New Food Industry 2012年 5月号
−地域の食資源から抗酸化作用と生理機能の探索−
ツルアラメの抗糖尿病作用と抗酸化作用
岩井 邦久
生活習慣病には様々な慢性的疾患があるが,そのほとんどには生体内で過剰に発生した活性酸素種による細胞の酸化傷害が遠因になっていることが明らかにされつつある1)。そのため,食品が持つ生体調節機能の中でも抗酸化作用が注目され,酸化傷害を抑制し得る抗酸化物質や抗酸化成分を豊富に含む食品が消費者の関心の的ともなっている。即ち,活性酸素やフリーラジカルに抵抗するために,抗酸化成分を積極的に摂取し,体内の抗酸化活性を高めようという考えである。そこで,我々はこれまでに抗酸化活性を指標として地域の食資源をスクリーニングし,抗酸化性に優れた食材を見出し,さらにそれらから生活習慣病の予防に有益な生理作用をいくつか明らかにしてきた2−4)。
糖尿病に関しては,患者数の増加が著しいだけでなく,肥満を伴ったインスリン非依存型糖尿病が多く,それも若年層で増加していることが危惧されている。このインスリン非依存型糖尿病の一次予防や改善には,適切な食事習慣と運動が重要であることが認識されている。食物摂取は血糖レベルと密接に関連しているため,糖尿病が疑われる高血糖者において症状の悪化を防ぐためには,過食により引き起こされる高血糖を抑制することが重要であると考えられている。そこで,血糖レベルをコントロールする手段の一つとしてα-グルコシダーゼ阻害薬が用いられているが,食品成分からもいくつかの天然化合物にα-グルコシダーゼ阻害活性が見つかっており,血糖をコントロールする機能性食品として利用されている5)。
糖尿病を予防するコーヒーの薬理学
鈴木 聡、岡 希太郎
2型糖尿病(以下,単に糖尿病)は生活習慣病の代表と言える疾患で,予備軍まで含めると,実に1千万人を超える人数が何らかの対策を強いられている。血糖値が高めでも直ちに死につながる病気ではないが,放置すると重大な合併症を発症し,透析導入や心筋梗塞リスクを高めることになる。医療費高騰に及ぼす影響も無視できない。
図1は,疾患に対する薬剤貢献度と患者満足度の関係を示した政策研資料である(本誌 Vol.53, No.9, p27を参照)。合併症のない糖尿病の患者満足度は比較的高いのだが,腎症,神経障害,網膜症などの合併症に対しては,誰にでも有効な治療法はない(図1の左下)。即ち,健康人の糖尿病対策としては,何と言っても予防が肝心で,それでも食後血糖やHbA1cの高値を認めたら,生活習慣の改善に努めなければならない。
このような状況下で,コーヒー飲用が糖尿病を予防するという疫学調査のインパクトは実に大きいものであった。しかし,コーヒー成分の何がどう効くのかとなると,研究者の意見はまちまちである。筆者は2007年に,コーヒーが糖尿病を予防する薬理学について総説論文を書いたが1),その後の薬理学の進展についてはまとめられていない。そこで本稿に最近の論文情報をまとめることとする。
野生種エンサイ(空芯菜)の機能性食品素材としての可能性
-抗酸化作用・抗炎症作用-
江頭 祐嘉合、平井 静、高垣 美智子、渡部 慎平、石淵 豊人
エンサイ(別名;ヨウサイ,学名; Ipomoea aquatica Forsk)は熱帯アジア原産のヒルガオ科サツマイモ属の夏野菜で,中国や東南アジアで広く利用されている。茎の中心部が空洞なので空芯菜とも呼ばれる(図1)。インドネシアではカンクンと呼ばれ,日常炒め物として調理され食されている一方で,鼻出血,便秘,胃腸疾患の民間薬としても用いられている1)。
エンサイは畑作だけではなく,水田栽培,河川栽培も可能な水生植物であり,培養液の吸収能力が高く,生育が早いという特長がある。さらに水質浄化能力があることも報告されている2)。また冬になれば枯れるため雑草化の心配もない。エンサイには茎の色が異なる2系統(青軸,赤軸)が存在する。一般に栽培され流通されているのは,この2系統のうち青軸系統(以下,青軸エンサイという)であり畑で栽培され,茎の色は緑か白色で軟らかく折れやすい。一方,赤軸系統のエンサイ(以下,赤軸エンサイという)は野生種であり,茎の色が赤紫色または緑色で,一般に水生で多湿なところに生息する(図2)。
人体への寄生虫感染を警戒すべき食材(6)
−剛棘顎口虫の感染源となりうるもの(ノート)
牧 純、関谷 洋志、渡辺 真衣、玉井 栄治、坂上 宏
Abstract
Jun Maki 1), Hiroshi Sekiya 1), Mai Watanabe1), Eiji Tamai1) and Hiroshi Sakagami2)
1) Department of Infectious Diseases, College of Pharmaceutical Sciences, Matsuyama University
2) Division of Pharmacology, Department of Diagnostic and Therapeutic Sciences, Meikai University School of Dentistry:Food that needs precautionary awareness for infection in human body (6)- -Prevention from the infection with Gnathostoma hispidum Metagonimus (note)
The concept of “larva migrans” is important for planning the measures against parasites. This paper describes the migration of a nematode, Gnathostoma hispidum in man. When a kind of fresh water- fish called the loach (Misgurmus anguillicaudatus) harboring the infective larvae is put into beer in a glass and ingested by man, they will migrate near the body surface. This infection used to appear one after another in West Japan (mainly Osaka area) about 30 years ago. The life cycle of this parasite is maintained in the first intermediate host (cyclops), the second intermediate host (loaches) and the final host (pigs). Though it is rare nowadays, we have to be watchful and careful not to be infected again. Since no chemotherapeutic strategy has yet been established, the treatment solely relies on the surgical removal of the migrating larva. However, considering that the treatment trial has been often unsuccessful, we should not eat the loach raw.
要約
コップのビールなどの中に入れたドジョウのあがき泳ぎ回る様子を面白がりつつ,一気に飲み込む“いわゆる踊り食い”で感染する重大な寄生虫のひとつに剛(ごう)棘(きょく)顎(がっ)口(こう)虫(ちゅう)(寄生線虫類の1種)がある。これは今から30余年以前,関西で輸入ドジョウがもとで多発し,全国規模の爆発的流行が恐れられた。ヒトの皮膚の表面近くを這い回る幼虫がかゆみや発赤をもたらすばかりでなく,迷入による危険も伴う。今では沈静化しているが,再興感染症として“ぶり返し”さないであろうか。事故は忘れ去られた頃に起こるのが怖い。未然防止のためには,情報と知見を収集整理しておくことが極めて大切だ。本虫成虫はイヌやネコの胃壁に頭部を突っ込んで寄生し,糞便中に虫卵を排出する。その虫卵由来の幼虫が第一段階の宿主(いわゆる第一中間宿主)であるケンミジンコを経て第二中間宿主のドジョウで感染性のある幼虫となる。この幼虫はブタの胃壁で成虫となる。ドジョウにいる幼虫が好適でない宿主のヒトに口から侵入しても成虫に発育することはないが, 幼虫が体内各所に移動しうるので不快で厄介であるどころか重大な事態が懸念される。有効と期待される治療薬はあるが確立されていない。動き回る幼虫の外科的摘出が行われているが,うまくゆくとは限らない。ドジョウの生食を慎むことが感染予防に絶対的に重要である。
ゲル状嚥下訓練食の感覚特性を物理的手法による客観的な機器測定で品質管理をする(−基礎編−)
渡瀬 峰男
牛乳などの液体食品やせんべいなどの固形食品を除くほとんどの食品はゲル状態で提供される。特に,嚥下困難者における嚥下訓練食はゲル状態で食べられる。ゲル状態は嚥下訓練食の口当たり,歯ざわり,喉越しなど口腔内感覚,いわゆるテクスチャーを改善するためのテクスチャー・モディファイアーとして用いられる。従って,ゲル状嚥下訓練食を作製するためにはゲル形成能をもつ多糖類などを使用することになる。これらに使用される多糖類などは原料の採取する場所,時期など,さらに製造法などによってもゲル形成能が異なるため製造番号がかわると,ゲル形成能も変わる。これらは,分子量や側鎖基などの影響が主たる要因と考えられる。
ゲル状嚥下訓練食のテクスチャーは,嚥下困難者が皮膚または筋肉感覚で知覚する性質であり,その評価は嚥下困難者を通じて行わなければならない。しかし,嚥下困難者の体調によっては誤解や錯覚,さらに集中力の欠如,先入観などが考えられるため,再現性のよいゲル状嚥下訓練食を作ることが困難である。さらに,ゲル状嚥下訓練食の官能評価は健常者によって行われているのが現状である。
ゲル状嚥下訓練食のテクスチャーが物理的性質によって引き起こされる感覚特性であることから,主観的に評価されるテクスチャーを物理的手法によって客観的な機器測定で品質管理することは工業的に極めて重要であると考えられる。そのためには,測定が迅速,簡便で再現性があることが重要である。品質管理の重要さは官能評価の煩わしさ,さらに再現性の問題などなどが主たる要因であるが,さらに機器測定によってゲル状嚥下訓練食の多くの生産が可能になれば,嚥下困難の程度による分類などが可能になる。
シロザケ飼料の魚油添加効果-3
酒本 秀一、大橋 勝彦
前報1)でシロザケ用飼料の魚油添加量は外割2%では不足であることを証明出来たが,飼育試験途中で外部寄生虫のトリコジナによる斃死が発生した為,至適添加量の決定には至らなかった。よって,本試験は飼育試験,絶食試験,回復試験及び海水馴致試験を通じてシロザケ飼料の魚油至適添加量を明らかにすることを目的として行った。
より良い特許明細書を求めて
宮部 正明
特許明細書を書こうとする誰もが“特許請求の範囲の記載”を広く,深く,強いものにしたいと切望するものである。より良い特許明細書を求めて一つの考え方を提案してみたい。
項目としては,
・特許請求の範囲の意味
・特許明細書の全体構造の理解
・特許発明の本質を求めて
・具体例としての国際公開公報,である。
プロセスチーズ市場を創造した驚くべきヒット食品
−「雪印6Pチーズ」 雪印メグミルク株式会社 −
田形 睆作
2011年4月1日,雪印メグミルク株式会社は日本ミルクコミュニティ株式会社および雪印乳業株式会社と合併し,総合乳業メーカーとして新たにスタートした。
雪印メグミルクはグループの企業理念の中で,「消費者重視経営の実践」「酪農生産への貢献」「乳(ミルク)にこだわる」という3つの使命を掲げ,丁寧に向き合い,その可能性を信じ,新しい価値を創造していくことで社会に貢献する企業であり続けるとしている。その思いを込めて「未来は,ミルクの中にある。」というコーポレートスローガンを掲げた。経営成績は平成23年3月期は売上高5,042億円,営業利益156億円,経常利益173億円,当期純利益93億円であり,堅実な経営状況である。また,雪印メグミルクグループのコーポレートシンボルマークも新たに作成し,「スノーミルククラウン」と命名し,雪の結晶とミルククラウンの融合を表す。
築地市場魚貝辞典(シラウオ)
山田 和彦
まだ空気が冷たい日もあるが,日差しは日増しに明るさを取り戻している。川面のきらめきも,春らしさの一つであろう。春のうららの-築地の川といえば隅田川である。江戸を代表する河川で,花火大会や夕涼みの船など庶民にも親しまれてきた。浮世絵も多く,魚を採る様子が描かれているものもある。とくに白魚漁を描いたものは有名である。今回は春の魚,シラウオを紹介する。
“薬膳”の知恵(66)
荒 勝俊
最近,中国においても食生活環境が欧米化し,脂肪肝や肝炎といった肝臓病が増加傾向にある。正常な人の肝臓全体に貯蔵された総脂質量は約5%で,必要に応じて血液中に送り出されてエネルギー源となる。西洋医学的には,肝臓に貯蓄された総脂質量が多くなり過ぎると脂肪肝と診断される。中医学において脂肪肝という証は無いが,医師として知られる華佗が編纂した医学書『黄帝八十一難経』において「肝の積は曰く肥気なり」との記述があり,脂肪肝は「積聚(せきしゅう)」や痰湿症(たんしつしょう)」の状態に属すると考えられている。
中医学では人体を一つの有機的統一体と考え,人体の構成要素である気・血・津液のバランスを改善させる事でその人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整え,新陳代謝を改善し,肝臓病や合併症が改善できると考えている。
そこで,中医学の基礎概念である陰陽五行学説に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作った“薬膳料理”を食す事で人が本来もっている臓器の機能を回復させ,身体の内部を整える事で肝臓病に対して改善できると考えている。
Report 蕎麦研究の最近の動向
池田 清和、池田 小夜子
筆者の池田清和は,重要な食糧である蕎麦について,健康にかかわる特性(栄養特性)や,嗜好にかかわる特性(嗜好特性)などについて永年研究を行って来ています。また筆者の池田小夜子は,蕎麦に豊富に含まれるミネラル栄養特性解析や栄養教育論的考察の研究を行って来ています。筆者らは,以前に本誌に蕎麦に関する論説を数回にわたって1-7)書きました。この雑誌に再び書く機会を与えて頂いたので,本稿ではレポートとして「蕎麦研究:最近の動向」と題して以前の記事とは異なる視点から述べたいと思います。前回の記事に書いた内容で全体の流れから重ねて説明した方が良いと思われる事については重複して述べました。