New Food Industry 2012年 1月号

痛風/高尿酸血症を予防するコーヒーの薬理学

鈴木 聡、岡 希太郎

ある日突然,足指の付け根に激痛が走ったら痛風かも知れません。血液中の尿酸濃度が上限を超えると,関節組織に針のような結晶が析出し,周辺が化膿して神経を刺激するのです。この痛みを一度経験すると,誰もが医者の言うことを聞いて,薬を飲み,食事制限に努めます。痛風の痛みは二度と経験したくありません。
 アロプリノールやベンズブロマロンは高尿酸血症を治療する特効薬です1)。これを毎日飲み続けて尿酸値を下げておけば,痛風の発作を抑えられるだけでなく,やがて合併するかも知れない心血管系疾患のリスクが減ると考えられているのです。ところがこの治療法に疑問が生じました。高血圧の人で尿酸値が低過ぎると逆に心血管系疾患に発展しやすいという,いわばJカーブの関係が指摘されたのです2, 3)。このパラドックスが更に信憑性を帯びてきた理由は,運動神経障害のパーキンソン病と尿酸値低下の関係がほぼ確実になったことです4)。尿酸値が高すぎると心血管疾患,低過ぎれば神経疾患の原因となるのです。
 昔から高尿酸血症は生活習慣,特に食生活に起因すると言われてきました。痛風はメタボリックシンドロームや高血圧と合併することが多く,動物タンパク質やビールなどプリン体を多く含む食事内容とアルコール飲料が痛風リスクを高めています5)。逆に,ビタミンC 6)とコーヒー7)はリスクを下げると言われています。そこで本稿では,まず尿酸パラドックスを説明し,次いで尿酸産生と排泄のメカニズムを概説し,そのメカニズムに介入するコーヒー成分の薬理学について,最新の文献を引用しながら考察してみます。

ナットウキナーゼの強力なエラスチン分解活性,およびエラスタチナールによる阻害

須見 洋行、内藤 佐和、鈴木 理恵、齋藤 丈介、チャン リャンリャン、矢田貝 智恵子、 大杉 忠則、吉田 悦男、柳澤 泰任、丸山 眞杉

エラスターゼは豚膵臓由来のものが最初に発見されたが,微生物由来のエラスターゼとしては,緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)やBacillus属YaB株などの酵素が報告されている1)。好アルカリ性Bacillus No.221のアルカリ性プロテアーゼやズブチリシンBPN'などのプロテアーゼにもエラスターゼ活性があるとされる。また,カゼイン,フィブリンおよび変性コラーゲンも分解し,比較的基質特異性の低いプロテアーゼである。
 納豆の伝承的な効能と,このエラスターゼ活性との関係についてはよく分かっていないが,これまでの研究で納豆中のエラスターゼ活性はナットウキナーゼそのものにあると考えられた2)。それは,市販納豆の水抽出液を等電点電気泳動にかけると,エラスターゼ活性およびナットウキナーゼ活性のピークは一致し,pI約8.7を示すことから推測された。各々のアミノ酸配列分析の結果,N末端21残基までが完全に一致すること,またこれらはすでに報告されているナットウキナーゼのN末端配列とも一致する。
 本著は,完全に純粋系でのナットウキナーゼのエラスターゼ活性,ならびに特異的阻害剤とされるエラスタチナール(Elastatinal)の働きについて調べたものである。

Opti MSMについて

瀧山 和志

MSM(メチルサルフォニルメタン)は硫黄を含有する食品素材であり,関節痛などに対する効果が注目され,MSM単独もしくはグルコサミンやコンドロイチン等と混合した形で,世界各国で販売されている。
 MSMは関節痛に対する効果を謳った商品が多いが,近年では変形性関節症,関節リウマチといった関節痛だけでなく,アレルギーの緩和作用や抗酸化作用などに関しても注目されている。
 本稿では,MSMの一般的特徴や,機能性に関する研究の一部を紹介するとともに,Bergstrom Nutrition(バーグストロームニュートリション)社のブランド製品であるOpti MSM(オプティエムエスエム)について紹介する。

パプリカ色素による脂質代謝調節作用

前多 隼人、斉藤 修一、阿部 美菜子、中村 望、片方 陽太郎

パプリカ(Capsicum annuum)はナス科トウガラシ属であり,ピーマンやトウガラシの一品種に分類されている。日本国内では料理に彩りを与える野菜として,炒め物やサラダなどによく使われている。また,パプリカから抽出したパプリカ色素は赤色の食用天然色素として食品添加物に利用されている。パプリカ色素の特徴としては耐熱性が高く,加熱殺菌や食品の加工過程でも退色しにくい利点がある。食品の色は,見た目による美しさや鮮度の高さなど,視覚的なおいしさを提供する要素である。また,特に近年ではアントシアニンやカロテノイドなどの天然の色素成分による,ヒトの健康に対する機能性が解明されてきており,これらの付加的機能が注目されている。本研究ではパプリカに含まれる色素による,肥満に関係する疾患の予防,改善作用について検討をおこなった。

βグルカンの機能-3

酒本 秀一、糟谷 健二

前報に引き続きβグルカンの機能と,機能が現れるメカニズムを文献類と当社パン酵母βグルカンの試験結果を中心に要約する。今回はアレルギー(季節性アレルギー性鼻炎=花粉症,通年性アレルギー性鼻炎,アトピー性皮膚炎),腫瘍,放射線障害などに及ぼすβグルカンの作用を説明する。

採卵廃鶏肉から調製した肉醤の品質
-特に麹の種類による最終製品の化学成分の違いについて-

楊 正護、川上 誠、石下 真人、舩津 保浩

日本では,1億3653万羽(平成16年)の採卵鶏が飼養されている1)。採卵鶏は鶏舎単位で全群更新される方法(オールイン,オールアウト方式)が一般的に採用されており,そのため,産卵率の低下した20ケ月齢の成鶏が一度に数万羽単位で採卵廃鶏となる2)。以前は廃鶏も肉用として多く利用されていたが,ブロイラー産業が発達し,食鳥処理量(2003年現在)で,ブロイラーが大半(184万トン)を占め,廃鶏は16万トン程度に留まっている3)。その理由としては,廃鶏は比較的食感が劣り,その価値が大きく低下したためと考えられ,廃鶏肉の一部がレトルト食品の具材や濃縮スープ製造などに用いられているのが現状であり,より付加価値の高い利用方法が求められている4)。最近,宮口ら4)は採卵廃鶏間肉より筋漿タンパク質を抽出・添加することでモデルソーセージの物性が改善されると報じている。
 台湾でも廃鶏は飼育期間が長く,肉部が少なく,肉質も硬く,食感が悪いため,経済的な付加価値を提供する目的で,廃鶏のムネ肉は鶏肉ソーセージ,ハム,フランクフルト,ミートローフ,ミートボール,ジャーキー,すり身および蒲鉾等に利用されている。しかし,モモ肉の結締組織の含量が多いため,加工する際に酵素処理,機械による採肉および酸―アルカリ処理が行われている5, 6)。 また,内臓部分も利用が少ないため消費拡大が求められている現状である。

置き換え食を用いた減量支援プログラムの効果
−「DHCダイエットアワード2011」報告 −

蒲原 聖可

減量を目的とした食事療法では,置き換え食(フォーミュラ食,代替食)の利用による一定の減量効果が示されてきた1-3)。また,肥満関連遺伝子変異の検索により,個人の体質に応じた肥満治療の可能性が報告されている1,2,4)。さらに,機能性食品素材・サプリメントを補完的に用いた減量効果の可能性も注目されるようになった。近年では,インターネットを活用した非対面式介入法による減量サポートの効果が散見される5)。今回,フォーミュラ食を置き換え食として用いた食事療法を中心に,肥満関連遺伝子変異検査および低エネルギー食品を併用し,インターネットを活用したダイエット支援プログラムを開発し,その効果を検証した。

大豆麹乳酸菌発酵液の抗酸化能 -続報:in vitro研究

中山 雅晴、前沢 留美子、腰原 菜水

ガンや糖尿病等の生活習慣病の発生原因,或いは増悪因子としての体内活性酸素の影響に関しては,既に多くの知識が蓄積されている1−3)。一方で,活性酸素に対抗する手段として,日々の食物に由来する抗酸化物質の役割が従来にも増して強調されつつある4−6)。
 我々は,大豆麹乳酸菌発酵液の抗酸化能に関して,水相に於けるin vitro実験を以前に行い,その結果を本誌上にて報告した7)。大豆麹乳酸菌発酵液は,液体大豆麹,黒糖,米糠エキス,炭酸カルシウムよりなる培地に6種類の乳酸菌と1 種類の酵母を接種して得られる培養液であり,その製法に関しても,以前に本誌上にて詳細に述べた8)。便宜上,ここで改めて簡単に紹介する。即ち,高圧加熱滅菌した10%大豆粉水溶液に麹菌を無菌的に接種し,30℃にて18日間振蕩培養して液体大豆麹を作る。これに10%に黒糖,2.5%に米糠エキス,1%に炭酸カルシウムを加えて再度加熱滅菌し,大豆麹培地を得る。これを6分割し,Lactococcus lactis KN1, Leuconostoc mesenteroides KN34, Lactobacillus curvatus KN40, Lactobacillus plantarum KK1131, Lactobacillus plantarum KK1532, Lactobacillus plantarum KK2503 をそれぞれに接種する。これに加えて酵母菌であるSaccharomyces cerevisiae AHU3035 を各々に接種し,30℃で4 日間共生培養する。6 種の培養液を一つに混じ,加熱滅菌後,最終的に大豆麹乳酸菌発酵液を得る。
 今回は,リノール酸自動酸化系を用いた油相の実験,ウサギ赤血球膜酸化抑制試験,P-815細胞を用いた酸化傷害抑制試験,蛍光色素を用いた細胞内酸化抑制試験を行い,その結果,前回の結果をさらに補強するデータが得られたので,ここに報告する。

大学における食品開発プログラムの紹介
− 地域資源利用によるフードマイスター育成 −

永島 俊夫

北海道網走市に立地する東京農業大学生物産業学部(オホーツクキャンパス)では,文部科学省が行っている大学教育の質保証のための主体的な取組への支援「大学教育・学生支援推進事業」大学教育推進プログラム【テーマA】(特色GPと現代GPが発展的に統合)に『地域資源利用によるフードマイスター育成』が採択された。取組期間は平成21年度から23年度の3年間である。今回採択を受けたテーマは,農林水産資源が豊富に存在するオホーツクの地域資源を最大限に利用して,食品加工および起業化の手法を学ぶこと,技術力と創造力を養い高品質な地域の食品ブランドづくりを目指すこと,地域産業の振興に貢献できる人材を育成することなどを目的としている。現在は3年目であるが,実際のプログラムの実施は平成22年度からで,今年はその2年目が行われている。

超臨界二酸化炭素を利用した有用成分の抽出とその機能評価

齊藤 貴之、佐々木 有

近年の健康志向の高まりにより,様々な企業から機能性食品が商品化され,発売されている。これら食品中の生理活性物質は,天然物由来が多いが,生ものから精製する際,加熱などで失活することも少なくない。したがって,生理活性物質は機能を保持したまま精製することが求められる。また,精製物質は何らかの方法で,その機能評価を行う必要がある。本研究グループでは,超臨界二酸化炭素を利用した天然物からの有用成分の抽出・精製1)を行っており,精製物質はコメットアッセイによる変異原性評価を行ってきた。
 超臨界二酸化炭素とは,臨界温度・臨界圧力を超えた状態にある二酸化炭素である。二酸化炭素の臨界温度・臨界圧力は,それぞれ約31 ℃・約7.5 MPaである2)。超臨界二酸化炭素は,気体のような高い流動性・拡散性と液体のような大きな溶解力を持つ。これらの性質は温度・圧力を操作することにより容易に変化させることが可能であるため,抽出や反応の溶媒として様々な場面で利用されている。特に超臨界二酸化炭素抽出は30 ℃程度の操作が可能なため,抽出物は熱変性しないという利点がある。さらに,大気圧に戻せば,超臨界二酸化炭素は容易に抽出物から脱溶媒できる。そのため,超臨界二酸化炭素は,成分の熱変性や残留溶媒が問題となる食品の抽出に適しており,コーヒー豆からのカフェイン抽出,ホップからのホップエキス抽出など,食品に幅広く利用されている3)。

ユーラシア大陸の乳加工技術と乳製品
第13回 仮説「乳文化の一元二極化説」

平田 昌弘

本シリーズではこれまでに,アジア大陸から西アジア,南アジア,北アジア,中央アジア,チベットを,ヨーロッパ大陸からはバルカン半島を事例に,乳加工技術と乳製品,そして,その利用の仕方について紹介してきた。駆け足で述べてきたこともあり,まだまだ紹介していない事例も多いのだが,それでもユーラシア大陸をぐるっと見回したことになる。このシリーズを閉じるにあたり,最後に人類が辿ってきた乳文化史について語っておきたい。シリーズ最初のVol.53 No.1(平田,2011a)で「乳文化の一元二極化説」について言及したが,これまで紹介してきた事例をまとめる意味で,改めて詳しく論じてみたい。

伝える心・伝えたいもの —夕顔棚納涼図屏風 —

宮尾 茂雄

昨年は全国的に梅雨明けが早く,同時に各地で猛暑が始まった。東京電力福島第一原子力発電所の事故発生以来,電力供給量の減少に対応して節電対策が行われ,わが家でも団扇が活躍した。
 東京国立博物館の照明をやや落とした広い展示室で「夕顔棚納涼図屏風」(写真1)に出会ったのは何時のことだろうか。夕顔棚の下にむしろを敷いて,親子3人が身を寄せ合うように夕涼みをする姿が淡い色彩で描かれている。丸い月が昇り始め,やっと日中の暑さが和らぎ始めた頃,語り合うわけでもなく,想いおもいのくつろぐ姿からは,ゆったりとした時の流れがこちらまで伝わってくるような気がした。この屏風絵は江戸時代初期に活躍した狩野派の絵師久隅守景によって描かれたものだ。しかし守景がいつ生まれ,どこで亡くなったのかは分かっていない1)。またこの絵がいつ頃,どこで描かれたものなのかもはっきりしていない。私は絵の中の3人の静かなたたずまいに惹かれ,夕暮れ時のおぼろげな時の流れに私もまた溶け込んでいくような思いがした。