New Food Industry 2020年12月号
総 論
ゲノム編集法を活用したトマトの成熟制御遺伝子の様々な変異
〜RIPENING INHIBITOR (RIN)遺伝子の機能の新解釈
伊藤 康博 (ITO Yasuhiro)
ゲノム編集法は,農業分野でも作物の飛躍的な改良を可能とする技術として期待され,目覚ましくその技術開発と応用研究が進められている。同様に技術発展の著しいゲノム解析分野の研究から,膨大な遺伝子情報(ゲノム情報)が短期間で得られるようになり,それが体系化されて整備されてきている。この充実したゲノム情報を基盤として,個々の遺伝子をより深く理解し,高度に利用する技術として,ゲノム編集法は今後さらに発展すると思われる。本稿では,著者が長年研究を積み重ねてきたトマト果実の成熟を制御する仕組みについて,最近取り入れたゲノム編集法を活用した切り口により,これまでの研究手法では知ることのできなかった新たな知見を得るに至ったので,それを紹介したい。トマトの成熟をコントロールする遺伝子として知られている“RIPENING INHIBITOR (RIN)”という遺伝子をゲノム編集の標的として,二つの異なる改変を行った。その結果,一つの遺伝子に端を発する現象にも関わらず,異なる変異により,①異常に軟化が進行,逆に,②軟化を強く抑制,という全く逆の方向性の性質を示すトマトが得られた1)。これらの変異トマトの詳細を述べ,その分子メカニズムの考察からRINの機能を再考察するとともに,ゲノム編集法がこれまでの生物学の常識を変えていく可能性についても少し触れる。なお,ここで述べる研究は本誌2018年9月号に掲載された拙著2)の延長線上にあり,可能であればそちらもご参照いただきたい。
アスペルギルス属かび毒産生菌の多様性の検出
~DV-AM法と画像解析・AM法とのコンビネーション~
久城 真代 (KUSHIRO Masayo), 矢部 希見子 (YABE Kimiko)
かび(糸状菌)は,人や動物と同様に従属栄養生物であり,自然界に広く分布している。発酵食品や抗生物質を作るなど,人々の生活を豊かにするかびが多数いるいっぽうで,人畜に有害な毒素(かび毒;マイコトキシン)を産生するかびも存在する。国際機関の以前の調査によると,世界の重要穀類を含む農産物の25%が,かび毒汚染により廃棄されている。かび毒として現在までに300種類以上の化合物が知られているが,中でもアフラトキシン(AF)は,強力な発がん性と急性毒性を有し,諸外国で規制値が設定され,管理対象となっている(表1)。AF汚染は,熱帯~亜熱帯圃場の土壌に生息するAspergillus flavus, A. parasiticus,A. nomius等のアスペルギルス属菌の一部の菌が汚染源とされるが,近年は,地球規模の気候変動によるAF産生菌の北上が懸念されている。これまでに,数多くのAF産生菌検出法が開発されているが,筆者らは,日本で開発されたアンモニア(AM)法1)に,長年のAF生合成研究の成果を組み合わせ,高度化したAF産生菌の高感度検出法:ジクロルボス-アンモニア(DV-AM)法2)を開発し,以前(2018年)本誌にて紹介した3)。さらに筆者らは,土壌などの多様な微生物が共存するサンプルにも利用できるAF生産菌の選択培地を開発し,この培地をDV-AM法に利用することで様々なサンプルについてAF生産菌を鋭敏に検出できることを明らかにした4)。この培地を用いたDV-AM法は,菌を培養するだけの操作で,「毒素を作るか否か」を平板培地の色調変化観察により,目視で高感度な判別が可能である(図1上)5)。本方法は,高額な分析機器や遺伝子解析設備,高度な技術を必要としないため,フードチェーンの各工程に関与する事業者にとっても使用が容易かつ有益な技術であり,また食品中のAF生産菌の検出にも有効である6)。本稿では,DV-AM法のより広範な適用事例(画像解析ないしAM法と組み合わせた土壌からのAF産生菌の検出)として,最近の著者らの論文「メキシコのトウモロコシ圃場での調査」7)ならびに「沖縄のさとうきび圃場での調査」8, 9)について解説する。
解 説
エタノールと水をめぐる話:エタノール溶液の殺菌力
古賀 邦正 (KOGA Kunimasa)
新型コロナ(COVD-19)騒ぎに明け暮れる毎日だが,年初には私たちの生活にこれほどの影響を及ぼすとは思ってもいなかった。あらためてパンデミックの恐ろしさを実感している。一日も早く落ち着いた日々に戻ってほしいものだ。この大騒ぎの中でマスクと消毒液としてのエタノールが注目を浴び,毎日の生活の中にすっかり定着してしまった。マスクはともかく,飲料としてのアルコールはすでにわが家の日々に定着して久しいが,消毒液としてのアルコールは確かに新型コロナ以来だ。スーパーや図書館など人の出入りが多い建物の入口には必ずエタノール入りスプレーが置いてあるし,わが家でも玄関・食卓・洗所に鎮座して折々に私の保健生活の支えとなってくれている。
この消毒液としてのエタノールは70%近辺の濃度が最も殺菌力があるということをよく耳にする。実際,手元の市販のジェル入り消毒用アルコールスプレーにも「エタノール濃度70%」と大きく書いてある。
その昔,私は企業の発酵関係の研究室に所属していたが,実験台には蒸留水の入った洗浄ボトルや「殺菌用アルコール溶液」と記した殺菌ボトルが置かれ,実験器具などの洗浄や殺菌に用いていた。この「殺菌用アルコール溶液」のエタノール濃度が70%だった。もうはるか昔の話しだけれど,このあたりの濃度が最も殺菌力があるという先輩の教えに従って新人の小生はなんの疑いもなく,アトロン缶入りの96%工業用エタノールに加水,約70%に調製して何十本とある「殺菌用アルコール溶液」と記したボトルに詰めて,各メンバーの実験台に置いてまわったことを懐かしく思い出す。
その後,ウイスキーの熟成研究に携わったが,ウイスキーの原酒を樽貯蔵する際のエタノール濃度が60〜70%。この濃度領域で最も樽材由来成分が抽出される。そういうこともあって,この70%近辺のエタノールの働きやその理由についてかねがね興味を覚えていた。そして,今回の新型コロナ騒ぎに出くわした。70%エタノール溶液が最も殺菌力があることを明らかにした人は誰だったのだろうか。新型コロナウイルスに対しても効果があるのだろか。どのくらいの接触時間で効果を発揮するのだろうか。こういったことに関しての今までの世の中の研究結果について私自身の感想も加えながら紹介させていただこうと思う。
研究解説
腫瘍選択性が高く,副作用が低い新規クロモン誘導体の開発
Development of newly synthesized chromone derivatives with high tumor specificity, but low adverse effects
坂上 宏(SAKAGAMI Hiroshi),杉田 義昭(SUGITA Yoshiaki),高尾 浩一(TAKAO Koichi),永井 純子(NAGAI Junko),植沢 芳広(UESAWA Yoshihiro),飯島 洋介(IIJIMA Yosuke),佐野 元彦(SANO Motohiko)
Abstract
Many of the anticancer drugs that have been developed so far cause side effects such as oral mucositis, neurotoxicity, and extravasation. In order to solve this problem, it is necessary to measure both tumor specificity and side effects at the same time using an in vitro experimental system of human cells. Recently, we have found that many of the natural organic compounds have low tumor specificity, but derivatives with substituents introduced into the chromone ring (contained in the flavonoid skeleton) show high tumor selectivity. We have succeeded in synthesizing several compounds keeping high tumor-specificity and low keratinocyte toxicity. Based on the review we recently published (Medicines (Basel). 2020 Aug 26;7(9):E50. Doi: 10.3390/medicines7090050), we describe the development of such new chromone derivatives and the future direction of our research.
要約
抗がん剤の多くは,口腔粘膜炎,神経毒性,血管外漏出などの有害事象を引き起こす。我々は,副作用の低い新規抗がん剤を探索するために,ヒト細胞を用いたin vitro細胞傷害活性測定法を開発した。我々は,これまでに,天然有機化合物の多くは腫瘍特異性が低いこと,そして,クロモン環(フラボノイド骨格に含まれる)に置換基が導入された誘導体は高い腫瘍選択性を示すことを報告してきた。 そして,高い腫瘍特異性と低いケラチノサイト毒性を維持するクロモン誘導体の合成に成功した。 最近公開したレビュー(Medicines (Basel). 2020 Aug 26;7(9):E50. Doi: 10.3390/medicines7090050)に基づき,これまでの研究の進展の経緯と今後の方向性について解説する。
セリサイト(Tellus Gizer)における免疫作用,抗糖尿病とダイエット効果に関する臨床研究
Clinical study on immune function, antidiabetic and diet effects in sericite (Tellus Gizer)
具 然和 (GU Yeunhwa) ,山下 剛範 (YAMASHITA Takenori),井上 登太 (INOUE Tota)
Abstract
Recently, the number of obese people is increasing in Japan. Obesity may be high in subcutaneous fat or fat may be attached to internal organs, which is thought to lead to various diseases. The original purpose of a diet to eliminate obesity is not to lose weight, but to become healthier. In this study, we conducted clinical studies on immunopotentiation, antidiabetic, and diet effects in sericite (Tellus Gizer).
Sericite (Tellus Gizer) excretes waste products from deep inside the body, enhances natural healing power, and restores cell moisture. Sericite (Tellus Gizer) enhances the natural resilience of cells by incorporating the blessings of nature such as "ondol (Korean heating system) of far infrared rays" and "minus ion" into the body. Also, when the body cold sensitivity, it stores water and fat, so it warms the body from the core and burns fat to increase basal metabolism. In addition, sericite (Tellus Gizer) is said to promote metabolism, stabilize autonomic nerves, balance hormones and the body, and promote decomposition and excretion of waste products in the body. Therefore, in this study, we applied sericite (Tellus Gizer) to good sleep and examined the effects on diet effect, antioxidant effect, skin-beautifying effect, anti-diabetic effect and basal metabolism, and the following results were obtained. The thermal effect of sericite has a detoxifying effect because it may be a chelating agent that inactivates heavy metals that catalyze the oxidation reaction as an antioxidant due to the increase of SH groups in the body and the activity of SOD. Due to the increased blood flow and antioxidant effect, metabolism is expected due to the diet effect and thermal effect.
要旨
近年,日本において肥満者が増加している。肥満は皮下脂肪が多い場合と内臓の臓器に脂肪がついてしまっている場合があり,さまざまな病気につながると考えられている。この肥満を解消したダイエットとは体重を減らすことではなく,より健康になることが本来の目的である。本研究では,セリサイト(Tellus Gizer)における免疫増強,抗糖尿病,ダイエット効果に関した臨床研究を行った。
セリサイト(Tellus Gizer)は体の奥深くから老廃物を排出し,自然治癒力を高め,細胞の潤いを取り戻す。セリサイト(Tellus Gizer)は「オンドルの遠赤外線」「マイナスイオン」といった大自然の恵みを体内に取り入れることで,細胞本来の回復力を高める。また体は冷えると水分と脂肪をため込むため,体を芯から温め脂肪を燃焼させることで,基礎代謝を上げる。また,セリサイト(Tellus Gizer)は新陳代謝を促進し,自律神経の安定,ホルモンや身体のバランスを整え,体内の老廃物を分解・排出を促進したといわれる。そこで本試験においては,セリサイト(Tellus Gizer)を良い睡眠にあて,ダイエット効果,抗酸化効果,美肌効果,抗糖尿効果および基礎代謝への影響について検討し,以下の結果が得られた。セリサイトの温熱効果は,体内のSH基の増加とSODの活性により,酸化防止として酸化反応に触媒作用を呈する重金属を不活性化するキレート剤の可能性もあり,デトックス効果があった。血流上昇と抗酸化作用により,ダイエット効果及び温熱効果により新陳代謝が期待される。
連載解説
新解説 グルテンフリー穀物製品のマーケットについて(1)
瀬口 正晴 (SEGUCHI Masaharu),竹内 美貴 (TAKEUCHI Miki),中村 智英子 (NAKAMURA Chieko)
新しい製品の開発とマーケット展開は,今日の激しい競争ビジネスの環境の中で不可欠,必須で,企業ビジネス戦略の一部であり,そして広くリスクを伴うロードとして認識されている。グルテンフリー穀物製品を必要とする消費者が,小麦,ライ麦,大麦をベースとする食品のグルテンからくるセリアック病および他アレルギー反応を示す人々の増加と共に次第に増えている。グルテンフリー穀物製品は,グローバルな健康と健全なマーケット内でマーケット成長のチャンスを示し,食品産業業者にとり消費者リードによる高級な価値感レベルの新製品を発展させ,最終的には消費者の受け入れられるものとなる。この章では,グルテンフリー穀物製品のマーケットを調べ,この食品がうまく展開するマーケットに関し,戦略的重要点のいつかにハイライトをあてる。イントロダクションに続き,グルテンフリーマーケット全体像を眺め,その新たに現れた傾向について議論する。健康と健全マーケットに対する鍵となる戦略的重要点を概略し,グルテンフリー穀物製品に応用して,成長する製造業者とグルテンフリー穀物製品の消費者誘導マーケットの枠をガイドする。
コーヒー博士のワールドニュース
循環ACE2高値は心臓病の新バイオマーカー
岡 希太郎(OKA Kitaro)
Jay Ramchand* and Louise M Burrell** (訳:岡 希太郎)
*米国クリーブランド病院心血管研究所,**オーストラリア・メルボルン大学医学部
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は,気管や血管の細胞表面にあるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合して感染する。そのためACE2は「SARS-CoV-2の受容体」とも呼ばれている。そのACE2が細胞を離れると,血液に溶けて全身を循環しはじめる。可溶化,血漿,循環などの接頭語をつけて呼ばれているが,ここでは循環ACE2と呼ぶことにする。SARS-CoV-2に感染したCOVID-19患者に,感染から回復した元患者の血液を輸血する方法が注目されている。元患者の血液に含まれている抗SARS-CoV-2抗体を活用する治療法が効を奏するのである。その抗体の代替として,人工合成した循環ACE2にも一定の効果があると言われて試行されている(Muslim S, et al.: SN Compl Clin Med. 2020 Aug 22;1-6.)。さて,去る10月3日のランセット誌に「循環ACE2の高値は心血管系疾患の重症化〜死亡の兆候」とのコメント記事が掲載されました。従来のバイオマーカーより精度が高いとも強調されています。となりますと,COVID-19で循環ACE2による治療が長引くと,副作用のリスクが気になります。また,疫学研究では「心臓病による死亡リスクはコーヒーで下がる」となっていますから,コーヒーと循環ACE2の関係も気になる所です。
連載
野山の花 — 身近な山野草の食効・薬効 —
ユズCitrus junos (Makino) Siebold ex Tanaka
(Citrus junos Sieb. ex Miq.)(ミカン科 Rutaceae)
白瀧 義明(SHIRATAKI Yoshiaki)
初冬を迎え,北から初雪の便りが届く頃,民家の軒先で鮮やかな黄色の果実を見かけます。ユズ(柚,柚子)は,別名をユノスといい,中国中央部〜揚子江上流を原産とする常緑小高木で,5月頃,葉のわきに白い5弁の花を咲かせ,秋には表面がでこぼこした黄色い果実を結びます。果実は種子の多いものが多く,酸味が強く独特の芳香を放ち,ミカン属の中ではもっとも耐寒性が強く,年平均気温12〜15℃の涼しい気候を適地とします。古書に飛鳥時代・奈良時代には,すでに栽培されていたという記載があり,酸っぱいことから「柚酸(ユズ)」と書かれ,「柚ノ酸」の別名が生まれたとされています。種小名のjunosは,四国・九州地方で使われた「ゆのす」に由来し,中国の植物名は香橙といい「柚子」は中国の古い名で,今では「柚」や「柚子」はブンタンを指しています。ユズは成長が遅いことでも知られ「桃栗3年柿8年,ユズの大馬鹿18年」や「桃栗3年柿8年,ユズは9年の成り始め」などといわれます。
デンマーク通信(最終回)
デンマークのラーメン
Naoko Ryde Nishioka
デンマークは11月になると日照時間が短くなり,紅葉している木々の葉っぱも落ち,冬がどんどん深まっていきます。サマータイムからウィンタータイムへの切り替えも10月最終週の土曜日から日曜日の夜中に行われます。10月の末はハローウィーンですが,デンマークでもここ10年くらいの間にハロウィーンが大きなイベントになってきました。しかし今年はコロナウィルスの影響で,人の集まるイベントの制限や,ソーシャルディスタンスの推奨もあり,ハロウィーンの夜の通りも例年に比べると静かな夜でした。
海外紀行文 2019年夏のスコットランド紀行
-ビフォーコロナ-(2)ファイフ
林田 千代美(HAYASHIDA Chiyomi)
前回,スコットランドの首都エディンバラのエディンバラフェスティバルとカールトンヒルについて述べた。スコットランドには4泊5日の滞在だったが,全日程,エディンバラを拠点に旅した。今回は,ファイフ地区への旅について述べたい。ファイフ地区を訪れた目的は,世界最古のゴルフ場,セントアンドリュース・リンクス・オールドコースの芝を踏むことだった。この日は車で移動した。旅のルートは,①エディンバラ→②フォース湾の世界遺産フォース橋(エディンバラ地区とファイフ地区を結ぶ橋)→③鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの出生地ダンファームリン→④港町アンストラザーで昼食→⑤セントアンドリュース。
随想
Lipomyces属酵母を新しく分離し分類する
兎束 保之(UDUKA Yasuyuki)