New Food Industry 2013年 2月号
ノロウイルスの代替としてのネコカリシウイルスに対する
粉末化バイオイオナース®の不活化効果
窪田 倭、 松澤 皓三郎、 和田 雅年、森 勲、松下 行利、山地 信幸
ノロウイルスは厚生労働省の食中毒統計で原因物質別発生率件数および患者発生数において常に上位を占めている1, 2)。毎年10月下旬から翌年3月下旬までの冬季において老人介護施設,保育園,食品産業,宿泊施設,医療施設などで全年齢に亘って流行する。
ノロウイルスは感染力が強く,18- 1,000個のウイルス粒子が体内に入るだけで感染成立する3)。感染者の糞便1グラム中に109コピーものノロウイルスRNAが検出されること4)から,微量の汚染物質でも感染拡大する。さらに4℃で1-2週間は安定で,凍結状態でもウイルス粒子の破壊は少ないと報告されている5)。このような背景のもとノロウイルス感染拡大予防消毒剤として塩素系消毒剤(次亜塩素酸ナトリウム)の使用が推奨されている1)。しかし,塩素系消毒剤(次亜塩素酸ナトリウム)は粘膜刺激性が強いこと,発がん性のあるトリハロメタンの生成があること,残留性が高く環境負荷が高いことなどの欠点がある。従って,感染拡大予防としての頻回の入念な手洗いや人がいる場合の床や環境表面の消毒には問題がある。
著者らが開発したクエン酸を基体としたバイオイオナースⓇは広範囲の細菌叢にたいして殺菌効果があり,しかも生体に無害で環境汚染しない特徴を有している6, 7)。さらに何時でも,何処でも,誰でも,直ちに,簡便に使用できることを目的としてその錠剤化および粉末化に成功した8)。今回,粉末化バイオイオナースⓇのノロウイルスに対する不活化作用を検討した結果,良好な結果を得たので報告する。なおヒトノロウイルスを増殖させる細胞培養系が現在確立されていないため,代替ウイルスとしてネコカリシウイルスを本実験に用いた。
コレウス・フォルスコリ漸増試験
−「フォースコリー」の安全性に関する検証−
蒲原 聖可
コレウス・フォルスコリ(学名Coleus forskohlii)は,インドに自生するシソ科の植物であり,現地では,食経験の豊富な食材として用いられている。主な成分として,ジテルペン類のフォルスコリンを含有する。フォルスコリンには脂肪分解促進作用があり,米国や本邦では,コレウス・フォルスコリ抽出物が体重調節のための機能性食品成分として利用されている1)。これまでに複数の予備的な臨床研究において,コレウス・フォルスコリによる減量作用や高血圧改善作用が示されてきた2-4)。
今回,コレウス・フォルスコリの安全性を検証する目的で,漸増試験を実施したので報告する。
「フェアリー(妖精)」からの植物成長剤の開発の試み
河岸 洋和
公園,ゴルフ場,住宅街などで,芝が輪状に周囲より色濃く繁茂し,時には成長が抑制されたり枯れたりし,後にキノコが発生する」現象が知られている。この現象は「フェアリーリング(fairy rings,妖精の輪)」と呼ばれ,植物病理学の分野では病気(フェアリーリング病)として認知されている(図1)。キノコの生体機能物質を長年研究してきた筆者であるが,恥ずかしながら,数年前までこの現象を知らなかった。それは偶然の出会いだった。筆者は静岡大学キャンパス内の職員用宿舎に住んでいる。その前庭の芝がにフェアリーリングが現れたのである(図2)。そして後に食用キノコであるコムラサキシメジ(Lepista sordida)が発生した。調べてみると,世界中で54種類のキノコ類が芝生にフェアリーリングを形成することが知られていた1)。
西洋の伝説では,妖精が輪を作り,その中で踊ると伝えられている。1884年のNature誌に,1675年に発表されたフェアリーリングに関する最初の論述やそれに続く論文が紹介されて以来,その妖精の正体(芝を繁茂させる原因)は,一応の定説はあるものの謎のままであった2)。その定説とは,「芝に感染した胞子が菌糸(キノコになる前のカビの状態)となり,それが同心円状に成長し,最も代謝が活発な先端の菌糸が枯れ草や土壌中の蛋白質を分解し,植物が利用しやすい形態(硝酸等)に窒素成分を変え,植物の成長を促す」ということである3)。しかし,筆者はこの定説に疑問を持ち,「この成長促進は菌が特異的な植物成長調節物質を産生しているからではないか?」と考えた。そして,その妖精(シバを繁茂させる物質)を探索する研究を開始した。
知っておきたい日本の食文化 その二 飲酒文化の変遷
橋本 直樹
日本人が縄文,弥生の時代より今日まで,酒をどのように飲んできたのかと振り返ってみると,それぞれの時代によって酒を飲むという行為の社会的役割が大きく変わってきたことに気が付く。この歴史的変化を理解しておかなければ,現在,日本人の飲酒行動に起きている変化がどのような意味を持ち,今後どのように変わるのかを予想することは困難である。
日本人の先祖が酒を飲むことを覚えたのはまだ狩猟,採取の生活をしていた縄文時代,今から1万年ぐらい昔のことであろう。岩の窪みに溜まった果物の汁や蜂蜜などが自然に発酵しているのを発見した古代人はその酒をおっかなびっくり味わってみて,心が高揚する「酔い」を経験して,直ぐに真似をして酒をつくってみたのであろう。野ぶどうの実などを潰して壷に蓄えておけば果皮についていた酵母の働きで果汁が発酵して酒になることを覚えたのである。
コメの保健作用
芳野 恭士
コメ(Oryza sativa)は,世界的な主要穀物の一つであり,日本を含むアジアの多くの国々で摂取されている。コメはデンプン含量が高く良いエネルギー源であり,脱穀,精白,炊飯等の調理が容易な優れた食品である1, 2)。収穫したコメの種子には果皮が密着しているためそのままでは摂取し難いことから,まず,外側の籾殻を除去し玄米とする。しかし,熱帯あるいは亜熱帯地域での長期間の保存と使用のためには,籾殻の内側の油分の多い糠および糊粉層をさらに除去し,酸敗等による悪臭の発生を予防する必要がある3-5)。この工程で胚芽も除去され,通常は精白米として胚乳のみとなる。コメの胚乳はデンプンと少量のタンパク質で構成されている1)。しかし,精白によって糠や糊粉層が除去されることで,プロビタミンAであるカロテノイド等の保健成分が失われてしまう5)。
近年,食生活の欧米化による脂質や糖質の過剰摂取で,肥満が増加している6)。肥満は高脂血症や高血圧症といった生活習慣病の発症リスクを高め,さらには脳卒中,心筋梗塞等の動脈硬化性疾患の発症リスクを高めることに繋がる。また,アレルギーやがんのような炎症性の疾患も,社会的に大きな問題となっている。そのため,普段の食事の中で安全で保健機能のある食品を摂取することは,治療薬による副作用を避け,経済的に健康な社会を構築するのに有効であると考えられる7-9)。ここでは,日本の主食であるコメの保健作用について,著者のこれまでの研究成果を含めて概説する。なお,この報告の一部は,著者が名古屋女子大学佐野満昭教授,静岡県立大学宮瀬敏男教授,長野県農村工業研究所竹内正彦氏,長野農興株式会社田口計哉氏らとともに行った共同研究の成果を含むものである。
現代の食生活を踏まえた米粉100%パンの開発
庄司 一郎
2008年4月より特定健診制度が導入された。これは糖尿病などの生活習慣病の有病者のみならず,その予備軍が増加していることに対応したものである。食生活は生活習慣病と深い関わりがあるといわれ,健康増進のためには運動とともに食生活を見直すことが極めて重要である。
現代の洋風化した食生活は,高カロリー,脂肪過多になりやすく,これが生活習慣病の一因となっている。しかし,たとえ栄養学状問題があっても,食生活・食文化というものは急には変わらない。一方,アメリカでは,模範とすべき食事は一昔前の日本型食生活とされている。洋風化した日本の食生活に適合するヘルスケア食品の開発においても和食材の積極的な利用は極めて重要と考えられている。従って,米粉のような和食材が現代の食生活からの要求に応えることができれば,米の応用分野が大きく広がるのみならず,ヘルスケア食品の開発に新しい視点を与える可能性がある。結果として,健康的な食生活を維持しつつ,生活習慣病を予防することができると期待される。
洋風化した食生活においては,和食(米飯)に代わってパン食やスポンジケーキなどが食生活の主要な一を占めるに至っている。日本人の一人当たりの米の年間消費量1)は1962年の118.3kgから2009年には58.5kgと半減し,日本の食糧自給率は40%で,主要先進国中最低の水準となっており,国は2015年50%の目標を掲げている。
養魚飼料原料としての食品廃棄物やバイプロ-1.菓子粉,出汁粕,パン屑
酒本 秀一
養魚飼料の研究をしていると「ヒトの食品としては供給出来ないが,栄養成分的には良い物が有るので,養魚飼料の原料として使えないか調べて欲しい。」と云うような話が時々ある。賞味期限切れや包材の破損などで食用に供せなくなった物,製造ラインでの壊れや粉化などで製品に出来なかった物などの食品廃棄物や目的物を抽出した後の残渣などが主であるが,こんな物がこんなに大量に有るのかと吃驚することが多かった。これまでに色々な物を調べたが,その中でも印象が強かった物の幾つかを何回かに分けて報告する。今回は菓子粉,出汁粕,パン屑を紹介する。
なお,この報告で使用可能と判断した物も試験に供した物が使用可能であるだけで,類似した物の全てが使用可能と云うわけではない。供給源や組成が違えば当然結果も異なるであろうし,試験魚種が違えば飼料に対する嗜好性や栄養要求も違うので,おのずから結果も異なる点に注意して読んで欲しい。
伝える心・伝えられたもの —浅草海苔の町 大森 —
宮尾 茂雄
今からおよそ50年前,大森の海では海苔養殖が行われていた。埋め立て前の東京湾,羽田飛行場の周囲には,何千という海苔網が張られ,12月から3月の酷寒の海を相手にノリの摘み取りや加工が行われていた。海苔生産者の家庭では子供も大切な働き手だった。早朝海苔付けを終えた海苔簀を干し枠に掛けて,天日に干す。海苔が乾いたら海苔簀をはずす。遊びに行く前には簀編み台(海苔簀を編む道具)で海苔簀を編む(昭和20年代頃まで)。網ヒビの普及により養殖場が広がり,生産量が増えると干し場だけでは足らず,河岸,道路際なども海苔の干し場になり,子供たちはその間で遊んでいた。当時の写真をみた時,この子供たちが暮らした「浅草海苔」の町,大森を訪ねてみたいと思った。
築地市場魚貝辞典(ムツ)
山田 和彦
冬の築地。年末ほどの賑わいはないが,それでも買い出し人や配達でごった返している。最近では,手提げの大きな籠を持った買い出し人より観光客の方が多いかもしれない。日の出が遅いので,店先には明かりがこうこうと点されている。冷えてきた体を,あっさりしたラーメンでも食べて温めたいところである。
今回も冬の魚,ムツを紹介する。
“薬膳”の知恵(73)
荒 勝俊
花粉症とは西洋医学でいうアレルギー性鼻炎のことで,年々増加する現代病である。原因としては,花粉量の増大や生活様式の変化といった環境要因と,精神的なストレスや食生活のアンバランス,運動不足などによる体質要因が考えられている。
中医学では,花粉症は体全体のバランス異常ととらえ,水毒や気(衛気)の流れが原因と考える。即ち,身体の基本となる“気・血・津液”が十分にバランス良く体内に存在し,滞り無くスムーズに巡っている状態を健康な状態と考える。特に邪気の侵入から身を守る“衛気(身体の防衛力となる気)”を高める事が有効となる。
中医学では,人体の構成要素である気・血・津液が体の中をスムーズに流れる事でその人が本来もっている生命活動が維持されると解釈されている。即ち,身体を巡る気・血・津液のバランスを回復させる事で,身体の内部が整い,新陳代謝が改善され,体の状態を正常な状態にまで回復させる事ができると考えている。こうした,体のバランスの崩れを日常の食生活において補っていこうとするアプローチが“薬膳”をはじめとする食養生の考え方である。中医学の基礎概念である陰陽五行学説に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作った“薬膳食”を食べる事で,人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整え,花粉症に対する予防ができると考えている。