New Food Industry 2014年 4月号
日本産カサガイ類のユニークな脂質成分
川島 英城
海岸の岩場やテトラポットに付着している陣笠の形を被った貝であるカサガイ類を一度は見たことがあるかも知れない。(図1)軟体動物の中で,カサガイ類は最も原始的な腹足類の単独グループに分類されている。これらは微細藻類を食餌とし,アワビに近縁であるが,殻長は種によって異なる。興味深いことに,島根県の出雲地方では,ベッコウカサガイ(Cellana grata)やヨメガカサガイ(Cellana toreuma)は優れた旨みとやわらかい肉質を持つため,炊き込みご飯や汁物の地域食材とし,古くから雛の節句に人々が使用してきた食文化の歴史がある1)。現在,国内の他の沿岸地域においても,カサガイ類はむしろ手軽な料理素材のひとつとして,日本人の伝統的食文化の一端を担ってきた2)。いわゆる,魚介類の現代版B級グルメに相当する地域の食文化とも言える。したがって,海外諸国においても,カサガイ類を消費する独自の食文化が,同様に存在する可能性がある。なお,カサガイ類は地産地消の傾向が強いので,その正確な消費量は把握できていない。
一方,これまでに,岩礁性潮間帯に生息するカサガイ類の研究はその生態や行動に関することが圧倒的に多く,生息環境などに関連する様々なパラメーターの解析が行われている3, 4)。その中で,明らかにされた唯一の機能性物質は,Collisella limatulaに由来する生体防御物質のトリテルペン類である5)。この物質は,特に魚やカニなどの捕食者に対する強い摂食阻害活性を示した。
さて,本稿では,有用な生物資源として,これまでに殆ど注目されなかった日本産カサガイ類の生殖腺から見いだされた新規な非メチレン中断型脂肪酸およびΔ8位に二重結合を有するコレステロール前駆体の多様な構造や分布特性,また,これらに関連する生理機能を概説する。
魚由来低分子コラーゲンの皮膚線維芽細胞コラーゲン産生に及ぼす影響
下川 雅信,佐藤 有里,井上 正範,齊藤 沙織,井上 肇
要 旨
魚鱗を脱灰後に加熱変性させ,ゼラチンを回収後に酵素処理を行い得られた低分子ゼラチンはコラーゲンペプチドと呼ばれ,化粧品ならびに機能性食品として広く知られている。今回,このコラーゲンペプチドを含有した健康食品の皮膚由来線維芽細胞からのコラーゲン合成に及ぼす影響を検討した。
その結果健常ヒト培養線維芽細胞に0.2〜200 μg/mLのコラーゲンペプチドを添加する事で,線維芽細胞からのヒト由来I型コラーゲン産生が用量依存的に促進された。特に2.0 μg/mL以上の添加で,統計学的時に有意な増加が認められた。このコラーゲン産生亢進作用は,24〜72時間まで持続し,細胞毒性を認めなかった。
以上の結果より,酵素処理によって低分子化された魚鱗由来コラーゲンペプチドは,皮膚由来培養線維芽細胞からの細胞外マトリクスの産生に影響する事が示唆された。
糖アルコール類の機能性と酵素法による新しい定量技術
Functions of sugar-alcohols and new determination of sugar-alcohols with the dehydrogenases
渡部 保夫
糖アルコールとは,グルコース(ブトウ糖)やフルクトース(果糖)などの1位あるいは2位の炭素にあるアルデヒド基やケトン基に,水素が付加(還元)され,アルコールに変換された多価アルコールの総称である。糖の骨格が一つである単糖として,炭素数4個のエリスリトール(a),炭素数5個のキシリトール(b),アラビトール(アラビニトールともいう)(c),炭素数6個のマンニトール(f),ソルビトール(g)があり,糖骨格が2個の二糖類として,マルチトール(i),ラクチトール(h),還元パラチノースなどがある(図1)。図1には,これら以外にリビトール(アドニトールともいう)(d)やイノシトール(e)などの構造も示したが,ほとんど食品には含まれない。なお,いくつかの糖アルコールについては立体異性体があるが,アラビトールを除いてほぼD-型である。
それぞれの糖アルコールについては後述するが,糖に含まれる末端のアルデヒド基やケトン基が還元されてOH基になった結果,糖-アミノ反応などが抑制されることが,食品加工においては重要な点である。
それぞれの糖アルコールがどのような食材に含まれているかは,生化学データブックによれば次の通りである。エリスリトールは海藻,地衣類,菌類,カビ類,牧草など,キシリトールはプラム,イチゴ,カリフラワーなど,マンニトールは海藻,菌類,茸類,トネリコマンナ,タマネギ,人参,干し柿など,ソルビトールはリンゴ,モモ,杏,ナナカマドなどの果実,海藻などである1)。
糖質と言えば,甘味を呈することがよく知られている。舌の味蕾細胞(甘味細胞)における甘味を感知する機構も次第に明らかになってきているようで,甘味細胞のレセプタータンパク質も明らかにされている2)。甘味細胞は“舌”の先端に多く分布している。なお,苦味は舌の奥,酸味は舌側面奥,塩味は舌側面前がそれぞれの味覚に敏感な部分であると言われている。
一滴の油のおいしさ
― 油脂の嗜好性への嗅覚の関与と料理への展開 ―
中野 久美子,中村 元計,久保 春香,松村 成暢,網塚 貴彦,斉藤 司,伏木 亨
油脂は狩猟,採取による食糧のほとんどすべてに含まれているため,意識するしないに関わらずヒトや動物は常に油脂を摂取してきた。食用油脂は,植物や動物から採油,製油され,液体または固体の油脂単独の状態に加工されたものである。油脂は抽出する原料や方法により風味や成分が異なり用途にあわせて使われている。これらの油脂を含む食品は一般的においしく感じられる。油脂は,それだけを口に入れてもヒトはおいしいと判断しないが,食品に加えられるとおいしさに寄与する。
調理の現場では,油脂は揚げ物やファーストフードのように大量に用いられる場合から,和食などで油脂がほとんど含まれない料理に油処理をした材料が加えられる,または一滴ほどの極少量の油が添加されることがある。油脂は少量でも食品に添加することでコクや満足感を増強させる効果があることが推察される。
これまでに,油脂の多様な要素がおいしさに影響することが報告されている1-7)。油脂は,報酬効果をもたらす成分であることならびに口腔内での受容システム等が明らかにされ,食品の嗜好性に寄与する重要な成分である8)。さらに,油脂のおいしさの多様な要素の中で油脂の香りは重要な要素であることが報告されている9-12)。揚げ物や油を含む食品の魅力的に感じる共通の風味には,加熱等により油脂が酸化して生じる香気成分(アロマ)が含まれている。油脂の酸化によるアロマが油脂の風味に寄与し,油脂の嗜好性に影響を与えていることが推察される。
本研究では,少量の油脂や油脂の酸化による香気成分が食品の嗜好性に与える影響について,マウスによる行動学実験およびヒトによるおいしさの評価回帰モデル13)を用いて検討した。
リポ酸のAktシグナル活性化による中枢神経保護作用機構
郡山 恵樹,松郷 誠一
リポ酸の研究は肝臓および酵母エキス中に存在する微生物生育促進因子として1930年代に開始され,1950年代にはReedらによって酸化型リポ酸の単離・同定が行われ,化学構造決定後に化学合成されるようになった1)。彼らは約10トンの牛の肝臓から多岐にわたる抽出プロセスを経た後にわずか100 mgのリポ酸を取り出し結晶化した。これらの事は当時リポ酸の抽出がどれだけ難しかったか容易に想像することができる2)。
リポ酸はジチオラン環を官能基として持つオクタン酸である。また,リポ酸は6位に不斉炭素を持つキラル分子であり,天然にはR体(R-エナンチオマー, R(+)-α-リポ酸あるいはR-リポ酸)のみが存在する。リポ酸の化学的特性としては,分子量206.33,融点47.5℃の淡黄色小板結晶であり,光に対して不安定であることから低温,暗所保存すべき化合物であることが知られている3)。エタノール,メタノール,塩化メチレン,クロロフォルムなどの有機溶媒に比較的よく溶けることが知られている4, 5)。また,炭素鎖8の脂肪酸であることより中性の水に対する溶解性は低いがカルボン酸構造を有するため,緩衝液や弱アルカリ性にすると水にも比較的容易に溶ける。その両親媒性により体内のほとんどすべての部位に存在すると考えられている。
また,リポ酸はチオクト酸という別名を持つ。この別名はR-リポ酸の基本骨格がオクタン酸であることに加え,分子内に2つの硫黄(チオ)原子が付加されているために付けられた。1952年にアメリカ生物化学会がLipoic acidという物質名を採用して以来,この「リポ酸」という名称が一般化され浸透されるようになった4)。リポ酸はこれまで多くの生理機能を有する化合物であることが分かっている。本論文ではリポ酸の基本的な生理機能に触れるとともに,特に中枢神経系の脱落および脳内炎症といった難治性中枢神経疾患を意識した病態モデルに対するリポ酸の作用メカニズムについて,近年の我々のデータを示したい。
ニジマスのグアニン量 -ヒメマスとの比較-
酒本 秀一,佐藤 達朗
湖沼に棲息している天然のヒメマスは体側から腹部にかけて光り輝くような銀白色をしているが,養殖魚はやや黒っぽいくすんだ色をしている。著者らはこの違いの原因を調べ,以下の点を明らかにした1)。
・天然魚,養殖魚共に背部から体側部,腹部に向かうにつれて体表のグアニン量が多くなったが,その量は天然魚の方が著しく多かった。また,体表のグアニン量と肉眼による観察結果および色彩色差計による測色結果,特にL値の傾向とは良く一致していた。よって,天然魚と養殖魚の体表色の違いの一因は体表のグアニン量の違いにある。
・養殖の未成熟魚では体重が100g程度になるまで成長に伴って体表のグアニン量は直線的に増加し,それ以降略一定の値を示した。高い値を示すようになる時期はヒメマスが湖沼から海に下る行動を起こす時期に一致していた。
・雌雄共に性成熟の進行に伴ってグアニン量は一定の割合で減少したが,減少の割合は雄の方がやや大きかった。
ウィスキーは考えている(3)貯蔵工程と樽由来成分の変化
古賀 邦正
前回は,ウイスキー樽および樽貯蔵中のウイスキーニューポット成分とその動きについて紹介した。今回は,樽由来成分とその貯蔵中の変化について紹介する。ウイスキーの樽は容器であると同時に反応器であることを前号で指摘したが,そのことが一層理解して頂けると思う。しかし,われわれは理解しやすくするために,まず分類して考える癖がついてしまっているが,自然の摂理はなかなか分類通りには進んでくれない。ウイスキーの熟成も,ニューポット成分と樽由来成分が分かれて進行しているわけではない。ウイスキー中のすべての成分が渾然一体となった中で,熟成した状態に移行するわけで,実際,どちらに分類してよいか分からないことも多々あるが,それこそが熟成の本質であることも勘案しながら,お読み戴ければと思います。
“地域密着でキラリと光る企業”
海の恵みを探索・創造する『焼津水産化学工業株式会社』
田形 睆作
焼津水産化学工業株式会社(YSK)は1959年(昭和34年)3月飼料としてのフィッシュソリュブルおよび肝油の製造販売を目的に,静岡県焼津市に,資本金750万円で設立された。設立と同時に魚介調味料の基礎研究を始めた。5月には自己消化法によるフィシュソリュブルの製造販売を開始した。翌35年,松本圭一郎氏(後の社長)を東北大学農学部水産利用学科・土屋研究室に派遣。魚の煮汁から調味料を作ることのみに絞って研究に集中した結果,最大の課題であった”臭みと苦みの除去”に成功した。この研究技術で特許を取得すると同時にテストプラントに取り組み工場を建設した。YSKはこの技術により高付加価値の天然調味料の製造販売を新たな事業として開始し現在のYSKの基礎を確立した。
ベジタリアン栄養学
歴史の潮流と科学的評価(第2節 ベジタリアン食と慢性疾患予防)
ジョアン・サバテ(Joan Sabate),訳:山路 明俊
前の項では,数多くの肉の主要な成分が,疾病の生化学的指標として高レベルで,また,特別な致死的な疾病に高リスクで関与していることを示すデータを提供してきました(表7-1)。これらの推定される影響が,人の集団で,肉消費の総合的死亡率リスクの増加を生み出すかどうかの疑問は,まだ,残っています。現在,肉が長生きに影響を与えるかどうかを調査する最も実際的な方法の一つは,肉消費レベルが,死亡率の実質的なリスクに関与しているという前向きコホート研究を実施することです。死亡率に食事因子を関連付ける,殆どの前向き研究は,半定量的食物摂取頻度調査法を用いた大規模集団の日常の食事摂取を評価してきました。Willett89)は,最近,前向き研究中の食物摂取頻度調査法の妥当性を数多く研究し,頻度調査法に基づく食事測定は,食事の生化学的指標の良好な推定手段であることを見出しました。
この項では,肉摂取が全ての死亡率に関与しているというコホート研究から最近,報告されたエビデンスをもとに,論評され,論説されます。また,肉の無い食事をしている多くの人のコホートと言える,カリフォルニア在住のセブンスデー・アドベンチストを対象にした,未発表のデータも含まれています。