New Food Industry 2011年 3月号
酵素処理品を使用した食品の味質および機能性の開発
貴戸 武利
日本人の食生活は世界的に見ても変化に富んでおり,量,種類,質すべてにおいてとても豊かだと言われている。諸外国の料理をそのままに,または好みの味に修正し日々の食生活に無理なく組み込むことが上手く,その結果,レストラン等の外食産業における店舗の多様性はもちろんのこと,スーパーマーケットなどの店舗にも非常に多くの品が並んでいる。海外の食文化が流入しなかった時代においても味噌,醤油,酒,納豆に代表されるように,微生物による発酵を巧みに利用して食生活をより豊かにしてきた工夫の例は尽きることが無く,食生活を豊かにする為の飽くなき追求は,我々日本人の古来よりの習性と考えて良いだろう。さらに近年では機能性食品,健康食品等の名称が一般的になりつつあり,食品は味質,多様性,安全性に加えて健康面への寄与の追及も当然のこととなりつつある。我々は意識することなくこれらの恩恵にあずかっている。
東洋精糖株式会社(以下,弊社)では,主幹となる砂糖の供給の他に,様々な機能性を有する酵素処理製品を販売し,微力で小範囲でありながらも皆様の食生活,および健康維持に貢献してきた自負がある。これに関して2007年5月号では,酵素処理ルチンの基本的な物性,および,利用例を紹介した。今回は酵素処理ステビア(商品名:αGスイート),酵素処理ルチン(商品名:αGルチン)を中心に,酵素処理製品の全般にわたって最新の動向をご紹介する。
新世代の低分子化ポリフェノール(Oligonol)の機能
高成 準、福地 有希子、三浦 健人
ポリフェノールは植物界に広く分布する成分で,抗酸化活性などの機能性を有し,食品工業においても幅広く利用されている素材である。食の機能性が見直されつつある昨今,ポリフェノールの高い抗酸化作用が注目され,最近はその研究報告が急増している。その中でも,カカオ,ブドウ,カキ,バナナなどに含まれている色素成分であるプロアントシアニジンは,カテキンの重合体で,渋味・苦味を有する物質として知られている。プロアントシアニジンは,in vitroでは高い抗酸化活性を示すが,高分子である所以から経口的に摂取された際に生体への吸収性が低く,in vivoでの抗酸化活性は期待されるほどに高くない。また,高分子のプロアントシアニジンは,水に対する溶解性が低く,口腔内で唾液タンパク質や粘膜と結合して渋味を呈することから1)食品産業における利用は困難であるとされてきた。
我々は長崎大学薬学部との共同研究により,このプロアントシアニジンを食品産業上利用できる形で低分子化することに成功し,oligomer polyphenolを略して“Oligonol(オリゴノール)”と名づけた。Oligonolはin vivoで高い活性を発揮できるのが特徴であり,本報ではこのOligonolの製法,構造,機能性について紹介する。
血管機能とペプチド
松井 利郎、田中 充
「食事バランスガイド」や「健康日本21」等の健康の維持に関する施策が提案され,食生活の乱れが疾病誘発要因のひとつとなっている可能性が指摘されている。他方,「特定保健用食品」が健康維持を補完する食品として登場して以来,ある種の食品成分は生活習慣病の予防・改善作用を有する機能体として働く可能性があることが実証されつつある。現在認可されている特定保健用食品の保健用途は「高血圧予防」,「血糖値上昇抑制」,「中性脂肪・体脂肪低下」,「コレステロール低下」,「整腸」,「骨の健康維持」,「ミネラルの吸収促進」及び「歯の健康維持」であり,これまで960品目(平成22年9月30日現在)もの食品が上市されており,その市場規模は2009年度において5,494億円に上る。さらに,近年での食機能性に関する基礎研究分野の進展を勘案すると,食品成分には上記保健機能だけでなくさらに潜在的な生体調節機能を有している可能性がある。そこで本稿では,腸管吸収後の生理作用発現が期待され,高血圧予防食品成分として認可を受けているペプチドの新たな機能について,特に血管機能に対する改善作用の可能性を中心に論じる。
岐阜大学ブランド野菜「仙寿菜」の開発とその特色
大場 伸哉
平成20年に,岐阜大学は野菜用アマランサスを「仙寿菜」として商標登録した(図1)。仙寿菜は,鮮やかな赤色の葉を持つことを特徴とし,主に夏場に栽培できる葉野菜である。仙寿菜の味は,殆ど癖がなく,ホウレンソウ同様の調理用途でも使えるが,なんといっても鮮やかな赤色の葉を活かして,彩や付け合わせ野菜として,あるいはスプラウトとしての活用,加工食品の色づけ等への利用が大いに期待される。
仙寿菜のもととなった野菜用アマランサスは,日本では馴染みの少ない野菜であるが,熱帯地域の国々では広く栽培されている。日本で栽培される葉野菜は,キャベツやホウレンソウなどの地中海近縁部を起源地に持つ野菜か,ハクサイやコマツナなどの中国から日本にかけての地域を原産とするものが多く,これらは冷涼な季節に生育する冬野菜である。このため夏季の暑い時期には,栽培が適さなくなり,市場では品薄になりがちである。一方夏用の野菜としては,果菜類が中心となり,ピーマンやトマトのように中南米を起源とするものや,ナスやキュウリのようにインドからアフリカにかけての暖かい地域を起源地とするものが多くなる。
近年,地球環境の温暖化が進む中で,夏季の野菜栽培にも,この影響が表れつつある。そうした中で,夏に栽培が適した葉野菜である仙寿菜は,今後注目されていく可能性がある。そこで本稿では,野菜用アマランサスの紹介と,特にその中でも葉色に顕著な特徴のある仙寿菜について紹介を行う。
「食の安全・安心」の記述内容集計で利用するカテゴリー表
柳本 正勝
食品の安全性を議論する場合,専門家は安全性だけを対象にする。一方,国民が食品の安全性を語る場合は,しばしば安心に力点が置かれる。このために,行政は「食の安全・安心」を重視する。「食の安全・安心」で良く話題にされるのは,農薬,食品添加物,遺伝子組換え食品である。筆者は,提案した安全感指数を用いて,これらに対する国民の不安感はいずれも高く,そしてこの順に高いことを示した1)。一方,健康食品については,現実に被害者が多数出ているけれどもその不安感は低い。このような現状を背景に,食品安全分野の関係者はしばしば無理解な国民に不信感を持っている。そして「食の安全・安心」の重要性は認識しながら,努力しても結局無駄と諦観しているようにみえる。
しかしながら,「食の安全・安心」の問題を諦観して良いのだろうか。それで済むのだろうか。この問題はしばしば消費者の主観として片付けられるが,国民の意識すなわち民意とみなすべきである。そして,民主社会は民意によって動いている。仲間内で強がっていても,いざ波が押し寄せると簡単に流されてしまう。
本稿では,国民の多くが食の安全性に不安を感じている場合には,無知な国民を正しい方向に導くという従来の考え方を改めて,不安を持たれる理由を謙虚に探るべきことを指摘する。そして,国民の声を聞くために行う調査において,困難な過程である集計段階で採用するべきカテゴリー表を提案する。そのうえで,提案したカテゴリー表を用いて,遺伝子組換え食品等に対する不安の理由についての知見を得る。
糖尿病の原因− 血糖による蛋白の糖化反応 −
矢澤 幸平
かつて日本人は糖尿病に罹りにくい民族と言われていたが,食生活が劇的に良くなった1980年代以降それが間違いであることが判明した。欧米人に比べて,日本人はあまり肥満ではないにも拘らず,血糖値が高い人が多いのが特徴である。日本人は,油脂を多く含む食事や一時的な大量食物摂取に対して十分なインスリン分泌が出来にくいようである。なぜ,血糖値が高いレベルであっても,患者さんは食欲旺盛で,もっと血糖値を上げるようになっているのだろうか?その答えはまだ無いが,エネルギー源以外の作用として血糖が何を体内でしているのかを考えてみたい。
ハイブリッド抽出鮪油は僅か1.8g/日で血圧を下げ,血中のアディポネクチンを増やし,レプチンを減少させる
伊東 芳則
危うくワシントン条約にて絶滅危惧種に指定される寸前迄行った大西洋クロマグロのことは,未だ記憶に新しいことと思われる。限られた資源の持続可能な有効利用,即ち,厳正な資源管理とゼロエミッション化は水産業界に於いても必須の課題である。本誌4月号にて掲載されたスーパーフィッシュまぐろの秘密でまぐろの素晴らしさを少し伝えることが出来たと思うが,更にハイブリッド抽出法1-2)により抽出された鮪油には,物凄い機能性があることが確認されたのでここに報告する。
食生活と疲労
福田 早苗
日本人は「疲れ」をよく訴える傾向にある。2004年の文部科学省研究班の調査では全体の6割近くが疲労を訴え,そのうち6ヶ月以上の疲れを訴えるものの割合は約40%となっている1)。各国同じ質問で比較した訳でないため正確な比較ではないが,諸外国の調査結果で疲れを訴える%は,英国は38%であるが,米国,ノルウェー,オーストラリアは,20%台である。
疲労は,熱や痛みと同様に重要な生体アラームであることは知られているが1),最近の研究成果から,疾病に伴う疲労は,疾病予後にも影響を及ぼす重大な生体警報の1つであることが明らかになりつつある2)。また,疲労症状を多く持つ成人では,欠勤発生の危険率があがるという報告もある3)。従って,疲労回復は,たんに日々の疲労を回復するだけではなく,その後の疾病発症予防や疾病発症後の良好な予後のために重要な可能性があり,極論すると,疲労の回復は,まさに生命延長に寄与する可能性があることが明らかになりつつある。
ユーラシア大陸の乳加工技術と乳製品
第3回 西アジア—シリアの都市部・農村部の事例
平田 昌弘
本稿では,シリアの都市と農村での事例を中心にして,乳製品の種類とその製造法,そして利用のされ方について紹介する。紹介する内容は,都市の乳加工についてはシリア北西部アレッポ市で1993年から1996年まで長期滞在していた際に下宿していた大家家族やスークと呼ばれる商店街での聞き取り,農村に関してはアレッポ市近郊での聞き取りにもとづいている(図1)。水牛の乳を用いた乳加工は,シリア北東部のカミシリ市とマルキーエ市の農村での聞き取りによる。大家家族はアラブ系のクリスチャン家族であり,農村民はアラブ系およびクルド系のイスラム教徒である。
アレッポや首都ダマスカスなどの大都市は年間降水量300mmから400mmに位置している。これらの地域では乳牛が大規模集約的に飼養されており,農家での少頭数飼養と合わせて,年間を通して牛乳が都市に供給されている。また,シリアの大部分を占める乾燥地帯ではヒツジやヤギの飼養が中心となり,搾乳シーズンの1月から9月頃にかけては,羊乳(実際には山羊乳が一部混入している)でできた乳製品が都市に供給される。
フランスチーズ事情2
コンテ(後編)
清田 麻衣
熟成業者はフリュイティエから若いコンテを買いうけ,熟成し販売する。私はそのうちマルセル・プティット社を訪問した。この業者はドゥー県グランジュ・ナルボと,同じくサンタントワーヌの2箇所に熟成カーブを持っている(図1)。グランジュ・ナルボはドゥー県南部,スイス国境まで20kmほどの都市ポンタリエ近郊に位置し,マルセル・プティット社はこの工業地帯の一角にカーブを構えている。外観は工場のよう(写真1)で,言われなければここでチーズが熟成されているとは想像がつかないだろう。1990年からここのカーブを稼動しており,2回の拡張を経て現在80000個のコンテを熟成できるだけのキャパシティーがある(写真2,3)。サンタントワーヌが一年以上の長期熟成のコンテを扱うのに対して,熟成8~10ヶ月で出荷するコンテを熟成している。
山田築地市場魚貝辞典(マダラ)
山田 和彦
冬の朝。まだ明けやらぬ築地市場の中は人,トラック,大八車,自転車,ターレットと交通の坩堝(るつぼ)である。煩雑極まりない。これを信号で制御すれば,たいへんな渋滞を引き起こすであろう。そこで登場するのが守衛による交通整理である。前後左右の様子を確認しつつ,手の合図で多くの車両をさばいていく。まだまだ人間の手でやらなければならないことがある,と実感するひとコマである。そうして場内に出入りするトラックのナンバーを見ると,日本各地から来ていることが分かる。北国を走ってきたのか,雪を乗せているトラックもある。北国の魚貝類を積んでいるのであろう。冬の厳しい北の海で捕れる魚には,美味しいものが少なくない。今回は,マダラである。
薬膳の知恵(55)
荒 勝俊
中医学は,《すべての物質は陰陽二つの気が相互作用し,表裏一体で構成されている》と考える(陰陽学説)と,《宇宙に存在する全ての事象は“木・火・土・金・水”と呼ばれる五つの基本物質から成り,その相互関係により新しい現象が起こる》と考える(五行学説)に基づいた独自の整体観から構成されている。中医学における治療は,古代帝王の神農が草木の薬効などを記した「神農本草」を基に,医療技術と調理技術を双方修得した食医がおかれ,医療と食事を兼ね揃えた“薬食同源”という観点から食療法としての“薬膳”が形成された。即ち,“薬膳”とは《中医学の基礎概念である陰陽五行学説に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作った食養生》のことである。薬膳には①食養生としての薬膳と,②治療補助的な意味の薬膳があり,健康維持を目指す薬膳は“養生薬膳”に属している。