New Food Industry 2012年 9月号
特 集 カンキツ類等,果物による生活習慣病の予防効果
果物摂取とメタボリックシンドローム予防
杉浦 実
近年,柑橘類をはじめとする果物が有する生体調節機能について様々な研究結果が報告されている。果物にはエネルギー源となる糖質以外にも,ビタミン・ミネラル・食物繊維が豊富に含まれ,更には,近年その生理機能が明らかになってきているカロテノイドやフラボノイド類等の植物性二次代謝産物も豊富に含まれている。このような果物の摂取は,野菜と同じくらいにがんや心臓病などの生活習慣病の予防に有効であることが,近年の疫学研究により明らかにされてきた。しかしながら,まだ日本国内では健康のために果物を食べるという認識は定着しておらず,逆に果物は糖分が多いという誤解から肥満・高脂血症や糖尿病の危険因子と捉えられることが多く,このような誤解は医療従事者にもみられる。本稿では,近年明らかになりつつある果物による生活習慣病の予防効果,特にメタボリックシンドロームとの関連について紹介したい。
β-クリプトキサンチンを応用した生活習慣病予防
西野 輔翼
生活習慣病は今や発展途上国も含めてグローバルに増加の一途をたどっており,もはや先進国のみの問題ではなくなっている。したがって,その予防はますます重要性が高くなってきている。
がんに関しても,遺伝的なものを除けば大部分が生活習慣病として捉えることができると言われており,やはり増加し続けている。すなわちがんの原因の中で,食事と喫煙が最大のものであると考えられており,この2つで約2 / 3を占めていると推定されている。(もちろん,生活習慣病と捉える事は出来ないがんもあるわけで,当然それらは別個に論じるべきである。)
喫煙はやめれば良いわけであるが,食事に関しては,何も食べなければ生命を保持できなくなるわけであり,話は複雑である。したがって,適切な対策方法を確立するためには総合的な知恵を絞る必要がある。
興味深い点は,上述したようにがんの原因として「食」を捉えることが出来る一方で,その逆の捉え方(すなわち,がんのリスクを低減するものとしての「食」の捉え方)も出来る,ということである。
本稿では,このような社会的背景やがんの特性を理解した上で,この分野における研究の一つのモデルとして,主として「がんのリスクを低減する食品成分としてのβ-クリプトキサンチン」にフォーカスして述べ,さらに他の色々な生活習慣病のリスク低減対策へのβ-クリプトキサンチンの応用の可能性についても言及する。
カンキツ類の保健作用
芳野 恭士
カンキツ類は,ミカン科 (Rutaceae) ミカン亜科 (Aurantioideae) のカンキツ属 (Citrus),キンカン属 (Fortunella)およびカラタチ属 (Poncirus) の常緑高木と低木の果樹とその果実の総称である1)。食用に用いられているのはカンキツ属とキンカン属の一部であり,その果実は生で食べるほか,果汁が飲料として,また果皮の精油が香料として利用されている。カンキツ類は国内で生産される主要な果実であり,静岡県はその主要産地の一つである。しかし,その生産量は漸減しており,主要なウンシュウミカン (Citrus unshiu) の農林水産省の統計情報による全国出荷量は,平成12年には156万tであったのに対し平成22年は79万tとなっている。
ところで,近年,動脈硬化性疾患や糖尿病等の生活習慣病,がん,アレルギー性疾患といった疾病の増加が社会問題となっている。動脈硬化性疾患やがんの原因としては,糖尿病や高脂血症,高コレステロール血症,喫煙などが挙げられ,このような生活習慣に関連する疾病の予防に食品の保健作用を利用することへの関心が高まりつつある。カンキツ類は,中国において伝統的医薬として用いられており2),トウヒ,チンピ,キジツなどの生薬が知られている。また,カンキツ類の保健作用については,これまでに多くの報告が行われてきた。そこで,ここではカンキツ類の保健作用について,著者のこれまでの研究成果を含めて概説する。なお,この報告の一部は,著者が東海大学開発工学部古賀邦正教授,静岡県農林技術研究所杉山和美氏および株式会社山信とともに行った共同研究の成果を含むものである。
ドクダミの抗肥満作用
宮田 光義
近年,不規則な食生活や運動不足により肥満者が増加している。厚生労働省が実施した平成22年度の国民健康栄養調査によると,日本の成人の約4人に1人が肥満であるとされる1)。肥満,特に内臓脂肪型肥満は脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインと呼ばれる生理活性物質の分泌バランスを崩壊させ,これがメタボリックシンドローム発症の引き金となる2, 3)。さらに,その症状が悪化すると,動脈硬化性疾患の発症リスクが高まるため4−7),肥満を予防・改善することが非常に重要である。そこで,肥満を予防・改善する食品素材の探索を行ったところ,ドクダミにその作用を見出すことができた。
ドクダミ(Houttuynia cordata Thunb.)は,ドクダミ科ドクダミ属の植物で,日本,中国,韓国の東アジアに広く分布している。ドクダミを天日干ししたものを十薬(重薬)といい,伝統的な民間薬として用いられてきた。効能としては,利尿作用,抗菌作用,解毒作用がある8)。ドクダミにはクエルセチン,イソクエルセチン,ルチン等のフラボノイド9)や,アリストラクタムB,ノルセファラジオンB,スペンディジン等のアルカロイドが含まれていることが報告されている10)。また,ドクダミの生理活性作用としては,抗酸化作用11),抗ウイルス作用12),抗菌作用13),血圧低下作用14),抗炎症作用15, 16)が報告されている。このようにドクダミは古くからよく知られている植物であり,さまざまな生理活性に関する研究が行われてきたが,抗肥満作用に関する報告はされていなかった。我々は,in vitroではなく,マウスを用いたin vivoのスクリーニングを行うことで,ドクダミに中性脂肪(TG)吸収抑制作用という新たな機能性の発見に成功した。
そこで,今回はドクダミのTG吸収抑制作用,その作用メカニズムと活性成分,抗肥満作用について報告する。
人体への寄生虫感染を警戒すべき食材(8)−棘口吸虫類の感染源となりうるもの−
牧 純、関谷 洋志、玉井 栄治、坂上 宏
Summary
Jun Maki 1), Hiroshi Sekiya 1), Eiji Tamai1) and Hiroshi Sakagami2)
1) Department of Infectious Diseases, College of Pharmaceutical Sciences, Matsuyama University
2) Division of Pharmacology, Department of Diagnostic and Therapeutic Sciences, Meikai University School of Dentistry:Food that needs precautionary awareness for the infection in human body---Prevention from the infection with echinostomes, Echinostoma spp.
This paper describes the infection of man with Echinostoma spp. in Japan. When a kind of fresh-water fish called loach (Misgurmus anguillicaudatus) and frogs harboring the infective larvae are ingested by man and animals such as dogs and rats, they will grow to adult worms in the intestine of the host. The life cycle of this parasite is thought to be maintained in nature with the first intermediate host (fresh-water snails, Lymnaea ollula and L.japonica), the second intermediate host (loaches and frogs) and the final host (dogs and rats). When man happens to get infected with the parasite following the ingestion of raw loaches and frogs the patient suffers from heavy aches of abdomen, diarrhea, nausea, vomiting, high fever and so on. Although it is rare nowadays, we have to be watchful and careful not to be infected. Praziquantel is recommended for the elimination of the adult worms in the intestine. It is absolutely true that we should not eat the loach and frogs raw.
要約
現代の日本で,ドジョウやカエルの生食で感染する重要な寄生虫のなかには棘口吸虫類Echinostoma spp.と呼ばれる吸虫類がいる。その感染予防(一次予防)のためには,これまでの情報と知見を収集整理しておくことが極めて大切である。本虫成虫はイヌ,イタチ,ネズミまたはヒトの小腸に寄生し,その糞便中に虫卵を排出する。その虫卵由来の幼虫は第一段階の宿主(いわゆる第一中間宿主)であるモノアラガイ,ヒメモノアラガイを経て第二中間宿主のドジョウ,カエルなどでヒトへの感染が可能な幼虫となる。ドジョウ等の生食(柳川鍋のように完全熱処理しているものは全く問題がない)でヒトの口から入ったこの幼虫はヒトの小腸で成虫となることによりその生活史を完結する。感染患者には,激しい腹痛,下痢,悪心,嘔吐,発熱などの厄介な症状をもたらす。上記の生食の有無とこれらの症状を診断の医師に伝えることが二次予防のポイントとなる。有効であると期待される治療薬はプラジカンテルであるが,上記の生食を慎むことが第一に大切なことである。
烏骨鶏卵に含まれる抗酸化成分
豊﨑 俊幸
烏骨鶏は中国の文献には古くから登場し,宋代(11世紀)に著された「物類相感志」にある「烏骨鶏の舌黒き物は骨黒し」というのが最古とされている。また,イタリアのマルコポーロによる東方見聞録に,羽毛が絹糸状であることから英名では 「Silky」(シルキー)と名づけられた鶏である。
東南アジア地域では,烏骨鶏は“薬用鶏”として古くから漢方薬の材料として珍重され,多くの人々が利用しているのが現状である。日本でも近年,健康ブームがエスカレートし,様々な食品が市販される中で,烏骨鶏卵も注目され,烏骨鶏卵を利用した様々な調理・加工食品が市場を賑わしているのが現状である。いっぽう,欧米やヨーロッパ諸国では,烏骨鶏卵はほとんど食卓に登場せず,摂食されている卵のほとんどは鶏卵であり,烏骨鶏卵を摂食する機会がほとんどないことから,烏骨鶏卵の研究もほとんど行われていないのが現状である。すなわち,欧米やヨーロッパ諸国では烏骨鶏卵は未知なる卵であると言っても過言ではない。
ところで,筆者は烏骨鶏卵に関して,栄養特性,調理方法の構築さらには食文化などの興味ある情報あるいは知見を報告してきた1-5)。詳細については文献を一読していただきたい。ここでは,すでに明らかとしている烏骨鶏卵のもつ優れた栄養特性のひとつとして,抗酸化効果を有していることを報告しているが3-5),残念ながら抗酸化成分の正体については不明であった。そこで,筆者は抗酸化成分の正体を明らかにすべく研究を遂行してきた結果,ようやくその成分を突き止めた6)。本稿では抗酸化成分の分離・精製を試みた内容について述べる。
ヒメマスのグアニン量
酒本 秀一、佐藤 達朗
ヒメマスはチップとも呼ばれ,ベニザケの湖沼残留型(陸封型)で降海型のベニザケと同一種である。ヒメマスは北海道の阿寒湖とチミケップ湖が原産で,日本中の60余りの湖に移植されたが,現在では中部地方以北の23の湖に根付いており,中禅寺湖もその一つである。最大で50cm前後まで成長するのに,動物プランクトンのボスミナ類,ミジンコ類,ユスリカ幼虫,ワカサギなどの小型動物を食べている様である。姿形の美しさや美味なことから釣り人に人気が高いだけでなく,内水面漁業資源としても重要な冷水性の淡水魚である。
天然魚のみでは釣り向けの放流用や食用の需要を賄い切れないので,養殖も行われている。養殖魚と天然魚では外観に幾つかの違いが有るが,そのなかでも体表の色に大きな相違が認められる。養殖魚は天然魚に比べて体表がややくすんだ色をしていて,銀白色が弱い。一方,天然魚は光り輝くような銀白色をしている。この違いはメラニンの蓄積によるだけでなく,グアニン量も関係しているものと思われる。
グアニンは別名2-アミノヒポキサンチンとも云われ,分子式がC5H5N5Oのプリン塩基で,魚類の銀白色部位を構成する主要成分である。
魚の体色は皮膚にある色素胞と呼ばれる色素細胞の働きによって発現する。色素胞は一層の限界膜に囲まれた細胞内小器官であるクロマトソームを持ち,それに含まれる色素物質の呈する色によって黒色素胞,赤色素胞,黄色素胞,青色素胞,白色素胞,虹色素胞の6種類に分類されている1)。
伝える心・伝えたいもの —水田跡遺跡を訪ねて —
宮尾 茂雄
2011年11月上旬,大阪を訪れた。夜のテレビニュースで,奈良県御所(ごせ)市にある京奈和高速道路のインターチェンジ建設予定地から発掘された弥生時代前期の水田跡遺跡現地説明会がその日行われたことを伝えていた。広い工事現場にはチョークのような白い線で囲まれた小さな長方形の水田跡が何十と規則的に並び,その上を跨ぐように置かれた木道を歩く見学者の姿が映し出されていて壮観だった。幸い翌日の午前中は予定がなかったので,朝早く宿舎を出発して水田跡を訪ねることにした。
漬物市場にブランドマーケティングを導入した驚くべきヒット食品
−『きゅうりのキューちゃん』東海漬物株式会社 −
田形 睆作
東海漬物株式会社は昭和16年(1941年)9月に設立,包装漬物を主体とした製造・販売を現在まで営んでいる。最初に経営の柱になった商品は昭和37年(1962年)に発売を開始した『きゅうりのキューちゃん』である。漬物市場に初めてブランドを導入し,昭和38年にはマーケティング手法としてテレビ宣伝を積極的に放映した。テレビ宣伝の内容も熟慮され,人気上昇中の坂本九をCMキャラクターに起用し,爆発的に売れた。
今年で発売を開始してから50年になる。まさしくロングヒット商品に育った。第二の経営の柱になった商品は平成16年に発売された『こくうま』キムチである。『こくうま』キムチは本誌の昨年8月号に記述したので参考にしていただきたい1)。
築地市場魚貝辞典(イワナ)
山田 和彦
青い空に入道雲。都会でも夏は暑い。いや,都心の暑さは尋常ではない。ヒートアイランド現象なる言葉も耳慣れたような気がする。晴海通りを歩いて築地市場へ歩くときも,できるだけ木陰をえらんでしまう。海幸橋門を出たところにある波除神社は,狭いながらも木立があって涼しげである。ちょっと寄り道して中に入ると,外の景色が白熱しているように見える。涼んでいるつもりが,大銀杏のセミが鳴き始めた。さて場内へ足を進めることにしよう。今回も夏の魚,イワナを紹介する。
“薬膳”の知恵(70)
荒 勝俊
最近,中国においても食生活のリズムの乱れや劣質化,ストレスによる自律神経の失調,塩分の過剰摂取,により高血圧の状態を訴える人が増加している。高血圧とは,血圧が拡張期血圧90以上,収縮期血圧140以上と,正常範囲を超えて高い状態を言う。高血圧状態が続くと虚血性心疾患や,脳卒中,腎不全などの発症リスクが高くなるので,日頃からの予防が重要となる。高血圧の原因は複雑で,両親から受け継いだ遺伝的な部分に加えて,成長過程や,加齢プロセスにおける食事,ストレスなどの様々な生活習慣が複雑に絡みあって生じる。
中医学的診断によれば,高血圧は食生活のリズムの乱れや劣質化,ストレスによる自律神経の失調,塩分の過剰摂取,に加えて情志失調,中枢神経と内分泌体液調節機能失調によって起こる動脈血圧の昇高するものと考えている。「肝陽上亢」「肝風」「肝腎虚損」などの疾患に属し,心臓や脳,血管の病気という事で“眩暈・頭痛”の範疇として考えられている。
中医学では人体を一つの有機的統一体と考え,人体の構成要素である気・血・津液のバランスを改善させる事でその人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整え,新陳代謝を改善し,食生活を正常化する事で改善できると考えている。
そこで,中医学の基礎概念である陰陽五行学説に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作った“薬膳料理”を食す事で人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整える事で高血圧に対して改善できると考えている。