New Food Industry 2011年 12月号
βグルカンの機能−2
酒本 秀一、糟谷 健二
前報に引き続きβグルカンの機能と,その機能が現れるメカニズムを文献類と当社パン酵母βグルカンの試験結果を中心に要約する。今回はコラーゲンの合成と免疫機能(主として細胞性免疫)に及ぼすβグルカンの作用を説明する。
魚肉タンパク質と魚肉ペプチドの健康機能について
細見 亮太、吉田 宗弘、福永 健治
Dyerbergらはグリーンランドイヌイットを対象に疫学調査を行い,虚血性心疾患罹患率が極めて低いこと,その要因として血液中にn-3系高度不飽和脂肪酸(PUFA)が高濃度に存在することを報告している1)。これが発端となり,n-3PUFAであるエイコサペンタエン酸*(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)の生理機能,特に循環器疾患の予防効果を中心に作用機序の解明が急速に進展し,健康機能性が広く知られるようになった。一例として,n-3PUFAは肝臓での超低密度リポタンパク質およびトリグリセリド(TG)の合成を抑制することによって血清TG濃度を低下させることが確認されている2)。
栄養学者や臨床家のなかには,EPAやDHAの摂取による血清TG濃度の低下作用と同様に,血清総コレステロールおよび低密度リポタンパク質コレステロール(LDL-C)濃度に対して低下作用があると信じている諸氏も少なからずいる。しかし,EPAやDHAには動脈硬化性疾患の危険因子の一つである血清総コレステロールおよびLDL-C濃度の低下作用はほとんどない3)。これは,魚介類をそのまま摂取した場合に,血清総コレステロールおよびLDL-C濃度の低下が確認されることから,魚介類の機能性はEPAやDHAの効果だと誤解されたことに起因する。血清総コレステロールおよびLDL-C濃度の低下作用は,n-3PUFAではなく,脂質を除いた主要な栄養素であるタンパク質にあることを示している。本稿では今まであまり着目されてこなかった魚肉タンパク質の健康機能,特に脂質代謝改善機能について,本研究室で行っている研究を中心に述べる。
沢わさびの抗生活習慣病特性
伊藤 芳明、渡部 達也、吉田 潤、木村 賢一、長澤 孝志
「わさび」というと,沢わさび(水わさび)や畑わさび,西洋わさび等が知られるが,前者の二つはどちらも植物分類学上はアブラナ科ワサビ属に分類されるWasabia japonica Matsumuraという同じ植物である。沢わさびは原産地が日本列島とされ,飛鳥時代の木簡に記述があるなど古くから日本人の生活に結びついている。一方,西洋わさび(Cochlearia armoracia L.)は同じアブラナ科であるが,トモシリソウ属に分類され,ヨーロッパ原産とされる。
岩手県は沢わさびの生産量では全国の1%に満たないが,畑わさびでは半分弱を占め,両者を併せると静岡県や長野県に次いで3番目に生産量の多い県である1)。沢わさびでは量こそ静岡県や長野県には及ばないが,岩手県にも宮守村(現在の遠野市)など古くから産地として定着している地域に加え,最近では雫石町や八幡平市などで,従来の渓流沿いで行われる畳石式などの高度な土木工事を要する方式ではなく,平坦地で湧水などを水源として利用したボックス栽培方式(図1)が行われている。冷涼で豊かな水資源に恵まれた東北地方は沢わさび栽培に向いた地域と言えるが,こうした生産方式は他の地域でも行われており,ひと頃の高値で取引されていた時期に比べ,需給のバランスから生産物の価格は低下する傾向にある。そのため,新規に取り組もうとする生産者には厳しい面もある。本稿では,こうした地域におけるわさび栽培の現状を背景に,地域特産品としてのわさびの高付加価値化を考え,食材としての健康機能性を検討した例を紹介したい。
脂質の胃腸内消化で起こること,体重制御との関わり
藤田 哲
近年,ヒトの消化管内で進行する現象の研究について,in vivoの研究に代えて,in vitroで胃や腸をシミュレートした優れた装置が開発された。そこで,従来から十分に知られていなかった脂質類の消化吸収についても,多くの知識が得られるようになった。一般に加工食品の構造は複雑で,含まれる脂質は多くの場合,水中油形(O/W)エマルションの形態で存在する。食品エマルションの消化研究によって,油滴界面の膜構造や安定性などの性質が,消化管内での消化速度や利用性に影響することが分かった。油滴を構成する吸着層(界面活性物質や蛋白質)の性質と油滴径(界面の面積)の変化が,リパーゼの油滴への結合に影響して消化速度を支配する。さらにリパーゼ類による脂質分解産物自体には,小腸内での顕著な界面活性作用が示唆される。消化系で起こる脂質類変化の理解が進めば,エマルション構造や摂取方法の管理によって,満腹感を通じた肥満防止など,体重制御の可能性が開けるだろう。
中国版保健機能食品「保健食品」について
卓 興鋼、大森 豊緑、矢野、友啓、渡邊 昌、賈 夢、馬 徳福、張 玉梅、王 培玉
近年,食生活の多様化や疾病構造の変化,高齢化の進展,国民の健康意識の高揚等に伴い,「健康食品」に対するニーズが高まり,市場規模も拡大している。一方,不適切な成分や過剰摂取等により健康被害を起こす事例も生じていることから,消費者である国民が健康食品を適切に選択し,利用できるための仕組みづくりが求められている。
日本の現行の「保健機能食品」制度は,2001年の厚生労働省による食品保健制度の改正に伴い新たに位置づけられたもので,国の定めた規格や基準を満たす食品については保健機能を表示することができるものである1)。保健機能食品には,科学的根拠を提出し表示の許可を得た「特定保健用食品」(通称,特保(トクホ))2)と,特定の栄養素を含み基準を満たしていれば表示が可能となる「栄養機能食品」3)がある(図1)。なお,厚生労働省の「「健康食品」に係る制度のあり方に関する検討会」において出された「「健康食品」に係る今後の制度のあり方について(提言)」では,健康食品から保健機能食品を除いたものを,「いわゆる健康食品」と表現している4)。さらに,2005年には,先の「提言」を受けて,「条件付き特定保健用食品」,「特定保健用食品(規格基準型)」及び「特定保健用食品(疾病リスク低減表示)」の導入,栄養機能食品制度の見直し,「錠剤・カプセル状等食品の原材料の安全性に関する自主点検ガイドライン」の策定など5),「健康食品」に係る制度の見直しが行われた。
クリーム類の開発に役立つ技術情報としての特許明細書
宮部 正明
食品に関する教科書,専門書等から得られる知識,情報と開発現場において必要とする知識,情報に“乖離”があることをしばしば経験する。
実戦レベルで得られる開発現場の情報は,実験に基づく経験的な情報であり,これらの情報を開発に役立つ確固たる知識にまで止揚する必要がある。
特許明細書は実戦レベルで得られた情報を技術思想に止揚したものであり,開発現場で必要とする技術知識,技術情報の宝庫と言える。
食品の中でもクリーム類を取り上げて,実戦レベルで役立つ技術知識,技術情報を特許明細書より提供しようとするものである。
先人の知恵の結晶を未来へ活かす
−独創的な文理融合研究による環境汚染改善への挑戦−
三好 恵真子、姉崎 正治
本稿では,グローバル化する環境問題改善を目論み,歴史学と製錬工学を基軸とした文理融合研究により生み出された「環境改善・貴金属回収」に関わる技術開発の一端を紹介する。特に,この技術開発は,「異なる専門領域の学融合」および「過去・現在・未来の時間軸を超えた対話」という,主として2つの「つながり」を軸にしてなし得た独創的かつ多次元的な研究成果にある点をまず強調しておきたい。
そもそも,技術開発の発端は,イスパノアメリカ植民地時代にまでにさかのぼる。1568年5月にペルー第5代副王として就任したフランシスコ・デ・トレドは,当時低迷していたペルー銀鉱山を振興させるために,1572年に水銀を用いた金属製錬*1(水銀アマルガム法 *2)を導入した1)。この手法は,低品位の銀鉱石から高純度の銀の製錬が可能となり,16世紀後半からの銀生産の急成長(トレド効果)を導き(図1)*3 ,19世紀末に銀鉱脈が衰えるまでの数百年にもわたり,広く汎用されたのである。
本研究では,この「水銀アマルガム法」に着目し,当時の製錬技術工程に関して描写されている古文書を含むスペイン語で記述された歴史的諸資料を読み解きながら,現代科学(主として製錬工学理論とその応用技術)の視点から再分析を試み,当時の技術体系を模式図としてまとめ上げることができた(詳しくは後述)。同時にペルーのポトシ銀山とそこへ水銀を供給したワンカベリカ水銀鉱山における水銀汚染・健康被害の実態について追跡するとともに,これらを含む植民地時代の主要銀鉱山を対象に水銀の蓄積量の推算を数学的に試みた結果,当時の急性的健康被害はもとより,数世紀もの時を超えて莫大な水銀がストックされ,今日までに及ぶ健康被害や環境汚染をもたらしている懸念が浮上してきたのである3)。
しかしながら,このポトシ銀山で開発・発展してきた古典的な製錬技術を再評価した結果,グローバル化の進展とともに,益々問題が顕著化している都市電子廃棄物から貴金属回収という「現代社会」に応用還元可能なシステム構築の基礎理論を見出すことに成功するに至った6)。
以下,その画期的な着想の契機となった歴史的事象の分析より順次整理しつつ,新技術開発に至った経緯と今後の展望についても若干述べてゆくこととする。
業界を変えた 驚くべきヒット食品
−「チーザ」江崎グリコ株式会社 −
田形 睆作
2008年(平成20年)2月に江崎グリコ株式会社から『チーザ』が発売された(写真1)。発売エリアは北海道から近畿地区で開始。しかし,発売から約2週間で販売休止になった。もともと『チーザ』の生産能力は初年度全国展開後,売上金額15億円を計画していた。この数字は江崎グリコが2006年に上市したおつまみ用スナック第一弾「クラッツ」をベースにした。「クラッツ」は初年度に14億円,3年目に20億円を安定的に見込める商品に育ってきた。ところが,『チーザ』は発売から1週目にして計画量のおよそ2倍の売れ行きで生産が追いつかなくなった。ここで生産体制の見直しをし,再度4月から販売を再開した。先ずは4月は首都圏だけ,6月は中部地域,7月は近畿,11月は東北・北海道,2009年2月に全国発売となった。初年度(2008年)の売上は「全国で1年売っていないにもかかわらず,初年度(全国販売)の目標15億円を大きく上回った。」スナック菓子市場に”大人のおつまみ”市場を新たに構築したと確信した。従って,更に詳しく『チーザ』の情報を入手するためにマーケティング部 松長氏 広報IR部,商品開発研究所に取材した。
ユーラシア大陸の乳加工技術と乳製品
第12回 古代東アジア ― 『斉民要術』 を基にした乳製品の復元
平田 昌弘
東アジアは,本来,乳文化圏にはない。本シリーズ第1稿目53(1)の伝統的搾乳地帯を示した図1を参照されたい(平田,2011)。日本人,朝鮮人,漢人などの一般市民は,基本的には乳製品を食してこなかった。しかし,東アジアでは,牧畜民系統の北魏(AD 386年〜AD 556年)や元(AD 1271年〜AD 1368年)に長く統治されてきた歴史があり,乳製品の利用を示す古文書が多数残されている。また,日本では,貴族階級の一部の人びとに乳製品が医薬的に利用されていたことが『本草和名』『医心方』などの古文書や木簡に示されている(廣野,1997;有賀,1998)。東アジアの古文書には,酪,乾酪,漉酪,馬酪酵,酥,生酥,熟酥,蘇,蘓,醍醐といった乳製品が登場する。これらの乳製品がいったいどのようなものであったのだろうか,その再現は太古の昔の復元というロマンに満ち,極めて興味深い。
これらの乳製品は,時代と共に生起・消滅する。つまり,参考とする古文書によって,再現対象とする乳製品の内容が異なってくる。本稿では,『斉民要術』をテキストに,東アジアにおける古代乳製品を再現した結果を紹介しよう。『斉民要術』は,北魏時代(AD 386年〜AD 556年)の末期,AD530年〜AD 550年に賈思勰によって編纂された。北魏は,牧畜民由来の鮮卑の集団が華北地方に建国した国家である。何故に『斉民要術』を取り挙げるかというと,1)編纂されたのがAD 530年〜AD 550年と極めて古いテキストであること,2)乳加工の説明が詳細に記述されていること,3)斉民要術が引用した編纂文献数が約180と,後代の古文書と比較すると極めて少ないことから,生乳から最終産物までの一連の乳製品の再現にあたっては混乱をより避けられるであろうことに主によっている。
『斉民要術』に登場する乳製品の語彙は,牛乳を原料としてつくる酪・漉酪・乾酪・酥と,ロバとウマの混合乳を原料としてつくる馬酪酵である。ロバとウマの乳は入手が困難なため馬酪酵は再現実験を諦め,酪・漉酪・乾酪・酥についてのみ再現した結果を紹介してみたい。古代の東アジアや日本の乳製品を再現し,新たなる商品化を試みられている開発者の方々の参考になれば幸いである。