New Food Industry 2016年 7月号
焼成パンにおける応力緩和挙動と微細構造に対する中鎖脂肪酸含有油脂(MCT)の影響
豊﨑 俊幸
中鎖脂肪酸のみで構成されている中鎖脂肪酸含有油脂(以下MCTと略す)に関しては1950年に最初に,迅速な吸収で引き起こされた吸収不良症候群の食事療法で使用されたのがきっかけで,それ以来,臨床栄養学分野を中心に,医学,生化学分野での研究が盛んに行われた結果,多くの優れた報告がなされた1−22)。
ところで,MCTの特徴の一つとして,通常の食事に含まれている油脂(長鎖脂肪酸含有油脂(以下LCTと略す))に比較して,消化・吸収されやすく体内で酸化分解されやすい性質がある。この現象はLCTに比較して非常に特異的であり,この効果は抗肥満作用として考えられることから,現在では特定保健用食品として様々な用途に使用されているのが現状である。
先ほどでも記述したが,MCTに関する報告のほとんどは臨床栄養学分野あるいは生化学的分野から追跡されてきたが,食品科学分野からの報告は著者が知る限りに於いてはほとんど見あたらないのが現状であることから,今後は食品科学分野からの追跡が必要不可欠である。その理由として,MCTにかかわらず食物はすべて最終的には人間が摂食するからである。ある成分の生体に対する効果が優れていても,摂食しなくては全く意味をもたないものになってしまう。また,基本的に摂食するためにはその食物が美味しくなくてはならない。この壁をクリアーしなければMCTの優れた特性を利用できないことから,食品科学分野においては,ほとんど研究が進んでいないのが現状である。
著者はここ数年にわたり,製パンにおけるMCTの新たな食品機能特性について追跡してきた結果,興味ある知見を得,それらの研究成果について報告してきた23−26)。それらの知見の中で,いまだ解決していない分野として,物性学的な知見がほとんど得られていなかったが,最近,新たな知見が得られので,それら結果を報告したところである。そこで,今回は,焼成パンの応力緩和挙動と併せ微細構造の変化について,すでに著者が明らかとした結果について紹介する
キチンナノファイバー経口摂取が腸内環境および全身代謝に及ぼす影響
東 和生,伊福 伸介,長島 正明
カニ・エビ殻などの主成分であるキチンを原料として作製されるキチンナノファイバー(CNF)の食品としての機能がこれまでに明らかとなっている。具体的には大腸炎の緩和効果,抗肥満効果および血中コレステロール値軽減効果が明らかとなっているが,その作用メカニズムは不明であった。そこで,CNF経口投与が血液中の代謝物変化に及ぼす影響および腸内環境に及ぼす影響を検討した。CNFs経口投与により血中セロトニン(5-HT),アデノシン‐3リン酸(ATP)などの血中濃度が上昇した。また糞便中短鎖脂肪酸(酪酸および酢酸)濃度が上昇した。近年,5-HTおよびATPなどは腸内細菌の働きにより産生され,全身循環並行することが報告されている。本研究結果は,CNF経口投与により腸内細菌叢の活性化が起こり,それにより産生された5-HTおよびATPが全身循環量に影響を及ぼしていることを示唆している。以上より,CNFs経口摂取は腸内環境の維持あるいは改善に有用である可能性が示唆される。
クロレラおよびその熱水抽出物が血管の安定化に及ぼす影響
The influence of Chlorella and its hot water extract on the stability of blood vessels.
丸山 功,瀧山 和志,山川 大史,高倉 伸幸
Abstract
The blood vascular systems not only perform basic functions, carrying nutrients and oxygen to peripheral tissues, but also perform important functions in the rapid self-healing of inflammation through the gathering of immune cells to the inflamed area. Here we examine the influence of Chlorella and its hot water extract (Chlorella extract) on the stability of blood vessels, by using a vascular endothelial cell culture system, a senescence-accelerated mice and a photoaging model mouse. Cell culture examinations showed that Chlorella extract inhibited the growth and death of endothelial cells, resulting in the stable preservation of the vascular structure formed with endothelial cells. These actions are considered to be the result of inducing the expression of the TGF β1 gene with the Chlorella extract. In the animal study, the serum collected from the Chlorella-administered senescence-accelerated mouse inhibited the death of endothelial cells in a cell culture system, and the application of Chlorella extract to the photoaging model mouse resulted in a reduction in the skin aging symptoms caused by the collapse of the blood vascular system in cutaneous and subcutaneous tissues. These findings suggest that Chlorella and Chlorella extract might contribute to the stable preservation of blood vessels.
血管は管腔の内面の血管内皮細胞に対して,その周囲から壁細胞と総称されるペリサイトや血管平滑筋細胞が取り巻いて,構造的に安定した血管を形成している。この血管内皮細胞と壁細胞の細胞間相互作用が破綻することによって,管腔構造の維持ができなくなり血流のない無機能血管に変化し,組織の壊死につながる。この様な血管の破綻は生活習慣病や老化によって高頻度に観察され,皮膚や頭皮の衰えによるしわ,しみ,たるみ,抜け毛,血流の衰えによる冷え性,臓器の機能低下による骨粗鬆症,腎障害,アルツハイマー病などの症状を引き起こす原因になると考えられている。また,血管の安定化に影響を与える食品成分があることも報告されており1),今後の高齢化社会における健全な身体の維持のために,血管の破綻を抑制する食品や有用成分の解明は非常に重要であると考えられている。
単細胞緑藻クロレラ(Parachlorella beijerinckii CK-5)およびその熱水抽出物(以下クロレラエキス)は50年を越える食経験を有し,血清脂質改善作用,肝機能改善作用,造血作用,抗ストレス作用,感染防御作用,抗がん作用などの多様な生理作用が報告されている2−5)。本稿では,このクロレラエキスおよびクロレラを投与した老化マウスの血清が血管内皮細胞に及ぼす影響を細胞培養実験によって評価すると共に,皮膚老化モデルマウスを用いてクロレラエキスの塗布が皮膚の老化に及ぼす影響についても調べたので報告する。
ワムシ培養餌料がヒラメ仔稚魚の変態と体型に及ぼす影響
酒本 秀一,澤山 英太郎
著者らは由来の異なる3種類のナンノクロロプシス(以下ナンノと略記)で二次培養し,更にシゾキトリウムで栄養強化したシオミズツボワムシ(ワムシ)を用いてヒラメの種苗生産を行ったところ,使用するナンノの違いによってヒラメの変態速度や体型異常の出現率が大きく異なるのを知った。異常の主体は下顎の伸長で,異常の発生は使用するナンノに起因するワムシの質とそれに対する親魚の感受性の違いが介在している事を明らかにし,下顎伸長魚の発生を防ぐにはワムシの質の改善と異常を生じやすい親魚の排除が必要であることを前報1)で説明した。
本報告ではワムシの二次培養に用いるナンノがワムシの成分に及ぼす影響と,ワムシの成分がヒラメ仔稚魚の変態と体型に及ぼす影響を検討した。
ILSコラム
女性ボランティアによるL-カルニチンのダイエット効果
大塚化学グループILS株式会社
「L-カルニチン」は,体内での脂肪の燃焼に必要不可欠な物質であり,多くのダイエットやスポーツ向け商品に配合されています。
「L-カルニチンフマル酸塩」は「L-カルニチン」の欠点である吸湿性を改善して使い易くした素材です。摂取すると体内では「L-カルニチン」と「フマル酸」に遊離し,「L-カルニチン」としての効果が期待出来ます。さらに,TCA サイクルを構成する「フマル酸」による+αも考えられます。
そこで,社内の女性ボランティアにより,「L-カルニチンフマル酸塩」のダイエット効果について検討しました。
酒たちの来た道 酒造りの文明史⑥
6.ワインとビール:近世(15世紀中頃~18世紀中頃)ヨーロッパの動きと ワイン・ビール
古賀 邦正
前回はゲルマン人の民族大移動に始まってビザンツ帝国滅亡までのヨーロッパ中世のワインとビールの変遷を見た。民族大移動に伴う混乱に耐えたワイン造りは何とか命脈をつないで中世の後半には復活を遂げた。もちろんビール造りにとっても大変な時代であったが,もともとワインのような輝かしい立場にあったわけではなかったのでその痛手もワインほどではなかっただろう。むしろホップの使用が一般化したことは新しいビール造りへの歩みを一歩進めた時代であったのではなかったろうか。
中世後半,社会秩序が回復したのは封建制に依るところが大きかったけど中世末期の西欧諸国は封建制が崩れて中央集権化が進んだ。近世になって,さらにその動きに拍車がかかる。君主は自分の治める国境を明確にして官僚機構を介して国家行政の統一を進め,常備軍を持ち強力な国づくりを行った。官僚機構と常備軍を維持するために租税の徴収権も強めた。これは絶対王政(主義)と言われる。
このような政治の流れの中で人々の意識を変える3つの大きな動きがあった。自然な感情に基づいた自由な表現を試みたルネサンス,海を越えた新たな世界に希望を見つけようとした大航海時代,従来のしきたりを越えて神と向き合おうとした宗教改革の動きだ。絶対君主はこの大きな潮流の中で国を維持するために経済への介入を強める重商主義の政策をとった。
ワインやビールもこの流れの中で変遷してゆくことになる。近世をビザンツ帝国滅亡以降(15世紀中頃)から産業革命前(18世紀中頃)までとしてヨーロッパの動きとワイン・ビールの変遷について見ていくことにします。宜しくおつきあい下さい。
ベジタリアン栄養学
歴史の潮流と科学的評価(第5節 ベジタリアン食の世界規模の問題と非栄養学的視点)
山路 明俊
食事の変化としてのベジタリアン主義の歴史は,近年,多くの米国の新聞に見られるような謎解きゲーム文字として,敢えて言えば乱雑に凝縮されてきました。乱雑の中でも,いくつかの文字は再整理された文字で示され,解読者は,統一されていない文字を正しい綴りに修復することに挑戦しました。それから,それぞれの再構成された文字の中にあって,何らかの意味を含んだ文字は,不可思議な絵に答えを提供するものとして新しい文字に再整理されなければなりません。描かれ方も乱雑で,煮えたぎった大がまの中で樹脂製のヘルメットをかぶった男性が腰まで描かれ,神経質そうに『良い栄養』という題名の本をかかえていました。謎解きゲームの表題には次のことが書かれていました。「伝道師は人食い人間を何に変えようとしているのでしょうか?」
もちろん,答えはベジタリアン主義ですが,謎解きゲームが言いたいことは複数です。その一つは,栄養学が本来意味することは,ベジタリアン主義は,科学に基づいているということで,もう一方は,テキストを示している男性は伝道師で,実験室ではなく教会からの使者なのです。さらに,彼は,科学的な証拠と論理からではなくて,道徳的な信条で大衆の心を変えようとしています。実際のところ,西欧社会におけるベジタリアン主義の歴史のほとんどで,支持者はあたかも伝道師のように立ち振る舞い,さらに,良い栄養学をテキストではなく教義として示し,そして教育よりもより多くの祈りで,食事の不信心者を転向させる努力をしてきました。
これだけは知っておきたい豆知識
細菌の同定 ~これまでの検査結果を振り返って~
一般財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
弊財団では,細菌の同定検査の受託を開始して7年が経とうとしている。この間に,幅広いお客様から数多くのご依頼をいただき,多数の細菌を同定してきた。今月号では,これまでに弊財団が同定した細菌の種類をまとめ,その中で同定した頻度が高かった細菌の特徴について解説する。
連載 野山の花 — 身近な山野草の食効・薬効 —
トチバニンジン Panax japonicus C. A. Meyer(ウコギ科 Araliaceae)
白瀧 義明
初夏,奥武蔵の山を歩いているとうっそうと茂った木々の下で小さな白色の花をつけ,トチノキの葉に似た掌状複葉の草本を見かけます。これがトチバニンジンです。本植物は北海道,本州,四国,九州の山地,林中に自生する多年生草本で,花柄が分岐することがあり,分枝した側柄につく花は雄花として機能します。
薬用植物として有名なオタネニンジンPanax ginseng C. A. Meyerとは同じPanax属で,地上部は非常に良く似ていますが,オタネニンジンの果実が扁球形であるのに対し,本植物は,ほぼ球形です。時に球形の熟した果実に黒色の斑点のあるものがあり,これはマメ科のトウアズキの種子,「相思子」に似ているので,特に相思子様人参といいますが,薬効に違いがあるかどうかは,ハッキリしません。トチバニンジンの地下部はオタネニンジンの地下部とは著しく異なり,根茎は竹節状で横に長くのび,根は長いひげ根だけを生じ肥厚しません。また,これらのニンジンの種子は,トチバニンジンが米粒状なのに対してオタネニンジンは二枚貝のような形をしています。
デンマーク通信
デンマークのパン
Naoko Ryde Nishioka
デンマークといえば,おいしいパンを想像する人が多いのではないでしょうか。確かに日本には,アンデルセンや,リトルマーメイドなど,デンマークにちなんで名付けられたパン屋さんも多く,また「デンマークのパン」という意味のデニッシュは,バターの香りたっぷりの甘いパンとして広く知られています。デンマークは人口550万人ほどの小さな国ですが,その食文化はユニークであり,中でもパンはデンマーク人の日常生活に深く根付いた食文化と言えるでしょう。
管理栄養士てるこ先生の家庭の食文化
第10回 目張りすしと世界遺産
中村 照子
もうずいぶん前のことですが,日本一長いといわれる路線バスに乗って旅をしました。初夏のある日,橿原市八木駅から5時間余りのバス旅が辿り着いた場所は奈良県の最南端,吉野郡十津川村。
まさに秘境という言葉がぴったりな,辺りの風景は深い山々に囲まれ,初夏だというのに空気はひんやりとし,夜は肌寒いくらいでした。十津川村の面積は琵琶湖とほぼ同じ日本一大きい村として知られています。村の90%が山岳地で,もちろん電車は走っていません。
アイスクリームの常識を変えた「驚くべきヒット商品」−ロッテ『雪見だいふく』−
田形 睆作
株式会社ロッテは昭和23年に会社を創業し,今年で68年目である。社名は,ドイツの文豪ゲーテの名作「若きウェルテルの悩み」のヒロイン「シャルロッテ」にちなんで名づけ,誰からも愛される会社になるようにという願いが込められている。現在では,「お口の恋人ロッテ」として親しまれ,チューインガムをはじめ,チョコレート,ビスケット,アイスクリームなど総合菓子メーカーへと成長している。また,事業の多角化と国際化にも取り組み,国内ではロッテリア,千葉ロッテマリーンズなど多様な産業分野への多角化を進める一方,東南アジアを中心に事業の国際化を進めている。また,韓国のロッテグループでは食品事業をはじめ幅広い分野に着実な成長を続けている。現在,国内,海外を含めグローバルな企業グループへと邁進している。本誌では,1981年10月,アイスクリームの常識を変え,空前の大ヒット商品となった『雪見だいふく』について開発担当者と広報担当者を取材したので紹介する。
国際的コミュニケーション能力の重要性
―語学力は強力な武器になる―
Importance of international communication capability
―Language skill becomes strong weapon―
坂上 宏,生 宏,大石 隆介
Abstract
After the economic development, the motivation of young generation in Japan plummeted year by year, in contrast to the dramatic increase of world-wide competition. It is urgent to stop this trend by brushing up the international communication capability. Language skill will become strong weapon for this purpose.
世界の人口は,2016年1月1日現在で73億人であり,第1位の中国は19%を占めております(図1A)1)。日本における在留外国人数は,人口の約2%であり,中国は31.0%を占めております2)(図1B)。中国は,研究開発費においては,欧州連合(EU)と日本を抜き米国に次ぐ世界2位であり3)(図1C),研究者数では,米国を抜き第1位にランクしております4)(図1D)。中国メーカーの台頭を受け,日本国内の化学業界では,汎用品から高機能品へと経営資源を移す動きが加速しております5)。例えば,三菱化学の植物由来ポリカーボネート(PC)樹脂「デュラビオ」(軽乗用車の前面パネル用),旭化成の再生セルロース繊維「ベンベルグ」(インドやパキスタンの民族衣装「サリー」やシートマスク用),三井化学のm-キシリレンジイソシアネート(WDI)(メガネレンズ材料)やポリウレタンエラストマー材料(自動車部材)などです。今後,諸外国との連携も重要になると思われます。