New Food Industry 2012年 12月号
COX-2およびPPARを標的とした食品成分の機能性評価
滝澤 祥恵、中田 理恵子、高井 綾子、井上 裕康
わが国の平均寿命は食生活の改善や医学の発展によって飛躍的に伸び,世界有数の長寿国となっている。しかし,ライフスタイルの変化から生活習慣病の発症率は高まり,寝たきりや認知症の高齢者の増加,さらには医療費の増大が深刻な問題となっている。このような社会的背景から,毎日の食事を基本として健康寿命の延伸を目指すという考えが広まり,日常的に摂取する食品に含まれている機能成分の生活習慣病予防効果が注目されている。
食品機能成分の中には「薬食同源」の言葉どおり,薬剤と同じ標的たんぱく質に作用して効果を示すと考えられるものがある。私たちはこの視点から,誘導型シクロオキシゲナーゼ(COX-2)発現抑制と核内受容体PPAR活性化を指標とした食品機能性成分の探索を行っている(図1)。これまでに,赤ワイン等に含まれるポリフェノール,レスベラトロールがこれらの作用を持つことを見出すとともに,いくつかの植物精油からも両作用をもつ成分を同定したので紹介したい。
脂質分析と食品加工(その2)
Analysis of Lipids and Application to Food Processing (Part 2)
渡部 保夫
前報で脂質分析技術について概説した1)。疎水性を示す物質を扱うことから有機溶媒を使用しなければならないが,危険性を考慮して換気などのためにドラフト装置を使用して操作すれば,問題なく実験できる。さらに,脂質の酸化を防止しながらサンプルの濃縮を行うため,窒素ガスなど不活性ガスが常時利用できる環境が好ましい。最近は,分析法も進歩し高度化しており,例えば,質量分析装置(Mass Spectrometry, MS)が高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などに組込まれ,化合物の同定や定量を同時に行えるようになってきている。しかし現状では,筆者はLC-MSやGC-MSなどの高額な計測装置を使用していないので,本稿では省略した。
本稿では,まず,脂質関連食品分野として,食用油脂加工やトランス脂肪酸について,次いで,DHA,EPA,ホスファチジルセリンなどの脂質関連機能性物質や乳化剤などについてご紹介したい。また,最後に,筆者らが研究してきたリン脂質分解酵素,EDSD-HPLCによる活性測定法,その酵素の食品産業への利用などについて概説する。
わが国の食中毒はいつ起こるのか ―食の安全・安心に向けて―
高橋 正弘、池田 恵
食品は生命の維持,健康増進のために必要不可欠なものある。当然,日々の食生活の中で摂取する食品は,安全で生活者が安心できるものでなければならない。しかし,食品を介しての疾病である食中毒の発生は,時には,「牛レバー刺しによる食中毒」のように社会的な問題にもなっている。
食中毒とは「有害・有毒な物質あるいは微生物を含む食品を人が経口的に摂取して生ずる一群の疾病」といえる。しかし,食中毒の考え方も変化し,定義は時代とともに変化している。
今日では,「食品,添加物,器具または容器包装に含まれた,または汚染した微生物,化学物質および自然毒などを摂取することによって起こる衛生上の危害(飲食に起因する危害)で,行政的に調査を行い,拡大を防止し,さらに再発を防ぐ措置などが必要なもの」と定義されている1)。下線部分は医師の届出等を受けた保健所長が行う疫学調査である。そして,拡大を防止し,さらに再発を防ぐ措置などを必要とすると判断したものが食中毒となる。
先入観を覆した魚介類の毒
村上 りつ子、野口 玉雄
自然界はいうまでもなく人知のおよばない未知の現象にあふれているが,科学が発展するにつれ,さまざまな現象が解明され,「定説」として説明できる現象が積み重ねられていく。いったん「定説」ができると,一般には,それを疑うことは少なく,定説が定着する。しかし,後になってさらに研究が進み,あるいは研究上の偶然から,この定着した先入観が覆されると,混乱が生じるが,それは一層研究を進展させる契機となる。
例えば,魚介類の毒(マリントキシン)の分野でいえば,フグが毒をもっているということは,誰でも知っている「常識」の一つであるが,その毒は,フグ自身が作るのではなく,食物からくるという食物連鎖説が,以下に述べるボウシュウボラによる食中毒事件に関する一連の研究などから打ち立てられた。その後,この食物連鎖という科学的な根拠は,毒を持たないフグの生産を可能とし,現在では,これまで危険と考えられてきたフグ肝を安全に賞味することが夢ではなくなっている。
一方,フグの毒はテトロドトキシンであると長い間信じられてきているが,最近では,機器分析が発達したことから,保有する毒の主成分は,テトロドトキシンではなく,麻痺性貝毒であるフグが存在することが明らかにされている。この事実の解明は,今後の研究によるが,フグの毒化は食物連鎖による,という考えを強力に支持していると考えられている。
ここでは,魚介類の毒,特にフグ毒と麻痺性貝毒に関して,それまで信じられてきた事実が否定されることになった事例を述べてみたい。
真の納豆(納豆菌)は抗老化物質ポリアミン含量が高い
須見 洋行、瀬良田 充、矢田貝 智恵子、内藤 佐和、今井 雅敏、丸山 眞杉
このところ納豆はアンチエイジングに働くポリアミンの多い食品として定着しつつあるが1-3),一方で納豆からポリアミンを定量した報告は意外に少ない4)。
毎年全国納豆鑑評会が開催されており,その要領には「納豆の製造技術の改善と品質の向上を目指し,衛生的で美味しい納豆を提供すると共に,国民の健康増進に寄与することを目的とする」とある5)。古くから日本の納豆を追及し,主に納豆の品質向上を目指しているもので,出品製品は真の納豆(Bacillus subtilis natto)といえよう。
これまで我々はマッシュルーム,テンペなど100種類以上の食品のポリアミンを測定してきたが6-9),その経験をもとに納豆並びに納豆菌のポリアミン含量を初めて明らかにすることができた。
今回,鑑評会で最も優秀とされた食べることができる真の納豆を用いて,ポリアミン含量を分析すると共に,ナットウキナーゼ,ビタミンK2もあわせて分析した。さらに納豆菌体中のポリアミン測定を初めて行うことができたので報告する。
ポリエチレングリコール(PEG)誘導体の開発と医療用および工業用材料としての有用性
飯島 道弘
近年,私たちの身のまわりで重要な役割を果たしている様々な製品には,多種多様な機能が要求されている。特に,これらを構成している個々の素材開発が重要なカギを握っており,複合的なニーズに応じて物性を制御できる高分子材料の多様性に注目が集まっている。高分子材料は,プラスチックやハイドロゲル,塗料などに代表されるもので,その最大の特徴は,軽量で加工性が良いこと,分子形状の制御により溶解性や透明性,機械的強度だけでなく様々な物性を制御できることである。最近では,分子構造の精密制御によるナノレベルの精密構造設計に注目が集まり,高度な機能発現を実現している。このナノレベルで制御された材料は,工業用材料として有効であることはもちろんのこと,非常に繊細で深刻な問題を引き起こしかねない医療用材料として特に注目され研究開発が盛んに行われている。
このような医療用材料で最も幅広く利用されているもののひとつが,ポリエチレングリコール(Poly(ethylene glycol: PEG)であり,非常に重要な役割を果たしている。
本稿では,これらのPEGの概要と有用性について述べる。
アマゴ用飼料-2.カンタキサンチンとアスタキサンチンの比較
酒本 秀一
前報1)で説明したようにアマゴには体側から背部にかけて綺麗な朱赤点が散在するのが特徴であり,その朱赤点がアマゴの品質判断基準の一つになっている。この朱赤点を形成する色素はカロテノイドであるが,動物は体内でカロテノイドを合成することは出来ない。従って餌からカロテノイドを取り込み,自らに適した形に代謝後,特定の部位に蓄積する2,3)。サケ・マス類では体表と肉部が主たる蓄積部位である。
サケ・マス類の飼料に使用が認められている合成色素にはカンタキサンチンとアスタキサンチンの2種類がある。従来アマゴ体表の朱赤点色素はカンタキサンチンであると思われていたので,アマゴ用色揚飼料の色素源にはカンタキサンチンが用いられてきた4-6)。ところがニジマス・ヒメマス・ヤマメ等の試験でカンタキサンチンよりアスタキサンチンの方が体表に色が出やすく,しかも赤味が強いことが確認されている7)。本来カンタキサンチンは橙黄色の色素で,アスタキサンチンは赤色の色素である。
よって本試験では先ずアマゴの色揚飼料の色素源としてカンタキサンチンとアスタキサンチンの何れが適しているかを調べ,次いでアスタキサンチンの飼料への至適添加量を調べた。
“ごま油市場”を創造した驚くべきヒット商品
−『かどや 純正ごま油』かどや製油株式会社 −
田形 睆作
かどや製油株式会社は安政5年(1858年)に瀬戸内海に浮かぶ小豆島で加登屋製油所として創業し,ごま油の製造販売を開始した。小豆島は年間を通じて温暖で気候が安定しているため,ごま油造りにたいへん適した環境である。この恵まれた自然環境の中で,最新の設備と品質管理により,伝統ある「かどや」の味を守り続けている。
自然・健康食品としての「ごま製品」を製造・販売するため,効率より品質を重視した生産ラインにより造られており,ごまの持ち味を最大限に生かし,損なうことがないように,「優しく,静かに,丁寧に」を心がけている。原料については,中南米・アフリカ諸国など世界各地から,より選りのごまの種子を使用している。このようにして選び抜かれた“ごま”は焙煎,蒸煮から圧搾,ろ過という伝統的技法で加工され,最新の設備により万全の品質管理がおこなわれている。
特にこの中で,独特の香ばしさ・色を醸し出す焙煎には細心の注意が払われている。ここに,『かどや 純正ごま油』の風味の秘密がある。また,研究所では,より香ばしいごま油の追求をしている。
“薬膳”の知恵(72)
荒 勝俊
環境の悪化によって発癌物質となる可能性の有る物質が生活の中で増えてきた。さらに,食生活の欧米化により,日本人の死因の第一位は癌が占める様になった。最近,癌の抑制に緑茶が有効であるといった研究成果が報告されている。茶に含まれる茶ポリフェノールやカテキンが細胞の癌化を予防あるいは抑制するというものてある。米国・ニュージャージー州ラトガーズ大のアラン・コニー博士は「発癌物質と一緒に緑茶を飲ませたマウスは,発癌物質だけを飲ませたグループに比べて癌の発生率が50%以下になる事を報告している。特に,エビガロカテキンガレートは発癌率を抑え,さらに腫瘍の増殖も抑える事を報告している。アメリカが国家を挙げて行った癌予防が期待できる化学物質を含む食品(デザイナーフーズ)のリストにおいても,グループBに茶が癌予防効果の高い食品として記述されている。
中医学では人体を一つの有機的統一体と考え,人体の構成要素である気・血・津液のバランスを改善させる事でその人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整え,新陳代謝を改善し,食生活を正常化する事で改善できると考えており,癌予防にもつながる考え方である。
築地市場魚貝辞典(ボラ)
山田 和彦
日毎に朝の空気が冷たさを晩秋である。築地で働く方々にとっても,きびしい季節の訪れである。仲卸のなかでも特に活魚を扱っているところはなおさらである。ウエットスーツのようなゴムの上着を着ているが,見るからに冷たそうである。しかし水が冷たくならないと美味しくならない魚もいるので,市場の方々に感謝しつつ晩秋の魚をいただくことにしよう。今回も秋の魚,ボラを紹介する。
伝える心・伝えられたもの —橋仔頭製糖工場 —
宮尾 茂雄
2012年3月上旬,初めて台湾を訪れた。日程にあまり余裕はなかったが,1カ所だけ尋ねたい場所があった。台湾南部,高雄近郊にある台湾糖業博物館(Taiwan Sugar Museum)である。1902年に操業を開始した台湾最初の近代的製糖工場「橋仔頭製糖工場」は1999年その役割を終えた。現在は,敷地の一部をそのまま博物館として保存し,公開している。私が中学生の頃は台湾というとまず製糖業と教えられた。寒さの訪れとともに糖度を増すサトウキビは国内でも11〜3月が刈り取りの時期で,香川,徳島,鹿児島,沖縄などで砂糖が製造されている。台湾の製糖工場はいったいどのようなところだったのか,是非訪れたいと思っていた。