New Food Industry 2012年 7月号
乳酸菌が産生するポリリン酸による腸管保護作用
瀬川 修一
ヒトの腸管には多くの腸内細菌が存在しており,バランスの取れた腸内細菌叢の形成は宿主であるヒトに多くの健康効果をもたらすことが報告されている。とりわけ,乳酸菌などのプロバイオティクスはディフェンシンなどの抗菌物質の産生促進,腸管免疫系の調節作用および腸管のバリア機能の増強などの効果を発揮することが既に知られている1-3)。プロバイオティクスによるこれらの効果はそれが産生する生理活性物質によってもたらされると考えられるが,現状では,そのような生理活性物質に関する報告は非常に少ない。これまでに,Bacillus subtilisが産生するペンタペプチドが腸管上皮細胞においてp38 MAPKとAktシグナルを活性化することにより細胞保護作用を発揮すること4),Lactobacillus rhamnosus GGが産生する可溶性タンパク質のp75およびp40がAktシグナルを活性化することで炎症性サイトカインにより誘発される腸管上皮細胞のアポトーシスを抑制することが報告されている5)。
我々は既にサッポロビール社により分離されたLactobacillus brevis SBC8803株の加熱殺菌菌体がマウスの小腸を用いた実験により細胞保護作用を有する誘導性熱ショックタンパク質の発現を誘導し,小腸への酸化ストレスによる腸管バリア機能の低下を抑制することを既に報告した6)。そこで,我々はプロバイオティクスによる腸管保護作用に着目し,L. brevis SBC8803株の培養液から生理活性物質を分離・精製し,その化合物を明らかにすることを目的として研究を行った。
亜鉛-プロトポルフィリン:安全な食肉色素開発のための基礎的研究
竹谷 茂、CHAU Tuan Thanh
食肉製品にとって肉の色は食欲が増すと言う意味で,大変重要な因子である。肉や肉加工品での赤味は,ミオグロビン,ヘモグロビンやチトクロームの他,骨髄中のヘム蛋白質に由来する。その中でもミオグロビンは肉色素の主成分である。この自然色を保つために,動物の屠殺後の保存方法,期間や加工方法について種々の研究がなされて来た。結局,ミオグロビンの生色を保つためには,何らかの化合物を用いてミオグロビン内の鉄に配位させて,酸素付加を妨害する方法が取られている。デオキシミオグロビンの鉄は二価で鮮やかな赤紫色を呈するが,酸素が付加することでオキシミオグロビンになって赤色に変わり,さらに酸化が進むとメトミオグロビンの茶褐色を呈するようになる。また,ミオグロビンはCO, CO2, NO2等のガスと反応しても安定な赤黒色になることが知られており,スモークした肉加工品のくすんだ色はカルボキシミオグロビンの色である。普通一般にハムと言われるものはボヘミア系ハムと言われる物でニトロソミオグロビンが主な色素源である。ニトロソミオグロビンは安定で,NOが加熱下でミオグロビンに配位して生成される。食肉加工時の加熱と亜硝酸塩処理は,明るい赤色をもたらすのみならずバクテリアの繁殖を防ぐ効果ももたらすが,一方,発癌物質ニトロソアミンが加熱によって生じる危険性があり,消費者にとって食の安全性から疑問視されている1,2)。一方,生ハムと呼ばれる肉加工品の赤色は亜鉛−プロトポルフィリン(Zn-PP)である。Zn-PPを主成分とする生ハムは天然物質であることも手伝って安全な食品と言える。しかし,その生産には長い時間を必要としてヘム中の金属中心の生成の過程は謎であり,Zn-PPの生産の促進や関連性のある色素化合物の生成などの種々の研究がなされて来た。
ホタテガイ中腸腺からのカドミウム除去方法の開発
齊藤 貴之、中居 久明
青森県におけるホタテガイ(Patinopecten yessoensis)の生産量は,8~10万トン/年であり,生産額は100億円/年である1 - 2)。また,青森県のホタテガイは,養殖が95%で,加工による出荷が80%以上となっている。ホタテガイで食用となるのは貝柱であり,その他は廃棄物となる。加工に伴う廃棄物は,貝殻5万トン/年,内臓系廃棄物3万トン/年であり,生産量の約80%が廃棄物となっている。廃棄物の中で,図1に示す中腸腺はEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)など有価物を豊富に含み,その潜在的価値は非常に高い。しかしながら,高濃度のカドミウム(乾燥重量当り最大100 ppm)も蓄積しているため有効利用されず,青森県では全量が焼却廃棄処分されているのが現状である。廃棄される中腸腺は約8,000トン/年であり,処理費用は約3億円/年にも達する。近年の燃料費高騰に伴う処理費用の増大は,ホタテガイ生産の利益を押し下げており,中腸腺の有用利用法の開発が望まれている。
中腸腺の有効利用法の開発では,作田ら3 - 4)は硫酸処理により中腸腺のカドミウムイオンを溶出させ,電解処理によりカドミウムを回収する方法を開発した(電解法)。電解法は連続的にカドミウム除去できる画期的な方法で,大型装置で中腸腺を大量処理できる特徴があり,北海道では実用化もされた。一方で,電極にホタテガイの脂肪成分などの有機物が付着したり,処理中に有用成分が消失したりするなどの問題から,処理装置は継続して稼働することがなかった。また,北海道に比べ生産量が1/4程度の青森県では,漁港毎に小規模に処理する場合が想定されるため,電解法は電力を多大に消費することから不向きであった。
フォトセンサと画像処理技術を活用したエダマメ用高精度選別機械の開発
片平 光彦,張 樹槐,田村 晃,大泉 隆弘,夏賀 元康
エダマメの生産は,播種作業や防除作業を中心に大豆用機械の利用が進み,作業能率の改善や湿害回避による収量の増加が顕著である。その一方で,エダマメの作業体系では,中耕作業や収穫調製作業での作業能率が低く,栽培面積の拡大による収益増加が困難な現状にある。これに対し,中耕作業では,作業能率がロータリカルチベータの1.7〜1.9倍に改善するディスク式中耕機が開発されるなど,課題の解決が図られている1)。収穫作業では,エダマメ株の抜き取りを行う歩行収穫機や収穫脱莢を同時に行うエダマメハーベスタの開発が進み,中耕作業と同様に作業能率の改善が進んでいる2)。
中耕と収穫作業の高能率化が進む一方で,エダマメの調製作業は脱莢,洗浄,粗選別,精選別,袋詰めの各作業が個別に行われている。エダマメは,収穫直後から糖やグルタミン酸の低下が始まるため,これらの調製作業を迅速に行う必要がある。しかし,精選別作業は人手で莢の傷害や子実の熟度を確認しながら良品と不良品に分類するため,作業時間が10aあたり48時間と調製作業の中で最も長く,早期予冷による品質保持に大きな障害となっている。精選別作業の能率を高めるには,高能率な選別機の導入が不可欠であるが,エダマメ用の選別機開発は,これまで画像処理を用いた選別機3-4)やエダマメの全面撮像5)などの選別手法を中心とした研究段階に止まっており,生産現地への普及が進んでいない。その理由として,エダマメは果樹や果菜類と異なり等級数が少なく,明確な選別項目や選別基準が示されていないため,機械選別に必要な傷害の類型化や定量化が明らかになっていない。
そこで,本報は選別時間が現在の約20%に相当する10aあたり8時間,選別率が0.6以下となるエダマメ選別機を開発するため,以下の研究を行った。最初に,エダマメの選別基準を明確にするため,エダマメに発生した機械的損傷を類型化し,消費者に対するアンケート調査から選別が必要な傷害とその程度を明らかにした。次いで,前記したエダマメの選別基準と画像処理による傷害検出方法,および透過画像を利用した子実熟度検出方法6)を用いたエダマメ選別機を試作し,作業能率と選別精度を調査した。最後に,試作機を改良した実用規模のエダマメ選別機を開発し,生産現地で作業能率と選別精度を調査した。
もち麦を用いたγアミノ酪酸の高生産技術(その2)
Method for Producing Extracts Containing a High Concentration of γ-amino Butyric Acid (GABA) with Bran of Mochi Barley
渡部 保夫
いろいろな効能をもついろいろな機能性保健食品が開発されてきたが,これからも機能性食品の産業は発展し続けるであろうし,新規な機能性物質の探索も大学や公設研究所などで活発に行われており,新たな機能性食品も生まれてくるであろう。
一方で,特定の機能性物質を含有する,あるいは強化した食品をいろいろな食材を使って開発して,より一層利用しやすくするアプローチも重要であると考える。筆者は,これまで,血圧上昇抑制作用1, 2)や腎臓機能改善作用3),成長ホルモン分泌促進4),精神安定化,リラックス作用5)が期待され,特定保健用食品おいても既に利用されている機能性物質であるγ-アミノ酪酸(GABA)を,いろいろな食材で製造する研究を行ってきた。麦類でのGABA生産については,従来から行われてきたが,前報で示したように筆者らのモチ麦を用いた方法は,非常に効率がよく,高い収量を達成できた6, 7)。現在,GABAモチ麦粉を用いて新しい商品の開発が検討されている。この機能性食材(大麦類のモチ麦)の場合,GABAの効能に加え,β-グルカン(食物繊維)8, 9)とアントシアン(抗酸化物質)の機能を併せ持っていることは,保健・健康に寄与できる新規な食材として大いに期待される。
前報の研究でGABA製造に用いたモチ麦は,精白処理をした精麦モチ麦「粒」であったが6, 7),精白処理で生じる残渣である「ヌカ」にもGABAを生産する活性が含まれることが容易に推察できる。そこで「モチ麦ヌカ」を用いてGABAエキス(液体製品)を製造したので,研究内容を紹介したい。ここで, GABAやモチ麦については,前報7)を参考にしていただきたい。本研究の一部は別に学術論文にまとめているので参照していただきたい12)。
人体への寄生虫感染を警戒すべき食材(7)−無鉤条虫の感染源となりうるもの−
牧 純、関谷 洋志、渡辺 真衣、玉井 栄治、坂上 宏
Summary
Jun Maki 1), Hiroshi Sekiya 1), Mai Watanabe1), Eiji Tamai1) and Hiroshi Sakagami2)
1) Department of Infectious Diseases, College of Pharmaceutical Sciences, Matsuyama University
2) Division of Pharmacology, Department of Diagnostic and Therapeutic Sciences, Meikai University School of Dentistry:Food that needs precautionary awareness for the infection in human body---Prevention from the infection with the beef tapeworm, Taenia saginata.
This paper describes the infection of man with the beef tapeworm, Taenia saginata (Taeniarhynchus saginatus). Through the ingestion of raw beef including the rare steak, man gets infected with the larval cestode that becomes the adult worm in the intestine. The adult worm has their segments split and excreted out of the anus. The segment contains eggs, which are often detected on the perianal skin. The excreted segments on the grass containing eggs are ingested by grazing cows and oxen where the hatched larvae parasitize in the muscles. These larvae are infective to man. Thus, the life cycle of this parasite is maintained in the intermediate hosts (the cow and ox) and the final host (man). Although it is nowadays rare for the life cycle to be maintained in Japan, we have to be watchful and careful not to be infected following eating raw beef imported from the poorly hygienic areas. This attention belongs to the first prevention of the infectious disease. The second one is to recognize the syndromes such as the aches of the abdomen and diarrhea. The infected patients are advised to look at the segments moving on the surface of the feces excreted. These findings and notice, together with the specimen submitted to the clinician, will lead to the identification of the parasite. Chemotherapeutic strategy has nowadays been established. Praziquantel is highly effective in the elimination of the parasites.
要約
衛生状態の芳しくないとされる国々のみならず,現代の日本においても牛肉の生食により大きな条虫(真田虫,サナダムシ)の1種,無鉤条虫に感染することがある。この条虫はヒトの腸管で成虫になると,数メートルどころか,時に10メートルにも達する。内部に虫卵を含む虫体の一部が肛門より排出され,牧草を食むウシ(これが中間宿主)に入って,筋肉内で幼虫となる。このような牛肉をヒトが生食すると感染し,腸管の中で成虫となる。この一部(いわゆる体節)が,毎日のように肛門でちぎれて排出される。このような生活誌を考えると,感染の一次予防には牛肉の生食を慎むことが絶対的に重要である。牛肉の生食歴と肛門よりちぎり出た体節の様子(糞塊上で動いている)を担当医に伝え,出来ればその体節を持参することが二次予防(早期発見,早期治療)の要となる。駆虫薬には現在では優れた効果のあるプラジカンテルが投与される。
ニジマスでFlavobacterium属細菌の被害を軽減する方法-2
酒本 秀一
前報1)においてニジマスの鰭欠損症の発生に及ぼす要因として飼育密度と通水量を検討し,以下の結果を得た。
飼育密度:飼育密度が高いほど鰭欠損症の発生率が高く,その症状も重い。また,高密度になるほど飼料成分の魚体蓄積率が低くなり,その結果として魚の成長と飼料効率が悪くなる。更に,高密度になるほど体表が黒っぽくなる。鰭欠損症は稚魚でも成魚でも発症,悪化する。
通水量:通水量が多くなるに従って鰭欠損症の発生率が低くなり,その症状も軽くなる。また,通水量が多い区の方が飼料成分の魚体蓄積率が高くなり,その結果として魚の成長と飼料効率が良くなる。
本試験では上記の要因以外に鰭欠損症の発生に影響を及ぼす可能性がある給餌率と魚の系統について検討した。
冷凍食品市場に新カテゴリーを創造した驚くべきヒット食品
−『大きな大きな焼きおにぎり』日本水産株式会社 −
田形 睆作
日本水産株式会社(以後,ニッスイと記載)は1911年(明治44年),前身の田村汽船漁業部が下関でトロール漁業を始めて以来,2011年で創業100周年を迎えた。ニッスイは「海洋資源は世界至る処でこれを求め,できるだけ新鮮な状態で貯え,世界市場にいわば水道の鉄管を引き,需要に応じて市価の調整を図りつつこれを配給する。水産物も配給上の無駄を排してできるだけ安価に配給を図り,その間一切不当な利益を要求すべきではない」という思いを創業以来,継承してきた。
ニッスイは,この創業時の志を未来へ発信するために,「日本水産百年史」,「日本水産魚譜」を刊行し,「ニッスイパイオニア館」を開設した。また,次の100年を支える研究開発拠点として,八王子に「東京イノベーションセンター」を設立した。2011年3月末現在で資本金237億円,主な事業は水産事業,食品事業,ファイン事業,物流事業の4事業からなる。2011年度の売上高は,5380億円,営業利益は95億円であった。また,従業員は11,172人(連結)である。今回紹介する『大きな大きな焼きおにぎり』は食品事業のなかで冷凍食品のロングセラー商品である。
多糖類ハイドロゲルの熱的及びレオロジー的性質に影響を与える架橋領域を考察する(2)
渡瀬 峰男
前号からのつづき
(1)アガロース(AG)ゲルの融解温度Tm(○ 印),吸熱エンタルピー ΔH(● 印)および動的粘弾性E’と重量平均分子量Mwの関係,測定結果
築地市場魚貝辞典(イサキ)
山田 和彦
梅雨というと,6月。五月晴れの日々が終わり,真夏の焼け付く太陽が顔を出す前のことと思っていた。ところが今年はゴールデンウイーク前から雨の日が多いような気がする。梅雨の築地市場。大屋根がかかっているので,仲卸店舗を歩くのには苦労しない。ただ湿気は屋根だけでは防げないので,長い通路を歩き回って魚を見ていると汗ばんでくる。大きなマグロを乗せた大八車を弾いている人は,玉の汗。ご苦労様である。真夏の場内も暑いには厚いが,やはり梅雨時がいちばん不快指数が高いように思う。食品衛生上も気を使う日々が続く。そんなうっとうしい時期には,さっぱりした魚がお勧めである。今回はイサキを紹介する。
“薬膳”の知恵(68)
荒 勝俊
最近,中国においても食生活のリズムの乱れや劣質化によって肥満が増えている。体質によって太る理由は様々だが,中医学的には4つのタイプに分かれる。
中医学的には,ダイエットは個人個人の体質を見極め,中医学の理論に基づき身体のバランスを整えることで行われている。我々の体は本来,その人の一番理想的なバランスを自然に保つ様にできており,生活の乱れやストレスによって,そのバランスが崩れてくると,気・血・水の流れが悪くなり,余分な物が体内に溜まって太ると考えている。中医学におけるダイエットの考え方は,体重を減らすのではなく,体のバランスを整えることを目的とする。
中医学では人体を一つの有機的統一体と考え,人体の構成要素である気・血・津液のバランスを改善させる事でその人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整え,無理の無い自然なダイエットが可能と考えている。
そこで,中医学の基礎概念である陰陽五行学説に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作った“薬膳料理”を食す事で人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整える事で自然とダイエット効果が得られると考えている。