New Food Industry 2008年 7月号

きのこ培地へ添加したビタミンB1とトレハロースの子実体への影響

寺嶋 芳江

きのこは,ミネラル分と食物繊維の多い,優れた副食素材である。また,5’-ヌクレオチド類や遊離アミノ酸などの旨み成分を含み,独特の風味と食感を持つ。さらに近年では,マイタケやヒメマツタケに代表されるように抗腫瘍性などの種々の機能性が次々と報告されている1)。ビタミンB1は,ヒト生体内で糖質とアミノ酸代謝に補酵素として働く重要な微量栄養素であるが,きのこには通常比較的少量しか含まれない。一方,トレハロースは,グルコース2分子が α(1→1)グルコシド結合した非還元性の二糖類である。この糖のもつ,乾燥や凍結などのストレスに対する生体膜の安定化の機能2),さらに骨粗鬆症への予防効果3)や神経変性疾患の遅延への可能性4)などの医学的効果が報告されている。子実体には乾燥重量比で0.1〜28.4%のトレハロースが含まれており5),きのこは比較的含有量の多い食材である。また,きのこの旨みに関与する成分であるといわれている1)。

新型インフルエンザ・パンデミックの食料と飲み物の備え

奥田 和子

新型インフルエンザとは,鶏インフルエンザウイルスが人に感染し,人体内で増殖し人から人に感染するようになっておこる感染症疾患をいう。わが国には現時点では感染者はないが,未知のウイルスであるために人は免疫を持っていない。そこでウイルスは咳による飛沫,空気感染によって周辺に容易に広がるといわれる。感染すると症状が重く多臓器不全を引き起こし肺組織がやられ,発熱にともない,消化器機能もそこなわれ下痢をともない脱水症状や栄養がとれにくくなるといわれる。そんなとき食べ物,飲み物は生命の維持には欠かせないものであり重要な役割を果たす。

貴金属ナノ粒子の新規合成法とその応用

渡部 正利

粒子の粒径が1 nm(10-9 m)から1μm(10-6 m)の範囲のものをコロイド粒子といい,特に1 nm前後から100 nmの粒子をナノ粒子という。通常の原子や分子の数十倍から数千倍の大きさのこれらの塊は特異な性質を持っている。ナノ粒子の大きさを考えてみる。1 mは人の大きさ,その1000分の1の1 mmはありの大きさ,その1000分の1の1μmはバクテリアの大きさ,その1000分の1の1 nmは DNA鎖の直径 すなわち10-9mの世界である。その10分の1は原子1つの世界である。小さいといえば小さいが,原子分子を研究している私たちからみるとかなり大きい粒子である。このような粒子の性質についてはあまり研究されてきていなかった。

グローバル経済システムがもたらす中国のアスベスト問題

三好 恵真子

米国のアースポリシー研究所所長レスター・ブラウンは,ワールドウォッチ研究所の創設者でもあり,先駆的に地球環境の多難な未来像を提示し,世界に衝撃を与え続けていることで広く知られるが,中でも急成長する中国経済が引き起こす負の側面を早期から指摘してきた人物でもある。同氏はその危険性を中国や米国の知識層に訴え続け,さらに「中国の後はインドやその他の後進国が控えている。今,我々が大量生産型の経済システムを切り替えなければ世界は破綻する」とグローバルな視座から警鐘を鳴らしている1)。
 特に,1994年に発表された研究報告“Who Will Feed China?(だれが中国を養うのか?)”2)は,そのセンセーショナルなタイトルとともに,彼の食糧危機分析と将来予測が世界中の注目を集め,国際的議論へと発展する契機となった。

アウレオバシジウム培養液・ 乳酸菌による抗白血病効果

長谷川 秀夫

アウレオバシジウム培養液による抗白血病作用を,マウスを用いた動物試験によって検証した。試験は,P388白血病をCDF1系雌性マウスの腹腔に移植し,腫瘍移植日を試験開始日として,抗癌剤5-FU,アウレオバシジウム培養液,乳酸菌を連日経口投与し,抗白血病作用の指標として生存率を測定した。その結果,P388白血病移植40日後の生存率は,対照群においては30%しか確保できなかったが,アウレオバシジウム培養液単独処置(4.9 g/kg)によって60%まで向上し,さらにアウレオバシジウム培養液(7.0 g/kg)と乳酸菌(17.4 mg/kg)との併用処置によって,抗癌剤単独処置(2.0 mg/kg)と同程度の80%にまで高めることができた。本試験によって,アウレオバシジウム培養液に抗白血病作用があることが示唆された。

現代チーズ学「二 次 機 能」

井筒 雅

食品の二次機能とは,食品が人の感覚器に影響を及ぼすことで発現する嗜好特性を意味し,「感覚機能」と呼ばれることもある。二次機能に関与する食品の特性には,外観(形・大きさ),色,香り,味,テクスチャー,温度などがあり,これらの因子によってその食品のおいしさが左右される。
 食生活が単に空腹を満たすだけのものではなく,その食品の摂取を促進したり,食生活に潤いを持たせ,日々の生活の楽しみになるようにする上で重要な機能である。「おいしくなければ食品ではない」とか,「食べるために生きている」という言い方もあるが,このような食べる楽しみを支えているのが食品の二次機能である。ここでは,とくにテクスチャーを中心に,チーズのおいしさに関する科学について述べる。

FDA食品行政の話(9)食用色素 〜規制の歴史と安全評価〜

石居 昭夫

FDC法において,着色料とも呼ばれる色素添加物(Color Additive)は「合成または類似の人工処理の工程によってつくられる,あるいは植物,動物,鉱物,その他の資源から抽出,分離,もしくはそのほかの方法で引き出される染料(Dye),顔料(Pigment)などの物質」と定義されます。これらの色素添加物は食品や医薬品,または化粧品に対して,あるいは身体に対して添加もしくは適用するとき,色彩を与えることができる物質です。
 色素添加物は香料や保存料などの添加物とは別な規則,色素添加物規則(Color Additive Regulations)のもとに規制されます。その中でも特に食品に使用する色素は1906年に制定された「食品医薬品法」において7種類の合成色素がリストされるなど早くから法的な規制のもとにありました。

蕎麦研究の動向

池田 清和、池田 小夜子

筆者の池田清和は,重要な食糧である蕎麦について,健康にかかわる特性(栄養特性)や,嗜好にかかわる特性(嗜好特性)などについて永年研究を行って来ている。また筆者の池田小夜子は,蕎麦に含まれるミネラルについて栄養特性や食品科学的特性について研究して来ている。筆者らは,以前に本誌に蕎麦に関する論説を幾度か1-5)書く機会を与えて頂いた。この度この雑誌に記事を書く機会を重ねて与えて頂いたので,本稿では,「蕎麦研究の動向」と題して以前の記事とは異なる視点から述べたい。前回の記事に書いた内容で全体の流れから重ねて説明した方が良いと思われる事については重複して述べた。

伝える心・伝えられたもの ー黒糖ー

宮尾 茂雄

今から17年前の1991年3月下旬,子供たちの春休みを利用して念願の西表島を訪れた。1967年に,1対のイリオモテヤマネコ(Felis iriomotensis)が西表島で発見され,当時大きな話題となっていた。本土では既に絶滅した野生のネコ科動物は西表島の深い密林と豊かな水に守られて生存が可能だったのだろう。ところが,島は終日雨空で,唯一快晴の空と海を見ることができたのは南風見田浜(ハエミダビーチ)を訪れた時であった(写真1)。人影のない広い白い砂浜で遊び,大きな貝殻を背負ったヤドカリにも出会った。その帰り道に製糖工場があった。工場の敷地には島中から運びこまれたサトウキビが山となって積まれていた。ちょうどサトウキビの収穫時期に当たり,みやげ物屋でも20cm位に短く切った,サトウキビの茎が売られていた。

築地市場の魚たち 魚貝類の産地−南日本

山田 和彦

築地市場のある東京は,千葉県より南に位置しているので,海の区分から見れば南日本になる。今日のように交通網の発達していなかった時代を考えると,東京(もしくは江戸)の人々は,主に南日本の魚貝類を食べていたことになる。私事で恐縮であるが,子供時代は東京で過ごした。あまり魚料理は好きではなかったが,それでもイサキ,イシモチ(シログチ),イトヨリ(イトヨリダイ),タカベ,トビウオ,マナガツオといった魚が食卓に並んだ記憶がある。これらはすべて南日本の魚である。つまり東京人にとって,南日本の魚がなじみの魚というわけである。東京の台所である築地市場に南日本の魚が多い理由の一つかもしれない。

連載 薬膳の知恵 (26)

荒 勝俊

人体は一つの有機的統一体であり,局所における変化は全身に影響を及ぼし,内臓の変化は五官,四肢,体表などに変化を及ぼす。こうした観点から,中医学における証の診断は,舌を観察し,脈を診断し,声を聞き,症状を尋ねる事で,体の各方面に現れた変化を情報として取り出す事で行われる。具体的には,視覚により全身および局所の状態を観察する「望診」,聴覚と嗅覚により声や分泌物の臭いの異常を知る「聞診」,本人や家族から自覚症状,愁訴を詳しくたずね,病気の経過,熱・汗・食欲など診断に必要な情報を収集する「問診」,直接触れて診察する「切診」の4種類の診断方法(四診)から構成されている。四診で得られた情報を整理・分析し,「証」を見極める事で各々の状態により適した治療方法を選択する根拠(弁証論治)ともなる。