New Food Industry 2016年 4月号
椎茸菌糸体培養培地抽出物(LEM)の神経保護作用
Neuroprotective effects of a water-soluble extract from the culture medium of Lentinus edodes mycelia (LEM)
堀内 重紀,岡﨑 真理,岩田 直洋,神内 伸也,浅野 哲,飯塚 博,日比野 康英
Abstract
Oxidative stress plays an essential role in the pathogenesis of transient cerebral ischemic injury. A water-soluble extract from the culture medium of Lentinus edodes mycelia (LEM), which is commercially available as a nutritional supplement, was prepared by hot-water treatment from a solid medium composed of bagasse and defatted-rice bran overgrown for about 4 months with its mycelia. LEM is a potent free radical scavenger and may decrease brain injury associated with reperfusion. This study examined the neuroprotective effects of oral administration of LEM on cerebral ischemic damage induced by 4-vessel occlusion (4VO) followed by reoxygenation in rats.
LEM inhibited apoptosis by oxidative stress of PC12 cells that were differentiated to nerve cells. Moreover, in using a 4VO as the brain ischemia model, hippocampus damage was observed by Nissl staining. The marked reduction of cell density in the CA1 region was observed in the 4VO group compared with the sham-operation group. This reduction was significantly inhibited by the oral administration of LEM. These results suggest that oral supplementation of LEM relieves the cerebral ischemic injury, which may be attributed to the anti-oxidant and anti-apoptosis effects of LEM.
高齢化率の上昇に伴う認知症の増加は,医療費の増大と患者およびその家族のQOLを低下させるなど,高齢化が加速する日本のみならず世界的に大きな社会問題となっている。認知症には,主にアルツハイマー型認知症(AD)と血管性認知症(VaD)があるが,ADは大脳のびまん性萎縮であるのに対して,VaDは動脈硬化や血管壊死などの脳血管障害による脳実質の病変が誘因となる1)。そのため,VaDは脳血管障害の一型とされ,その危険因子には加齢の他に高血圧や糖尿病,高脂血症などがある2)。疫学調査から,欧米ではVaDに比べてADが多く,日本では逆にVaDが多いとされてきたが,最近では脳血管性疾患の減少からVaDは減少傾向を示している3)。しかし,近年の高齢化率や危険因子となる生活習慣病の増加,また若年性認知症の約4割がVaDによるものと考えれば,軽視できない疾患であることに疑う余地はない。
食用色素アントシアニンのサイエンス -化学,体内動態と機能,将来展望-
津田 孝範
「アントシアニン」はフラボノイド系の植物色素で,ブドウやリンゴ,イチゴ,ブルーベリー等の果実,ナス,シソ,マメ種子の美しい赤色や紫色の色素成分の多くはアントシアニンで構成されている。また花の色も,その多くはアントシアニンによる色である。これまでに食品化学分野では,果実類などの加工保存中における色調の変化と安定性や天然着色料としての応用についての研究が行われてきた。アントシアニンは食用色素としてもすでに多くの種類が開発され,実際に食品の着色に用いられている。園芸面からは,花の色の変換が実現している。特に遺伝子改変による青色のバラの作出は特筆すべき成果であり,これまでになかった色を持つ花を飾ることで,私たちの生活に潤いを与えてくれる。これはアントシアニンの生合成に関わる遺伝子とその発現機構が解明され,遺伝子工学的手法を用いた花の色の変換が可能になったからである。
アントシアニンに関する研究は,化学的な研究あるいは植物での生合成に関する研究が主体であったが,この20年ほどの間に,食品に含まれる生理機能成分として注目すべき研究対象となり,その生理機能研究に加えて,代謝やバイオアベイラビリティに関しても研究が進展している。
本稿では,アントシアニンとその含有食品の健康機能に関して,化学,給源と摂取量,代謝・吸収,健康機能として特に肥満・糖尿病の予防・抑制に関わる研究を紹介し,最後に今後の課題と展望を述べる。
品質危害への対応強化について
齋藤 希
現在食品業界は,近年のさまざまな問題の発生や取り巻く環境の劇的な変化への対応を求められている。変化のひとつとして,消費者が購入した製品の品質異常を発見した際の情報発信形態の変化が挙げられる。以前であれば,消費者が品質異常の発見に対する改善等を求める場合,販売店や製造者あるいは保健所へ連絡する対応であったが,これに加えてSNSなどの新たな情報システムの発展によって,自らが情報の発信源となり,品質異常品の発見を不特定多数に発信することが可能となった。実際,そのような事例は既に多く発生している。
このようなことから,一つの品質異常の発生であっても,場合によっては組織の経営に大きな影響を及ぼす事態を招く危険もあり,組織は今まで以上に品質異常に対する取り組み強化が必要となっている。
検査面からみたノロウイルス感染症の発生様式の特徴とノロウイルス検査法の現状
福田 伸治
今やノロウイルスは,わが国の食中毒および冬季の乳幼児感染性胃腸炎の上位を占め,その対策が必要な病原微生物であるが,減少傾向はみられていない。この原因としては,①新たな遺伝子型亜型の出現(特にノロウイルス感染症の主体を占める遺伝子型GII.4が年々遺伝子変化を繰り返す)1, 2),新型の出現3)などの流行遺伝子型の変化やキメラウイルスの出現4, 5)により,ヒトの免疫から逃れていること,②糞便のみならず嘔吐物(嘔吐初期の固形物主体の嘔吐物よりも後期の胆汁が混入した苦い液体様の嘔吐物にウイルス量が多い)中に大量のウイルスが排泄されること(図1)6),③症状消失後長期間にわたり糞便中にウイルスが排泄されること7),④感染しても症状を呈さない調理従事者が存在すること8, 9),⑤発症ウイルス量が非常に少なく感染率が高いこと10),⑥乳幼児から成人まで幅広く感染発症すること,⑦容易に生活環境を汚染しやすく,冬季などの低温環境化では長期間ウイルスが生存すること11),⑧潜伏時間が24-48時間(平均的には30時間前後の場合が多い)と長いこと,⑨二枚貝を生食すること(環境中のウイルスを餌であるプランクトンとともに摂取し,中腸腺にウイルスが蓄積)などが関係していると推察される。
酵素耐熱化の実例 -ミルクオリゴ糖合成酵素の耐熱化-
北岡 本光
酵素は触媒作用を持つタンパク質と定義される。酵素を触媒とした反応は例えば澱粉糖化など食品原料の製造を目的として工業的に多数利用されている。酵素は一般の化学触媒と比較して常温常圧などの温和な反応条件で行うことが利点と理解されている。しかしながら酵素反応の産業利用を行う上では50〜60℃程度以上のある程度高温で反応することが望ましい場合が多い。例えば澱粉糖化においてはある程度高温で反応が進行しなければ澱粉の老化による反応性低下が問題になるし,常温付近の反応であれば種々の微生物等が増殖してしまう危険性が高まる。特に糖のような微生物に資化されやすい化合物を反応で取り扱う場合にはある程度の高温で反応を行うことが望ましい。
耐熱性の高い酵素を見つけるためには,一般的に耐熱性の高い微生物から酵素を取得する方法が行われる。近年のゲノム解析の進歩により多数の好熱性微生物の遺伝子情報が得られる。これらの中から耐熱性酵素の候補を見いだすことは日常的に行われている。しかしながら,酵素によっては類似遺伝子が耐熱性微生物に知られていないものも存在する。耐熱性微生物からの酵素の取得が困難である場合は,酵素のアミノ酸配列を変化させることにより酵素そのものを耐熱化する方法が試みられることが多い。アミノ酸配列に変異を導入した酵素は,その設計図である酵素遺伝子に変異を導入し宿主に発現させることにより得られる。遺伝子にランダムな変異を導入する技術は多数報告されている。
耐熱性を向上させる変異はある程度予測できる場合もあるが,多くの場合はランダム変異導入-選抜の試行錯誤により見つけられる。このような選抜を行うためには多数の変異酵素の耐熱性を一括して評価する方法の開発が必要である。酵素の活性測定法は目的酵素により異なるため,目的とする酵素の活性を如何に効率的に測定できるかが鍵を握ることになる。以下我々が行った,ヒトミルクオリゴ糖合成酵素の耐熱化について紹介する。
野山の花 ー身近な山野草の食効・薬効ー
アケビ Akebia quinata Decaisne(アケビ科 Lardizabalaceae)
白瀧 義明
4月になると,人里近い山裾の茂みに紫色の花を付けたつる性の木本を見かけます。下に垂れさがる総状花序に雌花と雄花をつけ,大きい雌花が花序の基部に,小さいいくつかの雄花が先端につきますが,花弁のように見えるのはがく片で,雌花,雄花ともに花弁はありません。小葉は普通5枚,長楕円形,長さ3~5 cm,鋸歯はなく,先が少しへこんでいます。秋になると,大きな楕円体の果実ができ,果皮はやがて1ヶ所で縦に割れ,中から白くて柔らかい果肉が顔を出します。アケビの名は大きく口を開けた独特の実の形「開け実」が変化して生まれたとする説が有力です。
健康食品のエビデンス アスタキサンチン
濱舘 直史
「サケは白身魚なんです!」と教えを受けたときに,とても衝撃を受けたことを覚えています1, 2)。とはいえ,サケは白身魚か赤身魚かということを考えたこともなく,ピンク色をしているという認識しかありませんでしたが。サケは,ヘマトコッカス藻などが生産するアスタキサンチンという赤色色素を筋肉中に蓄積することでその色を呈しています。この赤色は,その卵であるイクラにも蓄積されています。サケの他にも,エビ,カニ,タイ,コイ,金魚などもアスタキサンチンを体表に蓄えることで赤色を呈します。当然のことですが,食物からアスタキサンチンを除くことで,サケやエビの赤色は除かれます。アスタキサンチンは,ホウレンソウやマリーゴールドに含まれるルテインと同じ,カロテノイドのキサントフィルに属します。カロテノイドなどの研究功績でノーベル化学賞を受賞したリヒャルト・クーンによって,1938年に発見され,ロブスターの学名(アスタカスガンマルス)とキサントフィルであることから命名されました。13個もの長い共役二重結合である疎水部分と両脇にそれぞれ親水部分である水酸基を持つ特徴的な分子構造を持ちます。また,サプリメントの多くは,ヘマトコッカス藻の色素を原料としています。
これだけは知っておきたい豆知識
金属の溶媒抽出法について 〜鉛を例に〜
一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC
2014年9月の豆知識では,重金属試験法について紹介した(http://www.mac.or.jp/mail/140901/03.shtml)。この方法は,重金属類が総量としてどれぐらいの濃度域で試料中に含まれているかを知る手段としては,高額な分析機器を必要としない有効な方法である。しかし,平成26年3月26日に行われた薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会添加物部会の資料として公開されている第9版食品添加物公定書作成検討会報告書を見ると,重金属規格が主に鉛規格へと改正される予定であることから,今後,食品等の規制には,重金属類としてではなく,各個別の金属元素として規格が設定されていくと思われる。(第9版食品添加物公定書案は,平成27年12月25日に行われた同部会の資料として公開されている。)個別元素は,通例,試料を灰化したのち,その酸溶解液を原子吸光光度計や誘導結合プラズマ(ICP)発光分析装置などで測定するが,金属元素の種類,試料によっては,感度不足や干渉等の影響で測定できない場合がある。
Review
Liposome-Encapsulated Nisin as Preventive Strategy against Dental Caries
YOSHITAKA SHIMIZU, YASUHIRO KURODA, YASUHIKO MIBE, TOSHIMITSU KAJIWARA, YUTAKA SAKURAI and KAZUO YAMAKAMI
Abstract
Dental caries is a prevalent chronic infectious disease, which continues to inflict a large burden on the people of several age groups worldwide. Its prevention requires the control of Streptococcus mutans, a causative pathogen that colonises the dental plaque. Interactions between S. mutans and dietary carbohydrates in the oral cavity trigger the onset of dental caries. As an attractive prophylaxis agent for dental caries, nisin, an antimicrobial peptide, has been proposed for preventing the disease. Nisin is a proteinaceous bacteriocin produced by Lactococcus lactis. It has an inhibitory action against a wide range of gram-positive bacteria. Preventive benefits of antibacterial compounds can be improved if they are retained as liposomes for an extended period of time, thus increasing the efficiency of encapsulated compounds in the oral cavity. Liposome technologies that effectively maintain the activities of encapsulated molecules have the potential to improve their therapeutic and preventive effects in humans. Therefore, the application of liposomes for encapsulation of antimicrobial peptides, such as nisin, has spurred research into their use for prophylaxis. Considerable studies have shown that liposomal formulations of nisin can improve its stability and bactericidal activity against S. mutans. The present review discusses the strategy for application of liposome-encapsulated nisin as a preventive tool against cariogenic streptococci for oral health.
ベジタリアン栄養学
歴史の潮流と科学的評価(第5節 ベジタリアン食の世界規模の問題と非栄養学的視点)
ジョアン・サバテ(Joan Sabate),訳:山路 明俊
食品は,一部は天然から,一部は,農業生産から得ています。先進国では,食品の殆どは,農業から得ています。しかし,まだ,かなりの量は天然資源から得ています。例えば,米国では,年間約4.3百万立方トンの野生の植物と動物が収穫,捕獲されています1)。 このうち80%が魚で,残りは,哺乳類,鳥,ナッツとベリーです1)。 ヨーロッパでは,魚,野生の果物ときのこが食事の材料となります。
実際,重量ベースで,先進国では,天然物からの食料の殆どは動物性食品に関心があります。魚の多くは現在でも,海,河と湖から獲れます。しかし,先進国では,哺乳類と鳥類からの食肉源は,圧倒的に畜産であり,自給の場合は狩猟が殆どです。天然の食品は,先進国以外では重要な意味を持っています。例えば,アフリカの740の部族では,食事の80%は野生の動物と植物から得ています1)。
食料は,画一的には規定できない環境問題と関連しています。ここで言う「環境」という言葉は,3つの相互に関連する問題に関係しています:天然資源の利用,生活環境に関連することと公害です。食肉生産に関る活動の相対的な環境影響とベジタリアンの代替食料がこの章の議論の対象です。ヨーロッパ,北アメリカとオーストラリア等の先進地域での平均的生産活動を重視します。しかし,実際の活動は大きく変化し,また,平均よりかなり逸脱しているということに注目する必要があります。さらに,穀物生産は,畜産に極めて大きな比重がかかっていることを認識すべきなのです。
Report
ミラノ万国博覧会2015を訪れて(前編)
尾作 浩司
2015年,ミラノ万国博覧会が万国博覧会史上初めて「食」を主題として開催されたのは記憶に新しいと思います。昨夏,私はその万国博覧会に食品業界関係者ではありますが,食に興味のある一人の日本人として訪れました。万博を含めた旅を通じて食に関して学び感じたものをここに旅の記録として記します。
企業組織における女性の雇用と活用
Global organizations, especially regarding woman workers.
大石 隆介
Abstract
Being born as a human in this world is precious; hence we should endeavour to live meaningful lives. To contribute in society, we need to use our abilities to the fullest to vitalize the organizations to which we belong. This is one of the most important issues in life as a member of society, and this is possible in an environment where human resources can exert their ability. With a theme of ‘development of human resources to activate the organizations’, we analyze human resource management in global organizations, especially regarding woman workers.
「この世に生を受けたことは大変尊い。我々は人生に真剣に取り組まなければならない。どのようにしたら,自己の能力を最大限に伸ばし,社会に貢献でき,そして,満足の行く人生を送ることができるだろうか?」1)。これは人として社会を生きていく上で最も重要な課題の一つであり,これを可能にするのは人材が力を発揮するための環境である。今回は‘組織の活性化と人材の育成’をテーマに,グローバルな企業組織が目指すべき多様な人材の活用,その中でも特に女性の雇用と活用について考察したい。