New Food Industry 2011年 6月号
食用紫菊花の蛋白糖化最終生成物(AGEs)生成抑制用の研究
北野 貴大、八木 雅之、埜本 慶太郎、堀 未央、庄野 繁一、米井 嘉一、原 高明、原 英郎、山路 明俊
「食用菊花」(Chrysanthemum morifolium)は伝統的に解毒や解熱,消炎,目のトラブル全般(目のかすみ,渇き,かゆみ,視力の低下,疲れ目,目の充血など)への作用を目的に用いられてきた食経験豊かな素材である。最近の研究から,「菊花」中のテトラクマロイルスペルミンには糖尿病由来の腎機能低下や糖尿病性神経障害に影響を及ぼすとされる細胞内グルタチオンの産生を高める作用があることにより解毒作用をもたらしているという報告12)や,これらの菊花がCMLやPentを指標にしたAGEs形成を強く抑制する13)との報告がある。このため菊花は眼球関連のタンパク質の糖化も抑制する可能性も考えられる。
食用菊花の主な品種としては延命楽,阿房宮,八戸一号,十六夜などがある。これらのうち,延命楽,阿房宮はそれぞれ紫色,黄色の花を有する優良なキク品種で広く栽培されている。そこで,本研究では「抗糖化」をキーワードとした健康食品・化粧品素材しての可能性を模索することを目的とし,「食用菊花」のうちえんめい楽粉末及び抽出物(EE)に注目し様々な抽出方法を試み,阿房宮抽出物(AE)を比較対象としAGEs生成抑制作用を検証した。
海藻由来成分メカブフコイダンの機能性 −食品成分による免疫機能の賦活−
吉永 恵子
長寿者の多い村と少ない村の比較調査を行うため,昭和10年頃から35年以上にわたり全国990ヶ所以上の市町村を歩き続けた研究者,近藤正二氏(当時東北大学教授)は「海藻を毎日のように食べる村では脳卒中にかかる人が断然少ない」と報告している1, 2)。海藻の中でもわかめは日本人にとって非常になじみの深い海藻だが,近年の研究から,わかめは高血圧や肥満の緩和に有効であることが明らかとなり3),近藤氏の疫学調査を裏付ける研究結果が得られている。消費者の海藻に対するイメージ調査では,実に100%近くの人が「健康的」なイメージがあると回答しており,消費者が抱くイメージと科学的事実が一致している食材である(図1)。
本稿ではわかめの中でも胞子が育つ「メカブ」より抽出したフコイダンの健康機能性について免疫賦活作用を中心に報告する。
酸化されるポリフェノール,その安全性と機能
藤本 彩、増田 俊哉
二つ以上のフェノール基を有する天然物質やそのエーテル体は,化学構造的にポリフェノール(広義)と定義され,通常,植物のみが生成することができる化合物であり,ほとんどの植物の含有成分となっている。したがって,植物資源を高度に有効利用する上で,ポリフェノールを利用することは重要と言えよう。ポリフェノールには,タンニンや染料など,古から利用されてきたものもあるが,他の多くのポリフェノールは,植物由来の機能性成分としてあまり顧みられることはなかった。しかし,最近になって,このポリフェノールが有する様々な健康機能が発見され,ポリフェノールを含む植物性食品や高濃度に添加した機能性食品などが注目されている。様々なポリフェノールの有用機能の中でも,その抗酸化作用は大変顕著であり,ポリフェノールの健康機能の多くはこの強い抗酸化作用に関連しているとも言われている。そのため,抗酸化性に関連したアンチエイジングや生活習慣病の予防など,ポリフェノールの応用が期待されている。
ところで,ポリフェノールの持つ強い抗酸化性は,化学的な観点から,ポリフェノールが他の生体成分よりも酸化されやすい性質に由来する。より強い抗酸化性を示す物質はより速く酸化されるのである。たとえば,食品は,保蔵中に酸化により栄養成分が徐々に劣化していくが,ポリフェノールが含まれている食品では,その酸化を防ぐことができる。しかし,このときポリフェノールは抗酸化性を示しながら酸化されてしまい,酸化物が生じているであろう。ポリフェノールは第7の栄養素とも言われ,現在の食品科学の重要な研究対象である。
発芽小麦ふすまの製パン性に及ぼす影響(本文はCereal Chem. 2010. 87(3):231-236.にもとづく解説である。)
瀬口 正晴
小麦を24℃の暗所で1,2,3,5,8日間発芽させて,そこからふすまを調製した。ふすまを小麦粉に10% 加えたものを用いて製パン試験を行った。製パン特性(パン高mm,比容積cm3/g)は,発芽ふすまを小麦粉にブレンドすることによって経時的に次第に改良された。5日目のふすまを混合したものが最も製パン性がよかった。しかし8日目になると製パン性改良効果は失われた。RVA,ファリノグラフの測定結果から,RVA最高粘度とファリノグラフのテール角度(下方への)の最大増加は,それぞれ3日目と5日目のふすまを混合した小麦粉で得られた。それらの変化はふすま中の酵素の作用によると思われた。α,β-アミラーゼ,リパーゼ,プロテアーゼ,キシラナーゼ活性を調べたが,そのうち製パン特性とα-アミラーゼ,キシラナーゼ活性との間に大きな相関があった。
滴定による簡便で正確な緩衝能測定法について
星 祐二
緩衝能(β)とは,Van Slykeによって最初に提唱された概念で,pHを 1単位変化させるのに必要な塩基のモル濃度と定義され1),緩衝価(buffer value)とも呼ばれる。食品のコクや旨味,渋味,酸味,味のふくらみなどは,弱電解質の量と組成に大きく影響されるので緩衝能との関係も深く2),また,食品の緩衝能は,味噌,醤油,日本酒の熟成程度の判定やお茶の品質評価の目安ともなる重要な物理化学的特性である3)。例えば,味噌では,古くから緩衝作用と熟成期間や官能結果との間に相関が認められており4, 5),緑茶でも緩衝能の強さの順と通念による品質の順位の間に強い相関が認められている6)。茶類に関しては,緑茶,紅茶,ウーロン茶の緩衝能の比較も行われ,「ウーロン茶は二番出しを飲む方が味は良い」という経験的な言い伝えと緩衝能とがよく一致する結果も得られている2)。清酒においても,緩衝能は清酒の香味,ことにゴク味,ふくらみに関係する因子として古くから研究されてきたが,梅津らは清酒の緩衝能におよぼす成分各区分の寄与率を求めている7)。さらに,一般に言われているだしのコクの強さと緩衝能曲線の高低が一致していることから,昆布・かつお節などのだし汁の最適抽出時間と緩衝能の関係など,調理科学的側面からも食品の緩衝能測定は有用な情報を提供する手段となっている8)。このように食品の品質と緩衝能の関係は深く,以前から食品分野でも注目され,幅広く研究されている。
過熱蒸気を熱源とする減圧噴霧乾燥機(VSD)の構築
北村 豊、山野 善次、山崎 和彦
乾燥は食品の長期保存や加工運搬に必要不可欠な単位操作である。乾燥には,熱の供給方法や周囲の気体の状態により様々な技術が知られている1)。本稿で紹介する減圧噴霧乾燥機(Vacuum Spray Dryer,以下VSD)は,対流熱風乾燥の一つである噴霧乾燥機(Spray Dryer,以下SD)を基盤として開発したものである。SDは一般に乾燥塔内における高温気流中に液状物質を噴霧して,瞬間的に乾燥する方法であり2),液状素材から直接粉粒が得られる,連続・大量生産が可能である等の長所が挙げられる3)。そのため,全脂・脱脂粉乳やインスタントコーヒー,粉末油脂,粉末調味料,粉末果汁などの食品にとどまらず,ファインセラミックス,超合金や顔料,染料,有機化合物,無機化合物,医薬品など広範囲な産業素材の造粒製造設備として採用されている。しかし,SDでは水の沸点である100℃以上の熱風が使用されることから,生成された粉粒は乾燥塔やサイクロンでしばしば高温にさらされる。そのため熱変性を起こしやすい成分たとえばプロバイオティクス(有用菌),ビタミン,酵素,芳香物質などを含む素材の噴霧乾燥では,タンパク・脂質の変性,揮発成分の散逸など,望ましくない変化の起きる可能性がある4)。これら感熱性素材をSD乾燥する場合には,熱風温度を低めに設定する場合もあるが,乾燥塔壁面への製品付着とそのロス,不均一な乾燥等の問題を伴うことが指摘されている5)。
大豆イソフラボンサプリメントが閉経期女性の骨代謝マーカーに及ぼす影響
− 無作為化比較試験のメタ分析−
卓 興鋼、石見 佳子
閉経後骨粗鬆症は,エストロゲン(estrogens)濃度の急激な減少により引き起こされた高回転骨代謝に起因すると考えられている1, 2)。高回転骨代謝は骨密度の低下と骨折リスクの上昇とも関連している3)。骨密度とともに,骨代謝マーカーは骨折リスクの生体指標と考えられるようになった4)。骨代謝マーカーは,骨吸収マーカー(例えば,尿デオキシピリジノリン(DPD),尿I型コラーゲン架橋N-テロペプチド(NTX),I型コラーゲン架橋C-テロペプチド(CTX))及び骨形成マーカー(例えば,血清骨型アルカリフォスファターゼ(BAP),オステオカルシン(OC),Ⅰ型プロコラーゲン–N–プロペプチド(PINP))に分けられ,骨粗鬆症の診断及び治療効果の評価に使用されている5)。
骨代謝マーカーは骨密度或いは骨折リスクの変化より早く変動し,且つ大きく変化する。治療の初期における骨代謝マーカーの低下は,長期的な骨折リスクの低減を反映する可能性が高い6, 7)。従って,骨代謝マーカーの適切な評価は,特定の治療を継続するか否かについて最も早い指標を提示することになる。骨粗鬆症治療薬(例えば,ビシホスフォネート,ラロキシフェン,エストロゲン)はDPDやNTX,CTX,BAP,PINPで評価可能であり,治療の過程において骨代謝マーカーが初期値からの変化が最小有意変化(minimum significant change: MSC)を超えたときにのみ,薬剤効果があると判定できる5)。
ユーラシア大陸の乳加工技術と乳製品
第6回 南アジア―インドの都市部・農村部の事例1:乳のみの乳製品
平田 昌弘
インドには,ユーラシア大陸においてインドのみにしか観られない乳加工技術がある。ライム汁(植物有機酸)を凝固剤にしてチーズを加工したり,加熱濃縮系列群の乳加工を採用したりと,大変珍しい技術が存在している。また,乳製品の菓子である乳菓にも種類が多い。鴇田の報告(1992)からも分かるように,類似した乳加工技術や乳製品がインドでは多種多様に発達している(図1)。新しい乳菓を開発しようとしている菓子職人,和食と乳製品との融合を図ろうとしている開発者には,ぜひインドを訪問されてみられるとよい。斬新なアイデアが得られることであろう。
本稿と次号Vol.53 No.7ではインドの都市と農村での事例を中心にして,乳製品の種類とその加工法,そして,利用のされ方について紹介する。インド乳製品の多様性の整理を試みるために,本稿では類型分類法として,乳のみを素材とした乳製品と添加物を付加した菓子的な乳製品とを区別するために,乳のみを原材料として加工した乳製品を「乳のみの乳製品」,乳を主な材料にし,砂糖やナッツ類などを添加して加工した菓子様乳製品を「乳菓」として区別する。「乳のみの乳製品」には,酸乳,バター,チーズ,バターオイル,バターミルク,クリームなどを含み,その製造工程は乳のみを原料とした加工技術により構成される。一方,「乳菓」を加工する工程は,「乳のみの乳製品」に添加物を付加し,乳製品を様々な菓子に加工する乳加工技術となる。本稿では,インドの複雑な乳製品の土台となる「乳のみの乳製品」について先ずは報告する。
雑感 大阪淀屋橋散策(適塾,道修町界隈)
門脇 修一郎
勤務の関係で大阪に住んで5年になります。大阪は京都や奈良ほどには観光地化されてませんが大阪城や住吉大社,天神祭で有名な大阪天満宮などいたるところに歴史を感ずることができます。船場という地名をお聞きになったことがあるでしょう。大阪梅田から地下鉄御堂筋線で南に一駅,淀屋橋があります。ここから次の本町,心斎橋にいたる一帯がいわゆる船場と呼ばれる地域で,江戸時代から戦前まで商都大阪の中心として栄えたところです。豪商だった鴻池邸跡,銅座跡,堂島米取引所跡などここかしこに残る遺跡,遺構に往時を偲ぶことができます。銅座というのは銀座ほどにはなじみがない言葉ですが日本は江戸時代を通じて世界有数の銅産出国でした。それで財を成したのが住友です。また堂島の米相場が今日につながる先物取引のさきがけになったのも有名な話です。かつての商都大阪は頼もしかったですね。本稿では会社周辺の散歩コースから薬に関係するところをご紹介しましょう。
薬膳の知恵(57)
荒 勝俊
人間が体内に脂肪を溜め込む理由は,人類の歴史の中で飢餓に備えて余分な脂肪を体内に蓄えるように進化してきた証である。一方,飢餓の時代が去って飽食の時代になった現在,こうした脂肪を溜め込む機能はメタボリックシンドロームや生活習慣病を引き起こす原因となってしまった。こうした現代社会における肥満の引き金は数多くあり,その背景も昔と今ではずいぶん異なっており,その予防に大きな関心が注がれている。こうした予防に力を発揮するのが中医学的発想から構築された養生法である。
中医学は,《すべての物質は陰陽二つの気が相互作用し,表裏一体で構成されている》と考える(陰陽学説)と,《宇宙に存在する全ての事象は“木・火・土・金・水”と呼ばれる五つの基本物質から成り,その相互関係により新しい現象が起こる》と考える(五行学説)に基づいた独自の整体観から構成されている。中医学における治療は,古代帝王の神農が草木の薬効などを記した「神農本草」を基に,医療技術と調理技術を双方修得した食医がおかれ,医療と食事を兼ね揃えた“薬食同源”という観点から食療法としての“薬膳”が形成された。即ち,“薬膳”とは《中医学の基礎概念である陰陽五行学説に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作った食養生》のことである。薬膳には①食養生としての薬膳と,②治療補助的な意味の薬膳があり,病気予防を目指す薬膳は“養生薬膳”に属している。
中医学において肥満体質は,主に腎と脾の2つの臓器から考える。そして,肥満の原因は,①食べ過ぎ,②食べたものがうまく代謝されない,③食べたものが身体の栄養にならずに脂肪として体内に残ってしまう,という3つに分類される。今月はこうした肥満に対する養生法を紹介する。
築地市場魚貝辞典(マダイ)
山田 和彦
春のうららの隅田川。築地市場は,その隅田川に面している。市場の北側の入り口がかちどき門。その門を出ると,すぐかちどき橋である。ここから上流に向かって,川沿いの遊歩道が整備されている。遊歩道のあちこちには植栽があって,四季折々の花も見られる。築地周辺では,桜はそれほど多くはないが,それでも,桜が咲くと周囲が明るくなったような気がする。水ぬるむ川面を流れる桜の花弁は,春の風景の1つであろう。場内の隅田川沿いには,活魚売り場がある。たくさんの生簀が並び,毎日,生かしたまま日本各地から送られてくる魚が入れられる。北海道から生きたホッケ,九州からのハタの仲間。いろいろな種類にまじってマダイも入荷する。桜色をした生きたマダイは美しい。今回は,そんな春のマダイである。