New Food Industry 2011年 2月号

大豆含有リン脂質および糖鎖による神経変性疾患の予防効果

長井 薫

大豆は,そのままの形だけでなく,豆腐などの加工食品として,あるいは味噌,醤油などの調味料の原材料として様々な形で食されている。大豆は,イソフラボンによる骨粗鬆症予防効果に代表されるように,その含有成分による健康効果にも注目が集まっている。
 アルツハイマー病やパーキンソン病等,認知症や運動失調を呈する神経変性疾患は,何らかの原因により脳内の神経細胞が脱落することにより発症する。神経変性疾患は,潜伏期間が長く,発症前の診断が困難であり,また,発症後の完治は現在不可能であることから,食品からの予防成分の摂取など発症前の予防も重要だと考えられる。このことから,我々は,食品由来成分より神経変性疾患を予防する成分の探索を行ってきた。本稿では,大豆に含まれるリン脂質や糖鎖による神経細胞の保護効果に関して,我々が行ってきた研究について述べる。

ワインのオフ・フレーバーについて−甲州ワインのフェノレ解決策−

佐藤 充克

ワインには良い香りがあるが,残念ながら,時々オフ・フレーバーと言われる悪い香り,異臭を含んでいるものもある。有名なのは,コルク臭(ブショネ)として知られるカビ臭である。ワインの異臭には原料ブドウ,製造方法,製造に使われる道具や環境,ワインの保存方法によるものなど,種々の原因が知られている。また,製造方法の中でも,不注意な取り扱いのためではなく,清澄剤の選択や酵母株の選択が原因のものもある。
 我々は,日本固有のブドウである,甲州ブドウから醸造されるワインの高級化を目指して,種々の試みをしているが,甲州ブドウは,所謂フェノレと呼ばれるフェノール性異臭(POF)を含むことがある。ここでは,ワインの代表的な異臭について解説し,特に甲州ワインで問題になるフェノレについて,我々の試験結果を紹介すると伴に,その解決策について提案する。

「食の安全・安心」への安全感の導入

柳本 正勝

2~3年前に比べると,「食の安全・安心」に対する世間の関心は少し緩くなったようである。しかし,これは「食の安全・安心」の問題が解決したからではない。何か切っ掛けがあれば,また大きくクローズアップされることは疑いない。多少なりとも食品安全に係わりのある専門家にとっては,あまり問題になっていないこの時期は本来の仕事に専念できると喜ばれているかもしれない。しかし,こういう時期こそ,専門家がこの問題をじっくりと深く議論するべき時である。
 本稿では,「食の安全・安心」を議論する際には,安心ではなく安全感を用いることを提案する。そして,安全感を導入することのメリットを説明するとともに,定量的に表現できることを利用して,「食の安全・安心」でよく話題になる要因の安全感指数を算出し,各要因に対する国民の意識を比較する指標となることを示す。

高齢者が誤嚥しにくい食品の物性

熊谷 仁、谷米(長谷川)温子、田代晃子、熊谷日登美

嚥下時に食塊の一部の小片が誤って気管へ入ることを誤嚥(aspiration)という。食物は,口腔内で咀嚼され唾液と混合して食塊(bolus)となり(液状食品など,咀嚼がほとんど行われないこともある),嚥下(swallow)され,咽頭部(pharynx)を通過して,食道へと送られる。すなわち咽頭部を食塊と空気が時間差を持って通過する(図1参照)1)が,高齢者では組織の弾性の低下に加え,筋力も低下するため,嚥下時に食塊の通過のタイミングが取れない可能性が高くなる。近年,65歳以上の高齢者が日本の総人口の20%以上という社会の高齢化に伴い,食物の嚥下の際に食物が食道から胃という正常な経路を通らず,気管から肺へ到達してしまう,いわゆる誤嚥を起こす高齢者が増大している2)。

食品衛生自主管理認証制度におけるマニュアル作成支援WEBの構築

北村 豊、江夏 瑛理子

近年,食品への異物混入や食中毒,産地・消費期限の偽装等の問題が相次ぎ,消費者からは食品の安全性と信頼性の確保が強く求められている。これに対して,食品の安全性を担保する製造過程の認証制度や食の生産情報を開示・遡及できるトレーサビリティシステムなどの開発・普及が国家レベルで進められてきた。
 認証制度の一つHACCP(総合衛生管理製造過程)は,乳・乳製品,食肉製品,容器包装詰加圧加熱殺菌食品,魚肉練り製品,清涼飲料水の製造業者を対象とした厚労省の認証制度である1)。原料の入荷から製造・出荷までの工程において危害を予測し,それを予防,消滅,許容できるレベルまで制御する重要管理点(CCP)を特定するとともに,それらCCPを継続的に監視・記録し,異常があった場合の改善措置を予め定めて製造を行う。平成22年6月末現在で557の食品事業施設がその認定を受けている1)。

昆虫の咀嚼運動を修飾する外的・内的要因

大喜 裕二、朝岡 潔、佐々木 謙

動物の摂食行動は主に咀嚼と飲み込みから構成される。咀嚼は食物を飲み込める大きさに物理的に噛み砕くだけでなく,唾液を混ぜ合わせることにより化学的に分解・処理する過程でもある。脊椎動物の咀嚼運動は,開口筋と閉口筋(ヒトの場合,開口筋が顎舌骨筋・オトガイ舌骨筋・顎二腹筋・外側翼突筋で,閉口筋が咬筋・側頭筋・外側翼突筋・内側翼突筋である)と唾液腺の協調によって遂行される。開口筋と閉口筋は咀嚼時に各々が一定のタイミングで収縮し,その運動パターンが繰り返し実行される。脊椎動物と同様に,無脊椎動物においても多くの種で咀嚼運動による摂食が知られている。節足動物の咀嚼運動は,脊椎動物ほど複雑ではないにせよ,咀嚼器(大顎など)の開閉が周期的に交互に起こり,飲み込み運動が誘発される。節足動物の甲殻類や昆虫類では,咀嚼運動や飲み込み運動の神経機構が精力的に研究されており,これらの動物が持つ比較的単純な仕組みを利点として,単一ニューロンレベルでの摂食の神経機構が解明されてきている1-2)。

ユーラシア大陸の乳加工技術と乳製品
第2回 西アジア—シリアの牧畜民の事例

平田 昌弘

カンナは,新大陸を原産とするカンナ科(ショウガ目)の大型多年生草本類で,古くから西欧諸国で園芸品種の作出が盛んに行われ,暖地を中心とした世界中で園芸用の植物としての利用が一般的である。しかし,カンナの中には,根茎が肥大する種類が知られており,アンデス地方でインカ文明の頃から澱粉源作物として,ジャガイモなどの主要作物以外の補食源として食用に供され,それが東南アジアにも伝播して利用されている。「食用カンナ」とは,そのような根茎を食用にするカンナの総称を言う。
 食用カンナは,最も一般的に栽培されているものはCanna discolor Lindl.といい,染色体は2n=27の3倍体である1, 2)。かつてはオーストラリアやハワイに導入されて栽培が見られたことで,英名をQueensland Arrowrootというが,現在はすでにほとんど見られなくなった。現在でも栽培が行われている地域は,パプアニューギニアから中国南部にかけてである。主として根茎を茹でたり焼いたりして食用にするが,唯一ベトナムでは商業的栽培が見られ,根茎から春雨様の麺類が製造されて市場に出るほか,屋台でこの麺を食べさせる風景も見られる。

フランス チーズ事情 1
コンテ(前編)

清田 麻衣

いち観光客としてフランスを訪れてから,いつのまにか乳製品の美味しさと豊富さに魅せられていた。6年前からはフランスの酪農家,チーズ製造者を訪問し,時には短期ながら居候をし,調査と記録を行うに至った。さらに2009年から2010年にかけ,フランスのチーズ店で働いた「つて」もあり,今まで訪問する機会を得ることが出来なかった,比較的大規模なチーズ生産者を訪問することができたので,この場を借りて,その訪問の記録をもとにフランスのチーズをいくつか紹介したい。

薬膳の知恵(54)

荒 勝俊

中医学は,《すべての物質は陰陽二つの気が相互作用し,表裏一体で構成されている》と考える(陰陽学説)と,《宇宙に存在する全ての事象は“木・火・土・金・水”と呼ばれる五つの基本物質から成り,その相互関係により新しい現象が起こる》と考える(五行学説)に基づいた独自の整体観から構成されている。中医学における治療は,古代帝王の神農が草木の薬効などを記した「神農本草」を基に,医療技術と調理技術を双方修得した食医がおかれ,医療と食事を兼ね揃えた“薬食同源”という観点から食療法としての“薬膳”が形成された。即ち,“薬膳”とは《中医学の基礎概念である陰陽五行学説に基づき,健康管理や病気治療のために食材の持つ様々な機能を組み合わせて作った食養生》のことである。薬膳には①食養生としての薬膳と,②治療補助的な意味の薬膳があり,健康維持を目指す薬膳は“養生薬膳”に属している。

築地市場魚介辞典(アンコウ)

山田 和彦

寒くなると暖かいものが恋しくなる。築地市場の行きかえりに場外市場を通ると,おでんの具が気になる。有名店を含め何件かの練り製品屋さんがあって,ついつい足を運んでしまう。今でも店の奥ですり身などを加工して揚げ物を作っている所もある。場内には,そんな練り製品の材料となる魚を扱う場所がある。通称“サメ部”と呼ばれる所である。近年は練り製品も,作業の簡素化などから出来合いのすり身を使うことが多いようであるが,かつては様々ないわゆる雑魚がここに並んだそうである。私も十数年前からのぞいていたが,そのころは少なくなったとはいえ,丸ごとの大きなサメが並ぶことがしばしばあった。それ以前には,かなり珍しいサメや深海魚が雑然と売られていたそうである。今の築地では深海魚らしい深海魚を目にすることはほとんどなくなった。そんな中で,純粋な深海魚とは呼べないかもしれない
が,アンコウ類は数少ない深海魚である。