New Food Industry 2016年 6月号
生めんの保存性に及ぼすエタノールおよびエタノール蒸散剤の影響
平田 健
めん類は生めん類,乾めん類,即席めん類,マカロニ類に分類されている1)。生めん類はさらに,生めん,ゆでめん,むしめんに分類され,種々の製品が市販されている。一般に,生めんの流通範囲は,ゆでめんのそれと比べて格段広いことから長期間の保存性が求められている。そのため,水分調整2),加熱3),低温4),凍結5),ガス置換包装6),pH調整7−9),添加物利用10−12)などの方策で保存性の向上が図られている。
これらの保存性向上技術の中で,現下,最もよく利用されている技術の一つにエタノールによる添加物利用がある13)。この方法は簡便で,保存性の効果が顕著である反面,製造工程中にエタノールが飛散すること,および製品にアルコール臭が残留するという欠点がある。
今回,エタノールとエタノール蒸散剤との併用で生めんの保存性を向上することの知見を得たので報告する。さらに,ゆでめんの品質はテクスチャーが最も重要であるが,ゆでめんのテクスチャーに及ぼすエタノールの影響に関する報告は見当たらない。したがって,ゆでめんのテクスチャーに及ぼすエタノールの影響も調べたので併せて報告する。
海洋性カロテノイドの健康機能
細川 雅史
カロテノイドは,黄-橙-赤色を呈する脂溶性色素化合物であり,これまでに天然物から750種類以上が同定されている。代表的なものとしてニンジンなどに含まれるβ-カロテンがあげられ,ビタミンAに開裂して栄養素として働く。このようなカロテノイドは,野菜や果物などの陸上植物に加え,海藻や微細藻類,シアノバクテリア等によって生合成される。その一方で,動物では生合成できないため,我々は食品によってカロテノイドを体内に取り込んでいる。
海洋生物が持つカロテノイドの中には,陸上生物とは異なるものがみられる。代表的なものとして,サケなどに含まれるアスタキサンチン,ワカメやコンブなどの褐藻に含まれるフコキサンチンが上げられる(図1)。これらは,他のカロテノイドと同様に優れた抗酸化作用1, 2)を有するばかりでなく,社会的に大きな問題となっている肥満を基盤としたメタボリックシンドロームに対する予防効果が報告3, 4)され,サプリメントの開発も進められている。本稿では,それら海洋性カロテノイドの健康機能について紹介する。
今食肉流通に求められる衛生管理手法
小林 光士
我が国においては,1996年(平成8年)に腸管出血性大腸菌O157を原因とする大規模な食中毒の発生を契機に食肉の安全性確保が重要視されるようになり,食品衛生法やと畜場法等の関連法規が改正され,食肉処理施設の衛生管理基準が定められるとともに,HACCPによる衛生管理が義務付けられたが,十分な浸透まで至らず形骸化してしまった施設も多い。また,近年では平成27年4月1日のと畜場法等の改正により,と畜場や食肉処理場にはHACCP手法の導入する,または現行の衛生ガイドラインを遵守するかのどちらか一方の選択が義務付けられた。
このことは,我が国の食品安全のためにHACCPが不可欠であり,近い将来において日本の全ての食品分野にHACCPが義務化されることは間違いない。(いち早く,畜産大国である宮崎県は,県内全ての食肉処理場と大規模食鳥処理場にHACCPを導入したことを発表した。平成27年3月27日)食肉処理施設は,これに基づき必要な施設整備を行うとともに作業手順等を定めて実施しているが,その手法は統一されておらず,また,それぞれの施設に合った正しいHACCPの構築がなされているとはいえない。その反面,消費者の食肉の安全・安心に対するニーズはますます高まってきており,特に流通業界は食肉処理施設の一層の衛生の高度化を求めている。
ただし,本来HACCPは,自らが予防のために実施すべきもので,決してその認証を目的とするものであってはならない。(HACCPを認証するしくみにはISO22000やSQF22000,FSSC22000などのマネジメント手法がある。)
また,我が国では牛肉を中心とした海外への農畜産物輸出が重要政策とされ,輸出食肉施設認定や相手国との食肉輸出要綱が結ばれているが,必須条件として相手国が求めるのはHACCPである。
ポジティブリスト制度施行10年目を迎えて
藤吉 智治
2006年5月より,食品中に残留する農薬,動物用医薬品,及び飼料添加物(以下,農薬等)について,原則として全ての農薬等に残留基準を設定し,基準値を超えた農薬等が残留する食品の販売等を禁止する制度,いわゆるポジティブリスト制度が施行された。この制度の施行により,残留農薬は食品の安全性における重要なリスク管理項目となった。2016年はポジティブリスト制度が施行されてから10年目にあたる。この間,残留農薬に関する様々な問題が発生し,残留農薬に対する消費者の視線は一層厳しさを増している。分析機関で残留農薬分析に従事する立場としても,残留農薬分析を取り巻く状況は大きく変化してきたと感じる。本稿では,ポジティブリスト制度の施行から10年目となる節目の年を迎えるにあたり,制度導入から今日に至るまでを振り返り,分析機関の視点で改めてポジティブリスト制度について考えてみたい。
連載 野山の花 — 身近な山野草の食効・薬効 —
ドクダミ Houttuynia cordata Thunb.(ドクダミ科 Saururaceae)
白瀧 義明
6〜7月ごろ,山歩きの途中,人家近くの湿り気がある半日陰地で白い花びらのようなものをつけた植物を見かけることがあります。葉がハート型をしているのも特徴です。その葉を揉むと何とも言えない独特の臭いがします。これがドクダミです。ドクダミは東アジア一帯に分布し,日本では低湿地で普通に見られる多年草です。茎は無毛で直立し高さ15〜50cmになり,葉は互生,有柄,無毛,心臓形をしていて長さ4〜8cm。茎葉ともに緑色ですが,暗紫色を帯びることもあります。“ドクダミ”という名は特異臭がするので「毒を溜めている」ことによるという説,「毒下しの妙薬」を縮めたという説などがあります。
これだけは知っておきたい豆知識
品質問題への対応について
一般財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
今年1月に,HACCPを含む日本発の食品安全管理規格・認証スキームの運営や人材育成,海外への情報発信を担う団体として,「一般財団法人 食品安全マネジメント協会(Japan Food Safety Management Association 略称:JFSM)」が設立された。今後の取組みに注目されている方も多いと思われる。また,2014年に「食品等事業者が実施すべき管理運用基準に関する指針(ガイドライン)」が改定され,HACCPを用いた衛生管理の基準が追加されたことや,近年のISO22000,FSSC22000認証取得組織の増加など,様々な形で食品事業者のHACCPへの取組みが促進される状況となってきている。
HACCPへの取組みにより健康被害を引き起こす問題の発生を防ぐことは,食品を取り扱う事業者において極めて重要であり,今後もその取組みが促進されるべきであると考えられる。
しかし,取組みがHACCPだけに限定されてしまうとその他の品質問題への対応が不十分な状況となってしまう危険がある。
一般財団法人 食品産業センターがインターネットで公表している「食品事故情報告知ネット(http://www.shokusan-kokuchi.jp/KokuchiInfo/index)」の中には,一般的に健康危害に繋がりにくいと考えられるような事例もみられる。
このことから,本稿においては一般的に健康危害に繋がりにくいと考えられるような品質問題への対応について紹介する。
ILSコラム
L-カルニチンフマル酸塩による運動選手のエネルギー代謝への影響
大塚化学グループILS株式会社
L-カルニチンの吸湿性を抑制した機能性食品素材「L-カルニチンフマル酸塩」を摂取することによりダイエット効果や持久力アップなどが期待されるということが,「第60回 日本体力医学会大会」にて発表されました。この研究発表は日本女子大学および鹿屋体育大学との共同研究によって,L-カルニチンフマル酸塩の摂取による運動選手のエネルギー代謝への影響について,調べたものです。
被験者は大学ボート部の男子学生8名で,L-カルニチンフマル酸塩3.4g/日(L-カルニチンとして2g/日)あるいはプラセボを摂取30日間,ウォッシュアウト30日間,摂取30日間のクロスオーバー二重盲検法で試験しました。測定項目は,摂取前後の血漿中の遊離L-カルニチン濃度,最大酸素摂取量(VO2Max),呼吸交換比などを測定しました。
シロザケ放流種苗生産時の体型と体成分の変化
大橋 勝彦,酒本 秀一
シロザケ種苗は北日本を中心に毎年膨大な数が放流されており,日本に回帰して来る親魚の大部分は人為的に種苗生産された魚であると云われている。シロザケは卵が大きいので栄養成分も多量に含まれており,卵内で可也発生が進んで大きくなってから孵化する。その為,2〜3mmで孵化する一般的な海産魚と違ってシオミズツボワムシやアルテミア等の生物餌料を与える必要が無く,直接配合飼料に餌付け出来る飼育し易い魚である。
日本で種苗生産されている魚種の中では,シロザケの生産技術1-3)は大変進んでいると云えるが,自然環境が厳しい北日本の冬場を中心に生産が行われることや,特別な物性や栄養成分を有する配合飼料でなくても生産出来てきたこと等から,物理的・機械的な技術の進歩は著しいが,飼料4)や魚自体に関する研究はやや立ち遅れている感じがする。
著者ら5-13)は使用する配合飼料と生産魚の質について調べてきたが,その過程でサケ・マス類の成長段階別の体成分に関する研究は少なく,ニジマスで可也古い数例の報告14-17)がなされているものの,シロザケでは認められないのが分かった。そこで本研究では,シロザケにおける適切な餌付時期や成長段階別に適した飼料の質等を検討するのに必要な基礎資料を得る為,卵から放流種苗に至るまでの生産段階で体型や体成分がどの様に変化するかを調べた。
調査は2013年11月から2014年4月までと,2014年9月から2015年4月までの2シーズンに渡って行った。夫々を試験-1,試験-2として説明する。
管理栄養士てるこ先生の家庭の食文化 第9回 大和路の五月と愛犬モモ
中村 照子
新緑の五月,大和路には花が咲き誇ります。大和と伊勢を結ぶ初瀬山の中腹に建つ長谷寺,別名 花の御寺(みてら)とよばれ,牡丹の名所でもあり,その牡丹は150種以上,7000株が毎年,咲き乱れます。宇陀の里,室生寺にはシャクナゲ,日本一小さな五重塔の傍らで楚々と咲き「女人高野」といわれるこの寺にふさわしい光景です。そして大和郡山市にある矢田寺は梅雨に紫陽花が矢田丘陵を紫色に染めます。また,我が家から遠くないあやめ池のほとりの遊歩道には少し淋しげな菖蒲の花が紫色に染まり可憐に咲きだすのです。
オリザセラミド®のヘアレスマウスにおける保湿および皮膚セラミド増加作用
単 少傑
オリザセラミド®は米ぬかおよび米胚芽から抽出,精製された製品である。この製品には米由来スフィンゴ糖脂質の一種グルコシルセラミドが多く含まれている。20年ほど前から,当社は米および米ぬかに含まれている生理活性物質について長年に渡って研究開発を行い,その中から,γ-オリザノール,トコフェロール,トコトリエノール,ステロール,フェルラ酸およびスクワラン等数多くの有効成分を抽出し,製品化してきた。これらの製品がすでに医薬品,健康食品,食品添加物,化粧品用素材として高く評価され,広い分野で応用されている。なかでも,当社は世界に先がけて植物由来セラミドを米および米ぬかから製造することに成功しパイオニアである。
セラミドは皮膚において角質層細胞間脂質の主成分であり,表皮構造の形成と安定,水分やバリア機能の維持に重要な役割を果たしている。また,植物由来のグルコシルセラミドの摂取が表皮角質の水分保持やバリア機能を改善することが証明されている1, 2)。化粧品用素材として,合成セラミドやウシ由来セラミドが利用されているが,動物愛護の観点や狂牛病の原因であるプリオン型ウイルス感染を予防するため,近年米をはじめとする植物性セラミドの利用が広がっている。
オリザセラミド®には細胞や動物における表皮バリア機能の改善効果3)やヒトにおける肌質改善効果が見出されている4)。本稿では,表皮のトリートメント作用を有する天然素材として,オリザセラミド®のヘアレスマウスにおける保湿および皮膚セラミド増加作用について紹介する。
昆布の抗酸化作用
白杉 一郎,松井 隆史,伝宝 啓史,黒木 勝久,榊原 陽一,水光 正仁
昆布は褐藻類に属する海藻で,日本の伝統的な食品の一つである。昆布の国内生産量のほとんどは北海道から採集されており,全体のほぼ95%に相当する。残りの5%は青森県,岩手県,宮城県で採集されている(東日本大震災前)1)。昆布は生育する環境が色や形,さらには味にも影響するので産地が銘柄となる。昆布の種類としては真昆布,細目昆布,利尻昆布,羅臼昆布,長昆布,日高昆布などがある1)。
昆布は炭水化物で約60%占められており,そのうち約50%が食物繊維である。食物繊維はラミナリン,アルギン酸,フコイダンといった多糖類で構成されており,これまでに昆布に含まれている上記の多糖類が様々な生理活性を有することが報告されている2−4)。中でもL-フコースがα-1,2結合とα-1,4結合で数十から数十万個連なった硫酸化多糖であるフコイダンは,現在非常に注目されている海産多糖類の一つである。フコイダンはグルクロン酸を含むU-フコイダン,硫酸化フコースのみで構成されるF-フコイダン,ガラクトースを含むG-フコイダンの3種類に分類される。フコイダンはラミナリンやアルギン酸とは違い,アレルギー抑制作用や免疫賦活作用,さらには抗がん作用が報告されている5−7)。近年では抗がん作用に注目が集まっており,がん細胞におけるアポトーシス誘導作用メカニズムの解明について多くの研究がなされている。濃いオレンジ色をしたカロテノイドの一種のフコキサンチンも抗糖尿病効果や抗肥満作用などの生体調節作用が報告され,注目されている8, 9)。我々は昆布にはまだ多くの知られていない生体調節作用があると期待し,抗酸化作用に関する研究を実施した。抗酸化作用には様々な疾病の原因となる活性酸素を消去する抗酸化物質の直接的(化学的)な作用と,活性酸素を消去する酵素の働きを高める間接的(生理学的)な作用の二種類がある10, 11)。
本稿では昆布および,昆布加工食品抽出物の抗酸化酵素誘導作用について紹介する。
ホスファチジルセリンの機能性および「ブレインフード」としての可能性
山田 龍太郎
ホスファチジルセリン(PS),ホスファチジルコリン(PC),ホスファチジルエタノールアミン(PE),スフィンゴミエリン(SPH)などのリン脂質は,ヒトの脳や神経組織に豊富に含まれているが,その存在意義や生理機能は,まだ十分解明されているとは言えない。
PSの構造は,ジグリセリド-3-リン酸のリン酸基にアミノ酸の一種であるセリンが結合したものである(図1)。ヒトの脳のリン脂質には10~20%のPSが存在し,PSの構成成分であるL-セリンやセリン由来脂質は,高次機能の中枢をなす神経細胞・グリア細胞の長期生存維持と樹状突起などの形態形成にきわめて重要であることが報告されている1)。
L-セリンは,グリシン,トリプトファン,システイン,スフィンゴシンなどの前駆体である。そのため,L-セリンの欠乏は,細胞膜の構築に欠かせない膜リン脂質のPSやスフィンゴ糖脂質の生合成障害を引き起こす。神経細胞にL-セリンが欠乏すると,アポトーシス(細胞死)に至ることが報告されている2)。
L-セリンは親水性酸性アミノ酸であり,そのまま血液脳関門を構成する細胞膜を通過できず,取り込みは膜上のトランスポーターに依存するが,アミノ酸どうしの競合阻害が考えられる3)。PSはセリンをホスファチジン酸で脂溶化させた物質であり,血液脳関門からの取り込みが期待される。これらの知見から,PSは脳機能との関連が示唆され,多くの研究が行われてきている。
ベジタリアン栄養学
歴史の潮流と科学的評価(第5節 ベジタリアン食の世界規模の問題と非栄養学的視点)
山路 明俊
20年以上の間,著名な哲学者,保護主義者と健康提唱者は,ベジタリアンの生活法を人々に積極的に訴えてきました。これらの年数以上に,ベジタリアニズムの提唱者には,証明の重荷が降りかかってきました。一般の文献と哲学色の薄い学術論文では,肉食の利点が疑問視されていて,その害がさらに明白となっています。このことは,屠殺される生物,生活している土地とそれらの肉を食べる人に対しても害となっています。近代の肉産業がもたらすものは,誰も良くなることはなく,何も良くなることはないとベジタリアニズムの提唱者は,唱えています。
ベジタリアニズムの提唱を通じて多くのことがすでに実現してきました。米国では,現在,ベジタリアニズムは,一般的に広く取り入れられていて,社会的にも受け入れられています。ベジタリアニズムの提唱は正しい;それは良い生活法であることが複数の研究が示しています。そして,われわれが,ベジタリアニズムを「より良い生活法」と言う時,科学的研究と要約した報告書を超えた価値ある世界へと超越することになります。ベジタリアニズムの論理は,しばしば,道徳の問題を求めるために肉のない食事の健康効果を執拗に勧誘することも超越します。ベジタリアン食の採用は道徳的な義務なのでしょうか? 様々な方面から得られた膨大なデビデンスにもかかわらず,肉食をしないことに道徳的な義務があるということを論じてはいけないのでしょうか?