New Food Industry 2011年 9月号
特定保健用食品の再評価と「新規-特定保健用食品」のあり方について
田中 平三、高橋 東生、原島 恵美子、宇野 文博
2009年7月に,ジアシルグリセロールを関与成分とする特定保健用食品(食用油)にグリシドール脂肪酸エステル(2010年8月,グリシド-ル脂肪酸エステルが発がん性物質グリシドールに代謝されることが動物実験で確認された)が検出された1)ことから,2009年11月に,消費者庁は「健康食品の表示に関する検討会」(以下,単に「検討会」と称す。座長=田中)を設置し,2010年8月,検討会は「論点整理」を行った2)。これを受けて,消費者委員会の「特定保健用食品の表示許可制度専門調査会」(以下,「専門調査会」と称す。座長=山田和彦氏)は特定保健用食品の再審査についての議論を始めた3)。2011年4月,消費者庁は,諸外国における機能性評価制度の調査及び諸外国において機能性が評価されている栄養成分等の機能性に関する学術論文のレビュー,研究機関等からのデータ収集を行い,10成分に対して保健の機能表示を認めることができるかどうかを検討するために,「食品の機能性評価モデル事業」を入札制で募集,落札すること(以下,「消費者庁モデル事業」と称す)を決定した4)。本稿では,このような状況を踏まえて,現在許可されている特定保健用食品の再評価,国際的に有効性が認められている健康食品・サプリメント(あるいは成分)が新規-特定保健用食品の候補となるか否か,新たに申請,許可される特定保健用食品の有効性評価のあり方について,私見を述べることとする。
パン酵母β-グルカンとブドウ種子抽出物を生物餌料経由でマダイおよびゼブラフィッシュ仔魚に与えた効果
酒本 秀一、糟谷 健二、山本 眞司、村田 修、海野 徹也
著者ら1)はニジマス用飼料にパン酵母β-グルカン(β-1,3/1,6-グルカン:以下グルカンと略記)やブドウ種子抽出物(Grape Seed Extract:以下GSEと略記)を添加すると魚の抗病性が向上することと,これにビタミンCやビタミンEを併用するとより効果が強くなることを明らかにした。次いで,アユへの試験物質投与時に肝臓遺伝子の発現状態他がどの様に変化するかを調べた2)。その結果,グルカンとGSEによって補体C3群に関連する遺伝子の発現が上昇し,ビタミンCとEの併用によって更に補体C4群に関する遺伝子の発現が上昇していた。また,白血球の遊走能,貪食能,殺菌能,血漿のリゾチュームなども活性化されていた。この様に,グルカン・GSE・ビタミンC・ビタミンEは主として非特異的免疫系を強化することによって魚の抗病性を向上させていると判断した。また,免疫系に関する遺伝子以外にも,生体内抗酸化作用やストレス耐性に関する遺伝子など,多様な遺伝子の発現状態が変化していた。
魚の一生のうち,どの発育ステージで大量死が起こっているかについて言及すれば,致死性の高い感染症が発生した場合を除き,大部分が種苗生産(養殖や放流用に,水産動物の子供を他の生物に食べられにくくなる大きさまで人間が管理しながら,安全な陸上水槽や海面生簀で育てる事業を一般に種苗生産と称する)の初期段階で起こっており,原因不明の大量死である場合が多い。このステージの魚(仔稚魚)は胃腺が未発達でペプシンや塩酸の分泌が無く,食べ物(特にタンパク質)を消化・吸収する機能が未だ十分に発達していない3)。従って,写真1に示すシオミズツボワムシ(Brachionus plicatilis:以下ワムシと略記)やアルテミア(Artemia salina:ブラインシュリンプとも称される)などの生物餌料に魚に必要な栄養素を強化して与えるのが一般的で4),配合飼料は使用されない5)。
高血圧を予防するコーヒーの薬理学
岡 希太郎
医薬品が病気の治療にどれだけ貢献しているかということを,数値を使って表現できる。図1は,患者の治療満足度(横軸)と薬剤貢献度(縦軸)の関係1)を加工したものである。座標のほぼ対角線上に並んだ疾患分布は,患者を満足させる要因がくすりの効き目であることを示している。図右上の高血圧では,患者が降圧薬の効き目にほぼ満足していることが窺える。前回(Vol.53, No.5)のアルツハイマー病は左下なので,高血圧とは対照的である。
一方,過去の疫学調査でコーヒー飲用が罹患リスクを軽減する病気が数多い2, 3)。図1で,それらの病気を太線で囲ってみると,全部で59疾患のうち15疾患(25%)で予防効果が期待できるのである。コーヒーという日常の飲みものがこれだけ多くの病気リスクを下げている事実は,高価な医薬品が限られた数の適応症にしか効かない現実と対照的である。
コーヒーの病気予防効果と医薬品の疾患治療効果の差は,漢方薬と合成薬の効き目の差とよく似ている。即ち,合成薬には適応症があるが,漢方薬には「証」はあっても適応症はないということである。漢方薬と食べもの成分は基本的に同じなので,コーヒーの「証」というのは,コーヒー飲用でリスクが軽減される病気の集合であるのかも知れない。今はまだ推測の段階であるが,本稿ではコーヒーの「証」から外れている高血圧について解説する。
人体への寄生虫感染を警戒すべき食材(2)
—肝吸虫(旧名肝ジストマ)の感染源となるもの(ノート)
牧 純、関谷 洋志、玉井 栄治、坂上 宏
哺乳類は母乳を介して多量の抗体を新生仔に与える。与えられた抗体は母動物が生息している環境の病原性微生物を認識したものである。そのために新生仔の能動免疫系が成立するまでの間,母乳からの抗体は新生仔の感染防御に寄与する。
1900年代初期に,ヒトはこのような母乳を介した抗体の受け渡し機構に着目し,牛乳IgGを感染予防に用いることの検討を始めた1)。1950年代後半から研究を進めていたスターリ研究所(Stolle Milk Biological Internationa1社とその後社名変更)は,1987年にヒトの感染性細菌26種類を注射したウシの乳汁を原料にした健康食品の製造法の特許を取得した。同社は1992年にこの特許に基づく食品を開発し,台湾を始めとして,アメリカ合衆国,ニュージーランド,香港,韓国,マレーシア,日本などで販売してきた2)。
この牛乳IgGを含む食品の摂取による体調の変化に関する各国での聞き取り調査結果は,アレルギー性疾患,リウマチ性関節炎,血清コレステロール,悪性腫瘍,血圧,頭痛,嘔吐,食欲不振,消化不良,便秘などの改善を示した。しかし,それらの改善効果が免疫に用いた病原性細菌を認識した牛乳IgGに由来するという科学的根拠は乏しい3)。
筆者らは,牛乳タンパク質やその消化物の免疫調節機能を系統的に調べる過程で,大腸菌とその牛乳IgGを経口投与したマウスの獲得液性免疫系が強く抑制されることを観察し,その抑制メカニズムに関する興味深い知見を得た4)。本総説は,牛乳IgGのマウスにおける獲得液性免疫調節機能と,パン酵母に特異的なIgGを含むシバヤギ乳IgG分画のマウスでのI型アレルギー軽減作用を中心にまとめた。
既往文献にみられる食用および薬用昆虫について
沼田 卓也、中澤 留美、畑井 朝子
人類は雑食性で,昆虫のほかに果実,葉,花蜜,樹脂などを食して,その食性を温存しながら今日に至っているといわれる1)。しかし,世界の人口が21世紀後半には,100億人を突破すると推定されており2, 3),この増加する人口に必要なタンパク質を供給するためには,従来の家畜や魚類などのタンパク質源だけでは不十分だと考えられている。そして新しいタンパク質源が必要になった時に候補のひとつとして注目されているのが昆虫である4)。昆虫は180万種を越すといわれるほど多様な生物群であり,その体は水分を除くとタンパク質と脂肪が主成分で,一般的に成長が早く増殖率も高いので,タンパク質生産には向いている生物であり,食糧難到来時には非常に重要な食料になり得るものと考えられる。そこで昆虫食を見直す目的で,文献に見られる過去の事例についてまとめた。また,この調査の過程で,昆虫が薬用として利用されている事例も多いことがわかり,薬用昆虫についてもまとめることにした。
おいしさを評価する方法の探索
中野 久美子、伏木 亨
おいしさは食品や料理の重要な要素である。おいしさを理解し定量化することは,食品の開発やマーケティングにおいて必須であり,ヒトが食を楽しむために重要である。おいしさは,五感による感覚やパッケージ,盛り付け,価格,メディア情報等の認知情報,雰囲気や同伴者の有無等の摂食環境である外因性要素,身体的心理的状態等の摂食者の条件である内因性要素の様々な要素が統合されて感じると考えられている。現代社会において人々に供される食の多様化が著しく,同時に個人の価値観も多様化し複雑な要素を内包するようになってきた。おいしさは,過剰に依存する傾向のある食情報,生活環境やライフスタイルに適応しながら育まれた食文化,さらには個人の満足感や幸福感を継続したいという快楽追求の要素も含んでいる。このようなおいしさの判断の多様性を構成する要素を整理して,おいしさをシンプルに総合的に捉え,客観的に評価する方法について検討した。
業界に新風 驚くべきヒット食品 −「マルコメ液みそ」マルコメ株式会社 −
田形 睆作
細菌の細胞はそれ自身に「色」がついていない。そのため細菌細胞を観察し易くするために様々な染色法や標識法が開発されてきた。その中で「蛍光標識テクノロジー」は近年最も注目され汎用的になった細菌検出技術であり,①蛍光色素を用いる染色法,②蛍光標識物質を用いる方法,③蛍光タンパク質遺伝子を発現させる方法などがその主体的技術として知られている。蛍光色素による染色にはアクリジンオレンジ,DAPI (4', 6-diamidino-2-phenylindole),臭化エチジウムなどが用いられている。これらの色素は細胞内の核酸と特異的に結合する性質があるため,培養困難な細菌も含めた試料中の全菌数を蛍光顕微鏡などにて直接計数することができる。蛍光標識物質を用いる方法には,蛍光抗体法や蛍光in situ ハイブリダイゼーション(fluorescence in situ hybridization: FISH)がある。FISHは,FITCやTAMRAといった蛍光物質を標識したオリゴヌクレオチドプローブを目的の遺伝子と会合反応させ蛍光顕微鏡などで検出する方法である。細菌の16S または23S rRNAの特異的な配列と相補的なオリゴヌクレオチドプローブを使用することが多く,環境試料1)や腸内細菌叢の群集構造解析2)に利用されている。FISHの最大の利点は,検出したい特定の細菌だけを検出することができる高い特異性である。蛍光タンパク質遺伝子を発現させる方法は,細菌を生かしたまま可視化できる特長がある。オワンクラゲから単離された緑色蛍光タンパク質(Green fluorescence protein: GFP)に代表される蛍光タンパク質遺伝子を遺伝子組換え技術を用いて細菌ゲノムやプラスミドに導入することで蛍光タンパク質標識細菌を創出することができる。現在は緑色(GFP)だけでなく,シアン(CFP),黄色(YFP),赤色(RFP)による標識が可能となり,デュアルあるいはマルチの蛍光検出系も利用できるようになっている。
業界を変えた驚くべきヒット食品−「こくうま」東海漬物株式会社 −
田形 睆作
2009年(平成21年)3月に発売を開始した『マルコメ液みそ』は発売3ヶ月で100万本を突破した。商品としては『液みそ 信州みそ』と『液みそ 合わせみそ』の2品を発売。商品特長は使いやすい液状タイプのだし入り味噌。容器はボトルで入目は550g,小売価格は350円(税抜き)である。3ヶ月間の販売でお客様からの声として①簡単に味噌汁から煮物,焼き物,鍋物のたれまで作れる。②味はだしの効いた本格的なみその香りがあり,毎日飲んでも飽きのこない味などが評価を得ている。③3月中旬からオンエアを開始した,タレントの上地雄輔さんを起用したテレビCMが主婦および若年層(6〜17歳),高齢層(60歳以上)の女性を中心に高感度が高い。また,2種類の売り上げ構成比はほぼ1:1であり,関東,近畿圏を中心に売り上げを伸ばしている。『マルコメ液みそ』についてさらに詳しく,マーケティング部須田信広マーケティングチームリーダーに取材した。
伝える心・伝えられたもの —島めぐり 夏 —
宮尾 茂雄
高松市とその周辺の島々を結ぶアートフェスティバル「瀬戸内国際芸術祭2010-アートと海を巡る百日間の冒険-(開催期間:2010年7月19日~10月31日,主催:瀬戸内国際芸術祭実行委員会,同会長浜田恵造香川県知事)」が開かれているので,島めぐりをしようと珍しく娘に誘われた。アートってなんだろう,日頃「アート」と縁のない私が尻込みすると,「楽しめばよいから。」とさっそくチケットの手配をしてくれた。
9月初めの高松市内は日差しが強く,少し歩くだけで汗がふき出すような暑い夏が続いていた。最初に香川県立ミュージアムを訪れた。「瀬戸内の神仏とまじない道具」-「大漁エビス」から「イワシの頭」まで-という企画展が開かれており,興味深かった。危険と隣り合わせの漁業は「板子一枚,下は地獄」1)といわれており,海上の安全を願うお宮が各地に祀られている。毎朝,漁師たちは自分の船のフナダマサン(船霊様,船を守る神様)にご飯をお供えして,漁の安全を祈ったという2)。また大漁の神様エビスサン(讃岐地方では「オイベッサン」)も漁師に篤く信仰され,小さな漁港でもエビス堂が祀られていると解説にあった2)。その後訪れた島々では,海を往来する人や船を見守るように海の見える高台には神社があり,港のすぐ傍,海が荒れた時には波をかぶる海辺に,えびす様をお祀りしているのが印象的であった。
ユーラシア大陸の乳加工技術と乳製品
第9回 中央アジア―カザフスタンの事例
平田昌弘
本稿では,中央アジアのカザフスタンでの牧畜民の事例を中心に,乳製品の種類とその加工法について紹介したい。
カザフ系牧畜民世帯を訪問すると,テーブルいっぱいに並べられた乳製品,パン,ジャムと乳茶でもてなしてくれる(写真1)。カザフ系牧畜民にとっても,乳製品が重要な食材となっていることが理解される。家畜に多くを依存するカザフ系牧畜民であるが,20世紀に入ってのロシア人による耕種農業の導入,ソ連邦下における家畜の集団化を通じて,カザフ系牧畜民は半農半牧化し,定住化していった。これら一連のカザフ族における家畜飼養のロシア化によって,ヒツジ・ヤギの比重は低下し,カザフ族にとって比較的新しい家畜である乳牛を主に飼養するように変化していった(野部,1989)(写真2)。カザフ族の口頭伝承に,「豊かな牧民は,ヒツジ,ヤギ,ラクダ,ウマの四畜を飼養する」という言い伝えがある。遊牧をおこなっていたカザフ系牧畜民にとって,もともとはウシは中心的な飼養家畜ではなかったのである。現在では,ヒツジ・ヤギからは搾乳しなくなっている。
薬膳の知恵(60)
荒 勝俊
日本には“冷え症”に悩む女性が,二人に一人はいると言われており,日本特有の現代病である。 “冷え症”とは,腰,腹,四肢といった身体のある特定の部分だけが不快な冷たさを感じる症状を言う。ひどくなると頭痛,めまい,のぼせ,下腹部痛,不眠症,息切れ,不感症などの神経症状を起こすことが多く,また下腹部の冷えによる便秘や下痢,食欲不振などの症状を呈する事もある。原因としては,皮下脂肪過多,自律神経機能の失調,循環器系障害,ホルモンバランスの乱れ,不妊症,低血圧,貧血などが挙げられているが,その実態もよくわかっていない。西洋医学では,体の冷えを主症状とする状態を“冷え性”と規定しており病気として扱われていないが,中医学では“冷え症”といい,臨床では①血の巡りが悪いタイプ,②津液の代謝が悪いタイプ,③新陳代謝が悪いタイプ,④気の巡りが悪いタイプ,に分けられ,それぞれの証に合わせて治療されている。
スウェーデンの食卓 ―スウェーデン発 職人手作りの食材との出会いー
深澤 朋子
総面積が約 45万平方キロ,日本よりやや広く,日本全土に北海道をもう一つ足したくらいのスウェーデンは,スカンジナビア半島の東側を占め,北東はフィンランド,北西はノルウェー,南西はデンマーク,東 はボスニア湾とバルト海に面しており約2,700kmの海岸線を有している。国土の半分ほどが自然のままの森林に覆われており,約9万もの湖沼がある。中南部に最大のヴェーネルン湖と2番目に大きなヴェッテルン湖が位置する。肥沃な地はスコーネ県しかなく,中部から北部は農業には適さず酪農が主である。人口は約935万人(日本の約1/12,人口密度は約1/19程度),首都ストックホルムには約 83万人が住んでいる。
スウェーデンの食文化は,伝統と新しい味の発見の宝庫であるといわれている。清らかな自然,うつりゆく美しい四季,伝統的な郷土料理の影響が色濃く,現代の消費者にとっても興味深いものである。その食文化を海外へ発信する役割をFABULOUS FLAVOURS OF SWEDEN(FFOS)が担い,2010年6月1日スウェーデン大使館にて,セミナーと展示会が開催された。展示会の事務局はスウェーデン国内各地の選びぬかれた農場や食材メーカーを訪ずれ,スウェーデンが誇る最高の味を発掘し続けている。食の伝統技術を継承するとともに,安全でおいしい最新のガストロノミーへと進化させている。