New Food Industry 2011年 11月号
ゲニステインによるインスリン誘導性転写因子 SHARP-2 の発現調節機構の解析
羽石 歩美、高木 勝広、浅野 公介、山田 一哉
現代日本では,約2,210万人の国民が糖尿病患者およびその予備軍とされている。また,40 歳以上に限ると,男性の2人に1人,女性の5人に1人がメタボリックシンドロームであるとされている。これらの根底をなすのが,肥満やインスリン抵抗性である。したがって,インスリンシグナル伝達経路を刺激できる低分子化合物の研究は,これらの病態の予防や治療に有用であると考えられる。私どもは,肝において,インスリンによる血糖低下作用に関わる転写因子として,SHARPファミリーを同定している。血糖低下作用を有することが知られている食品成分で,SHARP遺伝子の発現を誘導できるかどうかを検討し,いくつかの候補成分を得ている。それらのうち,本稿では大豆イソフラボンによる SHARP-2遺伝子の発現誘導とそのメカニズムについて議論する。
ゾル状およびゲル状モデル食品の咽頭部における食塊の移動特性
森髙 初惠
咀嚼・嚥下障害は身体的のみならず,心理的,社会的にも影響を与え,生活の質(QOL)を大きく低下させる。経口による摂食・嚥下機能を維持することは,食べ物の風味や喉越しのよさを感じるだけでなく,粘膜の保護,発がん性物質の作用抑制などを有する唾液や唾液ホルモンの分泌,脳への血流量の増加など健康上からも重要であり,何よりも生きることの喜びや生きてゆこうとする気力を呼び覚ましてくれる。身体機能の低下した者に安心して安全に咀嚼あるいは嚥下させるためには,食品のテクスチャーが重要な役割を果たし,食品の物性を変化させることで食塊の形成が容易となり,咽頭部での食塊の移送速度をある程度低下させることが可能となる。
摂食・嚥下運動は,一般的には口腔期,咽頭期,食道期の3期に分けられる。しかし,認知症による摂食障害や脳卒中等の運動機能障害により生じる咀嚼・嚥下障害へ対応するために,口腔内へ食物を取り込む前段階の先行期(認知期)や準備期を加えた5期の分類などもなされている。
疲労軽減効果を有する食品成分
渡辺 睦行
「栄養・運動・休養」は健康づくりの3要素である。健康の増進のためには,バランス良くおいしいものを食べ,適度な運動を行い,質の良い睡眠をとることが重要である。ライフステージや健康状態に応じた「栄養・運動・休養」を明らかにするために,多くの研究が実施されている。
筆者らは,3要素の中でも特に「食品成分と運動との関係」に着目して研究を進めてきた。「運動」はメタボリックシンドロームの予防などを目的とするだけでなく,糖尿病においては食事療法と並んで大切な療法の1つとして利用されている。いずれにしても,「運動」は健康増進のために行われるべきであり,「運動」によって過剰な疲労が蓄積することは好ましいことではない。
これまでに,トウガラシに含まれる辛味成分であるカプサイシン1),コーヒーや紅茶,緑茶,チョコレート,ココアなどに含まれる苦味成分であるカフェイン2),レモンなどの柑橘類に含まれる有機酸の1つであるクエン酸3),トリ胸肉に含まれるペプチドであるアンセリンやカルノシン4),の有する疲労軽減効果(持久力増強効果)が報告されている。
また,必須アミノ酸のうちのバリン,ロイシン,イソロイシンを指す分岐鎖アミノ酸(BCAA)は,筋肉の構成成分であるタンパク質のアクチンとミオシンの主成分であり,筋肉で代謝される良好なエネルギー源であることは良く知られている。BCAAの摂取には,持久力増強効果だけでなく,低血糖の危険を回避し,さらには運動による筋損傷を軽減させて血中乳酸濃度の上昇を抑制する効果があることが期待されている5)。
本稿では,筆者らが実施した研究結果をもとに「さとうきび表皮ワックス」「大豆および大豆発酵食品テンペ」「ルイボス」の疲労軽減効果について,紹介する。
βグルカンの機能−1
酒本 秀一、糟谷 健二
グルカンとはグルコースがグリコシッド結合で長く繋がった多糖の総称で,結合様式によってα型とβ型に分けられる。α型は糖構造の平面より下方向に置換基が結合したα-グリコシッド結合で,β型は平面より上方向に結合したβ-グリコシッド結合で繋がっている。αグルカンには1-4,1-4/1-6,1-6などの結合形態があり,米のデンプンや動物のグリコーゲンなどが代表例である。αグルカン類は栄養学的には重要であるが,機能性についてはそれ程重要視されていない。一方,βグルカンには1-3,1-3/1-6,1-3/1-4,1-4などの結合形態があり,酵母,キノコ,海藻,大麦,木質など多彩な物に含まれている。
βグルカンは,その構造と分子量の大きさから体内に殆ど取り込まれないか,極僅かしか取り込まれないとされている。従って,栄養学的には重要視されておらず,もっぱら色々な機能について研究が進められてきた。βグルカンには多くの機能が報告されているのに,何故その様な機能が現れるのかを纏めた例は少なく,断片的である。よって,本報告ではこれまでに明らかにされているβグルカンの機能と,その機能が現れるメカニズムを文献類と当社パン酵母βグルカンの試験結果を中心に要約する。
人体への寄生虫感染を警戒すべき食材(3)—日本海裂頭条虫の感染源となりうるもの(ノート)
牧 純、関谷 洋志、玉井 栄治、坂上 宏
Abstract
Maki J, Sekiya H, Tamai E and Sakagami H: Food that needs precautionary awareness for infection in human body (3)- Prevention of people from the infection with Diphyllobothrium latum in Japan(note)
It seems that Japanese people are rather indifferent to parasitic infections nowadays. However, they are unconsciously infected with parasites such as Diphyllobothrium latum, a kind of cestodes measuring 10 m long, to their astonishment. This parasite causes severe diarrhea and the aches of the abdomen following eating raw fresh salmon. Needless to say, we should be careful not to be infected with this parasite. The important sources of its infection have been demonstrated to be salmons. In addition to this fact, several fresh water fish have been incriminated as the second intermediate host. The distribution, life cycle, symptomatology of D. latum, briefly described in this communication, are also expected to be useful for the other preventions, namely the second and third prevention of this tapeworm disease.
価値ある学識を基盤とした「予防医学」「予防薬学」が必須の現代ではあるが,ヒトの感染症予防には必ずしも十分な注意が払われていないのが現状である。ここでは,その一例として激しい下痢と腹痛をもたらす日本海裂頭条虫症(広節裂頭条虫症)に着目する。これは条虫(俗称サナダムシ)の一種で,ヒトに感染すると腸管腔において10メートルもの長さに達することすらある。従来その感染源の代表は国内産のサケ,マスの刺身や切り身のオードブルとされてきたが,近年生鮮輸入品も大きな問題となっている。それにも拘わらず,意外と生の食べものに対する警戒心が足りない。本論文は,これまでの文献などの徹底的な調査を行い,生食により日本海裂頭条虫の感染源となりうる魚種,その予防対策,治療に関する概要を記載した。健康的な食生活を目指す上で有益な情報と考えられる。
関西が造りあげた発酵食品
田畑 麻里子、松井 徳光
発酵食品は各民族の食文化を特徴づける際に非常に重要な食品である。たとえば,世界中のほとんどの民族はそれぞれ独自の酒を持つという。また,発酵は最も古典的な食品の保存手段の一つで,数千年も昔から,人々は牛乳をチーズにしたり,野菜を漬物にしたりと,さまざまな発酵食品を作り,食材の乏しい季節を過ごした。さらに発酵食品は,成分が微生物の分泌する各種酵素によって分解されており,もとの食材にはない旨味を持つ。味噌や醤油といった日本を代表する調味料は,いずれも発酵食品である。
さて,日本は高温多湿の気候で微生物の生育に適しており,世界でも類を見ないほど多数の発酵食品を有する国である。その中でも関西という地域は,世界,あるいは日本内部のさまざまな地域との異文化交流を重ねながら,独自の文化を形成してきた地域である。とりわけ19世紀以前は,関西から全国に向けてさまざまな文化が発信され,日本の文化形成に大きな影響を及ぼしてきた。本稿では,さまざまな発酵食品の成立および発展と,関西との関わりについて述べる。
ユーラシア大陸の乳加工技術と乳製品
第11回 バルカン半島 ―ブルガリア南部の定住化移牧民の事例
平田 昌弘
ブルガリアという響きは,日本ではヨーグルト(酸乳)で有名な国とすぐに連想させられる。しかし,移牧に依存してきたブルガリアの人びとがヨーグルトばかりを食しているわけでもなく,食生活として乳を多角的に利用しているはずである(写真1)。ヨーグルトのイメージの強いブルガリアの人びとは,いったいどのような乳加工技術を適用し,どのような乳製品を利用しているのであろうか。乳利用の起原地である西アジアとヨーロッパとの地理的・自然環境的中間地点に位置するバルカン半島での乳加工技術は,レンネットによる凝固剤使用系列群に特化していくヨーロッパの乳加工技術の変遷を考察するにおいても,きわめて重要な情報を提供してくれることになろう。乳文化を研究する者にとって,是非とも訪問してみたい国の一つである。
本稿では,ブルガリア南部のロドピ山脈での乳製品とその乳加工技術とを紹介したい(図1)。ロドピ山脈こそ,ノーヴェル生理学医学賞を受賞したエリー・メチニコフが,ブルガリアに百歳に達した長寿者が多いのは,彼らの日常的に摂取している乳酸発酵乳のヨーグルトに因るのではないかとアイデアを得た場所である。
伝える心・伝えたいもの —焼畑が教えてくれたこと —
宮尾 茂雄
焼畑」という言葉を初めて耳にしたのは中学の社会科の時間であった。化学肥料などは使わず,森を伐採して焼き,それらを肥料として作物を作る原初的な農耕法であると思っていた。その後、お茶の起源を調べるなかで出会った「照葉樹林文化とは何か」の中で,佐々木高明氏は焼畑を「照葉樹林文化を支えるもっとも重要な生業」1)と位置づけ,中国,東南アジア,台湾,日本(西南日本・五木村など)と地域は異なっていても,火を入れて焼いた跡の焼畑で栽培される陸稲,アワなどの雑穀類やマメ類,サトイモなどのイモ類といった作物構成の類似性を指摘された。さらに興味深いことに,これらの地域の食文化には,粽やおこわなどのもち米食,なれずし,納豆,麹酒などの発酵食品,茶葉の食用や飲用などの共通性があった 1)。しかし遠い地域の話であり,一方,国内では戦後の高度経済成長期頃までといわれており1),現在焼畑が行なわれている地域があることを私自身は知らなかった。
朝日新聞の紙面 (平成22年8月)で,鶴岡市郊外で焼畑栽培や藤沢カブなど山形在来作物の発掘,保護,育成に取り組む山形大学農学部江頭宏昌先生の記事を目にした時,驚きとともに焼畑を身近なものと感じた。焼畑で栽培されたカブは従来の畑で採れたものと比べて美味しいとも言われているので,機会があれば是非訪れてみたいと思っていた。
持続可能な食と農を目指して
庄司 一郎
我が国では,過去40年余りで国民所得が大きく増加し,そのことにより日本人の食卓は,低タンパク質,低カロリーの食事から,高タンパク質,高脂質,高カロリーの欧米型へと大きく変化した。海そう,根菜,魚,大豆,米の5つを基本とする和食は,ヘルシーかつ栄養バランスが理想的で,これらの食べ物によって日本人の体と心が養われてきた。しかし,今日では肉等脂っこいものを沢山食べるようになり,生活習慣病の問題が出てきている。
人間はそれぞれ,長い間の食生活で培われてきた民族としての遺伝子が組み込まれている。日本人の腸が長いのは,質素な食生活をしてきたため,長くないと栄養素を吸収出来ないからである。これだけ短期間に食生活が激変した民族は他にいないのだから,体と心に驚くような現象が出てくるのは当然であろう。
最近,日本人はキレやすくなったと言われている。この要因としてミネラル不足が指摘されている。ミネラルには,興奮状態を抑える働きがあり,昔は海そうや根菜などから摂取していたが,この半世紀の間に摂取量が7分の1に減少したという調査結果もある。
薬膳の知恵(62)
荒 勝俊
女性は日常生活の中で,頭痛,眩暈,疲れ易い,顔色が悪い,動悸,多夢,不眠などの症状があって,特に生理の時期に出血が多くなり,各症状が悪化する場合がある。こうした状態で医師の診断を受けると赤血球,ヘモグロビンが少なく,貧血であると診断される。貧血は大きく分類すると急性貧血と慢性貧血に分ける事ができる。急性貧血の原因の多くは大出血,やけど,薬物中毒,アレルギーなどで,治療も明確である。慢性貧血の中で一番多いのは鉄欠乏性貧血であり,その原因は偏食,ダイエット,栄養不足,慢性の胃腸病,手術後,生理による大量出血などで,ヘモグロビンの合成が減少して引き起こされる貧血である。
中医学における貧血は,脾胃虚弱につながる。脾胃の働きにより飲食物が水穀精微に変わり,血生成が充実するが,脾胃が弱まる事で消化吸収が低下し血生成の不足を引き起こす。また,《気は血の帥,血は気の母》という理論が有り,血の生成は気と密接な関係が有る。気虚は血虚を招き,血虚はさらに気虚を引き起こす。
築地市場魚貝辞典(カマス)
山田 和彦
秋の築地。といっても9月のうちは,まだ日差しも強く,残暑の厳しい日が続くことが多い。夏の暑さで,食欲も,体力も減退ぎみ。はやく涼しくなって欲しいものである。とはいえ,夕暮れ時に隅田川から吹く風は,どことなく涼しくて,秋の足音も感じる。なにより日が確実に短くなって,日没時間が早くなってきている。夕暮れ時の築地には,明朝のセリ場に並ぶ魚を積んだトラックの入場が多くなってくる。日本各地から集まってくる水産物を満載したトラックは,首都圏の食料需要の一翼を担っている。現代の食欲の秋は,物流システムの上に成り立っているということだろうか。
今回は秋の魚,カマスを紹介する。築地市場には,主にアカカマスとヤマトカマスの2種類のカマスが入荷するが,ここでは断りのない限り,総称としてカマスを用いることにする。