New Food Industry 2013年 8月号

ポリアミンによるアンチエイジング − 遺伝子修飾作用 − 

早田 邦康

要 旨
 健康長寿食である日本食や地中海食はポリアミン(スペルミンおよびスペルミジン)が豊富であり,ポリアミン濃度の高い餌でマウスを飼育すると老化が抑制される。この効果は,ポリアミンが免疫細胞のLymphocyte Function-associate Antigen 1 (LFA-1)というタンパクを選択的に減少させる事によることが原因の一つと考えてきた。ポリアミンによるLFA-1抑制の機序と高ポリアミン状態が遺伝子のメチル化に及ぼす影響を検討したので報告する。Jurkat細胞をポリアミン合成阻害剤であるalpha-d,l- difluoromethylornithine hydrochloride (DFMO)(3 mM)とともに培養すると,細胞内ポリアミン濃度が減少し,メチル化を促進する酵素であるDNA methyltrasferase (Dnmt)の活性が抑制され,LFA-1プロモータ領域(遺伝子情報の開始領域)の脱メチル化が進行した。DFMOでポリアミン合成を阻害した細胞に500 μMのスペルミンを加えると,細胞内ポリアミン濃度が上昇し,Dnmtが活性化され,LFA-1プロモーター領域のメチル化が進行した。一方,LFA-1の発現に関連する細胞内シグナル(Ras-proximate-1 = Rap1)に変化は生じなかった。遺伝子のメチル化は遺伝子発現抑制と関連することから,ポリアミンによるLFA-1発現抑制の機序としては,プロモーター領域のメチル化が考えられた。さらに,遺伝子全体のメチル化におよぼすポリアミンの影響をマイクロアレイで検討したところ,ポリアミン欠乏の細胞では脱メチル化およびメチル化ともに進行したが,スペルミン添加によって脱メチル化/メチル化の進行が抑制された。また,高齢マウス(BALB/c,88週齢)の腎臓のメチル化の状態を検討したところ,低ポリアミン群の高齢マウスでは若年マウスと比較すると脱メチル化/メチル化が著明に進行していた。しかし,高ポリアミン群のマウスでは脱メチル化/メチル化が抑制され,メチル化の状態は若年マウスと類似していた。加齢とともにポリアミン合成能が低下し,Dnmt活性が低下し,LFA-1プロモーター領域の脱メチル化が増強していることが報告されている。また,加齢とともに進行する異常メチル化と呼ばれる脱メチル化とメチル化の進行は様々な生活習慣病の誘発や老化そのものの原因と考えられている。ポリアミンによる老化抑制には,加齢に伴って進行する遺伝子の異常メチル化の抑制が関与していることが推測された。

納豆が有するt-PA産生能― 心筋梗塞,脳血栓の治療薬および中枢神経系における可能性 ―

須見 洋行,内藤 佐和,矢田貝 智恵子,大杉 忠則,柳澤 泰任,今井 雅敏,丸山 眞杉

近年明らかになってきた納豆とt-PA(組織型プラスミノーゲンアクチベーター)の関係についてまとめた。ナットウキナーゼは直接の血栓溶解酵素であると共に1),経口投与すると血管内皮細胞等に働き掛け,それらの細胞がt-PAを放出すると考えられている2)。また,納豆に含まれるイソフラボン・アグリコンであるゲニステインによるt-PA賦活化,抗菌剤であるジピコリン酸の役割についても解説する。
 その他,昔から納豆を食べると「頭がよくなる」,「IQが高まる」などと言われ,中枢神経系にも影響すると考えられる。学習,記憶形成などに及ぼす影響という,我々にとって最も身近で興味深い項目についても考察する。

米タンパク質に適したプロテオーム解析技術の開発

佐生 愛,重光 隆成,増村 威宏

 イネ種子,即ち米に含まれる栄養成分のうち,デンプンに次いで多く含まれる成分がタンパク質であり,標準的な条件で一般的な品種を栽培すると玄米重量の6〜8%となる。アジア圏など米を主食とする民族にとっては,米は重要なタンパク質源である。米に含まれるタンパク質の量と質は,米の食味と関連が深く,食味計の重要なパラメーターになっている。米飯の食味は,タンパク質含量が低いほど良いと指摘されており,栽培現場では施肥管理により米のタンパク質含量が高くならないような指導がされ,各地で良食味米の生産が行われている1)。また,日本酒や,米菓,米粉パンなどの米加工食品の品質にも大きな影響を与える。例えば,日本酒の製造の際には,タンパク質が清酒の雑味の原因となるため,タンパク質含量が低く,大粒で心白のある酒造好適米が利用される。米のタンパク質は主に米粒中の外周部に多く存在するため,酒造りの場合,米の外周部を炊飯米よりも多く削る必要がある。また,現在市販されている米粉パンの場合,米粉のみでは醗酵時,焼成時や焼成後の膨らみが小麦パンよりも低いため,小麦粉或いは小麦由来のグルテンを添加している。これは,米のタンパク質が,小麦のタンパク質とは異なる性質を有しており,小麦のように粘弾性に富むグルテンのような構造体を作ることができないということに起因している。上記に挙げたように,米のタンパク質は,米自体の品質評価のみならず,米加工品の品質や加工特性にも深く関わっている。そのため,米タンパク質の種類と,それらの性質を明らかにすることは,米の品質や,加工特性の向上という面で非常に重要であると考えられる。

二枚貝,特にシジミの機能性因子に関する研究

千々松 武司,山田 耕史,小田 裕昭,望月 聡

 人類にとって貝類が重要な食用資源であることは,古代人が喫食したであろう貝の残渣(貝殻)が堆積した貝塚が世界中で見つかっていることからよく分かる。また現代においても貝類は水生生物のなかでも重要な食用資源であり,様々な国で消費されている1)。主に食用として利用されるのは,サザエ,アワビ,ホラガイなどの巻貝とカキやイガイ(ムール貝),ザルガイ,マテガイ,ホタテ,ハマグリ,アサリ,シジミなどの2枚貝が世界中で食べられている。世界における貝類の生産量(漁獲生産量および養殖生産量の合計)は年々増加しており,FAOの統計によると天然および養殖の貝類(巻貝と二枚貝含む)の漁獲高は,2000年の10,974ktから2010年には15,752ktへ増加している1)。貝類の2010年生産量のうち,15,226ktが二枚貝であり,また,全ての水産資源の約1割を占めており1),如何に貝類,特に二枚貝が重要な資源であるかということがよく分かる。本邦では,水生生物は刺身などとして生食する文化があり,特にサザエ,アワビなどの巻貝や二枚貝でもカキやホタテの貝柱などは生食することがある。一方で,本邦以外ではもともと刺身など水産資源を生食する文化はあまりないが,カキはヨーロッパやアメリカなどにおいてもオイスターバーなどで生食する習慣がある。また緑イガイはエキスとしていわゆる健康食品等に利用されているが,もともとはニュージーランドのマオリ族が緑イガイを生食していた。シジミは本邦では,食材として非常になじみの深い魚介類の1つであり味噌汁の具材や佃煮として十分に加熱された上で利用されることが主であるが,台湾では,スープ等の加熱したもの以外にも,半生の状態のシジミを醤油漬けにして食す方法もある。しかしながら,貝類全般は食中毒の問題などがあるため,焼きや,ボイル,蒸しなどによる加熱調理をしてから食されるのが一般的である。

愛媛県産六条大麦「はだか麦」の利用拡大を目指した地域連携(その2)

渡部 保夫

愛媛県の六条大麦「はだか麦」生産量は,昨年度で25年連日本一であった。はだか麦は,麦味噌,麦焼酎,押し麦などの形で消費されているが,はだか麦の需要量は,生産量を上回っているようで,作付けが増加すればより一層消費の増加は期待できる。水稲においても,国からの補助(関税などを含む)のもとで国策的に生産されている食材であるが,消費は減少していると聞く。一方,はだか麦は水稲の裏作作物であることから,古くは稲作農家により一定の生産が期待できたが,兼業農家としては,はだか麦による収入が十分でないことから,はだか麦の小規模栽培には消極的であり,篤農家集団によって栽培されているところである。
 前稿で,ギャバ(γアミノ酪酸,GABA)の効能を中心に,もち麦やはだか麦の利用拡大を指向した商品開発の一端をご紹介した1)。本稿では,はだか麦のもつ健康的効能のうち,水溶性食物繊維βグルカンを中心に述べるが,両稿を合わせて,はだか麦やもち麦がもつ保健的効能を広く一般に周知していただき,さらに,いろいろな食品に加工・利用できる応用例をご紹介して,地域的農商工連携を刺激することで,愛媛県を含めた地域での「はだか麦」や「もち麦」の生産量が増加することを願いながら研究の一端をご紹介する。
 なお,ご紹介する研究の一部は,平成24年度愛媛大学地域連携プロジェクト支援経費により実施したものであり,後ほどご紹介するプロジェクトメンバーのご協力があったことを強調しておきたい。

食品科学研究におけるイメージング技術

秋山 美展

イメージング(可視化,画像化)技術は,近年の産業界や科学技術分野において急速に発展した技術のひとつであろう。これは計測技術や装置の急速な発展もさることながら,大量のデータを高速に処理可能なコンピュータの普及によるところが大である。イメージング技術の研究開発と実用化が最も進んでいるのは医療分野であろう。古くはレントゲンによるエックス線の発見に端を発し,MRI(核磁気共鳴画像法),SPECT(単一光子放射断層撮影)NIR(近赤外)イメージング法等が医療や診断の現場で活用されている。
 食品産業分野におけるイメージング技術は,赤外線サーモグラフィによる食品表面温度の可視化や製造工程管理等をはじめ,軟エックス線による異物検出などが実用化されている。食の安全性や信頼性を損ねるような事件や事故が急増しており,原料生産から製造,流通に至る一連のフードシステムはよりいっそうの安全性と信頼性を築いていかなければならない状況にある。一方では食の生理機能が注目を集めており,関連する研究報告は膨大な数に上っている。食の生理機能性およびその関連物質の研究は in vitro (機器分析)実験から動物実験を経て,ヒトにおける有効性検証が求められる時代になってきた。そのため探索的な in vitro 実験はより一層の省労力,省コストが求められる。本稿で紹介するXYZ系活性酸素消去発光分析法(以下XYZ法)は微弱化学発光によって活性酸素種およびその消去物質の検出と活性測定を迅速かつ簡易に行う方法であり,in vitro 実験において大きな力を発揮する。微弱化学発光とは,有機物が活性酸素等によって酸化される際に発する極微弱発光である。波長は可視光の領域であるが極めて微弱な光であるため,光電子倍増管や超高感度CCDカメラの開発によってはじめて定量的に計測することが可能となった。
 近年は,成分分布や内部構造を非破壊的に可視化するための技術の進展が著しい。食品表面の温度分布は前述のサーモカメラ(赤外線カメラ)等によってイメージングは容易におこなえるが,内部温度測定となると,熱電対等による点データに依存せざるを得ない状況にある。筆者らは,感温液晶を用いて食品内部の温度分布をイメージングする手法を開発した。本稿では,食品科学研究におけるイメージング技術の開発と応用例について紹介する。

匍匐性櫂脚類による二枚貝飼育水槽の汚れ除去

酒本 秀一、大橋 勝彦、仙石 義昭

近年日本ではアサリやハマグリ等の低棲性二枚貝類の資源が著しく減少し,国内産で需要量が賄いきれずに海外からの輸入品で不足を補っているのが実情である。何故干潟に普通に棲息していた二枚貝が減少したのであろう。棲息適地面積の減少,棲息環境の悪化,海域の貧栄養化による植物プランクトンの増殖不良,食害生物の増加,寄生虫や病気の蔓延等色々な原因が考えられる。国内の天然貝が減少すれば輸入ではなく養殖をと考えるのが普通であると思うが,未だ日本で低棲性二枚貝類の大規模な養殖は行われていない。著者らはその理由の一つに適切な二枚貝用飼料が開発されていないことが有ると考え,実用化可能な二枚貝用飼料の開発を試みてきた1-3)。その結果,価格等の面でまだ問題が有るもののスサビノリを原料中に含む飼料でホタテやアサリが十分に陸上飼育出来ることが分かった。
 飼料原料として備えていなければならない特性は,入手が容易で,原料配合時の物性に問題が無く,栄養成分が優れていること等である。更に価格が妥当であることも重要である。
 アマノリ属のスサビノリ(所謂海苔である)は日本における代表的な養殖海藻で,年間40万トンも生産されており,入手は容易である。

二枚貝用飼料-3

酒本 秀一、大橋 勝彦、仙石 義昭

荒木の方法1)で調製したスサビノリのスフェロプラストは海産二枚貝用飼料の原料として優れていること,スフェロプラストに魚油を添加するとホタテ稚貝とアサリ成貝の飼育成績が著しく改善されること等を第1報2)で説明した。次いで第2報3)で炭素数20以上のn3系高度不飽和脂肪酸(n3HUFA)が海産二枚貝類の必須脂肪酸である可能性が高く,二枚貝用飼料の油脂源にはn3HUFAを豊富に含む魚油等を使用すべきことや炭水化物源としては白糠が優れていること,飼料への白糠の適切な添加率は肉の成長を主目的とする場合には40-60%であること等を明らかにした。更にスサビノリのスフェロプラストに代わる動物性タンパク質源を探索したところ,オキアミミールが最も優れ,次いでエグレートパウダーがスフェロプラストと略同じ効果を持つことも分かった。
 本報告では試験-1で脱脂大豆粕と小麦グルテンのタンパク質源としての効果を調べ,試験-2で原料の海苔が正常な海苔であるか低品質海苔であるかの違い,海苔をスフェロプラストに調製してあるか否かの違い,海苔の粒径の違い等がアサリ成貝の飼育成績に及ぼす影響を調べた。更に試験-3では味付海苔屑が二枚貝用飼料の原料として利用出来るか否かについても明らかにした。

“地域密着でキラリと光る企業” 納豆一筋『あづま食品株式会社』

田形 睆作

 あづま食品株式会社は創業60年になり,おいしい納豆づくりにこだわり続けてきた。昭和20年代のはじめに創業者である先代の会長黒崎達也氏が当時東北で食した納豆の味に感銘を受けたことから始まった。今までに食べたことのない味わい深い納豆は,それまでに納豆などつくったことがない創業者に安定した職からの脱サラを決意させてまでも「この納豆の味を多くの人に食べてもらいたい,そして日本で一番おいしい納豆をつくりたい」という熱い想いに変えた。そして,昭和25年(1950年)8月,創業者夫婦を中心に,想いを共有する従業員6名で栃木県宇都宮市の自宅に「あづま納豆店」を創業した。あづま納豆店は昭和56年(1981年)にあづま食品株式会社に発展し,現在の場所に本社工場を新設,それとともに北関東中心であった販路を全国に拡大,業績の向上と共に西日本や東北での工場操業も始めた。

築地市場魚貝辞典(シロギス)

山田 和彦

 梅雨が終わり夏本番の築地市場。朝から照りつける日差しがきつい晴海通りを,築地へ向かう。日陰を選んで歩くのであるが,道路改修の時に植えられたケヤキがいくぶん育って日陰が増えたのはありがたい。場内に入れば大屋根で日はさえぎられてはいるが,蒸し暑さはいかんともしがたい。豊洲の新市場への移転が1年遅れて平成27年になりそうであるが,新市場の夏は,どんな夏になるのであろう。
 今回は夏の魚,シロギスを紹介する。

伝える心・伝えられたもの —諸味蔵の神さま —

宮尾 茂雄

ここ40年ほどの間に醤油の製造風景は随分と変わった。古い醤油蔵が取り壊され,杉桶も使われなくなった。それに替わって耐水性構造の床や壁,埃の溜まらない天井や照明器具,洗浄殺菌しやすいステンレス製密閉式大型タンクとそれを繋ぐパイプラインなどが設置された。これらは醤油の製造現場を一変させた。かつて諸味蔵(仕込み蔵)に棲んでいた醤油醸造の神さま,「ご先祖さま」(微生物)は一体どこに行かれたのだろうか?
 そんな思いを抱いていた時に,小豆島町馬木で昔からの諸味蔵を大切に使いながら美味しい醤油作りを続けている正金醤油株式会社,藤井正信さんの話を知人から聞いた。
 藤井さんは醤油作りで大切なのは諸味作りであり,これで醤油の味の7割が決まる。原料の大豆,小麦,食塩とともに諸味蔵と木桶が大事だという。小豆島で最初に農林大臣賞を受賞した山吉醤油(1810年創業)は後継者がなく廃業していた。藤井さんはその工場を譲り受けて,再び醤油蔵として立ち上げる試みを続けておられる。寒仕込みが始まった12月下旬,小豆島に藤井さんをお訪ねした(写真1)。