New Food Industry 2014年 6月号

トレハロースの『美味しさ』と『健康』に貢献する素材としての可能性

新井 紀恵、溝手 晶子、吉實 知代、山田 未佳、新井 千加子

 食事は,生命活動・健康維持のためのエネルギー源や栄養素の補給といった意義だけではなく,『美味しい』,『楽しい』,『満腹感』などの精神的充足感を与えたり,社会生活を行う上でのコミュニケーションの場としての大きな役割もある。
 近年,日本では欧米スタイルの食生活が普及し,美味しくて高カロリーな食事を摂取する傾向にあり,これに起因する生活習慣病の増大が問題となっている。高脂肪・高炭水化物食によるカロリー摂取が,運動等によるカロリー消費を上回ると,過剰なエネルギーとして内臓脂肪に蓄積されやすくなる。 内臓脂肪蓄積が進むと,脂肪細胞由来の生理活性物質であるアディポカインの分泌異常が起こり,耐糖能異常,高血圧あるいは脂質代謝異常といった危険因子が誘発され,生活習慣病に繋がる。さらに,これら危険因子の重複は,血管障害を伴う動脈硬化を引き起し,心筋梗塞,糖尿病合併症などの重篤な疾病に進展するリスクが増大する(図1)。このような背景から,内臓脂肪蓄積を反映するウエスト周囲径の増大に加え,「耐糖能異常」,「高血圧」あるいは「脂質代謝異常」のうちの2項目以上を有する場合をメタボリックシンドロームと診断し,厚生労働省はその先にある生活習慣病リスクの指標として活用している。
 一方で,高齢者の低栄養によるサルコペニアが深刻化している。サルコペニアは,筋肉の量や機能が低下した状態を指し,主にタンパク質不足が原因である。タンパク質は,炭水化物が不足した場合にエネルギー源として使用されることから,タンパク質と共に炭水化物もバランス良く摂取することが重要である。サルコペニアになると,肥満や骨粗鬆症骨折が起こりやすくなり,生活に支障が生じるため,介護などの社会的問題にも発展する。
 これらのことから,毎日の食生活において,栄養補給,満足感,健康状態等を考慮しながら,どういった食品を選択し,どのように摂取するかについてのさまざまな提案や取組みが行われている。
 トレハロースは,グルコース2分子がα,α-1,1結合した非還元性の二糖であり,さまざまな物性機能から食品に広く利用されている1)。また,骨粗鬆症予防作用2, 3),歯周病予防作用4)などの生理機能も報告されており,なかでも,トレハロース摂取時のインスリン分泌刺激が少ないこと(インスリン低分泌性)5)が特徴のひとつである。インスリンは脂肪蓄積を促進することが知られており6),内臓脂肪蓄積の原因として高脂肪・高炭水化物摂取によるインスリンの過剰分泌が考えられることから,トレハロースは健康維持に貢献する可能性が期待できる。
 本稿では,トレハロースの物性機能面と,過剰なエネルギー摂取に起因する生活習慣病リスクに対する生理機能について紹介する。

澱粉含有食品のガラス転移特性と物性制御

川井 清司

固体食品は一般に非晶質であり,乾燥や冷却によってガラス-ラバー転移(ガラス転移)する。ガラス転移に伴う力学的性質の変化が食品の加工性,保存性,食感などに多大な影響を及ぼすことから,食品のガラス転移温度(Tg)を理解することが重要と理解されている。本稿では食品のガラス転移特性を理解することの意義とその測定方法について説明すると共に,澱粉含有食品の一例としてクッキーを題材とした研究成果を紹介する。

肝機能改善素材「発酵大麦エキス・アルコケア®」
― 人とお酒の良い関係づくりを目指して ―

外薗 英樹

日本古来の蒸留酒として,主に南九州で生産・消費されてきた焼酎が全国区のアルコール飲料となった今,その製造過程で生じる“焼酎粕”は,業界全体で年間80万トン以上と推計され,その処理および利用方法には大きな関心が集まっている。従来,焼酎粕は主として海洋投入や畑地還元によって処理されてきた。しかしながら,ロンドン条約の批准に伴う海洋汚染防止法,さらには廃棄物処理法や食品リサイクル法が改正・施行される中,焼酎粕を単に産業廃棄物として処理するのではなく,可能な限り環境負荷の少ない処理や未利用資源として有効活用を図ることがメーカーに強く求められている。麦焼酎「いいちこ」の醸造過程で副生する麦焼酎粕(発酵大麦)には,麹菌の酵素で分解された大麦由来のアミノ酸やペプチド,オリゴ糖,多糖類,ポリフェノールなどが含まれるほか,焼酎麹菌が生産したクエン酸や蒸留中に自己消化した酵母エキスなど,豊富な栄養素が含まれている。これらの栄養素を独自技術により抽出精製した「発酵大麦エキス」について,これまでに多数の生理機能を確認している。その中でも独自性のある研究成果として,肝機能障害や高尿酸血症など,アルコールの有害な使用に起因,或いは,関連する疾患に対する予防・改善効果が挙げられる。本稿では,発酵大麦エキスの肝機能改善作用(ラット),並びに,血清尿酸値低下作用(ヒト)について紹介する。

ササヘルス配合歯磨剤の口腔環境改善効果:口臭と舌細菌数の相関
Effect of Sasahealth-containing tooth paste on oral environment – Relationship between halitosis and bacterial number on the tongue

坂上 宏、新井 友理、久野 貴史、久保 英範、染川 正多、高野 頌子、津島 浩憲、三次 義人、秋田 紗世子、健石 雄、大越 絵実加、田中 庄二、松本 勝、安井 利一、伊藤 一芳、牧 純、渡邊 康一、北嶋 まどか、堀内 美咲、賈 俊業、大泉 浩史、大泉 高明

要約
 クマザサ葉アルカリ抽出液(ササヘルス®)は,卓越した抗ウイルス作用,IL-1β刺激ヒト歯肉および歯根膜線維芽細胞によるPGE2産生抑制作用を示した。ササへルスとイソプロピルメチルフェノールの併用は,歯周病原性細菌の増殖を相乗的に抑制した。ササヘルス配合歯磨剤,プラセボ,通常の歯磨剤間の口臭および舌表面の細菌数に及ぼす効果を小規模臨床試験により比較検討した。口臭の強い被験者を含めることにより,口臭と舌表面の細菌数の間の相関係数が上昇した。ササヘルス配合歯磨剤の長期投与により口臭が減少する傾向が観察されたが,例数が少ないため有意差検定ができなかった。ウイルスは種々の口腔疾患,そして副鼻腔炎や咽頭炎などの炎症の発症に関与していることを考慮すると,ササヘルス製品の薬効の正確な評価には,被検者の例数を増やすとともに,抗菌活性と抗ウイルス活性を同時に測定することが必要であると思われる。

SUMMARY
Alkaline extract of Sasa senanensis Rehder (Sasahealth®) showed prominent antiviral activity, and potent inhibition of PGE2 production by IL-1β-stimulated human gingival and periodontal ligament fibroblasts. Combination of sasahealth and isopropyl methylphenol produced synergistic antibacterial activity against both P. gingivalis and S. mutans. Small scale clinical trial with Sasahealth-containing toothpaste, in comparison with placebo and popular commercial toothpastes, were performed. With inclusion of the patient with higher level of bad breath, more clear correlation was established between the volatile sulfur concentration (VSC) and bacterial count on the tongue surface. Long-term treatment with Sasahealth-containing toothpaste tended to reduce the VSC level, but not significantly due to small number of subjects. Considering the possible involvement of virus in the incidence of various oral diseases, sinusitis and acute pharyngitis, it is crucial to measure both the antibacterial and antiviral activities at the same time in each patient, in order to accurately assess the efficacy of Sasahealth products.

「チョコレートとノーベル賞」-科学者の白昼夢?-

菅野 道廣、古場 一哲

表題に係わる情報はネット上にも数多く取り上げられているので,周知の方も多いのではないだろうか。話の筋は「フラバノールは脳の機能を高める」→「チョコレートにはフラバノールが含まれている」→「チョコレートを食べれば頭がよくなる」→「頭がよくなればノーベル賞が取れる」という「風が吹けば桶屋が儲かる」的なものであるが,内容は実に奥深い。
 研究者の間では金科玉条の感がある“Impact Factor”。少しでもこの値が高い専門誌へ投稿し,研究歴に箔を付け,よい職位を得たいと念願している。ここで登場するNew England Journal of Medicine(NEJM)誌はImpact Factorが51.7(2013年度)の超一流医学誌(ちなみにわが国の関連誌ではせいぜい3程度)。その雑誌の2012年10月号に"Chocolate Consumption, Cognitive Function, and Nobel Laureates"と題する論文がOccasional Notesとして掲載された1)。執筆者のMesserli博士はニューヨークのColumbia大学St. Luke’ Hospitalの高血圧プログラムのディレクターで,PubMedで検索すると500報以上の研究論文がある実力研究者。ただし,Occasional NotesはNEJM誌の分類上Research,Reviews,Clinical Casesの次のOthersに属し,そこにはBook Reviews,Correction,CorrespondenceおよびRetractionと共に含まれていて,研究論文とは格差がある。年間1報程度しか掲載されておらず,どちらかと言うと時折々の読み物的なものと判断される。だから,Scientific Americans誌2)が翌月にこの話題を「もしあるとすれば奇妙な並置」というタイトルで取り上げ,「この論文はこれまで長年に亘って読んできた限りもっとも奇妙でもっとも辻褄が合わない論文の一つと断言したい」と酷評しているが,それほど目くじらを立てることもなかろう。なお,時を同じくしてBBC NEWS MAGAZINEでも「チョコレートはあなたを賢くするか?」と題し取り上げられたが,別項で紹介する。ともかくMesserliの論文1)を紐解くことにしよう。

知っておきたい日本の食文化 その四 肉食を禁忌してきた食文化

橋本 直樹

伝統的な日本食の特徴は,米を主食にすることと獣肉を食べないことであった。肉食をしなかったことは仏教信仰と深い関係がある。仏教が日本に伝来してきたのは欽明天皇の13年(552),百済の聖明王が仏像,経典と僧侶を送ってきたときである。推古天皇は推古2年(594)に仏教興隆の詔を出し,執政,聖徳太子は法隆寺,四天王寺などを建立した。仏教は朝廷の保護を受けて国家仏教の性格を強め,聖武天皇は国家の平安を祈願するために 都に東大寺,全国の国府に国分寺,国分尼寺を造営させた。
 仏教信仰が広まると,殺生禁断の戒律を守るために天武天皇の4年(675)に肉食を禁止する詔が公布された。農耕が忙しい4月から9月までは牛,馬,犬,猿,鶏を殺して食べてはならないという命令である。民衆の多くはまだ仏教の殺生戒律を知らなかったから,狩猟,漁撈を全面的に禁止することはできなかったのであろう。そこで,殺生禁止の詔はその後,何回も繰り返して発布された。なかでも,聖武天皇は天平17年(745)に3年間,一切の禽獣を殺してはならないと厳しく命じている。中国では殺生禁断の戒律は寺院の僧侶だけで守られ,民衆に強制されることはなかったが,わが国では仏教が国家権力と結びついていたため,一般民衆にまで肉食禁止が強制されたのである。

“地域密着でキラリと光る企業” 純米酒を復活させた『玉乃光酒造株式会社』

田形 睆作

玉乃光酒造株式会社は初代,中屋六左衛門が,和歌山市寄舎町にて,紀州国紀州藩の第二代藩主,徳川三貞(家康の孫)の免許で延宝元年(1673年)に創業した。玉乃光の酒銘は,代々の六左衛門が紀州熊野の速玉(はやたま)神社に帰依しており,主神たる「イザナギノミコト,イザナミノミコトの御魂が映える」との意味を込めて命名されたと伝えられている。現会長福時は十一代目である。
 1964年(昭和39年)に業界に先駆けて,アルコール,糖類を添加しない「無添加清酒」(今日の純米酒)を発売した。日本の伝統文化である清酒の本来の姿は米100%の純米酒にあると主張してきた。「よい酒づくりは,よい米づくりから」の信念のもとに,酒米生産地の篤農家との契約的な栽培により,良質の酒米づくりに取り組んでいる。さらに,よい米づくりはよい土づくりであると考え,有機肥料による土壌づくりも十数年前より行っている。また,一生懸命つくられた酒米を責任を持ってお酒にするため,精米業者にまかせず自社工場にて,ていねいに精米をしている。入荷した最高級の酒米を大切に手造りで仕込み,日本固有の伝統文化である純米吟醸酒づくりに磨きをかけ,今後も真に米100%の良さを伝えていきたいと考えておられる。純米酒を復活させた玉乃光酒造十二代蔵元の宇治田宏氏に日本酒の歴史,玉乃光酒造の歩みと今後の展開について伺った。

マダイの体色改善-1

酒本 秀一

マダイは赤くて姿形が良いので見栄えがし,しかも美味しいことから,祝いの席には欠かせない魚になっている。祝い魚の常として最も強く要求されるのは見た目の良さで,特に体表の色は重要である。マダイ体表の色の主体はアスタキサンチンと云われる赤いカロチノイド色素で,マダイ自身で生合成は出来ないので餌として取り入れる必要が有ることは既に明らかにされている1)。
 オキアミミールの色素の主体はアスタキサンチンで,ディエステル(DE)>>モノエステル(ME)>フリー(F)の3種類の形で存在していることを前報2)で説明した。マダイでもニジマス同様オキアミミール中のアスタキサンチンを消化吸収して利用出来れば,オキアミミールを飼料に添加することによって体表の色を美しくすることが出来ると考えられる。
 本報告ではオキアミミールによるマダイの体色改善の可能性,マダイによるオキアミミール色素の消化吸収機構,色彩色差計で体表の色を測定する場合の留意点や色彩色差計による測色結果で色素量を表すことが出来るか否か等を調べた。試験は6回に分けて行ったので,以下夫々の試験の詳細を説明する。

ベジタリアン栄養学
歴史の潮流と科学的評価(第3節 ライフサイクルと特定の集団から見た,ベジタリアン食の適正度)

ジョアン・サバテ(Joan Sabate)、訳:山路 明俊

西欧諸国の寿命は,大体,75〜80歳です。人の寿命の約1/4は,遺伝と環境要因によって影響を受ける成長と発達のプロセスに費やされます。環境要因に関して,栄養は,身体の器官を健やかに成長させる為の,主要で最大の関心事です。両親,特に母親と,さらに社会的な制度に依存する幼児と児童の食べ物は,成長と発達の過程に関係し,重要です。環境要因は,妊娠中と殆どの幼児,児童期の間,物質的な支配化にあります。
 ベジタリアン食を実施している親は,ベジタリアン食で育てる傾向があります。さらに,多くの北アメリカと西ヨーロッパの学童達は,強いられることなく,ベジタリアン食を信奉し始めています1-4)。
 成長と発達のプロセスには,特別なエネルギーと栄養要求が加わります。成長の研究では,年齢と性別を参考にしたデータとの比較をする際の身長,体重が,初期の健康の指標となり,さらに,胴囲と皮下脂肪の測定が体組成に対する適切な情報を提供します。
 特に,ビーガンやマクロビオティックのような,厳格な食養法で育った若いベジタリアンの成長と発達に影響する,栄養不足のリスクについての懸念が持ち上がっています5)。
 この章での,ベジタリアン食の適正度に関する課題は,誕生から成人までの身体的成長と発達の段階を研究することで明らかにされます。また,この章は,ベジタリアン児童の食養法についての最近の文献と,成長と発達に対するこれらの食事の影響を解説します。
 ベジタリアン児童と青年の成長と発達の最新の調査・研究を論説するためには,ベジタリアン食のカテゴリー,成長研究のタイプ,発達年齢を考慮しなければなりません。

築地市場魚貝辞典(シロウオ)

山田 和彦

日本橋は,東海道の基点として有名である。江戸時代は木造であったその橋を,多くの旅人や商人,そして武士が渡って行ったことであろう。明治に入り,現在の荘厳な石造りの橋に掛け替えられた。そして東京オリンピックを機に橋の上を高速道路が通り,現在に至っている。その橋のたもとに日本橋魚河岸の碑が建てられている。かつて江戸庶民の台所としてこの川沿いにあった日本橋の魚市場を記念して建てられたものである。魚河岸が描かれた絵や古写真を見ると,川沿いに立ち並ぶ蔵と,川にはたくさんの小舟が見える。川の両岸はビルが立ち並び,川の上を高速道路が覆う閉鎖的な今の光景からは想像もできない。2014年3月,いよいよ豊洲新市場の起工式が行われた。市場機能が豊洲に移転したあとの築地は,どんな姿に変わるのであろうか。
今回も春の魚,シロウオを紹介する。