New Food Industry 2016年 3月号
特集 ノロウィルス食中毒
ノロウイルスの検査方法
稲垣 暢哉
国内において,ノロウイルスによる食中毒患者数は最も多い。このことは,メディアなどでも盛んに取り上げられているのでご存知の方も多いのではないだろうか。弊財団では食品中から分離されるノロウイルスの受託検査を行っており,検査を通じてノロウイルス食中毒を減らす一助となれないかと日々考え検討を行っている。
ここではその一例として食品の中でもノロウイルスと関わりの深いカキに絞り,弊財団がこれまで行ってきた,養殖海域のカキ由来ノロウイルスと実際に起こったノロウイルス食中毒を比較することで見えてきた「ノロウイルス検査」の現状と課題について解説する。
ノロウイルス食中毒事例から学ぶ衛生管理
西尾 治
ノロウイルスによる食中毒の特徴として,食品中ではノロウイルスが増殖しないにもかかわらず,しばしば大規模な食中毒事件を起こすことである(表1)。そこで,2つのノロウイルス食中毒事件の衛生管理上の問題点を検証し,明らかになった点を学ぶ事ことから,今後の食中毒の予防策に繋がると考えられる。
さらに,2014年から中国を初め,アジア,欧米そして,わが国でも新型ノロウイルスが見出され1),新型ノロウイルスの脅威が報道されており,今後ノロウイルスによる大規模な食中毒事件が増大すると予測され,防止に一層努めなければならないことから,重要と考えられる。
発生状況から見えるノロウイルス食中毒の特徴
福田 伸治
ヒトノロウイルス(ノロウイルス)の名称が多くの人に知られるようになった2006/07年の大流行以来,ノロウイルスはその後も流行を繰り返し,それぞれの分野において重点的に対策が行われているものの,一向に減少する様子が見られていない。明確な報告がある訳ではないが,10-100個程度の少量で感染が成立する1)と言われており,ノロウイルス対策を困難にする一因となっている。また,かつてはカキなどの二枚貝の生食に起因するノロウイルス食中毒の報告が主流であったが,食品取扱者からの食品汚染に起因する食中毒が増加するなど,ノロウイルス食中毒の発生状況も変貌している。
大流行があった2006/07年以前にも3回の世界的大流行があったとされ,これらの大流行には特定の遺伝子型GII.4が関係していたことが確認されている。多くの遺伝子型が存在するなかで,遺伝子型GII.4は今日まで長期間にわたり流行を繰り返している2, 3)。これは遺伝子変異を伴ったGII.4新亜型の出現による免疫回避に起因しており,ノロウイルス対策を複雑なものにする要因となっている。さらに,2014年後半から新たな遺伝子型GII.17の検出割合が多くなり4),大流行に発展するのではないかとの危惧がある。新たな遺伝子型および新たな亜型の出現は大流行の大きな要因であるが,これに加えて,遺伝子組換え体であるキメラウイルスに関する報告もなされ5, 6),これらの遺伝子変異を伴ったノロウイルスの出現も感染拡大に関与していることが推察されている。
論説
加齢と食品成分の血管機能改善
Age-related vascular alteration and vasoactive food compounds
福田 俊彦,松井 利郎
高血圧は心血管や腎臓への負荷を増大させ,血管壁の肥厚や血管内腔の狭窄による動脈硬化を誘導し,血管系疾患 (心筋梗塞や脳梗塞) を引き起こすことが知られている。「人は血管とともに老いる (William Osler, 1849-1919)」との格言のように,年齢を重ねるとともに血管系疾患のリスクは増大し,70歳以上では約半数が高血圧状態にある。我が国での超高齢化社会の到来を鑑みると,高血圧の予防・改善は喫緊の課題といえる。血圧上昇は,図1に示すようにレニン・アンジオテンシン系の賦活化による体液量の上昇,血管でのCa2+濃度上昇を一因とする血管抵抗性の増大によって惹起され,全身系が関わる疾病のひとつである。したがって,高血圧改善にはレニン・アンジオテンシン系や血管収縮Ca2+シグナル系を調節できる降圧剤が有用となる。他方,特定保健用食品 (トクホ) や機能性表示食品 (H27年4月施行の新制度) の研究開発・上市から明らかなように,食品には生体機能を調節し,健康の維持や改善に寄与する成分が含まれていることがヒトレベルで実証されている。食品成分による「高血圧の予防・改善」に関しては,アンジオテンシン (Ang) I変換酵素 (ACE) 阻害作用がその主体とされるが,最近の報告では収縮血管を弛緩させる (血管弛緩作用) ことで血圧低下作用を示す新たな血圧調節成分 (ペプチドやポリフェノールなどがその候補成分) が明らかになりつつある。他方,高血圧発症と関連する加齢,すなわち高齢者における機能性食品の摂取の有効性に関しては不明な点が多い。近年の研究では,加齢/疾病に伴い低下した血管機能 (血管リモデリング,表1) を改善可能な食品成分が明らかになりつつある。そこで,本稿では血圧決定因子である血管抵抗性に着目し,加齢と血管機能ならびに血管機能を調節可能な食品成分について概説する。
新世代の健康食品素材PQQの効能・効果および代替医療としての可能性
池本 一人
ピロロキノリンキノン二ナトリウム塩(PQQ)は新世代の健康食品として注目されている。日本では2014年にデビューした食品素材である。すでに化粧品では国内で使用され,アンチエイジング効果があると好評である。このPQQは1979年にアルコール脱水素酵素から発見された微生物の酸化還元酵素の補酵素であるピロロキノリンキノンの水溶性塩である。ピロロキノリンキノンは自然界ではピーマン,パセリ,キーウイ,納豆,お茶,母乳に含まれており,日常的にヒトはPQQおよびその誘導体を0.1-1.0mg/day摂取していると考えられている。学術的には1989,2003年に栄養素として欠乏症やビタミンの可能性があると有力なジャーナルに掲載され注目を集めた1, 2)。米国では2008年にFDAに発酵法で生産された三菱ガス化学(株)製PQQが新規食品素材として受理され,サプリメントとして販売されるようになっている。日本でも厚生労働省への個別照会により2014年から使用可能になった。効能・効果を数多く有しており,新たなベースサプリメントとして期待されている。また,医療分野での研究も数多く行われている。今回は効能・効果と共に医療分野の研究について紹介する。
熱可逆性ゲルのレオロジー的性質および熱的性質と感覚特性値の関連づけ
―非常に個体に近いゲルから非常に液体に近い液状ゼリーの「摂食・嚥下の流れ」に与える影響―
渡瀬 峰男
食品を構成している主成分はたんぱく質系,炭水化物系および脂肪系食品に分類される。そのうち,たんぱく質系食品と炭水化物系食品はほとんどが食品ハイドロコロイド*1で構成されている。これらの食品ハイドロコロイドは調味料などを含めて多種類の食品混合系でもある。
他方,ゲル系成能をもつ食品ハイドロコロイドは食品のテクスチャーを改良するテクスチャー・モディファイヤーとして広範な食品に使用されている。
前者の食品ハイドロコロイド(種々の食材の混合系の場合が多い)は水分子との相互作用により,食品ハイドロコロイドに存在する“自由な”水分子(共存する他成分に水和していない通常の状態の水の意である)は減少している。例えば,食品ハイドロコロイドには,沢山のOH基などの親水基を含んでいる。これらと水の相互作用が出現すると,その影響は食品ハイドロコロイドにおける濃度,側鎖基の量,種類や配位の仕方などに影響される。その結果,食品ハイドロコロイドに存在する“自由な”水分子は減少する。さらに,ゲルを形成する食品ハイドロコロイドは数量の添加で食品のテクスチャーを変えることができる。例えば,咽頭期障害がある場合には,咀嚼・食塊形成後,食塊を咽頭に送り込む場合,口腔期における「食塊の形成や保持の再現性」が誤嚥防止に重要といわれている。食塊が口腔期・咽頭期および食道期を小さな応用で,大変形をして胃にスムーズに送り込むことが望ましい。
油脂および油脂食品の劣化度測定法
遠藤 泰志
油脂(脂質)はタンパク質や炭水化物と並ぶ三大栄養素の一つであり,ヒトにとって大切なエネルギー源として機能するだけでなく,食品の味や匂い,食感などにも寄与している。しかし,油脂の酸化や加熱による劣化は,油脂および油脂食品の品質や栄養の低下を招くので,油脂の劣化を把握し,防止することは,油脂および油脂食品の品質管理をする上で重要である。本稿では,酸化および加熱による油脂および油脂食品の劣化を評価する方法について解説する。
シリカゲルを用いたキウイ果汁中のアレルゲンタンパク質の低減化
Effective removal of Allergenic Proteins in Kiwifruit Juice Using Silica Gels
近藤 徹弥,半谷 朗,児島 雅博,加藤 丈雄,増田 敬恵,間瀬 民生,村上 耕介,松田 幹
Effective removal of Allergenic Proteins in Kiwifruit Juice Using Silica Gels
Tetsuya Kondo 1,†, Akira Hanya 1, Masahiro Kojima 1, Takeo Kato 1, a, Hiroe Masuda 2, Tamio Mase 2, Kousuke Murakami 3, b, Tsukasa Matsuda 3
1 Food Research Center, Aichi Center for Industry and Science Technology, 2-1-1 Shinpukuji-cho, Nishi-ku, Nagoya, 451-0083, Japan
2 Department of Human Nutrition, School of Life Studies, Sugiyama Jogakuen University, 17-3 Hoshigaoka-motomachi, Chikusa-ku, Nagoya, 464-8662, Japan
3 Department of Applied Molecular Biosciences, Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8601, Japan
a Current address: Department of Health and Nutrition, Faculty of Health and Human Life, Nagoya Bunri University, 365 Maeda, Inazawa-cho, Inazawa, 492-8520, Japan.
b Current address: Department of Virology II, National Institute of Infectious Diseases, Gakuen 4-7-1, Musashi-murayama, Tokyo 208-0011, Japan.
Abstract
The combination technique of adsorption of proteins with silica gel (SIL) and degradation of proteins by endogenous proteases was employed to remove the proteins containing allergens from kiwifruit juice. The proteins in kiwifruit juice were reduced by incubating with SIL. The removal of proteins was dependent on temperature in the range of 4-65ºC and optimal at 45ºC. SDS-PAGE pattern analysis of kiwifruit juice after incubation without SIL showed that the 30 kDa band of actinidin, a major allergen of kiwifruit, became the thinnest at 45ºC. The phenomenon was inhibited by a cysteine protease inhibitor, E-64. These results suggest that the temperature dependence of protein removal with SIL is induced by autolytic degradation of cysteine proteases such as actinidin. Treatment of kiwifruit juice with SIL at 45ºC for 1 h removed more than 98% of the total protein content. Actinidin was reduced to 1/6000 (0.15 µg/mL). Nutrient composition of kiwifruit juice treated by SIL was comparable to that of untreated kiwifruit juice, except decrease in the protein content and the flavor intensity. Thus, the data proposed that the treatment with SIL is a very effective way for manufacturing hypoallergenic kiwifruit Juice.
Keywords: Kiwi; Protein; Adsorption; Silica-gel; Hypoallergenic
要旨
シリカゲルによるタンパク質吸着と内在プロテアーゼによるタンパク質分解の組み合わせにより,キウイ果汁中のアレルゲンを含むタンパク質の除去を試みた。キウイ果汁中のタンパク質はシリカゲルとの接触により減少した。タンパク質除去は接触時の温度に依存し,4-65℃の範囲では45℃が最適であった。一方,シリカゲルと接触しない場合,キウイの主要アレルゲンであるactinidinは45℃で最も減少した。この現象はシステインプロテアーゼ阻害剤であるE-64によって阻害された。これらの結果から,シリカゲルによるタンパク質除去の温度依存性はactinidinのようなシステインプロテアーゼの自己消化によるものであることを示唆している。シリカゲルと45℃で1時間接触させたところ,キウイ果汁中のタンパク質は98%以上除去され,actinidinは約1/6000 (0.15 µg/mL)にまで低減した。シリカゲル接触後の果汁は,タンパク質が減少した以外,未処理果汁と比較して栄養成分に差は見られなかった。官能的には,未処理果汁に対してやや香りが少ないものの,シリカゲルの接触に起因する異味や異臭は認められなかった。これらの結果から,シリカゲルによる処理はキウイ果汁の低アレルゲン化に非常に効果的であると考えられた。
食と健康 -頭で食べて,さらに健康に-
林 清
我国の農林水産業の生産額は10兆円であるが,食品産業はこれらに付加価値をつけて78兆円に高めている産業である。食品産業分野の技術にはブレイクスルーがなく,あるとしても遺伝子組換え農作物など,ごく限られる。大半の食品技術はニーズ対応型,利便性追求型であるが,特定保健用食品のコーラが突然ヒットしたり,「丸ちゃん正麺」をはじめとする生麺に近い食感のインスタントラーメンのブームが到来する等,消費者の多彩なニーズの一歩先を読む必要がある。とりわけ,国民の健康意識は高く,健康にかかわる食への要望は高いことから,「食と健康」を見据えた商品開発を行うことが求められている。そのためには,今一度,「食と健康」の根幹を理解する必要がある。
ベジタリアン栄養学
歴史の潮流と科学的評価(第4節 健康的なベジタリアン食への提言)続
ジョアン・サバテ(Joan Sabate),訳:山路 明俊
1995年,ベジタリアン栄養学の専門知識を持つ科学者,アカデミー会員や医療従事者の国際的グループが,図で示される新たなベジタリアン・フードガイドを発展させるプロセスを補助する為に認定されました。異なるベジタリアンの伝統と様式を代表する個人を選択することが重要視されました。1997年に開催される第3回国際ベジタリアン栄養学会議を計画するプログラムの一つとして,これらのグループを組織化することが織り込まれました35)。1987年と1992年の会議では,ベジタリアンの栄養指針を活用するための方法に対して,数多くの要望がありました。保健指導士の殆どは,セブンスデー・アドベンチストの栄養会議総会(GCNC)で刊行された,肉なしのベジタリアン向けのUSDAフードガイドを利用していました25)。このピラミッドは,多くのラクト・オボ・ベジタリアンに継続して活用されてきましたが,食事から動物性食品を除外する程度に関してその頻度を示さず,また,ベジタリアン哲学を持ち続けるには充分な内容ではありません。
連載コラム
健康食品のエビデンス 第11回 DHA
濱舘 直史
「魚を食べると頭が良くなる」そんな歌をスーパーで聞いたことがありますが,これは魚にDHA(ドコサヘキサエン酸)が多く含まれることから作られた歌かと思います。DHAは,ω-3脂肪酸に分類される不飽和脂肪酸で,魚の油に多く含まれます。特にマグロやカツオの目の周りの脂肪に多く含まれることが知られていて,サプリメントの原材料として使用されています。EPA(エイコサペンタエン酸)という似たような成分をご存知の方もいらっしゃるかと思います。DHAもEPAも体内では合成できないα-リノレン酸から体内で合成されるため,広い意味で必須脂肪酸と考えることができます。多くの研究報告からDHAとEPAとでは生体内で違った役割を果たすことがわかっていますが,DHAを摂取しても体内でEPAに一部変換されたり,EPAを摂取しても体内でDHAに一部変換されたりすることもわかってきています。また,DHAは酸化されやすいため,抗酸化物質と共に摂取することで,摂取後の血中濃度を高められるのではないかと検討が進んでいます1, 2)。
野山の花 身近な山野草の食効・薬効ー
サンシュユ Cornus officinalis Siebold et Zuccarini(ミズキ科 Cornaceae)
白瀧 義明
3月,ようやく春めいてきた山里を歩くと,民家の庭などに黄金色の花をびっしりと枝一杯に付けた木を見かけます。ハルコガネバナ(春黄金花)とは,よく言ったもので,これがサンシュユ(山茱萸)です。中国及び朝鮮半島に自生し,日本には,薬用植物として伝えられましたが,現在では花木として庭園に植えられています。本植物は落葉小高木で高さ4 mぐらいになり,枝は対生してよく茂ります。幹や枝の皮ははがれやすく,葉は対生で楕円形,葉脈はやや斜めにわん曲して平行に走り,特徴的な形をしています。小枝も葉も丁字形の伏毛が生え,脈腋には黄褐色の毛があります。早春,葉に先立って細かく分枝した小枝の先に散形花序をつけ,多数の黄色小花を開きます。
中国の食材 食効・薬効 No.7 羊肉
生 宏
今年の初雪が見られて嬉しかった。雪だるま作りや雪合戦ができるほど雪が積もれば,子供達はもっと雪に興奮しますね。中国では「瑞雪は豊年の兆しである」という言葉がある。年の始めに雪が降ると今年は豊かな一年になるという意味である。雪が綺麗で,空気が新鮮である。この季節,中国の食生活に欠かせない食材は羊肉である。「鮮」という漢字は「魚」と「羊」からなり,両方とも特有の臭いがあるが,昔から美味しい食材だ。
隔月連載コラム
てる子先生の家庭の食文化 第8回
中村 照子
三月はやわらかな陽ざしの訪れと共に,女の子にとって楽しみな行事「桃の節句」があります。
はしきやし 吾家の毛桃 本しげみ 花のみ咲きて 成らざめやも(万葉集1358)
春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子(万葉集4139)
どちらも桃の花を歌った万葉集です。幼い頃,雛祭りが待ち遠しく,特にあの小さくて可愛いお道具類でままごとをしてよく遊んだものでした。時の流れを経て家庭を持ち,いつしか自分の娘も成長し家庭を築き,ずいぶんと雛祭りから遠ざかっていました。そうして今春は娘の子の初節句となりました。
灯りをつけましょぼんぼりに お花をあげましょ 桃の花 五人囃子の笛太鼓 今日は楽しい雛祭り
私にとっても娘にとっても心嬉しい雛祭りの復活となりました。
これだけは知っておきたい豆知識
食品の放射能汚染の現状
一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC
2011年(平成23年)3月の東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故により,放射性物質が環境中に放出され,農作物,畜肉,魚介類などの食品に汚染が広がった。1年後の2012年(平成24年)4月に,放射性物質の暫定規制値が基準値(放射性セシウム濃度として)に変更された。原子力発電所事故から4年が経過し,国民の食品の放射能汚染の関心も低くなってきた。食品の放射能検査を通して,現在の汚染状況について紹介する。