of toxic substances produced by metabolism of alcohol.8-10) Moreover, various other effects have recently been reported, such as improvement of lipid metabolism and anti-fatigue activity during cardiovascular exercise, due to activation of mitochondrial biosynthesis via PGC-1α.11)
As discussed above, glutathione is expected to have various effects. It is highly recommended for everyone at any age to take it so that they can preserve their beauty and live a healthy life.
これだけは知っておきたい豆知識
カテキンについて
一般財団法人 食品分析開発センター SUNATEC 第一理化学検査室
カテキンとは,主に緑茶葉に含まれるポリフェノールの一種で,その中のフラボノイド,さらにはフラバノール類という種類に入る。ポリフェノールはほとんどの植物に含まれる色素や苦渋味成分で,カテキンはお茶に特有の苦渋味成分のもととなる物質である。他にもポリフェノールの一種として知られている成分も多くあり,ゴマのセサミン,ウコンのクルクミン,ブルーベリーのアントシアニンなどがある。
お茶が体によいといわれているのは,実はカテキンの働きによるものが大きい。カテキンは単一の化学物質ではなく,さまざまな種類がある。それぞれのもつ機能も異なるため,多機能性物質として幅広い健康効果が期待されている成分である。
本豆知識では,カテキン類の特徴,作用,効果,また分析方法について紹介する。
野山の花 — 身近な山野草の食効・薬効 —
ゲンノショウコ Geranium thunbergii Siebold et Zuccarini(フウロソウ科 Geraniaceae)
白瀧 義明
7~9月ごろ,山歩きの途中,道端で梅に似た花をつけ,地を這うようにして生えている植物を見かけることがあります。健胃・整腸薬として有名なゲンノショウコです。「現の証拠」という植物名は下痢止めに服用するとすぐに効果が現れることに由来します。本植物は日本では北海道の草地や本州〜九州の山野に自生し,白色または紅色の花(白花は東日本,紅花は西日本に多い)を枝先と葉の脇から長い花軸を出して数個付け,花弁は5枚で赤い筋が走り,がく片5枚,雄しべは10本あります。全体に下向きの毛が生え,葉は3~5裂の掌状,巾は3~7㎝,長い柄を持ち対生,裂片は先でさらに3つに分裂し倒卵形,葉は柔らかな紙質で縁は鋸歯型をしています。
デンマーク通信
デンマークの誕生日
Naoko Ryde Nishioka
各国の祝い事には,その食文化が強く現れますが,今回はデンマークの誕生日の食べ物について紹介します。誕生日会というと,日本では子供達が開く誕生日パーティを思い浮かべるのではないでしょうか?大人になると,誕生日を家族や友人と盛大に祝うのは,還暦などの節目の時くらい,という人も多いと思います。
デンマークの誕生日というと,子供達はクラスの友人を呼んで誕生会を開いたり,家族で祝ったり,そして,もちろんプレゼントをもらえることもあり,子供達が楽しみにする一大イベントでもあります。この誕生日会ですが,大人になっても,友人を呼んで自宅でパーティを開く人も数多く,誕生日を迎える本人は,家族や友人に夕食や昼食をご馳走し,プレゼントをもらいます。デンマークでは10年ごとに節目の年を盛大に祝う習慣があり,30歳,40歳,50歳,60歳と,節目の歳には,お金をかけて,多くのゲストに美味しい食事を振舞い,パーティを開く人が多くいます。
ILSコラム
女子大学生競技選手へのヘム鉄摂取試験 -貧血改善への試み-
ILS株式会社
「ヘム鉄」は,非ヘム鉄(無機鉄)より吸収性が良く,副作用が少ないことで鉄の補給に適していると言われております。「ヘム鉄」はポルフィリン環が鉄イオンの周りに存在しているため酸化還元反応が起こりにくく,お茶やコーヒーなどに含まれるタンニンや一般食材に含まれる食物繊維,カルシウム,リン酸などの成分と共存しても吸収阻害を受けません。また,非ヘム鉄はビタミンC や動物性たんぱく質などと共に摂取する事で吸収効率の向上を促す事がありますが,「ヘム鉄」は単独で高い吸収率が得られます。
本試験では,貧血症状のある女子大学生競技選手において「ヘム鉄」を摂取することによる貧血改善効果と心理状態の変化を検証しました。
ベジタリアン栄養学
歴史の潮流と科学的評価(第5節 ベジタリアン食の世界規模の問題と非栄養学的視点)
ジョアン・サバテ,訳:山路 明俊
文明の夜明けから,食品と宗教の避けられない絡み合いがありました。記録のある歴史で最も新しいのは,相互の繋がりが流行ったことです。異なる行動と生活様式を持った文化の過剰は,まだ,一つだけの共通性を分け合っていて,それは,人間は魂から肉体の栄養物を分離できない理由があるからです。文明の信仰は多くあるので,肉のない,植物性に基づいた食事と一人一人の個人との関係を物語る試みは不可能であるばかりでなく,しばしば彼らが共通して保有する統一的な規則をも不明瞭にしてしまいます。ベジタリアンを実践する宗教的な正しさは,5つの異なるフェーズを通して発達してきて,また,これらを進歩的で連続的な発展としてとらえることは可能である一方,同時に出来る苦心作に対する議論もあります。これらのそれぞれのカテゴリーは現在も存在し,起源の古さを指摘することができます。それぞれの場所は,弱さと真実と同様に強さを持ち,いつものように,両側の深淵を分けている峰を注意深く踏みしめることで見つけられるに違いありません。
人間性が記録された歴史は数千年しかなく,記述した記録もなく,古代の過去を理解することの多くは,推定,伝説や推測として残されているに違いありません。ベジタリアンの思想と理想の明確な描写は,紀元前6世紀までは明らかではありません。これは,人類の知的で精神的な発展の変わり目として明記できるような時代です1)。