New Food Industry 2012年 11月号

リゾホスファチジン酸濃縮食品の開発に関する基礎研究

徳村 彰、井上 愛美、足立 美佳

要 旨
グリセロリゾリン脂質はグリセロール骨格と一本の長いメチレン鎖を持つシンプルな構造のリン脂質クラスの総称である。リゾリン脂質はGタンパク共役受容体への特異的結合を介して多彩な生理作用を示す。リゾホスファチジン酸(LPA)はその中心メンバーである。本稿では,LPAの消化管腔からの作用に着目し,その濃度を増加させ生体機能調節作用を高めた食品や食材の開発を目指した我々の基礎研究の成果について解説する。

清酒中の品質劣化に関わるタンパク質のリン酸カルシウムによる除去

近藤 徹弥、石原 那美、児島 雅博、福原 徹、濱口 裕昭、加藤 丈雄、伊藤 智之、松田 幹

昔から酒造りの基本は「一麹,二モト(酒母),三つくり(醪)」にあるといわれ,これらの出来不出来が清酒の品質を左右する。しかし,手間ひまをかけ,熟練した技術で醸した良質な清酒であっても,その品質を維持できなければ製品価値は大きく下がる。このため,清酒の品質を長期間維持する鮮度保持技術が非常に重要となる。
 もろみを圧搾後に得られる原酒には,米,麹菌や酵母に由来するタンパク質が残存している。残存するタンパク質は滓や濁りを引き起こし1),クレームの元となる。また,グルコアミラーゼなどの酵素の活性が残存していると,製品の着色を促進し,「甘だれ」や「生老香 (なまひねか)」と呼ばれる風香味の変質を引き起こす2, 3)。滓の生成や品質変化を防ぐため,常温で流通する一般清酒では,圧搾 (粕の除去)後,「火入れ (加熱)」,「滓下げ」,「ろ過」の工程で滓を強制的に発生させ,その滓を除去することによって,滓の原因タンパク質や変質を引き起こす酵素が除去されている (図1)。

II型糖尿病モデルマウス(KKAy)におけるD -カイロ-イノシトール (DCI)の改善効果

小山 智之、城﨑 美幸、矢澤 一良

要 旨
本報告では,II型糖尿病モデルであるKKAyマウスを用いてD-カイロ-イノシトール (DCI)の糖尿病改善作用を検討した。4週間の試験期間において,5%DCI含有飼料を摂取したマウスにおいては,糖尿病の進行に伴う血糖値の上昇ならびに,血中インスリン値の上昇が,標準飼料を摂取したマウスと比較して有意に抑制されることが確認された。この結果はKKAyマウスにおいてもDCIは糖代謝異常を改善することでインスリン抵抗性を改善し,血糖値を正常なレベルに維持する効果があることを示している。適切なDCIの摂取は,糖尿病の予防・改善に効果的だと考えられる。

慢性腎臓病(CKD)を予防するコーヒーの薬理学

鈴木 聡、岡 希太郎

慢性腎臓病(CKD)が重症化するケースを減らすため,日本腎臓学会は「CKD診療ガイド」を作り,かかりつけ医が間違いなく診療に取り組めるよう,主にタンパク尿と推算糸球体ろ過量(eGFR)の2点に絞ってCKDという新しい病名を定義した1)。CKDの重症度は,血清クレアチニン(SCr)値から計算して求めるeGFRの数値とタンパク尿の有無に基づいて診断される(表1)。そのため日常の健康診断でもSCrを測定する機会が増えている。そうして求めたeGFRをできるだけ高く保ってCKDの進行を抑えれば,元気な老後を実現できると,学会も行政も期待している。しかし,eGFRを高く保つ食生活となると,食事制限以外には示されていない。

「安全な食品のハザード分析表」を作成している理由

柳本 正勝

食品は多くのハザードを持っているけれども,有効な措置を講ずることにより安全性が保たれている。この事実は,食品に含まれているハザードの全体像を把握しておくことが食品の安全性を確保するうえの前提条件となることを示している。このような考え方に基づいて「安全な食品のハザード分析表」の作成に取り組んでいる。
 本稿では,ハザード分析表の特徴とその活用を説明することにより,ハザード分析表が食品安全分野における基礎資料になることを示す。

沖縄県産紅イモのアントシアニン色素について

山田 恭正

最近,日本人の平均寿命が延びるにしたがって一般の人々の健康に対する関心が高くなった。また,医療費の増大を抑制することが社会的な問題としてクローズアップされている。これらの状況を背景として生活習慣病の予防が必要であると認識されるようになった。そのために日常の食生活,睡眠,運動,とりわけ食生活が重要であると考えている人々が多い。ここでは,食品に含まれている成分が人間の健康に役立つような生理機能,すなわち「食品の第三次機能」を発揮すると期待される食品の一つとして赤紫系統の色素を含むカンショ(甘藷)について述べる。因みに栄養機能が「食品の第一次機能」,色,味,香など人間の感覚器に訴え,嗜好性に関わる機能が「食品の第二次機能」に分類されている。
 カンショは中南米原産のヒルガオ科の植物で学名はIpomoea batatasである。日本へは中国から,進貢船の総官をしていた野国総官(ノグニ・ソウカン)によって1605年沖縄(当時の琉球)に伝えられた。その後,島内で儀間真常(ギマ・シンジョウ)によって栽培が広められ,現在,日本各地で栽培されている。カンショは約400年間におよぶ栽培の歴史の中で,米作に適さない土壌地域において栽培可能な農作物として,また米の不作時期や戦中戦後の食糧難における救荒作物として重要な位置を占めてきた食用植物である。このような背景のもとで新品種の作出が試みられ実績を上げてきた。

ペプチドと血管力向上

小林 優多郎、松井 利郎

健康維持を補完する保健機能成分を含む食品として「特定保健用食品」が登場して以来,これまで1002品目(平成24年7月12日現在)の食品が認可を受けており,その市場規模は2011年度において5175億円に上る。消費者庁が認可している特定保健用食品の保健用途(Health-claim)は,「高血圧予防」,「血糖値の上昇抑制」,「中性脂肪・体脂肪低下」,「コレステロール低下」,「整腸」,「骨の健康維持」,「ミネラルの吸収促進」及び「歯の健康維持」である。その中でも,「高血圧予防」食品の認可数は100品目を超えており,関与成分の大半は,サーディンペプチドVal-Tyr(VY)1) をはじめとする低分子ペプチドである。ペプチドによる血圧低下作用は,昇圧系であるレニン−アンジオテンシン−アルドステロン(RA)系において主体的に血圧上昇に関わるアンジオテンシンI変換酵素(ACE)に対する阻害作用であるとされる。ACEの阻害によって昇圧ホルモンAngiotensin II(Ang II)の産生が抑制され,結果としてAng IIによる血管収縮の誘導が減弱することが期待される。他方,血圧低下ペプチドであるVY投与後の血圧低下作用とACE活性の間に相関が認められなかった2) ことから,低分子ペプチドによる血圧低下作用の発現は循環系ACE阻害作用のみでは説明することが困難である。血管などの循環系関連臓器では組織RA系が局在し,循環RA系とは独立して血圧調節機構を担っている3) ことが明らかにされつつある。実際,ジペプチドVYのラットへの経口投与によって血管(及び腎臓)RA系が持続的に抑制されること4) を考慮すると,血圧決定臓器のひとつである血管組織に対してペプチドが何らかの機能調節を果たしている可能性がある。そこで本稿では,低分子ペプチドの新たな機能,特に血管組織に対する生理作用を中心に概説する。

脂質分析と食品加工(その1)
Analysis of Lipids and Application to Food Processing (Part 1)

渡部 保夫

脂質は,細胞を構成する成分のうち,有機溶媒に溶解する物質の総称であり,トリアシルグリセロールなどの貯蔵脂質,細胞膜成分であるリン脂質や糖脂質,コレステロールなどが含まれる。トリアシルグリセロールは高度に還元された化合物であり,エネルギーの貯蔵形態として好ましいし,リン脂質・糖脂質やコレステロールは両親媒性を示し,構造内に疎水性(親油性)部分と親水性部分を持ち,水と油の境界面に局在してミセルや膜の形態で油を安定に分散させる。
 私たちの体は,60から70%を水が占めていると言われており,水系で起こる各種代謝系や水溶性栄養素などが多く,それらの研究は実施しやすく,成果の蓄積も非常に多い。一方,非水系の物質(油)に関する研究は遅れている分野であり,新規な研究シーズが隠れているかもしれない。生体内で起こる化学反応を触媒する酵素の多くは水系で機能するので,酵素を利用して脂質や油脂を非水系で加工するためには一工夫が必要であり,酵素自体の改変など検討しなければならないファクターが非常に多い。
 筆者らは,多年にわたり酵母のリン脂質の分析やリン脂質分解酵素(ホスホリパーゼ)の精製研究を行ってきた。そこで,「脂質分析について」からはじめて,これまでの研究の経緯,脂質関連酵素が利用されている脂質(油脂)加工産業の現状と問題点などについて,2回に分けて紹介したい。

アマゴ用飼料-1.成長段階別至適カロリー/タンパク質比(CP比)

酒本 秀一

アマゴはサツキマス(降海型)の河川残留型で,サツキマスはサケ目サケ科のサクラマスの亜種とされている。神奈川県西部がアマゴの分布の東限と云われており,西日本の山間部で水温の低い綺麗な水に住むサケの仲間である。場所によってアメノウオ,アメゴ,ヒラメ,エノハ他色々な名前で呼ばれる。また,銀毛化したアマゴをシラメと呼ぶ地方もある。最近は移植・放流によって本来の分布域とは違う場所での生息も確認されている。
 体型は小型であるがサケに似ており,体側の側線の上下から背部にかけて朱赤点が散在する綺麗な魚である。渓流釣りの対象魚として人気が高く,しかも美味であるので放流用や食用に養殖も行われている。
 アマゴの栄養要求はあまり詳しく調べられていない。魚の成長や飼料効率は,飼料のタンパク質や脂質の量によって規定される部分が多いことや,栄養成分の要求量は魚の成長段階によって変化することが良く知られている。よって,本試験では魚油の添加量を外割0,3,6,9および12%とした5試験飼料を用いてアマゴの成長段階別に飼育試験を行い,飼料の至適魚油添加量,カロリー量,CP比等を調べることにした。

“ガム市場”を創造した驚くべきヒット商品
−『グリーンガム』&『クールミントガム』 株式会社ロッテ −

田形 睆作

株式会社ロッテは昭和23年会社を創業し,今年で64年目である。社名は,ドイツの文豪ゲーテの名作「若きウェルテルの悩み」のヒロイン「シャルロッテ」にちなんで名づけ,誰からも愛される会社になれるようにという願いが込められている。現在では,「お口の恋人ロッテ」として親しまれ,チューインガムをはじめ,チョコレート,ビスケットなど総合菓子メーカーへと成長している。また,事業の多角化と国際化にも取り組み,国内ではロッテリア,千葉ロッテマリーンズ,ホカロンなど多様な産業分野への多角化を進める一方,東南アジアを中心に事業の国際化を進めている。また,韓国のロッテグループでは食品事業をはじめ幅広い分野に着実な成長を続けている。現在,国内,海外を含めグローバルな企業グループへと邁進している。

“薬膳”の知恵(71)

荒 勝俊

都市化,工業化の進展により,環境が悪化し,発癌物質となる可能性の有る物質が増えてきた。更に,食生活の欧米化に伴って,日本人の死因の第一位は癌が占める様になった。
 現代医学において,癌は局部組織器官の疾病と考えられている。一方,中医学においては,癌は身体の気・血・津液バランスや陰陽バランスが崩れ,それが原因となって生体の歪みが局所に生じた疾病と考えられている。従って,中医学における癌に対する対処方法は,身体の全体の歪みを改善し,癌発生条件の解消を促す事が主に行われる。
 癌になる要因としては,高年齢化,環境の悪化,食生活の乱れ,ストレスの長期化,免疫機能の低下,喫煙,など様々ではあるが,総合的に癌になる原因の50%は普段の食生活に有ると言われている。1990年以降,アメリカにおいて癌罹患率が減少しはじめた。この鍵となったのが,アメリカが国家を挙げて行った癌予防が期待できる化学物質を含む食品(デザイナーズフーズ)のリスト作成であった。1日5皿以上の野菜や果実の摂取を奨励し,禁煙を進めた結果と考えられている。
 中医学では人体を一つの有機的統一体と考え,人体の構成要素である気・血・津液のバランスを改善させる事でその人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整え,新陳代謝を改善し,食生活を正常化する事で改善できると考えており,癌予防にもつながる考え方である。

築地市場魚貝辞典(シシャモ)

山田 和彦

厳しい暑さもようやくひと段落して,風も心なしか涼しさを取り戻してくる頃,築地市場のなかにもトンボが群れ飛ぶことがある。あわただしく出入りするトラックやターレットの間を飛んでいるのを見ていると,いつもの築地ではないような錯覚を覚える。東京の真ん中でも,まだトンボがいるんだなぁと感心しながら市場の中へ。初物のサンマやサケが並ぶようになり,いよいよ秋である。
今回は秋の魚,シシャモを紹介する。