New Food Industry 2014年 8月号

寒天の機能性と食品への応用

三澤 卓也

 寒天は江戸時代初期(1640年頃)山城国(京都府)伏見で,冬期に心太(トコロテン)が凍結して乾物化したことにより偶然に発見された。黄檗宗の開祖である隠元禅師がこれを食し「仏家の食用として清浄これにまさるものなし」と賞賛して「寒天」と命名したといわれている。 その後寒天による練り羊羹の技法が見出され,和菓子原料として発展してきた。江戸後期には信州で角寒天という形態での寒天製造が始まった。角寒天は広く市販され,一般家庭でも寒天寄せやみつ豆などの料理素材として利用されるようになった。 寒天はまた「おなかの砂おろし」として便秘の子供に与えられていたように,食物繊維の生理機能を食経験の中からうまく利用されてきた素材でもある。大正年間には寒天が緩下作用の効果により日本薬局方に収載された。現在では寒天の食物繊維での便通改善により健康増進に役立つことが科学的に証明され,特定保健用食品として許可されている。また100倍以上の水を抱いてゼリーとして保形し,大腸でもほとんど資化されないノンカロリーのダイエット食品としての一面もある。さらに高齢者社会を迎え,咀嚼・嚥下困難な方のためのゼリー状食品の基材として,あるいは内視鏡的胃ろう造設(PEG)を行った胃ろう患者が摂取する成分栄養剤を固める基材としても利用されている。 本稿では,寒天の基礎的な情報から最近の特徴的な寒天についてその物性を知っていただき,新たな商品開発にご利用いただけるよう,特長・機能・応用を紹介していきたい。

機能性オリゴ糖DFAIIIとその合成酵素

原口 和朋

 北海道では,甜菜(Sugar Beet)から砂糖が年間60万トンほど生産されている。甜菜から生産される砂糖の市場規模は1000億円オーダーの大きなものとなっている。このため,甜菜糖の製造は地域経済を支える重要な産業となっている。しかし,日本国内での砂糖の消費が低迷するなかで,甜菜の転作作物の導入を検討する必要が生じている。甜菜の転作作物の導入は欧州諸国でも検討されており,ドイツやベルギーではチコリ(chicory)が甜菜の転作作物として広く栽培されている。チコリは軟白チコリを作って,サラダなどの材料に使用する野菜として知られている。チコリには野菜以外の利用法も存在する。チコリの根の部分には貯蔵多糖類の一種であるイヌリンが含まれている。イヌリンはグルコース1分子にフルクトース10〜30分子程度が直鎖状に結合した化学構造となっている。欧州ではチコリから抽出,精製したイヌリンが新しい食品素材として製品化され,市場で販売されている。イヌリンは低カロリーの食品素材として,チョコレートの原料など,様々な食品の原料として利用されている。欧州で生産されたイヌリンはユニークな食品素材として日本にも輸出されている。

「水出し緑茶」による生体防御の活性化 −緑茶を常飲して感染症を予防する!−

物部 真奈美

 これまでに報告されている緑茶の免疫調節作用は,緑茶の主要カテキンの1つであるエピガロカテキンガレート(EGCG)(図1)による抗炎症作用などの免疫抑制的な作用である。しかし最近,もう一つの主要カテキンであるエピガロカテキン(EGC)(図1)にマクロファージの働きを改善する可能性があることが分かってきた1)。緑茶を冷水で淹れる,すなわち“水出し緑茶”にするとEGC含有率の高いお茶が得られるが(図2),この“水出し緑茶”を飲用することで,免疫系の働きが改善される結果が得られていることから1, 2),以下では,最近得られた知見を紹介し,“水出し緑茶”の生体防御活性について作用メカニズムを考える。

トマトの花および果実の脱離メカニズム

伊藤 康博,中野 年継

  春の桜が満開の盛りを過ぎると,その花びらは一斉に散っていく。秋には木々は紅葉した葉を落とす。ニュートンが万有引力の法則を発見したのは,熟したリンゴが木から落ちた瞬間だと言われている。これらは植物の「器官脱離 (abscission)」という現象であり,古くなったり傷ついたりした葉や受粉しなかった花といった不要な器官を落として健康な植物本体を維持し,また果実や種子を植物体の本体から切り離し子孫を広げるといった,植物に独特な活動の一つである。農業生産においては,特に収穫の対象となる器官の脱離は収量に大きく影響するため,一般にはあまりなじみがないかもしれないが非常に重視される形質である。一例として,イネ等の穀類では野生種からの栽培化の過程で,脱粒性を克服してきた歴史がある。野生にあった栽培イネの祖先種は,種子が完成するとその穀粒は植物本体からポロポロ簡単に落ちる。この現象は植物にとっては種子を広く分散するのに有利だが,人間にとっては,穂を刈り取って収穫・運搬するうちに米粒の多くが飛び散り収量の低下を招く。人類がイネの栽培を始めた当初はこのような野生種の特徴が強く残っていたと考えられ,収穫効率が極めて悪かったことが想像される。ところが長いイネの栽培化の歴史の中で,脱粒しにくい変異株を見つけていくことにより脱粒性を劇的に改善することに成功し,現在の日本の栽培品種においては脱粒が見られることはほとんどなく,収量改善に大きく寄与したといえる。一方,脱離性が良いことが有利な面もある。果樹などでは成熟した果実で離層構造がしっかり発達していれば,容易に手で果実をもぎ取ることができるので,収穫作業が楽になる。 本稿で紹介するトマトにおいても,トマトソースやジュースのような加工品を生産するために用いられる品種では,果実脱離の制御が極めて重要な形質となっている。ここではまず,トマトにおける脱離制御の農業的利用を概説し,次いで,花や果実の脱離制御メカニズムについて,筆者らの最新の研究成果を基に説明する。

発酵食品データベースの構築 ―日本伝統発酵食品の技術を継承し発展の基礎を作る―

曲山 幸生

 発酵食品は,①高い保存性,②独特な香りと味,③原材料にない栄養成分を含むこと,といった特長を持ち,長い年月,日本人に愛されてきた。また,地域の特産農林水産物と強く結びついている場合が多く,先人たちの努力により各地域で独自の進化を遂げた。その結果,現在の多様な発酵食品群を形成し,生活の中で食を重視する日本人を満足させている。 しかし,文字による記録が始まる前から存在する発酵食品の長い歴史の中で,日本の発酵食品は数10年以上にわたって危機的状況に直面したという現代史を持つ。物資が不足した戦争中や戦後に極端に品質が低下した発酵食品が数多く造られ,高品質の発酵食品を製造する技術者が激減した。これがその危機である。その後の高度経済成長期においては,核家族化につれ食生活も変化したこともあり,発酵食品分野にも機械による少品種大量生産を目指す事業者が現れ,高品質で比較的安価な発酵食品を安定的に供給するようになった。有能な技術者が少なくなった状況下において事業の大発展につながったこの戦略は成功を収めたと言える。伝統技術を科学的視点から捉えなおしたという点でも評価できる。しかし,完全に元の状態に回復したわけではなく,発酵食品の特長の一つであった多様性は大きく損なわれた。現在残っている物の中にも生産者が減り技術が途絶える危険性を抱えた発酵食品がある。また,高度経済成長期に始まった食生活の変化は現在も進行し,家族で食卓を囲む米飯中心の伝統的な日本型食生活は減ってきた。それに伴い伝統発酵食品の消費量も減少し,その傾向は現在もなお続いている。

肥満大国アメリカの様相と矛盾

藤田 哲

 人の体格に関して,その太り具合を判断する指標として,体重指数(Body Mass Index: BMI)がよく知られている。BMIは体重(kg)と身長(m)を用いて,体重÷(身長×身長)で計算する。世界保健機関(WHO)は,BMIが18.5〜25を標準体重,18.5以下は痩せすぎ,25〜30を太り気味(over weight:過体重),30以上を肥満(obesity)としている。なおBMI 40以上を激しい肥満,同50以上を極度の(病的な)肥満と呼ぶことがある。 アメリカの肥満人口の比率は世界最多であったが,2013年にメキシコがアメリカを僅かに上回った。アメリカでは,20歳以上の成人肥満人口は2010年に全体の35.7%に達しており,子供でも17%になっていた。肥満人口の増加によって,二型糖尿病や心臓血管病その他の成人病への医療費増加を始め,社会経済に数多くの直接・間接的損失が発生し,重大な政策問題になっている。 最近のFood Techinology誌に,同国の肥満人口と食品政策,特に低所得階層への公的支援との関連について,興味深い特集が掲載された1)。アメリカで増加した肥満の実態,社会的背景と対策については多くの報告があり,それらから得られた知見について以下に述べてみた。

マダイの体色改善-3

酒本 秀一

 前報1)でエビ・カニ類の殻から植物油で抽出した色素油とオキアミ抽出油はオキアミミール同様にマダイの体色改善用原料として利用出来ることと,オキアミミール添加量が多くて色素含量が高い飼料程体表色素量の増加が早いことを説明した。 体表の色を良くした魚の全てが同時に出荷出来るとは限らない。色素を高濃度に含む飼料は如何しても価格が高くなるので,出荷残の魚には色素を含まない安価な飼料を与えることになる。色素を含まない飼料を与えると経時的に体表の色素量が減少し,褪色する可能性が高い。一年中安定した色調の魚を出荷する為には,ある程度体表の色素量を高くした魚をストックしておき,必要に応じて最終的な体色改善処理を行って出荷するのが合理的である。ある程度体表の色素量を高めた魚をストックしておく為には,育成も兼ねて低色素濃度の飼料で長期間飼育する方法が考えられる。この方法の実用性を確認する為,試験-1でオキアミミールの添加量を少なくした低色素濃度飼料でマダイ成魚を周年飼育した時に体表の色素量が如何変化するかを調べた。次に試験-2で生のイサザアミを色素源とするモイストペレットで飼育した場合の体色改善効果,試験-3で体色改善処理を行った魚の体表色素量を維持する為には,どの程度の頻度で色素添加飼料を与えれば良いか等を調べた。

ベジタリアン栄養学 歴史の潮流と科学的評価 (第3節 ライフサイクルと特定の集団から見た,ベジタリアン食の適正度)

ジョアン・サバテ(Joan Sabate),訳:山路 明俊

妊娠と授乳は,栄養状態の善し悪しが,母親とその後の遺伝体質に対し影響を及ぼす時期と考えられています。ライフサイクルの中でこの期間は重要ですが,ベジタリアンの価値を評価することはあまり行われてきませんでした。特に,若い女性達がベジタリアン食*への関心を高め,それを実行したことで,妊娠と授乳期間中には,さらに注意をすることとそれを適切に実施する必要性を示しました。 さらに,長期間にわたる食習慣と栄養摂取に対する関心の高まりが,勢いを増しています1)。この章の目的は,妊娠と授乳期間中の栄養問題を論議するのでなく,妊娠又は授乳ベジタリアンに対し,適切な情報を提供することにあります。

ウィスキーは考えている (4)貯蔵工程とエタノール/水の愛憎劇(後編)

古賀 邦正

人は蒸留酒を手に入れる事でエタノールの味に興味を持つようになった。樽に貯蔵するとおいしくなる事を知ったのは,それから更にずっと後のことだ。アメリカの禁酒法時代(1920-1933)のウイスキーは,まだ玉石混淆だったに違いない。しっかりと貯蔵管理したウイスキーが手軽に手に入るようになったのは,まさに近代になってからなのだ。おいしく飲むためなら製造期間の90%以上を貯蔵に費やしてもいいと納得するまでには,それだけの時間が必要だったという事だろう。 ウイスキーを樽で貯蔵すると,なぜおいしくなるのか。その理由は依然として,謎の部分が多い。だが,今まで述べたように,少しずつ説明ができるようにはなってきた。まず,原料・発酵・蒸留・貯蔵,それぞれの工程由来の熟成成分の寄与がある。これらの成分は量的主成分ではないが,熟成においては非常に重要な意味を持つ成分群だ。なかでも貯蔵工程で樽のオーク材から溶け出てくる樽由来成分は長い時間をかけて形づくられ,熟成に大きく貢献する。量的主成分であるエタノールと水は,舞台でいえば「背景」に相当する。しかし,エタノールはウイスキーの“甘さ”と“辛さ”,あるいは「まろやかさ」や「皮膚刺激」と関わりを持つ重要なファクターだ。エタノール水溶液が多様な表情を示すことを可能にする,新たな構造モデルも提出されるようになった。エタノール水溶液が興味深い構造をとるのも,疎水基と親水基の双方をあわせもつエタノールの特性が水と共存することで色濃く顔を出すためだ。しかし,エタノールは,なぜ,貯蔵することによって荒々しい若武者のような表情が美徳を備えた大人の表情に変わるのだろうか?疑問は尽きないが,以下に,西博士らの構造モデルに立って樽由来成分とエタノール・水との関わりについて検討する事でウイスキー熟成の謎に迫ってみたい。

新シリーズ隔月掲載 組織の活性化と人材育成〜 Improving the working environment and nurturing human resources : 自主性とコミュニケーションの大切さ Importance of independence and communication

坂上 宏

Abstract Due to the rapid growth of technical innovation and IT industry, competition in each field became much severe. To become winners, the leaders at any working places should set up friendly atmosphere so as to create the motivation, independence and communication especially in the mind of young persons.  技術革新そしてIT産業の急成長により,各分野における競争は一段と激化している。競争に生きてゆくためには,関連分野の進展状況を把握しつつ,ニーズにあった研究課題を捻出して遂行することが求められている。これらを迅速に,手際よく遂行できないと,時代から取り残されてしまう。それでは,どのようにしたら,競争に負けない強い組織を作ることができるであろうか?