New Food Industry 2013年 4月号
抗酸化栄養素の虚血性脳卒中に対する予防効果
山形 一雄
脳卒中は,脳梗塞,脳出血およびクモ膜下出血といった脳血管疾患の総称で死亡率の高い病気として知られている。脳卒中を煩った生存者の多くは深刻な後遺症で苦しみ,正常な身体機能を取り戻すことも難しいことから怖い病気とされている。虚血性脳卒中と言った場合,脳に血栓を伴い血管が詰まり脳が血流不足に陥り,神経障害をもたらす病態のことを言う場合が多い。これまで,脳梗塞後の再酸素化で産生される大量の活性酸素種(ROS)が神経細胞の細胞死を誘導する引き金になることが判明している1)。
脳卒中ラット(SHRSP)は,高血圧になりやすい遺伝素因を持ったウイスター系ラット(WKY)を何世代も交配させて作り出された高血圧ラット(SHR)から,さらに脳卒中になりやすい遺伝素因を持ったラットから作り出された。SHRSPはヒトで見られるように,加齢に伴って,血圧も上昇して95%以上が脳卒中で死亡する極めてユニークなヒト脳卒中のモデル動物である 2)。SHRSPは,脳卒中が血圧上昇の後に発症するので,高血圧が脳卒中誘導のための最も重要なリスク因子であり,高血圧に関連した各種疾患を引き起こすことが解明されている3)。これら特性から,SHRSPは脳卒中の研究に欠かせないモデル動物で世界の国々で広く使用されている。SHRSPは,脳卒中状態で正常対象ラットのWKYに比較して大量の神経伝達物質を放出4)して遅発性神経細胞を誘発5)する特性を有することから,特に虚血性神経障害を有する虚血性脳卒中モデルとして珍重されている。
食成分と健康長寿 —レスベラトロールの研究結果を中心に−
早田 邦康
ポリフェノール,とくにレスベラトロールは,生活習慣病予防と健康長寿を達成する可能性のある食成分として注目されてきた。しかし,実際の研究結果はすべてが肯定的なものばかりではない。最近では,レスベラトロールやカロリー制限によるサーチュイン遺伝子の活性化やサーチュイン遺伝子の活性化が長寿をもたらすという機能そのものに関しても否定的な検討結果が数多く報告されている。そこで,レスベラトロールと健康長寿の最近の研究結果をまとめるとともに,健康長寿に関する食成分の研究結果を紹介する。
紅麹が有する強力な血栓溶解活性 ―新しい基質特異性とその応用面について―
須見 洋行、内藤 佐和、矢田貝 智恵子、大杉 忠則、柳澤 泰任、岡田 幸子、今井 雅敏、丸山 眞杉
Monascus属のカビを利用した紅麹は中国大陸と台湾で古くから生産されている。食品として利用されるだけでなく,ある種の紅麹は身体に良い健康食品として様々な作用があることが確認されている。中国では1500年程昔から漢方薬として用いられ,「神農本草」の中にも健康燥脾,消食活血など血行を良くし,消化を助けるとの記述がみられる。
Monascus属は半子のう菌科の一種で黄麹菌の類縁といえる。麹の中には紅麹のように血行改善の生薬として使われている他,モナスコルピンには強いガン予防効果が報告されている。また,紅麹はアメリカでは「レッド・イースト・ライス」と呼ばれ,コレステロール対策の定番サプリメントの1つでもある。
本著では5種類の紅麹を比較し,比較的強い血栓溶解酵素を含むものがあること,また,アミダーゼ活性,セルラーゼ活性,ポリアミンの幾つかを明らかにした。
糖類の抗炎症作用
芳野 恭士
炎症は,アレルギー疾患や腫瘍,各種感染症などの様々な疾病において,主要あるいは副次的に現れる症状の一つであり,痛みを伴うという点で患者にとって大変厄介である。炎症を抑制することは,多くの場合対症療法であり疾病そのものの原因を排除することにはならないこともあるが,患者の苦痛を軽減して疾病からの治癒の意欲を高めること,あるいは症状の悪化を遅らせることといった点では,意義のあることと考えられる。特に,医薬品としてではなく日常の食事を利用して炎症を軽減する作用を持つ天然素材を摂取することができれば,より安全かつ手軽,さらには安価にその目的を達成することができるものと期待される。食品は一般に天然物であるため,医薬品に比較して有効成分の含有量が少ない代わりに,長期に摂取できる点や,同様の効果を持つ多種多様な食品を,摂取する者の嗜好に合わせて選択できるといった点で,優れているものと考えられる。従って,その主な目的は,疾病の治癒よりは疾病の予防あるいは治癒における補助的な役割と考えるのが適切と思われる。ただし,Ⅳ型アレルギーとして知られる接触皮膚炎のように,炎症そのものが主要因であるような疾病の場合には,炎症を抑制することが重要な意味を持つことになる。著者は,これまでに本誌で様々な天然物の抗炎症作用について紹介してきた1-4)。その中で「キノコの抗Ⅳ型アレルギー作用」と題した報告では,糖類の抗炎症作用について述べた。今回は,キノコに限らず,種々の糖類に関連する抗炎症作用について,著者のこれまでの研究成果を含めて概説する。なお,この報告の一部は,著者が東海大学古賀邦正教授,首都大学東京東直樹教授,名古屋女子大学佐野満昭教授,静岡県立大学宮瀬敏男教授,長野県農村工業研究所松澤恒友氏,池川哲郎氏,竹内正彦氏,長野農興株式会社田口計哉氏らとともに行った共同研究の成果を含むものである。
組成や形状の異なる塩を用いて製造した発酵ソーセージの品質特性,
特にスターター菌の違いについて
舩津 保浩、川上 誠、徳山 武宏、酒井 彩、谷口 亮輔、岩崎 智仁、石下 真人、山本 克博
日本で流通しているサラミは,非加熱の発酵ソーセージと加熱後乾燥して製造される珍味に近い乾燥品に分けられる。国内生産量は後者が圧倒的に多く,前者は少ないのが現状である1)。
発酵ソーセージの製造が盛んなヨーロッパでは,発酵ソーセージを製造する際の製造工程で岩塩や海塩が添加されている。この中で岩塩は大部分が塩化ナトリウムであるが,採集地により微量の無機成分の組成が異なり,亜鉛等の微量金属も含まれていることから発色効果があるという報告も一部でみられる。また,発酵ソーセージの風味は原料の配合条件や熟成条件などでも異なる。特にスターターに用いる菌は,無機成分の組成により生育条件も影響を受けることから,最終製品の酸味やフレーバー等の風味醸成に大きく関わると考えられる。しかし,塩の組成や形状の違いが発酵ソーセージの風味に与える影響についての研究例はほとんどない。 本稿では,産地が異なる岩塩を用いて発酵ソーセージを調製し,岩塩の成分や形状の違いが製品の製造工程中の品質に与える影響について調査したのでご紹介する。
本稿に誤記があったため、内容を再検討した本論文を下記よりダウンロードしてください。
人体への寄生虫感染を警戒すべき食材(9)
−現代の日本人でも安心できない回虫の感染(ノート)−
牧 純、関谷 洋志、田邊 知孝、舟橋 達也、玉井 栄治、河瀬 雅美、坂上 宏
Abstract
Jun Maki1), Hiroshi Sekiya1), Tomotaka Tanabe2), Tatsuya Funahashi2) , Eiji Tamai1) ,Masami Kawase3) and Hiroshi Sakagami4)
1)Department of Infectious Diseases, 2) Department of Hygienic Chemistry, 3) Department of Organic Chemistry, College of Pharmaceutical Sciences, Matsuyama University 4)Division of Pharmacology, Department of Diagnostic and Therapeutic Sciences, Meikai University School of Dentistry:Food that needs precautionary awareness for infection in human body (9)- -To remember that Japanese people are still nowadays infected with the roundworm, Ascaris lumbricoides (note)
Japanese people are still today endangered to the infection with the roundworm(a kind of nematode), Ascaris lumbricoides. We have to be informed of what the parasite in question is like so as to avoid its infection. The disease caused through the ingestion of the infective eggs was once called “Japanese nation’s disease (Japanese people’s disease)” together with tuberculosis also rampant in Japan during and after the World War II in the country. The Japanese people used to suffer from diarrhea and the ache of the abdomen and intestine with the severe pneumonia and the possible invasion of adult worms into the brain and other organs occasionally leading to death. Nowadays these unfortunate results have been overcome thanks to hygienic cultivation of vegetables and education for the prevention. However, it is possible for us to be infected with A. lumbricoides abroad. The first-hand prevention is not to eat raw vegetables cultivated with human feces containing the eggs. Such a kind of vegetables should not be imported. Otherwise, the mature eggs ingested through the mouth are hatched resulting in the invasion of larvae migrating and parasitizing finally in the intestine as the adult worms. For the second-hand prevention, prompt diagnosis and treatment with pyrantel pamoate (conbantrin®) should be carried out without delay. So-called “direct smear method” of feces from patients is effective in detecting the infection. The adult worms can sometimes be found in the diagnosis of the gastrointestinal disorder with the X-ray and endoscope techniques.[Key words: roundworm, nematodes, Japanese people’s disease, pneumonia ]
要約
回虫症(蛔虫症)は第二次大戦前後の日本では「国民病」と呼ばれた。日本人の大半が感染していた寄生虫のひとつで,少数感染なら下痢・腹痛程度であるが,重症の肺炎を伴ったり,脳に虫体が迷入したりして,死の転帰をとるケースも多々あった。その感染ルートの多くは食糧難の時代に家庭菜園で肥料に下肥(しもごえ,人糞肥料)を利用して生産された非衛生的な生野菜を通してであった。感染性ある虫卵が砂埃や手指を介して感染するケースも現在では少なくなり,国内での感染例は比較的稀である。しかし,海外での感染及び非衛生的な生野菜の輸入される実態には引き続き警戒を要する。感染しているケースにおいては,早期発見・早期治療が当然ながら大切である。基本は検便で虫卵を見出すことであるが,X線胃腸透視や小腸内視鏡の検査で成虫が見つかることもある。本虫の成虫の駆虫にはコンバントリンが著効を呈する。
ニジマスの親魚用飼料-1
酒本 秀一
ある水産試験場の方から以下の情報を得た。「エクストルーダーペレット(以下EXと略記)で長期間飼育したニジマス親魚から採卵・採精し,人工授精すると結果が思わしくなかった。ニジマスとイワナでこの傾向が認められたが,特にニジマスで酷かった。原因を調査してみたところ,EXで飼育した雄の精子の活性が低く,不動の精子が占める割合が高かった。これが原因の一つではないかと考えている。ハードペレット(HP)での飼育ではこの様な事は一度も経験したことが無いので,EXは親魚用飼料として適していないのではないかと推定している。一度キチンと調べてみた方が良いのではないか。」
色々な飼料の製造法と出来た飼料の性状については既に数冊の本が出版されているので詳細はそちらを見て欲しいが,極簡単にEXとHPの製造法を説明する。
“緑茶飲料市場”を創造した驚くべきヒット商品
−『お〜いお茶』 株式会社伊藤園−
田形 睆作(TAGATA食品企画・開発 代表)
株式会社伊藤園は創業者の本庄正則氏が1966年(昭和41年)に伊藤園の前身である「フロンティア製茶株式会社」を静岡県静岡市に設立したことから,お茶ビジネスをスタートする。この“お茶”が後に伊藤園に大成功をもたらすことになる。当時,業界では量り売りが常識となっていたが,包装したパッケージ茶を,スーパーや食料品店などに直接売り込むことにした。“ルートセールス”という販売方法で定期的に店舗を巡回して,直接注文を受ける手法で,成功を納めていった。1969年(昭和44年)5月,お茶の問屋から商号を譲り受け,フロンティア製茶株式会社から「株式会社伊藤園」に改めた。その後,本社を東京に移し,現在の静岡県牧之原市に「静岡相良工場」を建設し,生産体制を集約した。以後,株式会社伊藤園と『お〜いお茶』について記述していく。
“薬膳”の知恵(75)
荒 勝俊
成人女性の生理周期は,生理が始まった日から次の生理が始まる前日までの日数で示され,一般に理想は28日周期(24〜35日が正常な範囲)で,周期は一定していることが重要である。
女性特有の生理痛や生理不順は,中医学において“月経病”と総称され,特に現代女性の発病率が高くなっている。“月経病”は,生理周期,生理期間,月経血の量・色・質の異常と,これに伴って出現する症状を特徴とする病気である。その原因として,めまぐるしく展開する仕事環境の中で精神的な緊張が長く続き,生活のリズムや食生活が乱れる事で体内のホルモン分泌系統や自律神経系統が乱れ引き起こされる場合が多い。またストレスが溜まると肝機能に悪影響を及ぼし,“肝鬱気滞血淤”の状態になり,生理不順や生理痛の原因となる。
中医学では人体を一つの有機的統一体と考え,人体の構成要素である気・血・津液のバランスを改善させる事でその人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整え,新陳代謝を改善し,食生活を正常化する事で改善できると考えており,月経病改善にもつながる考え方である。
中医学の基礎概念である陰陽五行学説に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作った“薬膳茶”を飲む事で,人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整える事で月経病に対する予防ができると考えている。
築地市場魚貝辞典(サクラマス)
山田 和彦
春。なんとなく新しい出会いがあるようで,足取りが軽くなってくるような季節。築地界隈でも,もうすぐ新歌舞伎座ができあがり,周辺では以前のような賑わいが戻ってくるのであろう。花壇に植えられた花々も明るさを際立たせている。花といえば桜の花。隅田川沿いには桜の名所もたくさんあるが,築地周辺にはそれほど桜の木は多くない。築地市場の入り口の一つ,かちどき門の向かいには1本の大きな桜が植えられているが,周囲に桜がない分,美しさを独り占めしているようにも見える。桜は春の代名詞。
今回は春の魚,サクラマスを紹介する。